今回は第二章のエピローグです!!
二年生のミカ政権後期、それは起こった。
第三次大規模演習である。
ミカのホスト就任当初の大演習は惜敗に至り、ゲヘナの暴虐を再び許した。
ティーパーティーはこれ以上の連敗は避けたいと考えていた。
つまるところ、ゲヘナへの逆襲であった。
トリニティ側から演習の申請を行い、ゲヘナへの奇襲を行う作戦である。
「あの連中に目に物見せてあげるんだよ!!」
と、作戦を提案したミカは気炎を上げていた。
「具体的にはどうするんだい?」
体調が良いので会議に参加したセイアが尋ねた。
「え、そ、そこは、ナギちゃーん!!」
「はあ、やっぱりこうなりましたか」
予想していたとは言え、ナギサは幼馴染の挙動に溜め息を吐いた。
「想定される問題は、幾つかあります」
ナギサはチェス盤を持ってきて、駒を並べ始めた。
黒は
黒には数多くの
「これまでの主戦場はトリニティ自治区と校内に限られていました。
これまでの演習の勝利条件は、相手の生徒会室の進入。
こちら側が仮に宣戦布告したとして、それと同時攻撃は出来ません。相手にペイント弾の準備をして貰わないといけませんから」
「ナチュラルに宣戦布告同時攻撃を考えてるナギちゃんが怖いよ……」
ゲヘナ側がこれまで演習で勝利できていたのは、トリニティの体質的な部分が大きかった。
逆に言えば、トリニティ側は綿密な準備を行った侵攻でゲヘナに勝利できると証明しなければならない。
でなければ、本当に世間からゲヘナより格下扱いされかねない。
それは政治的にも、キヴォトスの平穏の為にも許されないことだ。
連邦生徒会の防衛室からも、その点を釘を刺されていた。
「最大の問題点を忘れてはないかね?」
セイアは、キングとクイーンの駒をハンカチでまとめて、黒側に置いた。
即ち、ミコトの存在であった。
「あ、それについては私に考えがあるよ☆」
「考え、ですか……?」
「ふふふ、秘策があるんだ」
ミカはドヤ顔でそう言った。
「そのついでにあいつらの面子を潰してあげるんだ♪」
ミカは笑顔でその秘策を二人に語った。
二人はそれに、トリカス度が高い暗黒微笑を浮かべた。
「ミカさんにしては中々に素晴らしい策ですね」
「これまでの我々の屈辱を雪ぐには丁度いいだろうね」
生徒会室に、ふふふ、とトリカスを解放した三人の笑い声が静かに重なり合うのだった。
§§§
この日、万魔殿に衝撃が走る。
「マコト先輩、トリニティ側から演習の申請が届きました」
イロハが生徒会室にいるマコトに、連邦生徒会から送られてきた書類を提出した。
「ふん、面白い!! あの腰が重い連中にも我々に挑む度胸があるとはな!!」
と、鼻高々にマコトはそう言った。
「さて、ミコトを呼んでくるのだ!!」
「……結局ミコト先輩頼りじゃないですか」
イロハは溜め息を吐いて、そう呟いた。
ミコトの呼びかけじゃないと、一般生徒が参加しないのは目に見えているのを理解していたからだ。
仕方ない、とミコトに連絡を入れるイロハだったが、電話に出ない。
仕方ないのでモモトークにメッセージを送ることにした。その文字を打っている時に、それは起こった。
「た、大変よ、マコトちゃん!!」
サツキが生徒会室に駆けこんできた。
「どうした、サツキ。トリニティが演習を挑んできた件か?」
「ち、違うのよ、マコトちゃん。それどころじゃないわ、これを見て!!」
さっき情報部に送られてきたの、とサツキはスマホを見せた。
映像が、再生される。
「この度はゲヘナ学園万魔殿の皆様におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます」
ティーパーティーのテラス席。
そこに立つナギサが深々と一礼してそう言った。
「この度は失礼ながら我々トリニティの方から、貴校へと攻め入らせて頂きます。
つきましては、演習を円滑に行うべく、誠に勝手ながら人質を取らせて頂きました」
彼女のすぐ後ろには、椅子に座ったミカがロールケーキを手に持って、その人質の口元に突き付けていた。
「マコト先輩!! イブキね、今トリニティに居るんだ!!
