ゲヘナ学園 園芸部の死神   作:やーなん

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ブルアカVol3「補習授業部編」その2

 

 

 

 :0X トリニティの悪夢

 

 

 先生は早朝から、トリニティへと向かった。

 その理由は勿論、ミコトがトリニティに向かうと言ったからだ。

 

 しかしながら、先生の行動は少しばかり遅かった。

 

 

 トリニティの正門前には、正義実現委員会がずらりと布陣していた。

 その目の前にはミコト。そしてデスサイズの不良達が控えていた。

 

 まさに一触即発の状況だった。

 

「ミコト様。クロガの準備が整ったそうです。

 いつでも、トリニティのインフラというインフラを攻撃できます」

「おう、そりゃあいい交渉材料だ」

 

 隣に侍る赤い修道服の生徒の言葉に、ヤンキー座りをしていたミコトは立ち上がる。

 

「ユエを出せや」

「それは、出来ません」

 

 正義実現委員会側からは、ハスミが応じた。

 緊張からか、額に汗が浮いている。

 

「なあハスミ。二年前の事、てめぇは覚えてねえのか?

 カイザーに俺のダチが捕まった時のことだ。あんときはデスサイズの面々を率いて、俺はカイザーというカイザーにカチ込みをした。

 ……俺が脅しだけすると思うなよ」

「重々承知しています」

「てめーらじゃ話になんねぇ。ティーパーティーの三羽烏を呼んで来いや」

「生憎と、ティーパーティーの皆様は既に避難している頃合いかと」

「そいつはいいな!!」

 

 ハスミの応対に、ミコトは笑った。

 

「じゃあ、どれぐらい校舎をぶっ壊せば、そいつらが茶席に着くか見ものだなぁ!!」

「お願いですミコト、これ以上は一線を越えます……」

「そいつはてめぇらの都合だろ」

 

 ミコトはか細い声で懇願するハスミにそう告げた。

 もうお互いの衝突は避けられない。誰もがそう思った時だった。

 

「“みんな、喧嘩はダメだよ!!”」

 

 無力な大人が、両者の間に走って間に立った。

 

「“落ち着いて、話し合わないとッ!!”」

「先生!? ここは危険です!!」

 

 ハスミが先生の登場に驚いた、その時だった。

 

 ミコトの立ち絵が、ばッとハスミに近づき、元の位置に戻った。

 即ち、一瞬の隙でハスミを人質に取ったのである。

 

「ハスミ先輩!!」

「ハスミさん!?」

 

 突然の強襲に、正義実現委員会の生徒たちはどよめいた。

 

「ハスミよぉ、昔のお前はひょろがりだったのに、こんなに育っちまってよぉ」

「や、止めなさい、ミコト!!」

 

 ハスミの首を腕でがっちり後ろからホールドしたミコトはニヤリと笑った。

 おもむろに、ハスミの豊満な胸部を揉み始めたのだ。

 

「いやッ、やめてください、このような辱め、しかも先生の前で!!」

「よう、先生。あんたもどうだ? このデカパイが重力に逆らってるのは若い今のうちだけだぜ?」

「なにを失礼なことを!!」

「実はお前らって羽根の付け根が弱いってマジか?」

「な、なにを、ひゃい!!」

「おお、マジらしいな」

 

 ミコトはハスミの反応にけらけら笑っている。

 先生はそんな二人に近づいて、そう言うのはダメだよ、とやんわりとハスミの拘束を外すように動いた。

 すると、先生がミコトの腕を外すような動きに、なんと彼女は素直に従ってハスミを解放した。

 

「も、もう、許しませんよ、ミコト!!」

「先生。ハスミはチョロいから、二人きりになった時に口説いてから押し倒してみろ。あの胸を好き放題できるぜ」

「“ミコト、お説教だよ”」

「はいはい。悪かったって」

 

 ミコトは肩を竦めて、真面目な表情の先生をいなした。

 

