ゲヘナ学園 園芸部の死神   作:やーなん

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side:イオリ 「次期幹部の初任務」

 

 

 

 

 今年、高等部に上がる生徒達は、実感のない高校生活の初日が開けた。

 

 今年はインフルエンザが猛威を振るい、それは始業式にまで食い込んだ。

 翌日に行われる、ゲヘナ学園外から新入生を受け入れる入学式も同様である。

 ゲヘナ学園は巨大な学校なので、始業式が先に行われ新入生の受け入れ準備を行う形だ。

 

 一方で、ゲヘナ学園は初等部から高等部までエスカレーター式に上がることが出来る。

 生徒達は合計で12年在籍でき、その期間の生徒数がゲヘナ学園の力の源でもあった。

 

 トリニティ総合学園も同様の方式であり、専門学校のミレニアムや、かつてキヴォトス最大規模を誇ったというアビドス高校に入学した生徒の在籍期間が三年だけだと考えると、その趨勢が如何に強大なのか推し量れるだろう。

 ゲヘナやトリニティが、将来性を考えればミレニアムを警戒するのも当然のことだろう。数百年の歴史を持つ両校が、開校して三十年程度の新参者に肩を並べられるのは、十分、脅威に値する。

 

 十年後のミレニアムが、黄金期のアビドス高校の再来にならないなんて、誰が言えるだろうか? 

 

 

 とまあ、そんな話は脇に置いておくとしよう。

 

 中等部から高等部に上がった銀鏡イオリも、また高校生になった実感のない一人だった。

 

 彼女は中等部の頃から風紀委員会への入部を希望しており、同様の選択をした生徒達ともに事前に訓練を受けていた。

 

 イオリのような一般家庭出身でも、代々ゲヘナ学園に入学すると決まっている生徒は多い。

 特に家柄が良いわけでもない彼女は、自分のキャリアアップに風紀委員会を選んだ。ゲヘナ学園で成り上がるには万魔殿の議員になるか、風紀委員会で出世するのが一番である。

 

 元来生真面目で正義感も高く、腕っぷしに自身が有った彼女は歓迎された。

 中等部の頃からひとつ上の先輩だったアコの存在も大きかった。

 イオリ的にはあまりいい先輩ではなかったが、何かと面倒を見て貰ったりしていたのである。

 

 次期風紀委員長のヒナからも覚えも良く、成績もいいイオリは次期幹部待遇で迎えられる予定だった。

 

 そのヒナは入部初日からインフルエンザでダウン。

 本日から行政官としてヒナをサポートする筈のアコは、インフルエンザの大流行でてんてこ舞いだった。

 

 入部初日から参加できないイオリの同僚も多く、歓迎会は先送りになった。

 

「イオリ、あなた士官教育を受講していましたよね?」

「まあ、アコちゃんがこの単位は取っておけって言ってたからね」

「よしよし、あなたは出来の良い後輩ですよ♪」

 

 アコは満足そうに頷くと、イオリにこう言った。

 

「ヒナ委員長他幹部生、全員がインフルエンザでダウンしています。

 なので、今から貴女を臨時幹部に任命します」

「ええ!?」

 

 まさか初日で、イオリは部隊を率いる立場になってしまったのである。

 

「いくらなんでも、入部初日から指揮なんて無理でしょ!?」

 

 昔からこうである。アコは度々イオリに無茶振りをするのだ。

 

「安心してください。今回の大流行の平定には万魔殿が陣頭指揮を執っています。貴女は彼女らの言うことを良い子に聞いていればいいのです。責任はあちら持ちですから」

 

 言われたことだけをするのは得意でしょう? とアコは微笑む。

 そこはかとなく馬鹿にされてるような気もしたが、言い返すのも面倒なのでイオリは溜め息を吐いた。

 

「わかったよ。一応部隊長ってことで良いんだよね?」

「ええ。一緒に訓練をしていた仲間たちです。心強いでしょう?」

「……」

 

 要するに、足手まといの新人を面倒見て置け、ということである。

 何か仕事をさせるには自分たちが忙しいし、遊ばせておくには人手が足りない。

 だから万魔殿からお仕事を貰って適当に働いて来い、ということだった。

 

「了解しました、行政官……」

「はい、初任務頑張ってくださいね♪」

 

 そうして、イオリ率いる新入部員の約150人は校庭に向かうことになった。

 

「一人が一度に統率できる兵員は約150人が限界だって言われてるけど、それを初任務の新任士官にやらせるかな……」

 

