ゲヘナ学園 園芸部の死神   作:やーなん

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side:フウカ 「求道者と料理人」

 

 

 

「フウカ、来年から部長お願いね」

「……え?」

 

 高等部に上がる前に、給食部の部長にフウカは肩を叩かれ、そう言われた。

 

「な、なんで私なんですか!?」

「だって、上級生は全員卒業するし」

「給食部の高学年化がここまで進んでいるとは……」

 

 まだ中等部だったフウカは給食部の内情に愕然とした。

 

「まあ、ほら、先代の例のあの人の影響もあったからさ」

「……」

 

 その話は、フウカも聞き及んでいる。

 先代の生徒会長。かの雷帝は給食部に色々と口出しをして、一部の生徒が反抗した。

 そのまま牢屋送りになり、そこから出た生徒達はみんな給食部に戻らなかった。彼女が失墜したのにも関わらず。

 残った給食部の部員たちは、彼女に言われるがまま屈したからだ。

 だから現政権の生徒会にも睨まれている。

 

「給食部はフウカの代で変えてほしいのさ。それじゃあね」

 

 そうして、先代部長はキヴォトスを去った。

 主力だった高等部の生徒がごっそり消えた。

 

 フウカが途方に暮れるのも無理はなかった。

 

 給食部は非常に過酷な部活だ。その過酷さは風紀委員会と比べても遜色ない。

 毎日毎日数千人分の昼食を用意し、日曜日も食材の買い出しやら取引先との交渉やらで、休みなんて無い。

 料理が好き、という普遍的でよくある属性の持ち主が年に何十人も入部するが、一週間も持たないのが大半だった。

 

 言ってしまえば、給食部は料理の技術や知識を会得する場所とは言い難い。

 調理の過程はルーチンワーク。素早さこそが全て。

 食堂で銃撃戦をする生徒は幾らでも居るし、その修繕費は部費から賄う。

 メニューはワンコイン以下の原価ギリギリの日替わり定食のみ。給食部は利益を追求する部活ではないので、部費はいつもカツカツである。

 

 ゲヘナ学園において、なお地獄。それが給食部の実態であった。

 

 

 彼女が高等部に上がった初週は、別の意味で大変なことになった。

 インフルエンザハザードの発生。

 

 給食部は全員、新入部員も含めて炊き出しに駆り出された。

 

「部費は三倍にする。なんとかここに居る全員に飯を作ってくれ」

 

 議長代理になったミコトに、そう命じられたからである。

 

「メニューは毎食おにぎりと漬物、汁物で良ければ……」

「十分だ」

 

 縮こまるフウカに、ミコトはそう返した。

 

 それから毎日朝昼晩と、大量の食事を用意する日々が始まった。

 野戦病院と化した中庭で、給食部は只管に調理に励んだ。

 

 メニューは毎日、豚汁かあら汁、カレーのルーティン。

 とにかく効率的に、量を作れるように大鍋で、中庭で治療に励む生徒達の為、ついでにそのおこぼれを貰いにきた生徒達へ料理を振舞った。

 

 数少ないながらも、この緊急事態に手伝いを申し出てくれる、有難い生徒が何人か居た。

 人手はいくらあってもいい。

 

「助かるぜ、フウカ。飯に気を使ってる暇が無くてよ」

「いえ。ゲヘナの一大事ですから」

 

 普段なら順番待ちの最中にいざこざを起こすのがゲヘナ生というやんちゃどもだが、流石にミコトの前でそんなことをする奴はいない。

 すぐそこで陣頭指揮を執っているのだから、皆お行儀が良いものだ。食堂でもいつもそうならいいのに、と思わなくもないフウカだった。

 

「フウカさん!!」

「お、ハルナか」

 

 すると、ハルナが校門から軽トラで荷物を山ほど積んで現れた。

 

「食材の納品にやって参りましたよ」

「あ、ありがとう……」

「いいえ、私達も出来ることをしているだけですわ」

 

 にっこりと、女優か女神のような微笑みを浮かべるハルナ。

 顔が良いのは得であると、彼女を見ればよくわかるとフウカは思った。

 

 なぜだか、ハルナはフウカを昔から気に入っていた。

 その馴れ初めはいつだったか。

 

「フウカ部長、そろそろ休憩を取った方がいいわ。朝からずっと立ち作業しっぱなしでしょ?」

「そうそう、順番に休憩しないと駄目だよ♪」

「そ、そうね……。じゃあお願いするわ」

 

 行列に順番におにぎりを渡して豚汁をよそってくれている、お手伝いの二人がそう言った。

 他の給食部の面々も順番に休憩を取っているので、フウカも甘えることにした。

 

「仕出し弁当も用意しましたので、校舎裏でどうぞ」

「うん、ありがとう……」

 

