「どうぞ、お掛けになって下さい」
火薬の臭いが満ちる工房で、ゴルコンダはミコトに着席を促した。
それと同じように、彼も椅子を引いて着席した。
「…………」
彼女は無言で、席に座った。
彼に銃を向けたミコトは、しかし片手を前に出し、ゴルコンダはこう言ったのだ。
「ああ、争う気はありません。
わたくしは戦う力などありませんから」
ゴルコンダは、最初にそう述べた。
「この場に貴女が現れた時点で、貴女の勝利なのです。貴女の要求を受け入れましょう」
「…………」
「おや、デカルコマニー。さしもの貴方も、自分を
「…………」
「誰と話してやがる?」
「……ああ、これは失礼をば。
此度の邂逅は文脈的に言えば当然の、言わば運命のような出来事。
どのような物事にも解釈があり、それは当然の出来事なのです」
例えば、の話である。
どのような武器も通じぬ鱗を持つ竜が現われたとしよう。
それは災害であり、災厄だ。
だがこれが英雄譚の一説ならどうか?
その竜は必ず、英雄によって討たれるのだ。
竜をも殺す、剣を携えて。
不死身の敵、という前振りは、それを撃破するという主役を際立たせる演出に過ぎない。この両者の出会いの必然性。
……これはそう言う話なのだ。
「我々の前に、貴女が現れる。死神よ、それは至極“記号”として当たり前の出来事なのです」
「俺にも分かるように言えよ、インテリ野郎」
「ふふふ、では端的に。貴女との会話を楽しんでいる、とだけ」
ゴルコンダは紳士的に、穏やかにそう答えた。
「お前が、あのヤバい銃弾を創ったのか?」
「ええ、その通りです」
ゴルコンダはあっさりとミコトに自分が黒幕だと認めた。
「しかし、“ヤバい”、ですか。表現としては多分な意味を有するもので、より直接的な表現を用いるべきでしょう。
例えば、奇妙な、或いは、異常な、と」
「言葉なんてどうでもいいだろ」
「いいえ、これは大事なことです」
ゴルコンダはそう断言した。
「ですが、本当にこの銃弾はおかしな力を持っていると思いますか?」
「何が言いたいんだ、お前」
彼はテーブルに銃弾が詰まったマガジンを置いた。
この何の変哲もない銃弾が、生徒を殺しうる可能性を持っていた。
「逆です。逆なのです。この弾丸は言うなれば、
「……じゃあなんで、銃弾が皮膚を貫通すんだ?」
「この場合、異常の定義を有するテクストは貴女方なのだとしたら、どうでしょう?」
ミコトは彼が何を言いたいのか、わからなかった。
「例えばの話をしましょう。
そうですね、スポーツのサッカーのルールは分かりますか?」
「当たり前だろ、ボールをゴールにシュートして、得点が多い方が勝ちだ」
「ええ、その認識さえあれば十分です」
馬鹿にしてんのかお前、とミコトはぼやいた。
「貴女は霧に包まれ道に迷い、異常な空間に出たとしましょう。
そこではサッカーでボールの代わりに爆弾をゴールに蹴って、相手のキーパーを倒して得点を得る世界でした」
「なんじゃそりゃあ」
「ですが、その異常な空間でそれは
ゴルコンダは丁寧に、本当に彼女の知性に合わせて話をしていた。
「此度の私の実験は、そんな普通の流布する世界で、我々の知るサッカーのルールを提案したに過ぎません」
果たして、どちらが異常なのか?
「……なんで、そんなことをしたんだ?」
ミコトは理解を諦めて、彼に問うた。
なんで彼女が彼の無駄に長い話を聞いているのか、それは単純なことだ。
もう勝敗は付いているから。
彼女は敗者に追撃をする趣味が無いから。
その後の政治やらなにやらの後処理は、全部マコトやそれ以外の仕事だと思っているから。
だから、この奇妙な対談は成立しているのだ。
「
彼女の問いに、怪人は言った。
「俺と、同じだって?」
「わたくしと、わたくしの所属する組織の目的は、各々の解釈を通じて“崇高”へと至ること。
貴女が自身を鍛え、最強という理想とする姿に近づこうとする。それと同じなのですよ」
これにはミコトも反応に困った。
ゴルコンダは彼女に親しみさえ抱いているようだったのだ。
「……とにかく、この銃弾を作るのは止めろ。じゃねえとお前をぶっ飛ばす」
「ええ、その要求を呑みましょう。約束します。
最早、この弾丸に固執する理由は無くなりましたから」
両者の会話は成立しているのに、まるで噛み合わない。
その不気味さを、ミコトは感じていた。
「ところで死神よ、なぜ貴女は
「は? 誰が言い出したかなんてしらねーよ」
「字義的に解釈するのならば、死の神。死を運ぶ神。
しかし、神話的にそれを読み解くならば、死神という存在に暴力性は介在しないのです。
勿論、近年における創作物の登場人物に、称号として強者にその異名が与えられる場合があることは承知しています。
ですがそれは多くの場合、敵兵などを数多く殺傷した人物や、その人物がいることで周囲の人間が死に至るといった噂が流布している、等といくつかのパターンに分けられます」
つまるところ、ゴルコンダの興味は。
「その貴女がこの銃弾で我々を撃ったら、それはどのような結果になるのでしょうね」
──ミコトという存在に向けられていた。
「我々は死ぬのでしょうか。それとも貴女の有する常識が適用されるのか。限りなく死を忌避するキヴォトスの有する神秘のテクスト、それともそれを超えて死が顕現するのか。興味は尽きません」
生徒に“死”というルールの無い場所。
死を齎す概念。死の常識。死の法則。
死という絶対と、それを遠ざける世界のルール。
その中に投じられた、“普通”という解釈のテクストを有する銃弾。
銃弾で誰も死なないというミコトの常識が適用されるのか、それとも彼女の有する死神という「記号」が適用されるのか、それで不死性を有するデカルコマニーが撃たれればどちらが優先されるのか。
まさに、矛盾だ。
「だらだらと御託を並べやがってよ、てめぇは何が言いてえんだ?」
「では結論を申し上げましょう」
ゴルコンダは、テーブルに置かれているマガジンをミコトの方に押し出した。
「こちらの銃弾は貴女に差し上げます。
処分するなり、使用するなり、自由にしてくださって構いません」
「くれるっつうなら、貰うけどよ」
ミコトは困惑していた。
彼が何をしたいのか、まるで理解が追いついていないのだ。
とりあえず、くれると言うのだからミコトは“普通”の銃弾が詰まったマガジンを手に取った。
「──受け取りましたね?」
しかしそれは、ゴルコンダの思惑を確信に至らせた。
「ま、使わねーと思うけどよ」
「ふふふ、このような視点から解釈を読み解くのはあまり行儀がいいとは言えませんが、──貴女はそれを使いますよ」
推理小説で密室が発生し、そこで殺人が起こらないことがあろうか?
名探偵が現われず、事件が迷宮入りするだろうか?
娯楽を目的とした小説で、作者が読者を楽しませないことがあろうか?
── ミコトは、その銃弾を使うのだ。
「ああ、この伏線が今後にどう生かされるのか、私は楽しみにしていますよ。
なにせ、お嬢さん。貴女は
ゴルコンダを抱えたデカルコマニーが立ち上がる。
「では、わたくしはこれにて。いずれ、また会いましょう。お嬢さん」
「あ、逃げんなコラ!!」
立ち去ろうとする二人に、ミコトが椅子を吹っ飛ばしながら立ち上がるが。
「ミコト!!」
「ミコちゃん!!」
それと同時に、カンナやミコトの仲間が工房に突入してきた。
「あ、お前ら!! 丁度よかった、今黒幕を──」
振り返って彼女らを認めたミコトが、ゴルコンダの方を向いた。
だが、そこにはもう誰も居なかった。
「あの野郎……」
一発ぐらい殴っとけばよかった、とミコトは内心吐き捨てた。
あちこちで火の手が上がり、正義実現委員会は戦闘継続が困難に陥っていた。
幸いなのか、それはここの大人たちもそうだった。
彼らは着の身着のまま、逃げ出しては彼女達に拘束されている。
「身柄の確保を優先しろ!!」
正義実現委員会の長も兼任する総長が指揮と避難の陣頭指揮を執っていた。
「まったく、誰だこんなに街を燃やしたのは!!