「て、だ。そろそろ決めろや。ユエを出すか、俺らと潰し合うか」

「ですから、我々の一存では決められません!!」

「そいつが答えで良いんだな?」

 

 それが、ミコトの最後通告だった。

 

「“お願いだから落ち着いて!!”」

「先生!! そこにいては巻き込まれます、ミコトは本気ですよ!!」

 

 ハスミが先生の身を案じて叫んだその時だった。

 

「ミコト」

「やっと出て来たか、ツルギ」

 

 正門の奥から、ツルギが現れたのだ。

 

「昔を思い出すな、ツルギ。あの時もこうして喧嘩したもんだ。

 今日はあの時の続きみてぇだ。さあ、楽しもうぜ」

「――ミコト」

 

 指を鳴らすミコトだったが、ツルギはただ頭を下げるだけだった。

 

「私に免じて、この場は引いてくれ」

「……俺が嫌いな事、教えてやろうか?」

 

 ミコトはツルギの胸倉を掴んだ。

 

「何も悪くねぇ奴が、頭を下げることだ」

「……頼む、この通りだ」

「――ッ!?」

 

 ミコトは激昂して拳を振り上げたが、空中でその拳はぷるぷると震えるだけだった。

 苦渋の表情のミコトは、やがて拳をゆっくりと落とした。

 

「土下座だ。土下座しろ、てめぇが学校の為にそこまで出来んなら、俺らも引いてやる」

「ミコトッ、あなたって人は!!」

 

 ミコトはツルギを突き飛ばしてそう言い放った。

 それには、流石にハスミも我慢ならなかった。

 

「正義実現委員会の部長のお前が、正義も何もない俺に土下座できんなら、その顔に免じてやるつってんだ」

「“ミコト!!”」

「なんだ、先生、これ以上無いってぐらいの話し合いの解決じゃねえか。外野は引っ込んでろ。それとも、俺らに喧嘩してほしいのか?」

 

 うう、とそう言われてしまえば先生は何も言い返せなかった。

 

「……わかった」

「止めてくださいツルギ!! そんなことをすれば、我々の立場が!!」

「責任を取るのが、部長の仕事だ」

 

 悲鳴じみたハスミの声に、ツルギは淡々と返した。

 

「それに丁度良かった、私に部長の椅子は荷が勝ち過ぎていた」

「そんな、そんな!!」

「お願いですから止めてくださいっす!!」

「そうです、なんであんな連中に土下座なんて!!」

 

 他の部員たちからも、そんな声が上がった。

 だが、ツルギの意思は固かった。

 

「どうか、これで許して――」

 

 ツルギが膝を突いた時点で、彼女の腕を掴んで土下座を止める者が居た。

 

 ミコトだった。

 

「もういい。ツルギ、お前の土下座なんざ見たくねぇ」

「……ミコト」

「覚えとけ、ツルギ。お前のツラの価値はトリニティなんかよりも重いんだよ。

 俺はやろうと思えばいつでもトリニティを潰せるが、お前を辱めることは絶対にできねぇ」

 

 それは二年と言う時間が育んだ、奇妙な友情だった。

 ライバルには対等で居て欲しいという、ミコトのワガママだった。

 

「てめえらの掲げる正義に免じて、今回は引いてやる」

「わかった。ユエは必ず、五体満足でそちらに返す。正義実現委員会の名にかけて」

 

 ミコトの念押しに、ツルギは頷き返した。

 

「お前ら、見てたな!! ツルギが俺らに詫び入れた!!

 今回のところはこいつの顔立てて引いてやることにした!! 