 アカリが軽トラから食材を中庭の調理場の方に持って行くのを他所に、ハルナは休憩中の給食部の面々に仕出し弁当を配っている。

 

 フウカが仕出し弁当を見下ろすと、有名店の名前の書かれた帯が付いていた。一個千円以上はするちゃんとしすぎた代物だった。

 芸能人か、とフウカは内心ツッコミを入れた。

 

「あれ、高級弁当じゃない?」

「あ、ズルい。私も高級弁当食べたい!!」

 

 それを見咎めた配膳の列の生徒が、そう言った。

 

「自分達だけ高級弁当を食べるなんてズルいよ!!」

「本当にそうですか?」

「え?」

「私は給食部の皆さんがこうして面と向かって出している食事と、冷めても美味しくなるように気配りがされたこのお弁当。そこに優劣は無いと考えます」

 

 ハルナは文句を言ってきた生徒達に、そう言った。

 

「食事は雰囲気や温かさも楽しむモノです。

 私はここにあるおにぎりや豚汁は、十分なご馳走に思えますが」

「ハルナ……」

 

 自分の料理が高級弁当にも劣らないと話すハルナに、ちょっとだけフウカは感動したのだが。

 

「そんなの言い訳じゃん!!」

「こっちは何日も似たようなメニューなんだよ!!」

「私達にもくれないなら!!」

 

 生徒の一人が銃に手を掛けた。

 だが。

 

「いけませんわ。そこで銃を撃ったら、火薬残渣がおにぎりや鍋に入るでしょう?」

 

 いつの間にかハルナは、彼女の銃を持つ手を掴んでいた。

 

「しかし私の配慮が足らなかったのも事実。ご希望でしたら、夕方にはお弁当を取り寄せますわ。

 ひとつ1870円ですので、希望者は私にお申し付けください」

 

 ハルナは配膳待ちの列にそう言った。

 

「た、高い……」

「どうでもいいけど、食べないなら早く行ってよ」

「こっちはお腹が空いてるんだけど!!」

 

 空腹で殺気立っている列の生徒達に睨まれ、最前列で騒いでいた生徒達はそそくさと食べ物を受け取って逃げ出した。

 

「まったく、お金も払ってないくせにワガママな連中ね」

「ええ。ですが人生で食事の回数は限られているモノ。質や量を求めたがるのは人のサガですわ」

 

 憤慨しているフウカと対照的に、まるで達観したようなことをいうハルナだった。

 

「やっぱり、私はこう言うのはいいよ、ハルナ」

「いいえ、フウカさん。あなたは多くの味覚に触れて、味の多様さに触れるべきです。これは私の厚意なのですから、是非味わってください」

「……わかったわよ」

 

 フウカは校舎裏の広場に向かった。

 そこでは色々なスタッフ達の休憩所になっていた。

 

「部長!! お弁当を配り終えたよ!!」

 

 そこでは、既にイズミがお弁当をスタッフ達に配っていた。

 ジュンコもポットから温かいお茶を皆に渡している。

 

「ありがとうございます、イズミさん」

「余った分は食べてもいいんだよね!!」

「ええ、私達も食事に致しましょう」

 

 こうして見ると本当にお嬢様に見えるな、とフウカは取り留めのないことを思った。

 

 

「うーん、この煮物の味付けはどう再現しよう……」

 

 ハルナの持ってきた高級弁当は、フウカに多くの味覚を齎した。

 冷めても美味しく食べられるように、完全に計算され尽くされた味だった。

 美味しい、本当に美味しいお弁当だった。

 

「懐かしいですわね」

「え、なにが?」

「覚えていませんか? 去年、ランチタイムが終わった頃に私が食堂に出向いた時、フウカさんは自身の腕を磨いていたではありませんか」

「ああー」

 

 フウカは思い出した。

 粗雑極まりない流れ作業が終わり、フウカは自らの技術を高めるために余った食材でまかないを作っていたのだ。

 中等部の頃は基本的に下ごしらえぐらいしか任せて貰えない。

 だから余った食材で、如何に美味しく料理が出来るか工夫をしていたのだ。

 

「私も一時的には給食部に在籍していた身。

 給食部の料理の雑多な大量生産についてよく知っていました」

「悪かったわね」

「その時、食堂に赴いたのも本当に偶然でした。私は運命だと思いましたわ。だから、フウカさんの賄いを所望したのです」

「……」

 

 なんだかんだでこの腐れ縁が続いているのは、ハルナが料理人に対するリスペクトがあるからだ。

 だからこそ、妥協を許せない。

 

 ハルナに出会った当初、フウカにとって彼女は非常にはた迷惑な隣人だった。

 