 イオリは教本を思い出し、そんな愚痴を言った。

 幸い、ここに居るのはイオリと一緒に中等部の頃訓練を受けた面々。高等部に上がるのと同時に即戦力として期待された者達だった。

 そこらの木っ端学校の戦闘集団程度なら、たとえ同数でも負けることはないだろう。

 

 

 校庭は、さながら戦場だった。

 野戦病院を戦場の一部に含めるのならば、そこは間違いなく戦場だった。

 

 あちこちでインフルエンザ患者を収容するテントが建てられ、次々と患者が運ばれていく。

 医療従事者はミレニアムから提供された防護服を着用し、あっちこっちへ小走りで忙しそうにしていた。

 

 そんな中で一人、ウイルスを恐れずに方々に指示を飛ばしている者が居た。

 

 逢坂ミコト。今の肩書は議長代理。

 今年のインフルエンザ大流行の対策の総指揮を執っていた。

 

「えー、ミコト議長代理。風紀委員会新入部員、157名着任いたしました。只今より、万魔殿の指揮下に入ります」

「おう。お前がアコの助が言った新顔か。よく鍛えられてんな」

 

 それがイオリと、ミコトの初対面だった。

 

「よし、俺がお前らに喧嘩のやり方教えてやる。

 お前らは行儀が良すぎんだ。治安維持すっから、付いて来い」

 

 ついて来い、と言われればついて行くしかない。

 風紀委員会は厳格な命令系統で動いている。

 だから他に命令が無ければ指示待ち人間のように、付いて行くしかないのだ。

 

 

 ミコトを先頭に、ぞろぞろと大勢の風紀委員が付いて行く。

 

 この辺りはゲヘナ自治区の大部分が占めるスラム街とは違う。

 しっかりと治安もインフラも行き届いた、比較的安全な居住地や商店街、百貨店やら娯楽施設が並んでいる区域だ。

 

 そんな場所だから風紀委員会の巡回も綿密であり、学校からの福祉も手厚い。

 だからインフルエンザが大流行中でも、学校内よりはずっと秩序が保たれていた。

 

 そんな場所をミコトは、──素通りした。

 

「よう、ごくろう」

「これは、議長代理。ご苦労様です」

 

 ミコトの行き先は、そんな都市部のおこぼれを預かるように周囲に存在するスラム街であった。

 隣の都市部とはまあまあ交流のある、他のスラム街よりは大分マシな場所だった。

 

 そのスラム街を封鎖していた風紀委員会の部隊に声を掛け、ミコト達はその内部へと進入した。

 

 景色が変わる。

 区画整理された都市部とは全く違う、雑多な建物が増えた。

 それでもコンビニがあったり、スーパーやドラッグストアも見られる。

 本当にスラム街でもマシなところなのだ。ミコトの住んでいるスラム街は、これよりワンランク落ちる。

 

 この辺りには都市部に住めないゲヘナ学園の生徒もかなり住んでいる。

 ある種の受け皿なのだ。

 

「おい」

 

 そんなドラッグストアの近くで、露店を開いているおじさんが居た。

 彼は買い占めたらしいマスクを売っているようだった。

 

「や、やあ、ミコトちゃん……」

「今、幾らで売ってやがった?」

「てッ、適正価格だよ? ちょっとばかし手数料を貰ってるだけで」

 

 ミコトはおじさんの背中に隠した看板を毟り取った。

 

「マスク一枚、千円!?」

 

 そこに書かれていた値段に、イオリが素っ頓狂な声を挙げた。

 

「随分とボロい商売してんな。俺にも嚙ませろよ」

 

 ミコトは一万円札を怯えるおじさんの前に放り投げた。

 

「おい、お前ら全部持ってけ」

「ぜ、全部持ってくの!?」

 

 ミコトが風紀委員会たちに指示を飛ばした。

 転売屋のおじさんが声を挙げるが。

 

「仕入れ分くらいは払ってやったろ。余りは手数料だ」

「数百円も残らないじゃないか!!」

「まだ足んねえのか。それならよ」

 

 ミコトはおじさんの額に、愛銃の口を突き付けた。

 

「残りは鉛玉で払ってやるよ。それでいいか?」

「ど、どうぞ持って行ってください……」

「次見つけたら、鉛玉でしか払わねぇ。覚えとけ」

「は、はいぃ」

 

 こうして、ミコト達は二十箱ぐらいのマスクの仕入れに成功した。

 

 

 犬も歩けば棒に当たる。スラム街を歩けばトラブルに当たる。

 

「おいお前、なんでマスクしてねぇんだよ!!」

「うちらにウイルス移す気なんじゃねえのッ!?」

「こ、これは、違くて、今切らしてて、買いに行く途中で……」

 

