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:0X 悪魔の笑い声
牢屋のある分校舎から出た先生とハナコの顔は真っ青だった。
「なあ、気になるのだが聞いて良いだろうか?」
いまいち状況が理解できていないアズサが言った。
「一人に対して六度も“特効薬”を使用することなどあるのか?」
アズサの指摘は尤もだった。
発言の嘘かどうかを判別するのなら、一回使用するだけでも十分だ。
もう既に答えは分かっているのに、また五回も尋問するなんて馬鹿馬鹿しいだろう。
「あ、そう言えば、確かに……抗体が出来るほど何度も使うなんて意味がわからないわね」
コハルはただ薬の効力が無意味になると言う観点だけを見て、そこに気づかなかった。
「いえ、話はそんな簡単ではありません……」
そう言ったハナコの顔色は悪い。
「“こんな視点は、君たちに持ってほしくはないんだけど……”」
教育に悪いからね、と先生は前置きしてこう言った。
「“あの“特効薬”は、使い方次第で簡単に
「その通りです」
先生とハナコの二人が危惧しているのはそれだった。
「それはつまり、六度使用したかどうか、他人からは判別できないから、と言うことでしょうか」
ヒフミは状況を整理するようにそう言った。
「しかし、そんなに多用するような薬では――」
アズサの言葉は、最後まで出なかった。
「それでは皆さん、“特効薬”を!!」
「ええ!!」
「早く飲みましょう」
いかにも仲良しグループと言った生徒達が、お互いに見えるような形で“特効薬”を飲み込んだからだ。
「私達の間に、隠し事はありませんわ!!」
「ええ、私達の友情と友愛は永遠ですもの!!」
「我らの友好に、祝福がありますように」
彼女達は、本当に仲良さそうにきゃっきゃと笑い合っていた。
「……」
アズサはまさに、絶句、という表情をしていた。
先生とハナコの危惧することの、全てを理解してしまったからだ。
「あ、あは、あはは……」
同じ光景を見たヒフミは、引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
なