04:鳥籠のアリウス
アズサ率いるアリウス生達の撤退が完了した。
しんがりを含めて、十数名が脱落してゲヘナ生たちの餌食になっていたが、戦闘継続は可能だった。
「はあ、はあ、知らなかった……」
息を切らして撤退したアリウス生の一人が、こう言った。
「ゲヘナ学園の生徒が、あんな馬鹿でアホな連中だって!!」
それは、ただの罵倒ではなかった。
アリウス分校の生徒は、ただ憎しみだけを植え付けられてきた。
ゲヘナの生徒や、トリニティの生徒がどんな連中なのか、教えられてこなかったのである。
ゲヘナだから憎い。トリニティだから憎い。
そんなとても純粋で、無意味な憎悪を。
そうして、本物のゲヘナ学園の生徒に直面して、アリウスの生徒達は思った。
──あんな下らない連中を、自分達はずっと憎んでいたのか、と。
争いは同じレベル同士でしか起こらない。
あんな悪ガキどもと争いになるのは、それと同程度のアホでしかないということだ。
あんな、自分達の仲間を、うぇーいうぇーい、とか言って幼稚なラクガキの画用紙扱いしかしない、陽キャのアホ共を大真面目に憎んでいたのである。
まさに
必死に応戦しても、きゃっきゃとペイント弾塗れになってはしゃいでいるバカ共だったのだ。
きっと実弾でも、大して変わらないのだろう。
「あ、アリウスの人達だ!!」
「丁度良かった、こっちの方を手伝って!!」
すると、近くで防衛線を気づいていたトリニティの自警団が、彼女達に声を掛けた。
「確か、訓練を積んでて強いんですよね!!
お願いです、大図書館方面も助けてください!!!」
「……わかった。みんなもそれで良いな?」
アズサが皆に尋ねると、頼られてるので行かない訳にもいかず、彼女達も頷いた。
一方その頃。
先生達以下十数名のアリウスの生徒が虜囚となっていた。
と言っても、結束バンドで手を軽く縛られているだけだが。
「はい。あっちに牢獄エリアがあるから、味方が助けに来るまで勝手に拘束を解いて出ちゃダメだから」
カヨコにそう言われて、先生達はゲヘナ側が設置した牢獄エリアに輸送された。
「それにしても、先生。ムツキに好き勝手やられたみたいだね」
「“……うん”」
“大好き♡”“よわよわ先生”“(頬にキスマークのラクガキ)”“ム便利屋(相合傘のマーク)先生”と、先生の顔は赤い油性ペンでラクガキされ放題だった。
無論、一緒に捕虜にされたアリウス生も体中ぐちゃぐちゃである。
「私達は侵攻に参加してくるから、今回はここでお別れだけど、先生も頑張ってね」
「“ありがとう、カヨコ”」
「それじゃあ」
それだけ言うと、カヨコは去った。
牢獄エリアはブルーシートが敷かれ、看板に牢獄と掛かれているだけの簡素な代物だった。
没収された銃器も、すぐそこに無造作に積み重なって置かれている。
一応、勝手に出ないように見張りは数名の不良と化した元アリウスの生徒が担当していた。
「ふん、トリニティに飼われてるマヌケ共め。いい気味だ」
「自治区に居た頃と何にも変わってない、バカな奴らだ」
アリウスであることを棄てた面々は、かつての同胞を嘲っていた。
「な、何が言いたい!! そっちこそ、ゲヘナなんかに尻尾を振ってる飼い犬じゃないか!!」
「あんな暴力女に媚びへつらってるのはそっちも同じだろ!!」
アリウスの面々も、負けじとそれに言い返した。
「ほらな、まったくわかってない。
ユエさんの言った通りになる」
「“ユエに?”」
知っている名前が出たので、先生が聞き返す。
「そうさ!! どうせお前達、トリニティの連中のお情けで居るんだろ?」
「アリウスとかいうモノ珍しい珍獣としてな!!」
「トリニティの奴らも楽しいんだろうな。お前達みたいなのに優しくできて。そういう自分たちに酔ってるんだ」
「“それは違うよ!!”」
かつての同胞を罵倒する元アリウスたちに、先生は反論を試みる。
「“トリニティの皆にも、後ろめたさがあるのは確かだと思う。だけど、そこに優しさや慈愛が無いなんて、そんなことは”」
「ユエさんは言ってたよ」
先生の言葉に、彼女達は冷たく返した。
「どうせ学費なんて払ってないんだろ?」
「今はいいさ。珍獣扱いで養ってくれる。でも、一年後は? 二年後は?」
「あいつらは学費も払ってないくせに、トリニティなんて学費の高い学校に居させてもらっている。そう何も知らない連中に後ろ指を指されるようになるんだ」
これには先生も、アリウスの生徒達も絶句した。
それは明確に、的確にトリニティと言う学校の性質をよく穿っていた。
「私達に居場所なんて無い。誰も私達を愛さない。そういう風にデザインされているって!!」
「“それを、ユエが言ったのかい?”」
「事実じゃないか!! 先生、あんただって私達のことを忘れていただろう!! 今までずっと!!」
「自治区が壊滅して以来、私達の動向に興味なんてなかっただろ? そういうことさ!!」
それは、痛烈な批判だった。
先生の、先生としての限界を彼女達は指摘したのだ。
「ミコトさんは自治区に居た私達に、顔も分からない奴らって言っていた。覚える価値もない奴らって。
だから私達はもう、顔を隠さない。もうアリウスの大勢の誰かだなんて、言わせない!!」
彼女達は、ゴーグルを外した。トリニティの生徒たちとよく似た、それでも個性豊かな生徒達の顔の描かれたスチルが表示される。
「ねえ先生。そいつらは誰だ?」
「“……君たちの言いたいことはわかるよ。でも、彼女達に当たるべきじゃない”」
「キレイごと抜かすな!! それで話を逸らしたつもりかよ!!