 不良らしい生徒達が、マスクをしていない生徒に一方的に因縁を付けていた。

 

「んな言い訳聞きたくねぇんだよ!!」

「病原菌がよ、ぶっとばしてやるッ!!」

「や、やめて──」

 

「おい」

 

 ミコトが、不良二人の両耳を後ろから掴んで、引っ張り上げた。

 

「い、ててッ、何すんだお前!!」

「てッ、てめ、いやあんたは、ミコトさん!?」

「おもしれーことしてんな。俺も混ぜろよ」

 

 ミコトはそのまま二人のマスクを剥ぎ取った。

 

「おめえらの理論だと、これで俺もお前らをボコボコにして良いんだよな? 病原菌どもがよぉ」

「ひッ、ひぃぃ!?」

「ご、ごめんなさいッ、カツアゲとかじゃないんす!! うちらはただ──」

「おい、そいつを一箱くれてやれ」

 

 怯える二人を無視して、ミコトは先ほど仕入れたマスクを持つ風紀委員会に顎をしゃくって見せた。

 

「あ、どうぞ」

「あ……。ありがとうございます」

「もう行っていいよ、大丈夫だから」

 

 マスクの箱を渡した風紀委員が優しくそう言うと、絡まれていた生徒はそそくさと退場した。

 

「さっきの転売屋と言いお前らと言い。マスクの本質を理解しちゃいねぇ。

 マスクによる防菌は限界があんだよ。みんな神社とかでお守りとか買うだろ? それと同じだ。

 マスクの一番重要な機能はよ、てめえらのきたねぇ飛沫を他人に飛ばさねえようにする為なんだよ。つまり、他人の為に付けんだ」

 

 ミコトは二人の片耳を引っ張る指に力を込めながらそう言った。

 

「俺のダチに、ハルナってのが居んだよ。

 あいつ、気に入らねぇ飯屋を爆破する悪癖があってよ。

 ただ、あいつの気持ちもよくわかんだ。俺もスラム街で食う飯に、髪の毛入ってたら銃ぶっ放すなんていつものことだ。

 だがよぉ、てめぇが気に入らねえからって、相手の生活を奪うのは違くねえか? 

 だから俺は言ったんだよ。おめえがそうするなら、おめえの歯全部か舌を引っこ抜くぐらいしねえと釣り合わねえだろって」

 

 つまりだ、とミコトは言った。

 

「お前らの場合、片耳で良いよな? 二度とマスク付けられねえようにしてやんよ」

 

 不良二人は後ろの死神に、痛みではなく恐怖で震えていた。

 だが、そんな二人をミコトは放り出した。

 

「今は議長代理って立場だから見逃してやる。

 だが、顔は覚えたし、スマホで撮った。同じことしてんの見たら、この仕事終わったら今言ったことを実行してやる。脅しだと思うなよ」

 

 完全に腰を抜かしている二人の顔を、スマホで撮ったミコトがそう告げた。

 

「行け。失せろや」

 

 二人は、泣き叫びながら逃げ去った。

 

 

「や、やり過ぎだ!!」

「どこがだよ。これぐらい言わねえとわかんねぇんだよ、バカどもは。

 お前らも参考にして治安維持しとけ」

 

 イオリは抗議するが、ミコトは手本を見せたと言わんばかりの表情だった。

 

「完全にヤクザだよ……」

「噂通り、ヤバい人だ……」

 

 後ろの風紀委員達もひそひそとそんなことを言い始める始末である。

 

 ミコトはスマホのメモに、今撮った二人の画像を添えて片耳と入力していると、メッセージが着信した。

 

「おい、お前ら。次は荒事だ。気合入れろ」

 

 それを見たミコトが、後ろの面々にそう言った。

 

 

 

 

 次に彼女らが向かったのは、ここのスラム街に設置されたワクチン接種の為のテントだった。

 救護騎士団の面々が、そこで希望者にワクチン接種をしていたのだが。

 

「私らは集団免疫でウイルスを克服するって言ってんの!!」

「そうそう、ワクチンなんてお呼びじゃないの!!」

「注射器反対!! ワクチン反対!!」

 

 そこには、そんな主張をする生徒達が集まっていた。

 これにはワクチン接種を受けに来た大人たちの住人の列も、迷惑そうに彼女らを見ていた。

 

「よう、待たせたな」

 

 そんな現場に、ミコトはやってきた。

 

