trueルートその後 作:幸森
この寄生虫達は努力と献身といったまともな生きる術を知らないらしい。警備室で開催される賭場の騒がしさがいい加減苦痛になってきたエクトルは内心でそう思いながらも心を殺し、周りの虫達に合わせこの賭場の狂騒に身を投じていた。
突如来た幹部が詫びにと持ち込んだ酒に釣られ、当直や泊まりの職員が更に1人2人と集まり、持ち寄ったつまみやカードで賭場は盛況だ。ただでさえ夜間で少ない警備が何人もここに来ており、職員も合わせると10人を超えた。
東部都市郊外にある革命軍の監視施設は腐敗している。革命軍が出来て半年もたたずに重要な施設がこの有様では、革命軍も先がない。結局はカゾルミアの腐敗は国ではなく国民にあり、革命軍もその例に漏れずこれがカゾルミアの程度というものなのだろう。そんなものに未来を託した私もであるが...
「どうしたエクトル、交換なしか...?また、いい手でも入ったか?」
「...いいえ、2枚お願いしますわ」
「スリーカードか?いい手じゃないか!3等級様はやっぱり運命にも愛されているな、ガハハハ!」
酒臭い警備の当直担当の一人がろれつの回らない口調で突っかかってくる。ブラフや試しのつもりだろうか?ただただ、うるさく、面倒なだけだ。その程度で顔に出るものでもなく、挑発にしても程度が低い、酔っているとはいえこの程度で西門の警備責任者になれるあたり、人材が枯渇しているのだろう。
「さあ、どうでしょうね?次、あなたですよ少佐」
「ええ、私は3枚で。ボッツ、いくら270年物の酒を持ってきたとはいえ、飲み過ぎですよ。そんなんだから私とエクトルさんに素寒貧寸前にされるんですよ」
「は、お酒の提供感謝であります、サー。このボッツ、少佐になら丸裸にされる覚悟でありあす。いい酒は悪酔いしないのでありあす、サー」
「ハハハ、全く調子のいいことだ...しかし男の裸を見る趣味はない。飲んでますか、エクトルさんも」
警備はとにかく、問題はこの男だ...スネジンカの救出まで秒読みに入ったタイミングで想定外の動きがあった。いつも、毎週顔を出してはスネジンカに面談をするこの情報・技術将校の少佐はいつも21時までには面談を終え帰るはずだった。
いつもとは別の曜日に...
別件で近くに来たからと急にやって来た彼は士官室の宿直室で休憩を取りたいと言いだし、それは了承された。それだけならよいが、あろうことか警備の様子が見たいと周囲を巡回しだし、警備ルートの変更の指導すらしだした。施設長からの抗議により変更はなかったが、あまりにもタイミングが悪い、いや良すぎだ。
改めてポーカーのテーブルを挟み、向き直る。銀髪のややガタイの良い、革命軍の軍服を着こなすこの将校は見た限りでは若い。同い年、やや年上にも見えるがその歳ですでに少佐を拝命していることを肩の階級章は示している。これまで集めた情報ではスネジンカを広告塔にするための広報担当の1人、上からの命令で状態確認のための連絡役とのことだ。
だが、カゾルミア軍の内情を知っているものからすればこいつは単純な広報担当の制服組ではない。独裁体制を敷くカゾルミアでは広告、宣伝はすべて諜報、謀略の一環であり、国内の情報はカゾルミア国家保安省(KZB)がまとめ、その傘下の放送局で発信していた。革命軍の内乱が阻止できなかったという失態があるが、これは保安省内部に多数の内通者を抱えていたことが背景にあり、内乱とともにその内通者達が帰参、革命軍内でも諜報網を構築している。
こいつは諜報部の人間だ。
この解答にたどり着いてからはこいつの肩の階級章すら疑わしく感じる。そもそも、広報担当と言いながらこいつは精神医学の心得がある。ダチカたちからの話を聞く限り、こいつが最初にしていた面談は認知行動療法などを伴うメンタルケアだ。