 だが次は無ぇ!! そん時は、トリニティの連中が大好きな政治をしてやる!!」

 

 ミコトは同胞たちにこう言った。

 

「――――戦争っつう、政治をな!!」

 

 不良たちは、ミコトの言葉に沸き立った。

 

「残念です。せっかく母校の連中を血祭に出来る機会だと思っていたのに。セキト隊、撤収ですよ」

 

 黒いジャケットの不良達が、セキトの言葉の号令で撤収していく。

 

「茶会共がお前らを蔑ろにした時、俺らはトリニティに思い知らせてやることになる。二度と覚めない悪夢をな。……そう上に伝えておけ」

 

 ミコトは上着を翻して、撤収していく不良達と共に去って行った。

 

「……ちょっと待ってください、なんでツルギはダメで私は辱めていいんですか!!」

「んあ? エロ本みたいな展開にピッタリな見た目だから?」

「待ちなさい、今すぐ叩きのめして上げますこのゲヘナ頭!! 逃げるなぁ!!」

 

 周囲から数人がかりで抑えつけられているハスミを他所に、トリニティの危機はひとまず去ったのだった。

 

 

 

 

 :0X 広がる“特効薬”

 

 

 朝は大変なことになったので、授業は午後から行われることになった。

 お陰で、登校していた生徒達は手持ち無沙汰になってしまった。

 

「朝から大変でしたね、先生……」

 

 補習授業部の面々は、この時間を自習に当てるとしてヒフミによっていつもの教室に集合していた。

 

「“うん、何とか収まってよかったよ……”」

 

 朝っぱらから気が気ではない状況だったので、先生は疲れ切っていた。

 とは言え、これでハッキリしたことがある。

 

「“(でも、やっぱりミコトはトリニティの転覆なんて考えてない……)”」

 

 今朝はそうなりかけたが、逆に言えば今朝やろうと思えばそうできた。

 ミコトに政治なんて関係ない。わざわざ裏で画策するまでもなく、エデン条約を台無しに出来るのだ。

 

「はあ、あの死神が来てたなんて、私は運が良いのやら悪いのやら……」

 

 なんて、テストに合格するまで正義実現委員会に戻れないコハルはそんな複雑そうな言葉を漏らしていた。

 

「そうです、先生もお疲れですし、折角ですから校内を案内して差し上げるのはどうでしょう?」

 

 すると、気を使ったのかハナコがそんな提案をした。

 

「私は賛成だ。疲れを持ち込んだままでは集中できないからな。

 それはともかく、私も転入してからまだ日が浅いから、トリニティの校内を回り切れていない……」

 

 と、アズサは広すぎるトリニティ校内にそんな不満を漏らした。

 

「あ、そうなんですか、じゃあ先生やアズサちゃんに校内を案内してあげますね!!」

「“う、うん、ありがとう、気を遣わせちゃって……”」

 

 ヒフミの言葉に、先生もお礼を言った。

 

「でも、ひとつひとつ案内してたら、一日じゃ到底回り切れないわよ」

 

 とは、コハルの談。

 どんだけ広いんだ、と先生はちょっと引いた。

 

「授業などで使う主要施設などに絞れば、午前中で十分回り切れると思いますよ」

「そうですね。普通の教室しかない校舎を見て回っても仕方ありませんし」

 

 分校舎だけでも何十棟もありますからね、とヒフミは言った。

 

 そんなわけで、四人は先生を伴って校内の主要施設を回ることにした。

 

 

「ここは言わずと知れた大聖堂です!!

 ミサの授業などに使われます、そしてシスターフッドの本拠地としても知られています!!」

「“へぇ、スゴイね!!”」

 

 一行が最初に来たのは大聖堂。

 先生もテーマパークに来たみたいで、普通に楽しんでいた。

 

「シスターフッドの方々とは私も仲良くして頂いています。それはもう、深く深く♡」

「ふ、深くってなによ!! エッチなのはダメなんだからね!!」

「あらら、コハルちゃんは興味があるんですね?」

「ち、違うわよ!!」

 

 ハナコとコハルがいつものやり取りをして、ヒフミが苦笑してアズサが呆れていると。

 

「あら、ハナコさん」

 

 シスターの生徒が、ハナコを認めて話しかけてきた。

 