いっぱい美味しいケーキとか、お紅茶をくれるんだよ!!」
そこに居たのは、なんとイブキだった。
天真爛漫を絵に描いたような笑顔で、マカロンを頬張っていた。
「勿論、これを理由に勝敗を決しようなどという下賤な真似は致しません。
ただし――」
「よう、マコちゃん」
その時画面外から、なんとミコトが現れたのだ。
「実はよ、イブキを人質に取られちまってよ、返してほしけりゃトリニティ側として戦えって言われちまったんだよなぁ」
ミコトの態度は、ちっとも人質を盾にされているものではなかった。
この状況そのものが、彼女の意思なのは明白だった。
「俺はツルギとやれれば満足だからよ、適当にトリニティ裏切ってツルギと喧嘩すっから、あとはそっちで上手くやってくれ」
ミコトが、今回の演習の“設定”を語る。
「演習が終わったらイブキは連れて帰るから、後はよろしくな」
「そう言うわけですので、演習当日はよろしくお願いいたします」
最後にナギサが一礼して、動画は終わった。
「あ、が、が、……」
マコトは、白目を剥いて絶句していた。
まるで寝取られビデオレターを送りつけられて脳破壊されたような有様だった。
「マコト先輩、なにぼーっとしているんですか」
イロハは生徒会室の隣にある銃ラックから己の銃を手に取った。
「今すぐイブキを取り返しに行きますよ」
「――当然だ!!」
マコトは目の色を変えてテーブルに手を叩きつけて立ち上がった。
「このままではイブキは、イブキは!!」
マコトの妄想が脳内で繰り広げられる。
『マコト先輩、イブキね、悪い子になっちゃったの……』
『イブキさん、お菓子が欲しければ、わかりますね?』
『う、うん、ちゅー』
極悪非道な笑顔を浮かべたナギサのほっぺに、ちゅーをするイブキ。
『ごめんなさい、イブキ、トリニティの子になっちゃったの……』
そしてそのイブキは、トリニティの制服を着ていた……。
がはは、と山賊みたいに笑うナギサがイブキを脇に抱え、妄想はフェードアウトする。
「このマコト様だってほっぺにちゅーされたいぞぉぉ!!」
「どんなアホな妄想を繰り広げてるんですか」
あとイブキのほっぺにちゅーは私のモノですよ、と火に油を注ぐイロハ。
他の議員の面々も、これには各々無言で銃を手に取った。
その光景は、これからカチコミに向かうヤクザかなにかであった。
「総員、ペイント弾を持て!! 今すぐトリニティに攻めこむぞ!!」
はい、とマコトの号令に議員達は応じた。
彼女達はこの後、最後の一人が玉砕するまで戦い抜いたと言う……。
§§§
さて、そんな状況だとは露知らず、ミコトはトリニティ校内を練り歩いていた。
演習に自主的に参加しようとしている生徒達で校内は溢れていた。
これ以上はゲヘナに負けてなるモノか、と活気づいている。
「よう、イブキ。楽しんでるか?」
「うん、ミコト先輩!!」
イブキはそんな学内をはしゃぎまわっていた。
初めて来たトリニティ校内を、探検しているらしい。
「これからハスミんとこ行くけど、行くか?」
「わぁ、行ってみたい!!」
「ほら、乗れ」
イブキを肩車して、ミコトは歩き出す。
高い高い!!><、とイブキは喜んでいる。
「おう、邪魔するぜ」
「邪魔するぜー!!」
正義実現委員会の本教室に入ると、ミコトに続いてイブキがそう言った。
「またあなたですか、ミコト」
「イブキも居るよ!!」
「……そうですか」
流石のハスミも、初等部相手には塩対応をしかねた。
「わぁわぁ、みんなゲヘナの制服みたいで格好いいね!!」
「ゲヘナの、制服みたい、ですか……」
正義実現委員会の制服を見て喜んでいるイブキに、若干ハスミはピキっていたが、彼女は大人の対応をした。
「ミコト、ちょっと話がしたい」
部員たちがこれからの演習に忙しそうにしている中で、ツルギがそう言った。
「おう、わかった。イブキ、ハスミと遊んでてくれ」
「うん!! ねえねえハスミお姉さん、あれなあに!!」
「ああ待ってください!!」
元気に教室を走り回るイブキに、ハスミはたじたじだ。
「それで、話ってなんだ、ツルギ」
「……部長から、次の部長は私にと指名があった」
「そうか、そいつはすげぇな!!」
「だからこそ、お前には言わなければならない」
ツルギは自分を祝福してくれるミコトに、躊躇いがちに、しかし決心したようにこう言った。
「ハッキリ言って、お前と競い合い、高め合ってきたことは、悪くはなかった。
だからこそ、こうして部長に内定されたのだと思っている」
「……なにが言いてぇんだ?」
ミコトも、何やら不穏な空気を悟って、そう口にした。
「……つまり、そうだな。私も責任のある立場になることで、いずれお前との手合わせに応えられない、そんな状況もありうるだろう」
「それは、俺との勝負から逃げるってことか?」
「そうではない。ただ、お互いにずっと変わらずにはいられないと言うことだ」
ツルギの目はミコトの目をまっすぐに向いていた。
「私達は、ずっと子供ではいられない。私も、お前もそのはずだ」
「なんだそれ、何の言い訳だ?」
その言葉は、ミコトにとって拒絶にしか感じられなかった。
ずっと切磋琢磨してきたライバルの、諦めに映ったのだ。
「私は、お前のようにはなれない。お前だって私のようには成れないだろう?