あのマダムのクソババアでも、俺達に大切なことを教えてくれたよ」
彼女達は、先生やアリウス生たちに銃を向ける。
「このキヴォトスでモノを言うのは、これだってことをな!!」
「ゲヘナに流れ着くしかなかった私達は、これで生き延びた」
「これでもいっぱしの勢力にはなったんだ。でも、ミコトさんがやってきて全部ぶっ潰された。
それでもあの人は、私達に生き様を教えてくれたんだ」
「お前達を見てると、昔の自分らを思い出してイライラすんだよ!!」
彼女達は、もう何も言い返せないアリウス生達にそう言った。
アリウスを棄てた彼女達は、不良にはなったが逞しく生きていた。
「私達は自由だ。お前達は檻の中で、後ろ指指されながら卒業を待てばいいさ」
怯えて暮らしている自覚があるアリウス生たちは、より惨めな気持ちになるのだった。
05:箱の中の猫
「“ねえ、君たちがどんな苦労をしたか教えてくれないか?”」
先生は、元アリウスの彼女達に言った。
あれだけ罵倒されたのに態度を変えない先生に困惑しながらも、彼女達は話し始めた。
トリニティのアリウス生と袂を分かったこと。
各地を転々としながら、傭兵まがいのことをしたり、騙されたり、逆に叩き潰したり。
多くの苦労を経て、彼女達はヘルメット団もどきの不良グループになった。
不良グループとは名ばかりの、強盗団も同然だったが。
だからミコトに目を付けられた。
アリウスでそうされたように、たった一人で彼女達が形成した不良グループは壊滅した。
ミコトは一人のガスマスクを剥ぎ取るとこう言った。──お前、アリウスの奴らじゃねえか、と。
彼女達はアリウスだなんて、名乗ってもいなかった。
衣類も奪うようになって、制服も捨てた。
ガスマスクも顔を隠す以上の意味も持っていなかった。
二度もミコトに叩きのめされた彼女達は、すすり泣くことしか出来なかった。
それは誰でもなかった彼女達が、個であることを認識されたからなのか。
悔しさや悲しさや、惨めさだったのか。
とにかく、行く当てのなかった彼女達をミコトは拾った。
デスサイズの構成員になり、退学生徒向けの行政支援を受けることになった。
かつてデスサイズは無頼の不良組織だったが、連邦生徒会との融和政策が行われ、百を超える学校へ編入支援が行われるようになった。
こうして半数になった元アリウスの生徒の多くは各地に散った。
しかしその多くは、ゲヘナ学園への編入を希望した。
元々名前を書くだけで入学できるような学校であるゲヘナ学園は、彼女達を受け入れた。
そして、彼女達はミコトの舎弟になった。
「舎弟にしてくださいって言った時、不良になんなら親殴れるよなって言ったんだ」
「私らは、勿論ですって言った。うちらの育ての親は、マダムのクソババアってことになってるしよ」
「でもさ、そんなうちらをミコトさんはぶん殴った。
親を殴れんのは不良じゃねえ、ただのクズだって」
あのベアトリーチェと面識のある筈のミコトの言葉に、彼女達は困惑したらしかった。
「だから次あのババアを見つけたらムショ送りにして、そこを出てきて心入れ替えたんなら許してやれ、って。
それでダメだったら縁切りゃいいって」
「先生、あんたはどう思う。うちらはあのババアを赦すべきなんかな」
「私はもう恨んじゃいない。終わったことだしな」
「うちは違うよ。一発ぐらいは殴らせてほしいわ」
少なくとも、今の彼女達はその選択を出来る自由があった。
「“私は話し合いで解決できるならそれが一番だと思う。勿論、ベアトリーチェには罪を償ってもらった上で。彼女が君たちにしたことは、決して許されることじゃないんだ”」