「あら、これはこれは。ごきげんよう」

「ええ、ごきげんよう。お友達の皆さんも」

 

 あ、はいごきげんよう、とヒフミは応じた。アズサと人見知りのコハルも軽く会釈をする。

 

「……ハナコさん、やはりシスターフッドに入るのは見送られるのですか?」

「そのことについては、以前お伝えしたと思いますが」

「そうですか……。やはり、我々の期待が……」

 

 シスターの生徒は、何やら口ごもった。

 

「ハナコさん。何か悩み事がありましたら、遠慮せずにいらしてください。派閥を同じくとせずとも、私達は仲間なのですから」

「ええ、過分なお言葉、感謝致します」

 

 ハナコは優雅な一礼をした。

 それを見た彼女は、複雑そうな表情になった。

 

「それでは、ごきげんよう」

 

 シスター服の生徒は去って行った。

 

「なによ、ハナコのくせに、あんたシスターフッドに勧誘されてたの?」

「神の愛は私のような矮小非才の身にも分け隔てなく与えられるということでしょうね♪」

 

 コハルはそんな軽口を叩いたが、アズサはヒフミの方を向いた。

 

「ヒフミ、シスターフッドに勧誘されるのは、そんなにスゴイ事なのか?」

「まあ、基本的に初等部や中等部の頃から信心深い生徒の皆さんが入部していたりしますからね。

 高等部になってから勧誘されるのは、珍しいことかと」

「ほう、すごいんだな、ハナコは」

 

 ヒフミの解説に、アズサは素直にそんなことを口にした。

 

「そんなことはありませんよ……そんなことは」

「“ハナコ?”」

「ささ、次に行きましょう!!」

 

 ハナコの先導で、次の場所に向かうことになった。

 

 その道中で。

 

「はい、こちらが例の“特効薬”ですわ」

「本当に、何の対価もいらないんですか?」

「ええ、私達は共に救われたいだけですから」

「あ、ありがとうございます!!」

 

 生徒達が、公衆の面前で包装シートの受け渡しをしていた。

 

「“あれって……”」

「ああ、“特効薬”ね」

 

 コハルはそれを見て、うんざりした様子を見せた。

 

「ちょっと前から流行ってるの。

 正直になれる薬って、バカみたいよね」

「そうなんですか?」

 

 ハナコの言葉に、当たり前でしょ、とコハルは言った。

 

「あれが何に使われると思う?

 ――――いじめっ子に盛るのよ」

 

 うわぁ、とそのコハルの話にヒフミは呻いた。

 

「それで正義実現委員会の前で自白させるの。

 或いは、自白を録音したりね。それでちょっと前、二十人くらいが停学や休学になったの」

「自白剤のようなものか?」

 

 アズサの問いに、そうかもね、とコハルは返した。

 

「なんて言うか、自分が嘘を吐いたって気づけなくなるみたい。

 うちの部活は、それだけならって特別危険視してないけど」

「まさか、そんな恐ろしい薬がか?」

 

 アズサは目を見張ってそう言った。

 

「街灯を撤去しろと言うのは泥棒だけ、ってことでしょうね」

 

 少し真剣な表情でハナコはそう呟いた。

 

「なるほど、嘘を暴く薬を厭うのは、嘘吐きだけ、と言うわけですね……」

 

 正義実現委員会がそれを規制すると言うなら、何かやましいことが有るのかと言われてしまう。

 なんとも扱いに困る薬だと、ヒフミは思った。

 

「普通の自白剤は、真実を勝手にしゃべるモノではない。

 意識を朦朧とさせて判断能力を奪うものだ。そんな、ピンポイントで嘘を排除できるとは……」

「だからこそ、“特効薬”なのでしょうね」

「“まるで魔法だね……”」

 

 まさか彼女達が既にナギサにそれを盛られているとは、知らない方が良いんだろうな、と先生は思った。

 

「魔法……?」

「どうかしたの、ハナコ」

「……いえ、何でもありません」

 