やはりゲヘナの連中は野蛮で困る」
「……シスターフッドです」
「……は?」
側近の予想外の返答に、総長は面を喰らった。
「シスターフッドの長、管区長がナパーム弾で手あたり次第建物に攻撃しているんです……」
「……冗談だろう?」
彼女の側近は力無く首を横に振った。
「仕方ない、各地の消防学校に連絡し協力を要請しろ」
「わかりました!!」
火の手は学校ひと区画分にまで広がっている。
事態の収拾が先決だと、総長は判断した。
一方、その頃。
「た、助けてくれぇ!!」
燃え盛る街中。
ビルも建物も車も、皆燃えている。
その中で、一人の大人が命からがら逃げだしてきた。
彼が逃げた先には、シスターたちが幾人もの大人たちを保護しているのを見つけた。
「はい、よく御無事でおられました。安全な場所まで送り届けます」
「あ、ありがとう……」
彼がシスターたちの献身に感動していると。
「聖典曰く、あらゆる退廃が満ちた悪徳の街の存在に神は怒り、火と硫黄を用いて滅ぼされました」
聖典を開いて、まるで説教でもするかのように一人のシスターが仲間たちの前でそう言った。
「されど、一人心根の優しい人間が逃げるまで、神は裁きをお待ちになったのです。
つまり──」
ぱん、と彼女は聖典を閉じ、燃える燃えるビル群を示した。
「神は更生の余地のあるモノだけを、私達のもとへと送り届けてくださるはずです!!」
「はい、管区長!!」
「それ以外は燃やしてしまいなさい」
「了解です!!」
牽引式の榴弾砲で、シスターたちはせっせとナパーム弾を投じていく。
ビルが燃え、中身の鉄骨が露出し、嫌なにおいが街中に充満する。
「だ、だれか、たすけて……」
「ご安心ください。ちゃんと貴方は外へ送り届けますので」
怯える大人たちに、管区長は優しく微笑みかけた。
「団長、あのビルの中にまだ取り残されている人が!!」
「わかりました、しかし……」
ビルはモクモクと煙を吐いており、装備も無しに突入は出来ない。
さしもの救護騎士団も躊躇っていると。
「お前ら、やれ」
重厚なエンジン音と共に、救急医療部の救急戦車が燃えるビルに砲弾をぶち込んだ。
説明しよう、救急戦車とは、救急車と戦車を合体させようというコンセプトの元、揺れる戦車の中で手術なんて出来るか、と開き直った後に救急車の機能を取っ払った、要するに普通の戦車である。
砲撃で倒壊したビルに、消火剤の入った榴弾を投じる救急戦車。
何て無茶苦茶な、と当時の救護騎士団の団長がドン引きしていた。
「おい、いつまで見てんだ看護師共。
お医者様が命令してんだ、さっさと患者を掘り起こせ!!」
豪快過ぎるやり方で鎮火させる救急医療部に救護騎士団は唖然とする。しかしこの場に学校の垣根はないし、医療にその境は更に無い。
「ううう、やっぱりゲヘナの連中は頭がおかしい!!」
当時の団長は涙目を浮かべながら、そう叫んだ。
ただ、これ以降両部活は学校の垣根を超えて勉強会を開いたりなど、交流のきっかけになったのはまた別のお話である。
「マコト先輩、これ以上は危険です!!」
「……ちッ、仕方がない。総員撤退だ!!」
マコトとしては、この場に戦力を残して実効支配をしたかったのだが、こうも燃えてはそれもかなわない。
車内のイロハの言葉を受け、撤退の指揮を執った。
そんな彼女が、風切り音を聞いた。
「先輩、アブな──」
とにかくイロハは必至にマコトの足を引っ張り、車内に引きずり込んだ。
直後、戦車にナパーム弾が直撃した。
「あちちちち!! くそう、トリニティの仕業か!!」
何とか車内から這い出たマコトは、驚愕の光景を目にした。
「ま、マコト様の銅像があああぁぁぁ!!!」
戦車後部に設置されていたマコトの銅像が、ナパーム弾の熱でどろどろに溶解していた。
「おのれ、トリニティ!! この屈辱は忘れないぞ!!!」
「いいから早く撤退を指揮してください!!」
仮にも重戦車なのでナパーム弾の直撃ぐらいではビクともしない。
マコト達万魔殿の部隊は、捕らえた大勢の大人たちと共に撤退していくことになった。
そして、ブラックマーケット外周。
「や、やっと、逃げられる。助かったんだ!!」
ゲヘナやトリニティの部隊に遭遇せず、ブラックマーケットの外の付近までやってきた大人たちも数多くいたのだが。
「なあ、あれ、ブラックマーケットの大人じゃねーか?」