いずれ、お前にも無邪気に拳を振るうことができなくなる、そんな時が来るはずだ」
「だからそれを、言い訳だって言ってんだよ!!」
「ミコト。お前だって気づき始めているはずだ」
ツルギは、どこか遠い目でこう言った。
「キヴォトスは、私達にとって狭すぎる。
だからこそ、私達はいずれ、“卒業”するのだろう」
学業や学校と言う意味ではなく、キヴォトスからの巣立ち。
大人への階段を歩み、幼年期の終わりを迎える。
「私もいずれ、キヴォトスを発ち、こ、恋を、して、身を固めることだろう。
その時にはきっと、もう……」
ミコトは思った。
あの女と同じだと。
自分の勝利より、お腹の子を守ることを優先した、あの女と同じ顔をしていた、と。ミコトはそう思った。
「……そうかよ」
対等だったはずのツルギが、いつの間にかずっと前を歩いている。
その背を見送ることしか出来ないことに、ミコトは気づいた。
「か、勘違いしないでほしいが、お前との戦いは、青春小説みたいで、嫌いではなかったんだ。
ただ――」
「もういい、それ以上は聞きたくねぇ」
それは、ミコトにとって、逃げだった。
自分が決して追いつけない場所にいるツルギに、目を背けたのだ。
「……残念だ」
それは失望か、あるいは孤独感か。
ツルギは、それ以上何も言わなかった。
「ツルギ。イブキさんをこのままトリニティの生徒にしてしまいましょう。こんな良い子、ゲヘナにはもったいないです」
「止めないか、ハスミ……」
短時間ですっかり仲良くなっている二人の様子に、ツルギは溜め息を吐いた。
その視線がミコトに戻った時、彼女は教室を後にするところだった。
§§§
三度目の演習は万魔殿の連中が特攻してきたので、ミコトにとっても不完全燃焼に終わってしまった。
ミコトはもやもやを抱えながら、ミレニアムに向かった。
校門で張っていると、ネル達C&Cの面々が任務を終えて戻ってきた。
ネルはミコトを認めると、お前ら先に戻ってろ、と部員たちに指示した。
「なんだよ、ミコト。こっちに来てんならメッセージくらい送れよ」
「ネル、喧嘩しようぜ」
「なんだよ、急に」
突拍子もないミコトの言葉に、ネルは困惑していた。
「今はただ、喧嘩がしてぇんだ」
「私も、そうしたいところだがよ。次の任務があるんだ」
ネルは小さく息を吐いてそう言った。
「C&Cの名前も大きくなっちまった。その部長になるなんてよ。
何も考えずにお前と殴り合えてた頃が懐かしいよな」
「ああ、だからよ――」
「お前が羨ましいよ。守るモノがあると弱くなるって思ってた。後輩が出来て、戦い方を教えて、そいつらがあたしの後ろを守る……あたしは、ミコト、お前みたいな強さが欲しかったんだけどな」
全て、過去形だった。
ネルの口から出る言葉は、ミコトを過去に置き去りにしていた。
「キヴォトス最強の座は、今のところ預けておいてやる。お前がそれをちゃんと温めておけよ。
今度また喧嘩しようぜ、仕事があるから怪我は出来ないけどな」
ネルはそう言って、ミコトの背にある校門から学校に戻って行った。
ミコトは、そんな彼女を無言で見送った。
次はアビドス高校に向かった。
ホシノは砂祭りの準備をしていた。
大勢の後輩に頼られ、笑顔だった。
ミコトは声すら掛けずに立ち去った。
次はヴァルキューレ警察学校に向かった。
シケモクを拾って堂々と吸ってる振りをすると、生活安全局の生徒にこう言われた。
「あの、ミコトさん、そう言うのは我々が見てないところでお願いします……」
ミコトは悟った。
キヴォトスで生徒がタバコを吸うのはご法度である。不良ですら、タバコを吸っているのを見たことはない。
だが、彼女らはミコトを咎めなかった。怯えていた。ミコトに、ではない。ミコトを捕まえてくれ、と命令してくる上司にだ。
ミコトは理解したのだ。自分を裁ける者は、もうキヴォトスのどこにもいないのだ、と。
「……俺は、どうすりゃいいと思う?」
最終的にミコトが行きついたのは、サンクトゥムタワーの生徒会長室。
キヴォトスを望む、連邦生徒会長の執務室だった。
「私としては、健全に学生生活を送って欲しいところですが」
「俺にとっては喧嘩が人生なんだよ。それ以外の生き方は知らねぇ……」
ミコトの独白に、そうですか、と彼女は透明な笑みで応じた。
「一旦、全てを捨てるのはいかがでしょうか」
「全てを捨てる?」
「自分の持っているモノに執着する。だから貴女は苦しんでいる。
それに、守破離、と言う言葉もあります」
「聞いたことがあるな」
昔、剣道をやっていた頃にミコトはそんな言葉を聞いたことがあった。
「流派の教えや型を忠実にこなす“守”、自分なりの創意工夫を行う“破”、そして自らを確立し巣立ちを迎える“離”」
「巣立ち……」
「ミコトさん、貴女は喧嘩という道の果てに、自分を見つめ直す機会が訪れたのだと思います」
それはミコトの掲げる心技体にも通ずることだと、連邦生徒会長は言う。
「いい機会だとは思いませんか?