 一瞬、目を見開いていたハナコに、コハルが話しかけるも要領を得なかった。

 

「……とにかく、それが正しいことに使われているのなら良いことだろう」

「そうですね、今のところ悪用されているとは聞きませんし、誰が流通させているのかはわかりませんけど、分別を持っているみたいですし」

 

 アズサとヒフミはそんなことを言った。

 嘘を言えない薬、逆を言えば、秘密を暴ける薬。

 

 悪用されない方がおかしいだろう。

 

「もしかしたら、その本質は……」

「ハナコちゃん?」

「あ、いえ、なんでもありません。さあ、こちらは生徒会室がある本校舎です」

 

 一行は歩いているうちに、本校舎に辿り着いた。

 

「主に試験会場や生徒集会の会場に使われましたり、トリニティの政治機能の全てが集約されている場所ですね」

「“うん、ナギサ達に呼ばれた時に来たよ”」

「本校舎は用事が無いとあまり来ない場所ですねぇ」

 

 ハナコの解説に、先生も頷き返す。

 本校舎は歴史のある建物であると端々から感じられる威風があった。

 まさにトリニティの顔となる建物だ。

 

「あらあら、これはハナコさんではありませんか」

「……ええ、ごきげんよう」

 

 すると、本校舎から出てきたティーパーティーの行政官がハナコを認めた。

 

「ティーパーティーへの参加を辞退したと聞きました。

 最近の奇異な振る舞いと言い、自らの可能性を閉ざすのはよろしくありませんよ」

「元々、身に余るお話でしたので」

「今朝の出来事を知っているでしょう? 今は派閥を超えてあの悪夢に対抗する為に多くの知恵が必要なのです。

 ただでさえ、今のティーパーティーは混乱していると言うのに……」

 

 はあ、と行政官は溜め息を吐いて首を振った。

 

「いえ、人には向き不向きがありますわね。だからと言って、道化の振る舞いは控えますように、あなたの為になりませんわ」

 

 それではごきげんよう、と行政官は去って行った。

 

「なんだあいつは、好き勝手言って」

 

 アズサは目を細めて嫌悪感を露わにした。

 

「元々ああいうヒトなんですよ。

 悪い人ではないので」

「それよりも、ハナコちゃん、ティーパーティーに誘われてたんですか!?」

「えー、ハナコが? 嘘でしょ?」

 

 苦笑するハナコに対し、ヒフミは驚き、コハルは訝し気だった。

 

「ハナコがティーパーティーなら、私は生徒会長よ!!」

「ふふふ、それはそれで愉快な生徒会かもしれませんね」

「なら私はパテル派の首長だな」

「ヒフミちゃんなら、来年フィリウス分派の首長も夢じゃないかもしれませんね」

 

 笑うコハルに、悪乗りするアズサ。

 ハナコも笑ってヒフミにそんなことを言うが、その視線はそれ以上追及するな、と語っていた。

 なにせ、ヒフミが現フィリウス首長と近しい間柄なんて、一言も言ったことが無いのだから。

 

「あ、あうう、それこそ身に余る話ですぅ」

 

 ヒフミは背負っていたペロロのバッグに顔を埋めて、恐縮してみせた。

 

 

 

「ここが正義実現委員会の本棟ね。

 先生も前に来てたけど、ここの建物とそこのグラウンドは、実質うちが独占しているのよ!!」

 

 次に正義実現委員会の拠点へと来ていた。

 誇らしげにコハルがこの場所について話している。

 

「やはり、今朝のこともあってか、物々しいな」

「ゲヘナ……と言うよりミコトさんは分かりやすいトリニティの脅威ですからね」

 

 まるで戦時みたいに戦いの準備をしているのを見て、アズサとハナコがそう評した。

 

「ティーパーティーの重役が襲撃されたと噂されてますからね……。

 近くに犯人が居るかもしれないって恐怖が、“特効薬”の流通に一役買っているのかもしれません」

「だが、犯人は捕まっているのだろう?」

「ゲヘナの、しかもミコトさんの縁者がティーパーティーの要人を攻撃して得なんてありませんから」

 

