二年前、トリニティ総合学園、生徒会室・通称“ティーパーティー”のテラス席。
当時の生徒会長三人が小さな丸テーブルを挟んで会議をしている時だった。
総長のスマホに電話が鳴った。
「失礼……私だ」
会議中に電話が鳴ったことを他の二人に謝罪しつつも、スマホの画面に表示された名前に彼女は顔を顰めつつも、電話に出た。
『よう、総長!! 俺だよ、俺!!』
「……一体何の用だ?」
総長はスマホのスピーカーボタンを押して、そこにいる二人にも聞こえるようにした。
勿論、ミコトの声が聞こえた瞬間、他の二人も顔を顰めたが。
『実はよ、これからブラックマーケットにカチコミに行くんだけどさ、お前らも行かねえか?』
なんと、ミコトは他校の生徒会にカチコミの参加を持ち掛けていた。
「……ブラックマーケットとは、あのブラックマーケットだな?」
『ほかにどこが在んだよ』
トリニティの生徒会でも、あの悪所の評判は当然ながら悪い。
偶に好奇心旺盛な生徒が行っては、犯罪に巻き込まれるケースが多発しているからだ。
同時に、その巨大さから手が出し難いのも事実であった。
「なぜ我々にその話を持ち掛けてきたんだ?」
『は? だって同盟組んでんじゃん、俺ら』
「そちらの生徒会は把握してるのか?」
『これから言うんだよ。あんたらが参加するってなれば、マコトパイセンもやる気出すしよ』
その妙な計算高さは何なんだ、と総長は言い掛けた。
「それは要求か? 我々にも戦力を出せという」
『何言ってんだ? これから楽しい
電話の奥のミコトは、非常にテンションが高い。
本当に、心の底から、何の表裏も無くそう言っているのがこの場の三人にも分かった。
ミコトにとって学校の垣根など、どうでもいいことなのだ。
「……わかった、我々も参加する」
総長はそう決断した。その言葉に席を共にしていた二人が驚愕する。
「その代わり、明日まで待ってくれ。
我々も準備をする」
『そうこなくちゃな!! んじゃ、明日始めるからよ、じゃあな!!』
そうして、電話は切れた。
「……総長、どういうことですの、何を勝手に──」
「まあ聞け」
ホストたるお嬢の言葉を遮り、総長は言った。
「このままあいつらに好きにさせれば、我々が欲しいブラックマーケットの犯罪の証拠は滅茶苦茶になる」
「それは、そうですが……」
「それにこれは世間的なアピールになる。
ゲヘナの要請に応じて、我々が馳せ参じた、と。これは共闘で、決して我々は、奴らの下ではない、とな」
「同時に、連邦生徒会に貸しを作れるわけだね」
そうだ、と総長は歴女に頷いて見せた。
「連邦生徒会への手札は多ければ多いほど良い。交渉材料になる」
「もうすぐこの席を退く我々にとって、後輩には良い土産になるね」
「あの一件で暴れ足りない奴らがこっちにも多い。良い機会だ。
それと、救護騎士団やシスターフッドへも連絡を入れる」
人道支援の為にな、と総長は抜け目なく語った。
「問題は……」
お嬢が溜め息を吐いてこう言った。
「我々が後継者として指名した三人全員が、次期生徒会長の席を辞退したことですわね」
「……」
「……」
この三人はその為に今、会議を行っていたのである。
彼女らの後輩たちは、今のイケイケなゲヘナと矢面でやり合う自信はない、と要するに泥を被りたくないと生徒会長と言う罰ゲームを辞退したのだ。
「……それについては、一年から選ぶほかあるまい」
「そうなるね……」
「全くですわ……」
自分達の引退はもう少し長引きそうだ、と三人は溜め息を吐いた。
──トリニティ総合学園 正義実現委員会他多数、参戦。
「行政官!!