諜報員は擬態するための仮初めの職務能力を持つものが多い、床屋、運転手、写真家、仕立屋、医者。これらは周囲の情報を取る際に不自然になりにくく諜報に適した擬態だろう。
スネジンカが回復した頃から面談はメンタルケアではなく雑談に近いものに変わり、最近ではわざとか横柄な上官連れてきて罵声を浴びせるだけのものへと変わった。医師も初期の無能とは異なり、まっとうなメンタルケアの専門家へと変えていた。そんなかれらもスネジンカの回復に薄々勘づいているだろうが、施設の責任者への報告は行っていない様子だ。
何を考えている。目的がわかるか無力化、ないし退場願わないかぎりは、スネジンカ達の脱出の障害となるだろう。
施設長と警備体制についてトラブルになった後、急に来手引っかき回した詫びだと持ち込んだ酒類を警備室で振る舞いだしたらしい、集まった蛆虫たちはポーカーに興じた。高価な酒が振る舞われた賭場は普段以上に盛況であり、将校の歓待役として急遽私も呼び出された。いや、誘い出されたと言うべきか。面白い...その化けの皮を剥いでやる。
「ええ、飲んでますよ。さて、私はレイズですね」
「俺あ、コールだ」
「私はフォールド...降ります。その顔、お気に召したようで光栄です。」
「俺みょ勝負、コールだ」
警備達は勝負に出たが、将校は降りてしまった。また、これだ。
「オープン」
「ん~、4カードかよ、やりゃれた」
「エクトー、今日は付いていりゅな、連勝じゃないきゃ、少佐は...ハルハウス。にゃんでおりたんれすか?」
「ボッツ、ベケ、酔いすぎだ。ろれつが回ってないじゃないか、もう掛ける金もない。他のメンツもやってるし、このテーブルはお開きかな。エクトル、士官室で二人で勝負しないか」
「お、少佐!おみょち帰りでしゅか、隅におきぇにゃいでしゅね」
「黙りなさい...エクトルさん...どうですか」
そう手を出してきた将校は、少し照れながらこちらをまっすぐと見ている。いいだろう、わざわざ挑戦してくるのであれば受けて立つ。
「ええ、いいですよ。飲み足りないとも思っていましたし...」
日本の本にこんな言葉があった。虎穴に入らずんば虎児を得ず...リスクを取ることが成功の秘訣だ。
士官用の当直室、この時世にも関わらずやたら豪華な家具が置かれ、酒にたばこといたせり尽くせりだ。本来使う筈の施設長達はそれでも気に入らないらしくほとんど使われていないようだが...
「ああ、不粋なものはないから敬語はいらないよ、タバコは?」
「いえ、よろしくて。嫌いなのよ」
「僕もだよ、健康にも悪いしね。その点、ワインは良いよ。飲み過ぎは厳禁だけど...75年の赤でよかったかな、好きでしょ?一般人気はないけど、君みたいに刺激的な味でぼくも好きだ。癖になる」
「ええ... でもよくわかったのね。ワインの趣味なんて言ってないでしょ」
「今日出したワインで他の馬鹿どもは70だの73年だのと当たり年のワインを取ってた。けど...君は迷いなく不人気な筈の75年のを選んでた。だからだよ。生まれ年だからってのもあるのかな」
「すべて知ってるのね」
「知らないことばかりさ」
「まあ、いいわ...邪魔者もいないし、勝負と行きましょう。ルールは南部式?中央式?」
「もちろん、南部式で。中央式なんてのは運だけのお遊びに過ぎない。事前情報あってのブラフだよ」
この国のポーカーは大きく2通りに分かれる。2人制の捨て札を公開し、3戦続ける「南部式ポーカー」と2-4人で捨て札の公開なく一度ごとに配り直す「中央式ポーカー」だ。カゾルミアではより大人数で遊べることから中央式が一般的だ。しかし、玄人は捨て札、捨てた枚数、残りの山札の情報からの計算に基づく心理戦が主体となる南部式の愛好家が多くプロ戦では南部式が行われることも多い。