「あ、議長代理!! お疲れ様です」

「お前らもな。ワクチンは足りてっか?」

「今日の分は大丈夫そうです!! ですが、明日以降は……」

「安心しろ。知り合いのカイザーの社長に頼んで、今キヴォトス中で余ってるワクチン一万人分をかき集めてんだ。

 明日には届くはずだぜ」

「それは心強い!!」

 

 救護騎士団の団員たちは喜んだが。

 

「おい、私達を無視するな!!」

「私達はワクチンなんかに頼らないぞ!!」

「集団免疫だ!! ワクチン反対!!」

 

 と、横で主張する生徒達が叫んだ。

 

「なあ、集団免疫ってなんだ?」

「そ、それは……」

 

 ミコトの問いに、救護騎士団の団員は言い淀んだ。

 彼女は偶然にも一年前、ミコトがトリニティの広場で演説したその場に居たのだ。

 それを言ったらどうなるか、彼女は理解していたのだ。

 

「……どうする?」

「どうするもなにも、このまま彼女らを放置してたら、救護不覚悟だってミネ副団長に言われちゃうよ」

「うんまあ、仕方ないか」

 

 彼女達は腹をくくった。

 

「えー、集団免疫とはですね、多くの人が免疫を持つことで感染の拡大を阻止することです」

「へー。そりゃあすげえな。どうやるんだ?」

「ウイルスに感染すれば、自然と免疫は付きますね」

「……うん?」

 

 ミコトは首をひねった。

 

「それって、何もしない、のと何が違うんだ?」

「彼女達は恐らく、聞きかじった言葉をただ言ってるだけでしょう。

 本来ならワクチンを併用するのが前提ですし。

 しかも、天然痘とかの変異しにくいウイルスならともかく、毎年同じワクチンが効かないインフルエンザウイルスやコロナウイルスには現実的な手段とは言えません」

「ほう、つまり」

 

 ミコトはワクチン反対を叫んでる生徒達に、つかつかと歩み寄った。

 

「お前らは、何もしないで弱者を切り捨てる、って言いたいわけだ」

「い、いや、だから、私達はワクチンに頼らないで──」

「ごちゃごちゃうるせえ!!」

 

 ミコトはこれ以上彼女らの言い分を聞くつもりは無かった。

 

「なあ、いつお前らが切り捨てられる側じゃねえと思った?」

「え、え?」

「ワクチンの輸送車を攻撃した奴らは全員、お望み通りにしてやった。今頃地下牢でゲホゲホ言ってるよ。

 お前達もそこで良いよな?」

「ち、ちが、私達は、注射が怖いだけで……」

 

 ミコトのパンチが、炸裂した。

 目の前の生徒が失神した。

 

「これで恐怖は無くなったな?」

「た、助け──」

「おう。ちゃんとウイルスから助けてやんよ」

 

 ミコトは瞬く間に全員にパンチした。

 ワクチン反対派は全員ノックアウトした。

 

「ミネの救護を追いこしたと思ってたが、あいつはまだ先を行ってた。

 俺ももっとあいつの精神に追いつかなきゃなんねえな」

 

 なんて独り言ちるミコトを他所に、やっぱりこうなったかと救護騎士団の団員が彼女達にワクチンを打った。

 

「いいかお前ら。手本は見せた。

 こんな感じで場を収めろや」

「全部暴力で解決してるじゃないか!!」

「風紀委員会のくせに何言ってやがる。どうせお前らも最終的に銃をぶっ放すだろうが!!」

 

 風紀委員会の仕事なんて大体が悪ガキ相手に銃をぶっ放すので、それを言われてはイオリ達は何も言い返せなかった。

 

「てめぇらの仕事は規則と自由を守ることだろうが。

 あと三日もすればヒナも回復する。そん時に、あいつに改めて何が正しいか聞けばいい。今はそれまで俺らが仕切ってんだ、黙ってやれ」

「……了解しました」

 

 いずれにせよ、万魔殿の指示に従うのは上司のアコに言われたことだった。

 イオリには逆らうことなどできなかった。

 

「今より班ごとに分けて治安維持を行う!!」

 

 こうして、インフルエンザの大流行する初春。イオリの初仕事が決まったのである。

 

 

 

 

 

 




ミネ:救護不覚悟って何ですか……
イオリ:最初に救護って言い出したのミネじゃんww

みたいな会話が裏で行われてたりするのでしょう。
なお、新型コロナのワクチンが無い時に集団免疫を実行した国があるっていう狂気よ。何万人もバタバタ死んだらしいっすよ(震え声

皆さんも適切に病気は予防しましょうね!!
さて、次回は救護騎士団視点になります。皆さん、ミコトの奴がついにやらかします。

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