喧嘩ばかりの荒ぶる人生とは違う、文芸などに没頭し精神を磨く。それはそれで貴女の糧になるとは思いますよ」
彼女は本心からそう言った。勿論、ミコトに腰を落ち着けて欲しいのも本当だったが。
「……なるほどな。他の連中は、それを見つけたってことか」
「ええ、将来を見据えるのも、後輩達の先達となるのも、人生の彩であると私は考えます。
それはきっと、大人になる為に誰もが通る道なのでしょう……」
彼女は、それを羨まし気にそう言った。
「ミコトさん、その先へ行って、どうか来るべき日に万全を期してください」
「ああ、言われるまでもねぇ」
自分なりの答えを見つけたのか、ミコトは踵を返した。
「お願いしますよ。私は、その先には行けそうにありませんから」
執務室から去ったミコトを見て、彼女はそう呟いた。
「そう悲しむことはありませんよ」
彼女が、振り返る。
彼女以外に誰も居ない広い室内に、声が響いた。
「あなたですか」
彼女は微笑んだ。見知った相手だったからだ。
「予言の主、“代弁者”を遣わせし者、幕を下ろす者」
しかし、生徒ならあるべきヘイローがそこに無かった。
「キヴォトス最新の、神よ……」
連邦生徒会長は祈るように手を組んだ。
「私の
このような形で干渉するのは初めてですが、このまま行けば攻略法を確立できるかもしれませんね!!」
少女は無邪気に笑いながらそう言った。
そして、祈りの姿勢の彼女をそっと抱きしめた。
「貴女の献身を、ずっと見てきました。
今度こそ、成し遂げましょう。その時こそ、契約は成される」
ヘイローの無い少女は、そっとタブレット状の物体を取り出した。
それは、“シッテムの箱”と呼ばれるオーパーツだった。
「我々は望む、七つの嘆きを」
「我々は覚えている、ジェリコの古則を」
それは誓い、契約の言葉。
空っぽのシッテムの箱の画面に、光が灯る。
「聖櫃とは、神との契約の証。
後のことは、あの二人と、我が最愛にして唯一の司祭に任せましょう」
ふわり、とヘイローの無い少女は消え去った。まるで初めから居なかったかのように。
連邦生徒会長は、シッテムの箱を手に覚悟を決めたように目を伏せた。
「ユエ、部活でもしようと思うんだがよ、何かいい案はねえか?」
「それだったら、園芸部なんてどうかしら。私、ちょくちょく花壇でハーブとか育ててるの」
「……花とかを育ててみるのもいいかもな」
「そうね。じゃあ、部活の申請書を出しに行きましょう」
そして、物語は次年度へ。
波乱と、混沌と、苦難と悲しみ、しかし青春に満ちた物語へと続く。
第三章、“園芸部の死神”編へと続く――。
二年生編、二章はこれにて終了です。
幕間で補習授業部編をやろうかと思いましたが、それなら三年生編でぶっ通しでエデン条約編をやった方がいいかと思いまして、そうなりました。
それが終わったら、最終編かなぁ。
あと基本的に私が書く物語は、何がしかで繋がっていることにしているのです。
なので、前作要素である彼女の存在をほんのり、全ての元凶を匂わせておきます。匂わせる程度でしか出てきませんが。
それでは、また次回!!