「もう報告に上がってるよ」
慌てた部下がカヨコの座るデスクへやって来る。
その原因について、情報部から既に経緯が報告されていた。
「全く、ブラックマーケットに手を出すなんて、正気ですか!?」
「いや……いいこれは機会かもしれない」
「カヨコさん?」
憤るアコを他所に、カヨコはスマホで電話を掛けた。
相手は勿論、渦中の中心だ。
「私だけど……うん、うん、わかった。
……トリニティにも? 万魔殿も巻き込む? はあ、ならこっちも引けないじゃない。こっちも戦力を出すから」
それじゃあ、とカヨコは通話を終えた。
「アコ、委員長に連絡を取って。
私達もあいつらの戦いに参戦するよ」
「か、カヨコさんも正気を失っておられるのですか……」
「それは順序が違うよ、アコ」
絶句しているアコを、カヨコはたしなめた。
「あんな場所が公然と存在していることの方が正気じゃない。
我々は風紀を正すだけだよ、違う?」
「……そうですね、仰る通りです」
問題は、ブラックマーケットという狂気を正そうとしているのが、また別の狂気と言うことだった。
「トリニティの連中も声を掛けるとミコトは言っていた。
あいつらに、あの場所の犯罪の証拠を奪われると面倒だし。
あのバカ共が略奪なんてしないよう見張らないと」
「あそこの犯罪資金を接収するのは我々、風紀委員会ですね?」
「証拠と共にそれを返還し、連邦生徒会に対する主導権を得るのは、私達ゲヘナ学園だってこと」
あくどい笑みを浮かべるアコに、カヨコは頷いて見せた。
「あとは、あの生徒会長の出方次第、か」
カヨコは続々と集まり続ける不良たちを、窓から見やった。
──ゲヘナ学園風紀委員会約500名、参戦。
ゲヘナ学園、生徒会室。
「こ、今度は、ブラックマーケットに喧嘩を売るだと!?」
「おう、一緒にカチコミに行こうぜ」
まるで放課後にカラオケでも行こうぜ、みたいな気軽さで、ミコトは言った。
「なんで貴様は、面倒ごとを次々と……さっさと解散させろ!!」
「まあ聞けよ、マコトパイセン」
激昂するマコトに対して、ミコトは穏やかに笑っていた。
「俺はこの間、勝手しちまって悪いと思ってんだ」
「どの口が言う」
「それでよ、今度は土地が手に入るんだぜ」
ミコトは獰猛な獣だが、理性がある。
狩りのやり方を選ぶ、人間の知性を持った最も恐ろしい獣だ。
「だって、誰のものでもないんだろ、あそこって。俺達のモノにすりゃあいいじゃんか」
「…………」
マコトは黙り込んだ。
彼女の脳内で損得が目まぐるしく計算されているのだ。
「実はよ、もうトリニティの方にも連絡入れてんだ。
あっちは一緒にカチコむってよ」
「なんだと?」
マコトの表情が変わる。
彼女のちんけなプライドが、トリニティに後れを取るなんて許せないのだ。
「俺は手柄なんて要らねえからよ、共同作戦ってことにしちまえよ。
俺らとトリニティがちょー仲良しってことを示せりゃ、前の同盟をやったマコトパイセンの評価も上がんだろ?」
ミコトはユエに教わったマコトの懐柔方法を口にする。
幸い丸暗記はミコトの得意分野だった。
「お前達が我々の指揮下に入る、これが絶対条件だ」
「おう、俺は暴れられりゃいい。強そうなやつは俺が全部倒す」
「ならいい」
マコトは決断を下した。
「ティーパーティーと連絡を取れ。
ブラックマーケットの包囲作戦を実行する!!」
彼女はそう部下たちに宣言した。
「なんだよ、ふつーにカチコめばいいだろ」
「馬鹿か貴様、それじゃあ悪党どもに逃げられるだろうが。一網打尽にしないと意味が無いのだ」
「あー、なるほどな」
本当に喧嘩すること以外全く何も考えていないミコトに、マコトは頬を引きつらせた。
「ブラックマーケットはゲヘナ自治区に隣接している。
いずれ掃除するべきだとは思っていたが……」
もっと権力を盤石にしてからにしたかったと、マコトは内心ぼやいた。