 ゲヘナ学園の校風は自由と混沌。

 数多の自由が織りなす混沌を是とする。

 

 その中でもハルナは飛びぬけていた。

 気に入らない飲食店を爆破するわ、非常に珍しい高級食材を強奪するわ、フウカを誘拐同然に攫って調理させるわ。

 

 だから、ミコトと遭遇するのにそう長い時間は掛からなかった。

 

 丁度その瞬間を、フウカは目撃した。

 簀巻きになって、地面に転がっていたフウカは見たのだ。

 

「よう、ハルナ。てめぇが爆破した店の店主が、俺に泣き付いて来てよ」

「あが、あがが」

 

 他の三人の美食研究会の面々は、既に地に伏していた。

 ミコトは、ハルナの口に手を突っ込んでいた。

 そして、その舌を真ん中から掴んでいたのだ。

 

「おめえが気に入らねぇってことは、お前が正しいんだろう。お前の知識や教養は本物だからよ。

 だけどよ、そいつは明日からどうやって暮らせばいいのかって泣いてやがったんだ。

 店は真っ黒になってボロボロで、それなりに常連客も居る店だったらしいな。

 なあ、お前は相手の生活をぶっ壊しておいて、その報いが来ないなんて想像力が足りなくねえか?」

「んん、んんんんー!!」

「おいおい、お前がやってきたことが、自分の番になっただけだろ? 

 そんな覚悟も無いのにやってきたのか? そいつは筋が通らないだろうが」

 

 ミコトは優しくハルナに言った。

 

「てめえの舌を引きちぎる」

「んんん!!!」

「それとも歯を全部が良いか? この歳で入れ歯は屈辱だろうな。

 お前は一緒にトリニティにカチ込んだ仲だ。選ばせてやるよ」

 

 ミコトはハルナの口から手を引いて、そのまま手で首を掴んだ。

 

「どっちがいい? 選べ」

「……どうせなら、一思いに殺してください」

「…………」

「覚悟が無い、とミコトさんは仰いましたね。

 我が所業は全て美食の為に。己の報いで、二度とその探求が出来ぬと言うのなら、それは我が死に等しい」

 

 ハルナは、命乞いはしなかった。

 

「食か、死か。元より美食研究会はそれを掲げております。

 ミコトさん。あなたが私を戦友だと思うなら、一思いに首を絞め殺してください」

「どうしても、自分は曲げねぇってか」

「お願いします」

 

 ハルナは目を閉じた。

 

「や、止めてミコト先輩!! 

 ハルナはどうしようもない奴だけど、殺すほどじゃないでしょ!!」

 

 大嘘である。こいつ凄惨に死なないかなって何度も思った。

 しかし、目の前で死んでもらわれては困るのだ。殺人事件の第一発見者になるなんて、トラウマモノである。

 

「ダチの望みだ。外野が口出すな」

 

 ミコトは掴んでいるハルナの首の手に力を込めた。

 瞬く間にハルナの顔色が真っ青になっていく。

 ミコトは本気で、ハルナの覚悟に応えようとしていた。

 

「ねえ、ミコト。流石にそれはマズいわ」

「邪魔するな、ユエ」

 

 ミコトの後ろから現れたユエが、そう言った。

 

「考え方を変えましょうよ。爆破してもダメではなく、爆破してもいい方法を探せば良いのよ」

「なんだそりゃ。そんな方法あるのか?」

「さあ? それを考えるのは私達じゃないでしょ?」

 

 ユエの物言いに、ミコトは少し逡巡をすると。

 

「ほれ」

「がはッ、げほげほげほッ」

 

 ミコトは、ハルナの首から手を放した。

 彼女の首には、くっきりとミコトの手の痕が付いていた。

 

「ハルナ、今回は見逃してやる。お前には世話になったからな。

 その代わり、全力で考えろ」

「ごほごほッ、はあはあ……」

「てめぇの自由を貫き通す。その覚悟があるんなら、他人に迷惑かけねぇ方法を考えろや。

 次、てめぇの前に俺が潰しに来た時は、殺してやるなんて情けは掛けねぇ。

 病院送りにして、卒業するまでガチョウみたいにチューブで栄養を与えられる惨めな身体にしてやる」

「はあ、はあ、それだけは、お許しを……」

「だから、考えろって言ってんだ。てめぇは頭良いんだから、やってみろよ」

 

 ミコトはそう言って、フウカに近づいて拘束を解いた。

 

「大丈夫か、フウカ?」

「は、はいぃ」

「可哀想に、こんなに怯えて」

 

 ミコトに対してガクガクブルブルと震えるフウカを見て、ユエは笑っている。

 

「誘拐は甚大な人権侵害よ。フウカさんの身体の自由もまた、侵されるべきではないわね」

「そうだな。フウカ、次攫われたら俺に言えよ? 