 なるほど、とハナコの推理にアズサも頷いた。

 

「しかし明日から合宿の予定でしたが、この状況ではそれどころではないかもしれません。

 緊急事態では多くの施設を封鎖されますから……」

「ええ!? それじゃあ、私達、強制的に落第になるってこと!?」

「そうなるかもしれません。その時は一緒に堕ちるところまで堕ちましょうね、コハルちゃん♡」

「い、イヤよ、そんなの!!」

 

 コハルの脳内では、お風呂屋でハナコたちと一緒に働く羽目になる自分というピンク色の妄想が繰り広げられ顔が真っ赤になった。

 

「そうだわ、私達で犯人を見つければ、ハスミ先輩たちも喜んでくれるに違いないし、私達も落第を回避できるわ!!」

「そんなに都合よく行くでしょうか……」

「簡単よ、怪しい奴に“特効薬”を飲ませて吐かせればいいんだから!!」

 

 コハルの楽観的な意見に、ヒフミは難色を示している。

 

「しかし、“特効薬”はどうします? 私達に入手ルートはありませんよ」

「“もしかしたら、当てがあるかもよ”」

「先生?」

 

 肝心な現物がないとハナコは指摘するが、我らの先生はそう言った。

 

 

 

 

 :0X “魔弾”

 

 

 場面は牢屋のある教室に背景が変わる。

 

「“特効薬”ですか? ええ、こちらをどうぞ。他ならぬ先生にでしたら」

 

 牢屋の中のユエは、包装シートに包まれた六錠の“特効薬”を先生に差し出した。

 

「ちょっと待って、なんでゲヘナのあんたがそれを持ってるのよ!!」

 

 あっさりと現物を取り出した囚人に、コハルが声を荒げた。

 

「持ってるも何も、開発者は私ですよ」

「なんだ、開発者ね……って、嘘!?」

「じゃあ、この薬をトリニティにバラまいているのも?」

「それは違いますね」

 

 ヒフミの問いに、ユエは微笑みのまま否定した。

 

「先生、私はかつてゲヘナの救急医療部に属していました。

 だからこそ、看護師の始祖に誓って、必要の無い相手に不必要な量の薬を処方することはない、と断言致します」

「“うん、信じるよ”」

「ありがとうございます」

「“だけど、信用はしていないかな”」

「おやおや」

 

 自分のことをよくわかっている先生に、ユエはくすくすと笑って見せた。

 

「“特効薬について、詳しく教えてくれないかな”」

「ええ、構いませんよ。

 あれは元々、趣味で媚薬として開発したのですが――」

「ちょっと待って、媚薬ってなによ、これってそんなにエッチな奴なの!!」

「まあまあ、結果的に失敗したのです。

 だって、嘘に効く薬なんてゲヘナでは何の価値もありませんから」

 

 過剰反応するコハルを微笑ましそうに見ながら、ユエは言った。

 

「それにしても、"特効薬”とは、皮肉なものですね」

「どういう意味だ?」

 

 ずっと笑っているユエが気に入らないのか、アズサが語気を強めてそう言った。

 

「医学用語で特効薬とは、特定の症状だけに効く薬のことを言います。

 まるで百発百中の、"魔法の弾丸”とも言われますね」

「“魔法の弾丸……”」

「くくッ、ふふふッ」

「ま、まさか、副作用が有るんですか!?」

 

 不気味に笑うユエの態度を見て、ヒフミが声を挙げるが。

 

「いえいえ、副作用の無い薬はありませんよ。

 例えば腐敗も、ヒトに有利なら発酵、不本意なら腐ると呼び分ける。

 薬の薬効も、またそれと同じなのです」

「御託は良いから、副作用について教えなさいよ!!」

「……精々少しばかり興奮するくらいです、重篤で致命的な副作用はありませんから安心してください」

 

 憤るコハルを宥めるように、ユエは説明した。

 

「ええ、ありませんとも、副作用は、ね」

「どういう意味ですか?」

「もう気づいているのではないですか、ハナコさん」

 

 ユエはニヤニヤと嗤っている。

 

「大した副作用はありません。しかし、天罰はあります」

「ど、どういうことよ!!」

「モルヒネをご存じですよね?