用事を終えたミコトは、悠々と生徒会室から立ち去った。
「イロハ」
「はい、マコト先輩」
当時まだ中等部の頃のイロハが応じる。
彼女はもうこの時点で、「あれ、もしかして自分が生徒会長に目を掛けられてるのは面倒ごとを押し付けられるためでは」と思い始めていた。
「マコト様スペシャルを用意しろ。私も出陣するぞ」
「……え、あれを使うんですか?」
ドン引きするイロハに向けて、マコトはドヤ顔を披露する。
「我々万魔殿が出兵したことを大々的に示す為だ!!」
「……ただの目立ちたがり屋じゃないですか」
イロハはぼそりとそうぼやいたが、笑い声を上げ始めたマコトには聞こえていなかった。
──ゲヘナ学園万魔殿一個大隊、参戦。
「報告は以上です、局長」
同日、夜。
カンナは上司に此度の経緯を報告していた。
『か、カンナ、お前、何てことしてくれたんだ!!』
上司の怒声に、カンナはスマホを思わず遠ざけた。
「逆に聞きますが、局長。全部私の所為なのですか?」
『…………』
「私は単独でやるつもりでした。話を大きくし過ぎたのはあちらです」
『はぁ……言いたいことは山ほどあるが、この案件はもうこっちを離れているんだぞ!!』
「もうそれを論ずる段階は終わっているかと」
『……私にどうしろと言うんだ』
電話の向こうで上司が頭を抱えているのが、カンナには目が浮かぶようだった。
「とりあえず、上に報告するべきでは?
ゲヘナも、トリニティも、やる気ですよ」
攻撃は明日、たとえ今から連邦生徒会に報告しても、誰も止められないだろう。
『せめて一般人の避難指示を……聞かないだろうな、あそこの連中』
「聞かないでしょうねぇ」
今から攻撃するから避難してください、なんて間抜けな指示に従うなら悪事なんてしていないだろう。
『……わかった。警備局に話を付けてくる』
「局長!!」
『不良生徒が暴徒化し、ブラックマーケット付近で暴れまわるという情報が入った。それだけだ』
「ありがとうございます、局長!!」
『これは独り言だが……』
応援の約束にカンナは歓喜したが、局長はぼそりと言った。
『防衛室は、代々企業との癒着があると噂がある。
公安もその恩寵を受け、時には不自然な捜査の終了があるとか』
「……それは、噂でしょう?」
『文明社会に生きる以上、社会の恩恵が無ければ組織は維持できないのは事実だ。
それのどこからどこまでが癒着で、慣れ合いと呼ぶのか、それを我々は決めることは出来ないと言うことだ』
所詮、ヴァルキューレは連邦生徒会の下部組織に過ぎない。
上の意向は絶対である。
「それを嫌がったから、今の連邦生徒会長はSRTなんて我々の
『そうかもしれないな……』
今年になって代替わりした連邦生徒会の新政権。
その長、全ての学園の生徒会長のトップ、連邦生徒会長はその強権を振るい、自分の為の学園を創設した。
それがSRT特殊学園。エリートだけを選抜した、連邦生徒会長直属の特殊部隊を育成する学校だった。
自分だけの特殊部隊とか、まるで独裁者だと揶揄される行いである。
だが、創設してすぐ彼女らは実績を上げた。
ミコトから理性を抜いて悪辣さを足したような、かの災厄の狐を矯正局にぶち込んだからだ。
『誰もが理想の姿と、現実は違うものだ』
「私が上に行ったときは、全て正して見せます」
『この調子で、その前に退学にならないといいがな』
部下の野心を、上司は呆れたようにそう評した。
「それでは、逐次連絡を致します」
『ああ、そちらは頼む』
カンナは報告を終え、スマホの通話を切った。
「いずれヴァルキューレは私が変える。
我々の正義は、誰にも歪ませてなるものか」
自販機の頼りない明かりだけの暗闇のなかで、カンナはそう誓った。
まだ、何も背負うものが無かった、青かった彼女は。
──ヴァルキューレ警察学校 警備局全20部隊、参戦!!