 俺はお前の飯を楽しみにしてんだ。タダだしな」

 

 ミコトは偶に鍛錬のし過ぎでランチタイムを忘れて、賄いを貰いに食堂にやってくるのだ。

 しかもやたらと細かい注文をしてくる。ハルナと別方向で迷惑な客だった。

 

 

 

 そしてそれ以降、ハルナが大人しくなったかと言えばまた別だった。

 いや、より厄介になったと言うのが正しかった。

 

 ハルナは頭が良いので、迷惑を掛けづらい爆破を編み出したのである。

 いや、爆破しなければいいじゃん、とフウカは思った。

 

 ハルナ達がミコトに叩きのめされてひと月ぐらいしてから、フウカは彼女らに連れ出されて食事に向かった。

 ちゃんと合意を得るようになっただけ大分マシだったのだが、その食事先と言うのがマズかった。

 

「料理長を呼んで下さい」

「は、はい!!」

 

 とあるホテルの有名なレストランだったのだが、ビュッフェスタイルでフウカを含めた他の三人は美味しい美味しいと食べていたのだが。

 

 ハルナは、一口も手を付けなかった。

 

「は、ハルナ様、いらっしゃっているとは知らずに……」

「こちらのお料理のホットプレート、温度が適切に保たれていないと思われますが」

 

 この時点で、フウカ以外の美食研究会の三人は察していた。

 具体的には、避難誘導を始めたのである。

 

「このお料理も、今朝SNSで投稿されていた写真とまるで変わっていません。如何に不人気な料理でも、長時間の放置が一流ホテルのすることでしょうか?」

「も、申し訳ございません!! 平に、平にご容赦を!!」

 

 土下座でもせんばかりに平謝りする料理長。

 フウカももうその辺で、と言おうとした時だった。

 

「幾らですか?」

「へ?」

「ここのレストランを買い取ります、と言っているのです」

 

 ハルナは女神のように超然と微笑んで、そう言った。

 

「ハルナ、とりあえず五千万円を持ってきておいたよ☆」

「ありがとうございます、アカリさん」

 

 アカリから差し出されたアタッシュケースを、ハルナは料理長の目の前に置いた。

 

「こちらをオーナーに渡しておいてください」

「ひ、ひえぇ!!」

 

 アタッシュケースを抱えた料理長が逃げ出すのと同時だった。

 

 ホテルの一角が、爆炎に包まれたのである。

 

「けほッ、けほッ、やり過ぎよハルナ!!」

「なぜですか? 私が買い取った店ですよ、私がどうしようと自由でしょう?」

 

 本気で言ってるのか、とフウカはハルナを見て愕然とした。

 

「宿泊客の皆さんにもご迷惑をお掛けしてしまいましたね。

 今日の分の宿泊費と食事代も私が持って差し上げましょう」

「はーあ、結局メインを食べ損ねちゃった。部長、別のところに食べに行こうよ!!」

「そうですね、ジュンコさん」

 

 ホテルのオーナーと電話で話を付けた後、唖然とする客たちを他所にハルナ達は立ち去った。

 

 

 要するに、ハルナはお金で解決するようになったのである。

 

 それが全て悪いか、と言われればそうでもなく。

 何だかんだ買い取った店を経営しているらしく、料理人のスキルアップや従業員の意識の教育などを徹底しているらしい。

 

 それが結果的に評判を生み、一種のブランド化をしているらしかった。

 それで買い取った金額以上の利益を生んでいるのである。

 だからハルナは別の意味で業界人には有名になった。

 なんだか料理業界に影響力まで持つようになってしまったのである。

 

「ようハルナ。差し入れだって?」

「おや、ミコトさん。議長代理お疲れ様です」

 

 すると、ミコトまでこちらにやってきた。

 

「今日は弁当か。お前の教えてくれるメシはどこも美味いからな」

「ええ、どうぞ召し上がって下さい」

 

 あんなことがあったのに、この二人は平然と接している。

 そんな二人をフウカは信じられないモノを見る目で見ていた。

 

「そういや、フウカの奴部長になるんだってよ。

 だけどよ、高等部の部員がごっそり居なくなったみてーなんだ」

「まあ、フウカさんが部長に? おめでとうございます。

 でしたら、知り合いの調理学校の生徒会に声を掛けてみます。

 現場に出て修行したいという生徒を募集してみましょう」

「ああうん、助かるわ。ハルナ」

 

 何だかんだで面倒見のいい二人との腐れ縁は、まだまだ続く予感がするフウカであった。

 

 

 

 

 




ちょっと風邪ひいて体調悪いので、感想の返信は後日まとめて行います。悪しからずお願いします。
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