 あれは重篤な患者に使用すればその痛みを和らげる神の慈悲とも言える薬効を示し、その場合に限り中毒症状は発生しないそうです。

 しかし、それを快楽の為に用いた者には中毒症状が発生し、薬に依存するようになる。

 まるでそれは、神の罰みたいではありませんか?」

 

 薬を悪用した天罰、その言葉に一同は息を呑んだ。

 

「元々芥子の実も神が齎したものという神話がありますし、あながち間違いではないのかもしれません。

 ……それで、天罰とは?」

「ある意味では、副作用よりも厄介な性質ですよ」

 

 ハナコの問いに、ユエは包装シートを示した。

 

「これがなぜ、六錠だけかわかりますか?」

「確かに、普通お薬を処方される場合、一週間や十日単位で貰いますよね……」

「七つ目からは意味が無いからです」

 

 ヒフミは、その意味がすぐに理解できなかった。

 

「ま、まさか!!」

 

 だが、ハナコは察した。

 

「ええ、抗体ですよ。この薬は六度使用すると、七度目からはどんなに服用しても効果が出ません」

 

 つまり、と愉快そうにユエは嗤ってこう言った。

 

「六度使用した者は、もう二度とその発言を信じられることは無いと言うことです」

 

 まさに、薬に依存した者への、天罰。

 

「それを自らで治験した私は知っていました。

 なのにナギサさんは、よりにもよって私にこれを飲ませて自白を促したのですッ」

 

 もう笑い声を堪えきれないと言うように、ユエの肩は震えていた。

 

「六発は必ず命中する魔法の弾丸、しかし七発目は悪魔の望むところに命中する。この薬はまさに“魔弾”なのですよ。

 銃弾が飛び交うキヴォトスで、これ以上の皮肉がありましょうか?」

「あ、あんた、なんてことを!!」

 

 “特効薬”がこのまま流通すれば、トリニティは大変なことになる。

 それは、コハルにでも簡単に理解できた。

 

 ハナコは真っ青になり、ヒフミとアズサも絶句している。

 

「ですから、勘違いしないでください。

 ――――私は、何もしていませんよ」

 

 魔弾を齎す、ゲヘナの魔女はそう言った。

 

「何者かが私の薬剤倉庫から、勝手に持ち出したのです。

 私はこの通り、虜囚の身ですので、生徒の皆さんに配るなんてとてもとても……」

「“すぐにみんなに知らせないと!!”」

 

 先生は焦ってそう言った。

 “特効薬”のとんでもない仕様を知った四人は、それに頷き返した。

 

「私の薬剤倉庫は、デスサイズが管理しています。彼女らに聞いてみると良いですよ」

「“……わかったよ”」

 

 先生は目の前の厄介すぎる生徒に何か言いたげだったが、結局何も言えずに踵を返した。

 四人もそれに追従し、教室を去る。

 

「もう一度言いますね。この薬はゲヘナでは何の意味もありません。

 天罰を下されるのは、それ相応の理由があるからだとは思いませんか?」

 

 その言葉は一体誰に投げかけられたのか。

 それを知るのは、言葉を発したユエだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





“特効薬”の元ネタは、勿論オペラ『魔弾の射手』の悪魔ザミエルの齎す魔弾。
架空の悪魔に翻弄されるトリニティと言うのが、皮肉が聞いていますね。

感想や高評価を下さりますと、更新速度と作者のモチベーションが維持されます。どうかよろしくお願いします!!

それではまた、次回!!
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