「やっぱり、そうなるよな」
彼女達は別に、先生から回答を求めていたわけではなかった。
もうとっくに各々自分たちの答えは決まっているのだ。ただ、目の前にいる丁度いい大人に、ほんの少し背中を押してほしかっただけだった。
「なんだか楽しそうね」
「あ、ユエさん」
そこに、ユエが一人で歩いてきた。
エグイ覚悟の競泳水着に雨合羽を軽く羽織るという組み合わせも、彼女なら水着の宣材かそういうファッションのモデルと言われてしまえばそれで通ってしまいそうなズルさがあった。
ハナコのような抜群すぎるプロポーションとは違って、すらりとしたその肢体からは厭らしさを感じないのもあるのかもしれなかった。
「捕虜交換の時間よ。あっちと示し合わせて捕虜を解放するわ」
「あ、そんなルールがあったんすね」
「ええ、だからここの警備はもう良いわ」
「了解っす」
ユエの言葉に、ゲヘナ側の元アリウス達は従った。
彼女達が前線に戻ると、ユエはハサミで虜囚の先生やアリウス生の結束バンドを切っていった。
「今から一時間は昼食タイム、休戦期間だから発砲は厳禁ね」
「“ゆるいイベントだなぁ……”」
「戦争こそ、ルールが何よりも重要なんですよ、先生」
悪ガキたちも、腹が減っては戦えない。
今頃お弁当を広げている頃だろう。
「“皆は、先にアズサ達と合流していていいよ”」
「わかりました、先生……」
心なしか意気消沈しているアリウス生たちは、各々武器を手にトリニティの防衛線へと歩いて行った。
「先生もゲヘナ本陣でお食事でもどうですか?
万魔殿の皆さんが、昼食を取っていますよ」
「“申し訳ないけど、今回は遠慮しておくよ”」
変な誤解を与えかねないし、と先生は呟いた。
「“それより、ひとつだけ聞いてもいいかい?”」
「ええ。なんなりと」
「“なんで、アリウスの子たちを嗾けたの?”」
「何のことですか?」
ユエは小首を傾げた。本当に心当たりがないと言った仕草だった。
だから、先生は片手を挙げて、こう言った。
「“
それが合言葉だった。
ああ、とユエはくるりと先生に背を向けた。
BGMが変化する。
神秘的ながらも不気味さを醸し出す変調がある、そんな曲に。タイトルを名付けるなら、さながら「Reverse of The Moon face」だろうか。
「先生。こんな下らない用件で、呼び出さないでください」
正位置が逆位置に。月面が裏返る。
代弁者が、現れたのだ。
「私のしたい事、私の趣味嗜好、私の目的。全て御存じでしょう? 私は何もしていませんよ」
顔の見えない生徒が、そう嘯いた。
「“なら、なんで彼女達は仲間にあんな言葉を吐くのかな?”」
「それは私のせいではありませんよ。
それに、折角ですから私からも言わせて貰いましょうか」
肩越しに吊り上がった口元を見せる彼女は、こう言った。
「私に何かをしたかと言う前に、──なぜあなたは何もしなかったのですか?」
「“どういう意味かな?”」
「さっき言われてたじゃありませんか。
先生のスタンスは理解しています。ですが、自治区が壊滅し居場所のなくなったアリウスの生徒達を、トリニティ学園に丸投げした。
多少先生が心を砕いて差し上げても良かったのでは?」
「“私が直接、彼女達を救えばよかったと言っているのかな?”」
「いいえ。私もルーニーの自覚がありますので、先生自ら不利になるロールプレイを為さることを否定いたしませんとも」
くすくす、と彼女は笑った。
「先生は黒服さんに言われませんでしたか?