「そっちの人?」
「そっちってどっちのことだい?少なくとも僕は南部生まれだけど、もしかして中央式は偉大なカゾルミアの精神が~とかのプロパガンダを真に受けるタイプ?」
「いえ、なんでもないわ、始めましょう」
「いや、せっかくだ音楽でも聞こう。ここには幸いレコードは色々ある...これなんかどうかな。シェウィンコフの交響曲2番、好きじゃなかった?」
「ええ、構いませんよ」
「じゃあ、始めようか」
この違和感...遊ばれているのだろう。情報部の人間と思えないほど口が軽い、どれも嘘なのだとしてもあえて伝える必要のない情報すら出してくる。こちらの趣味や経歴...今回の計画...全部わかっているぞと言わんばかりだ。なのになぜこんなに動く、スネジンカが逃げたタイミングで警報を稼働させれば良いだけなのに。エリートとは効率よく、無駄なく仕事をこなすからこそエリートであると言うのに。まるで子供に課題を与えて解かせているのをにやにやと眺めている親や先生のような態度だ。
「3枚捨てるよ」
「...2枚にするわ」
「これは運が悪かったかな...レイズ」
「どうかしら...レイズ」
「なら、レイズ」
「「オープン」」
「..ストレート、やっぱり運が悪かったみたいだね」
「スリーカード、そうね...私の負けね」
運、で済ましているがそれは違う。私の捨て札、枚数から想定されるのは4カードやフルハウス、スリーカード以上の役だ。実際に交換前でジョーカーを含めスリーカードがすでに出来ていた。より強い。役に出来てないのは運のなさだが、こいつがストレートの役で強気の勝負を続けた理由がない。
カードに細工が...?いやほぼ新品で傷のない無地の絵柄だ。見た目で判断出来るものはない。
「ポーカー強いのね...先ほどの賭場でも貴方に勝てたことが無かった。こちらが強い役の時は必ず降りてましたよね...何か秘訣でも?」
「いんや、強いていえば計算と観察力かな。間抜けどもは論外として、君は本当に観察のしがいがある。見る度に発見がある」
「あら、ありがとう。でも、その間抜け達にあのワインは大人げないんじゃないかしら?」
「なんのことかな?良いワインだったでしょ?手に入れるの結構苦労したんだよ?みんながぶがぶ飲んで酔っちゃったみたいだけど...酒は呑んでも呑まれるなってね」
「騙るに落ちてるわね...あのウジ虫達、お酒強い方なの。高い酒とは言え度数の高くないワインであそこまで酔うことは無いもの...」
「君のワインには何もないから安心しなよ。気になるなら毒見しようか?ちゃんと飲めてないでしょ?まあ、あんな馬鹿どもを見ながら気にせずに飲めるわけないだろうけど」
「わかってるのね、なら1杯飲んでくださる?」
そう言うと胸元からほんのり赤く濡れたタオルを取り出し捨て、テーブルからワインがなみなみと注がれたグラスを彼へと差し出した。
「グラスもいいの...?美人からのお酌、ありがたく頂くよ。バレないようにとは言え、さっきまでの白とは違い赤ワインじゃ染み込ませると目立つよね... 君の瞳に乾杯」
彼はにっこりと笑いながらグラスを受け取り、一息に飲み干した。
「ふう、やっぱり、この強い風味が良いんだ。グラスは後ろの棚にあるから使って良いよ」
「いえ、そのまま使うわ。人が使ったとか気にしないから」
「...そう。じゃあ、どうぞ。次行こうか」
彼は薄ら寒い笑みを浮かべ、グラスを私へ返す。次のゲームへ移る。南部式は手札の推測が出来る2戦目以降からが本番だ。カードが配られ、お互いの目線が交差する。