「おっしゃー、奴にもヤキ入れてやれ」
そこに待ち受けていたのは、銃と鉄バットを持った大勢の不良だった。
「フクロにして、ミコトさんに差し出せ!!」
「や、やめてくれ、助けて──」
「てめーらはそうやって助けを求めた奴らを、助けたのかよ」
不良たちは無慈悲に鉄バットで四方八方から逃げてきた大人たちに暴行を加えていく。
「おら、いつもみたいに見下してみろよ!!」
「マーケットガードに守って貰えねえと偉そうにもできねーのかよ!!」
「私らの苦しみをおしえてやれ!!」
ブラックマーケットの外周部ではそのような光景が何百と発生していた。
全ての事態が収拾したのは、ここから更に一週間を要した。
キヴォトス各地に点在する消防学校の消防隊が、ブラックマーケットの鎮火作業と救助の完了を宣言したのだ。
廃墟同然のブラックマーケットと、放水によって水浸しになった街。
数少ない普通に暮らしていただけの住人は、途方に暮れる他なかったという。
政治的な話になると、ブラックマーケットに隣接するゲヘナが土地を、トリニティは数々の犯罪証拠の大半を手にすることで今回は手打ちになった。
そして、両学園から数万人もの犯罪者を受け渡されたヴァルキューレ警察学校は、その後始末で警察機能がマヒする事態に陥った。
「本当に、あの時は大変でしたよ。私の処分も保留になりましたから」
「“頑張ったんだね……”」
後にブラックマーケット解体戦と言われるようになった戦いは、こうして幕を閉じた。
「ブラックマーケットに根を張っていた犯罪組織の大半は火事で自壊し、或いは構成員が検挙されました。
結局警察機能のマヒに、連邦生徒会が介入して事態を収拾することになりました。彼女達もしばらく徹夜だったことでしょう」
「“ははは、笑えないね……”」
もし当時、先生が居たとしたら同じく徹夜だったろう。
先生は引きつった笑いを浮かべることになった。
「そして闇銀行などに残っていた犯罪資金を復興に当てることが決まり、今では行く当てのなかった多くの生徒達が住む学生街になりました」
しかしながら、である。
ヴァルキューレ警察学校にとって、この出来事は序章に過ぎなかった。
「……そして、私はある時、ミコトを呼び出しました」
カンナはどこか悔いるように、或いは懺悔のようにそう言った。
「話って、なんだ。カンナ」
D.U.のシラトリ地区に呼び出されたミコトは、三日の付き合いも無い筈のカンナに親し気にそう言った。
「初めにこれだけは言っておく。……ミコト、すまない」
がちゃん、とカンナはミコトに手錠をかけた。
それと同時に、隠れていた警備局の生徒達が彼女を包囲した。
「つまり、どういうことだ?」
「公安局に圧力があったらしい」
カンナは自分が餌に使われたことを、悔し気にしていた。
「ブラックマーケットの大半の犯罪組織は潰れた。
だが、その犯罪組織の一部は、キヴォトスに根を張る大企業の資金洗浄係に過ぎなかったのだ」
結局、悪党たちの上澄みにとって、ブラックマーケットが消えた所で便利な財布がひとつ無くなった程度に過ぎなかったのだ。
「そして今回の騒動を首謀した生徒を逮捕しろ、と。報復目的でだ」
「俺がここでお前達を倒して、逃げたらどうなる?」
「恐らく指名手配になる。いずれにしても詰みの盤面だ」
「そいつはそいつで楽しそうだけどなぁ」
ミコトは、そんな絶体絶命の境地でも笑っていた。
「なあ、ユエ。お前はどうすれば良いと思う?」
ミコトが振り返る。
すると、彼女を包囲していた警備局の間を縫うようにしてユエが現れた。
「止まれ!!」
「ねえミコト。彼女達ってそんなにも圧力が好きなのかしらね」
くすくす、と複数の銃を向けられてもユエは止まらず笑っている。
「ねえ。だったらミコトも、掛ければ良いじゃない。圧力を」
魔女の囁き。
死神が嗤うのを、またカンナは目の前で目撃した。
「面白ぇ。じゃあ俺も圧力掛けんぜ!!
おい、お前ら。これから単身乗り込む。お前らの上司に今すぐ伝えろ!!」
カンナは震えた。
恐れや、戦慄ではない。
「俺の言うこと聞かなかったら、ヴァルキューレの全員を〆るってな!!」
ミコトは、他でもないヴァルキューレの全ての生徒の為に、ヴァルキューレの全ての生徒に宣戦布告をしたのだ。
嵐が、徐々に連邦生徒会へと近づいて行く……。