あなたは一時的にとはいえキヴォトスの全てを手にし、支配者にもなれた。でもその全てを迷わず手放した、と。
その中にアリウスの生徒達が入っていた。ただそれだけのことではありませんか。勿論、これは責めているわけではありませんよ。あなたがそう言う
先生が仮に全てを手にしても、それはそれで救われなかった生徒もいたでしょう。
ゲームではよくあることです。二律背反、どちらかのキャラを獲得すれば、もう一方は永久に手に入らない。
先生はアリウスのその他大勢ではなく、スクワッドの連中を選んだ。これはそう言うシナリオなのです」
先生は基本的に、頼られなければ積極的に生徒に手を差し伸べたりはしない。
それは子供が大人に、それも先生に頼るのは大変勇気がいることだと理解しているからだ。
彼女達が問題を解決できることなら、それを見守るのも愛である。
大人が何から何まで口を出して、しゃしゃり出るのは教育にも良くないからだ。
そして頼られたのなら、全力で手を貸す。先生の仕事は、目の前に石が転がっているから、転ばないように道を示すだけなのだ。
「そうして、彼女達は忘れられた。
誰からも愛されず、知ろうともされず、ただ道中に遭遇して蹴散らされる雑魚キャラとして。
先生、貴方にとってそれでよかったではありませんか。なぜそんな下らない事実に直面して、私に八つ当たりをしようとするのですか?」
「“なら、なぜ忘れられていた筈の彼女達を掘り起こしたんだい?
彼女達が誰にも害されず、上手くやっていたならそれでよかったじゃないか”」
「しいて言うのならば、──先生の為でしょうか?」
先生は、彼女が何を言いたいのか分からなかった。
「“どういう、意味かな……?”」
「別に知ったかぶりをする必要はありませんよ。
此度の催しは、お気に召しましたか、先生?
この演習はミコトが望み、私が頑張って手を回して実現したものです。
私の目的は、こういった狂乱の渦中に身を置くこと。
先生も童心に帰ってはしゃぎまわればよろしいかと」
「“質問に、答えていないよ”」
「何よりも雄弁な回答だと思いますが」
そうですね、と代弁者は少し思案してこう言った。
「箱の中に猫を入れ、毒ガスを入れる実験は知っていますか?
猫は半々の確率で死んでしまいます。しかしそれは箱を開けない限り、どちらの結果に至ったか観測できない。
それはつまり、生きているのと死んでいるのとが同時に存在する状態……なんて屁理屈じみた思考実験です。
私はオモチャ箱の中に忘れられた古いオモチャを、箱の中からひっくり返しただけ。
その結果として何が起こるか、生徒達の新しい側面から得られる様子を近くで観察したかったのです。
おっと、これも先生を納得させる理由ではありませんね」
改めて、彼女はこう語り始めた。
「私の遊び友達は、死に等しいのは苦痛であると述べました。
そしてヒトが真に死するのは、物理的な死ではなく、誰からも忘れ去られた時という考え方もありますね」
「“君は彼女達を精神的な死から救いたかった、と?”」
「先生。結論を急き過ぎています」
くすくす、と代弁者は笑った。
「しかし私はこう思うのです。
ヒトの真の死とは、──
倦む。先生は当然、その意味を理解している。
倦怠感に代表する漢字。その意味は、“飽きる”と言うこと。
倦むとは、飽きるの非常に丁寧な言い方だ。
「先生。キヴォトスの生徒達は皆魅力的ですよね。
可愛らしい衣装や言動で、先生、先生、とあなたに懐いて……くすくす、くすくすッ」
代弁者は肩を震わせて笑っている。
「健気ではありませんか。
彼女達はきっと心の底ではわかっているのです。先生、あなたに倦まれては、それは己の死に等しいのだと」
「“……私が、この仕事に倦怠感を抱くと言いたいのかな?”」
「まさか!! まさか、そんな程度だと?
先生。私はあなたのことをよく知っていますよ。
あなたはきっと、ミコトよりもずっと飽きっぽくて、残酷な人間だと」
それは違う、と先生は言いたかった。
だが、彼女は見てきたように言うのだ。
異様な迫力が、まるで自分の知らない本性を暴かれているかのようだった。
「勿論、そうならないかもしれません。
でも先生。情熱とは必ず冷めるモノ。それが死か、別の要因かは分かりませんが。
人の心とは、衰えていくものなのです」
はあ、と彼女は溜め息を吐いた。
「ところでこのシーン、必要ですか? 需要無いでしょう、先生。貴方も、生徒同士がきゃっきゃうふふしてるところを見たいのでしょうから」
BGMが変わる。表裏がひっくり返る。
代弁者が振り返り、先生の大切な
「先生、私もお弁当を用意したので、ミコトと一緒に食べませんか?」
最前線にも近いですよ、とユエは言った。
「“そうだね、せっかくだから頂くよ……”」
本当は食欲なんて無かったが、先生は絞り出すようにそう言った。
「折角装いを改めましたので、感想の一つぐらい言ってほしいのが女心と言うものですけど、まあいいでしょう」
彼女は肩を竦めてそう言った。先生との先ほどの問答など、完全に忘れている。
「それでは、行きましょうか先生」
なお、お弁当は普通に美味しかった。
イベントは後半戦へと移る。
イベントの続きは一旦お預け、次回からは第一回のミコトの宣戦布告の時間軸に戻ります。
それでは、また次回!!