「3枚よ...」
「..こっちも3枚でいくよ、うん...」
「あら、いい手が来たかしら」
「まあね、君もじゃないかな?」
「嘘が下手ね...私を色眼鏡で見てるんじゃないの...その似合わない眼鏡は辞めたら。口のそれも...飲みにくくないのかしら。美人のお酌って喜ぶなら変なつまみを食べずに味わいなさい」
「バレてるよね...そりゃあ。まあ、ない方が気が楽だからよかったよ」
そう言うと彼は伊達眼鏡を外しポケットに入れ、口から布のようなものをだしゴミ箱へ投げいれた。ハンカチで手を拭き、向き直る。最初よりこじんまりとした、いや...幼い印象になった
「思っていたよりも若いのね...5歳くらい若く見えるわ」
「化粧もお手の物さ、エクトルには必要ないだろうけどね」
「お世辞がお上手ね...レイズ、とっとと見せなさい」
「お世辞じゃないんだけどね...フォールド、降りるよ...これはどうしようもないね」
彼はブタの役見せながら、笑う。余裕とでも言うようだ。
「全力を見せなさいな、職業柄、油断は命取りよ」
「ずっと本気じゃあ疲れちゃうよ。残業は非常時だけにするものだろ?」
「適切なマネジメントをしないのが非常時に含まれるならね...」
「...全くだね、上のマネジメントで僕らは全力で動かされてる訳だからね...次行こうか。最後になるかな」
「あら早いのね、夜はまだまだよお坊ちゃん」
「坊っちゃんって歳でもないよ、それにやらなきゃいけないことがあるからね」
「あら、こんな夜更けに?お酒や女にうつつを抜かしている人達に分けてあげたい勤勉さね...」
「エクトル、君には負けるよ...何ヶ月も友達のために尽くす勤勉さは僕にはないよ」
お互いにカードを配り、向き直る。手札はジョーカーを含む9の4カード...あり得ないほど良いカードだ...
「あら、何の「6時まで僕を接待すれば勝ちだと思ってる?」
何故、時間まで把握された...?裏切り者なんている筈もない。カメラはもちろん、盗聴器にも最善の注意を払った。常に会話では複数の時刻を混ぜてる以上、盗聴だけでは何時なのかなんてわかるはずもない。紙類も飲み込んで処理している。
「...」
「4枚変えるよ...友達思いなのは好感が持てるけど、自己犠牲は駄目だ。機械兵ってのは地獄さ...」
「そのようね...」
「収容所の看守は僕のように優しくない。なるまでも、なってからも地獄だ...碌な目に遭ったのを見たことがない」
「...1枚「レイズ、勝てると思ってるだろう。泳がされてるとも知らずにね...残念。君の負けだよ」
彼はこちらのコールも待たず、手札を広げる。ロイヤルストレートフラッシュ...3戦目では最早山札にあるはずのなかったカードすらある...
「外から僕に勘付かれた時点で計画は破綻している。本当はわかってるのに、無視するのは良くないよ。いや、気づいたのが僕で良かったよ」
「...どういうことかしら?」
「トレードが成立するから」
「話が見えないわ」
「そのままの意味さ、君自身と君の仲間とのトレードが僕の中では成立する。君の価値を最大限理解してるからね」
「こんな小娘に価値なんてあるものですか」
「元東部都市最大の商社のご令嬢がそんな卑下しなさんな」
「そういうこと...」
「まあ、それ以外もあるけどね」
「?」
「返答がまだだったね...フォールドかレイズか、コールか
どうする?とはいえ、人生はギャンブルだ。好きなものを選ぶといい。まだまだ夜は長いよ、お嬢さん」
彼はにっこりと微笑む、どれに転ぼうとどうでも良いのだろう...みんなの運命を決めることになる私の選択は...