夜とは、大人の時間である。
夜更かしは大人の特権で、趣味や娯楽の為に時間を費やす。
それと同時に、夜の暗闇は悪党たちの悪事も隠す。
「聞きましたか? 不良たちがここで略奪を企んでるとか」
「聞きましたとも!! 馬鹿な連中だ」
「ここ最近はそう言うこともなかったですなぁ」
ブラックマーケットにある高級ホテルの最上階。
そこでは悪党たちの宴が行われていた。
ブラックマーケットで活動する企業はその殆どが悪徳企業。
詐欺、脅迫、より直接的な武力行使は当たり前。
金儲けに手段を択ばず、当たり前のように行き場のない子供たちを端金で搾取する。
治安を自ら乱しておいてそれを治める商品を売りつける。
不利な契約で借金地獄に陥れる、取り立てのやり方も利子も違法だ。
そんな悪徳営業の巣窟が、このブラックマーケットである。
ここに集まる悪党たちも、別に仲間同士ではない。
お互いに利害がぶつからないように、牽制しているにすぎない。
争ったところで儲かりはしないのだから。
金持ち争わず、である。
ただこのブラックマーケットという聖域で、彼らが油断し慣れ合っているのも事実であった。
多くの軍需企業や傭兵会社。そして彼らの資金提供によって組織されたマーケットガードとその下部自治組織。
並みの、いや二大学校にも引けを取らない軍備。
連邦生徒会すら手を出せない、まさに悪の聖域であった。
ただその機会が無いだけで。
彼らだっていざという時には戦うだろう。皆勝手にそう思っている。
なぜなら誰も、その防御力を試したことは無いのだから。
その防備が本当に機能しているのか、実際に災害に遭わないとわからないだろう。
しかし、彼らは盲点であった。いや、無関係だった。
かの災厄の狐たる、狐坂ワカモがそう呼ばれるのは彼女個人の武力が突出して優れているからではない。
災害とは点ではなく、面なのだから。
先生がこの地にやって来る未来、ミコトが災害扱いされるその最大の理由は、彼女個人の武力だけでは決してない。
悪魔だ。
悪魔の津波が、彼女の一言でやってくるからだ。
それが誰も予測できないから、災害なのである。
いつだって、どこだって、災害とは思いもよらぬタイミングでやって来るものなのだから。
「おい聞いたか、明日あの死神が来るらしいぜ」
「マジかよ、ヤバいじゃん、今のうち逃げようぜ」
「ついにブラックマーケットにまで来やがるのか……」
対してブラックマーケットに屯する不良たちは、ネズミのように、或いは蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
果たして賢いのはどちらなのか。
「アカリさん、ミコトさんがヤルそうですよ。便乗させてもらいましょう」
「ブラックマーケットの料理食べ放題ですか、お祭りですね☆」
──ゲヘナ学園 美食研究会2名、参戦。
「はいはい、こちら、救急医療部。
救護要請ですね、はいはい、明日のブラックマーケットで。はいはい。
……お前ら、救急戦車を全台用意しろ」
──ゲヘナ学園 救急医療部約50名、参戦。
「おい、ミコトさんがカチコむってよ!!」
「私らも暴れさせてもらおうぜ!!」
「楽しみだなぁ!! 腕がなるな!!」
──キヴォトス全域 不良生徒約5000名、参戦。
「私も!!」
──参戦。
「うちらも混ぜて貰おうぜ!!」
──参戦。
「──!!」
参戦。
参戦。
参戦──。
今回でカチコミを終わらせようかと思ったのですが、思いのほか長くなってしまいましたので、実戦は次回になります。
次回、「ブラックマーケット炎上」。
こうご期待!!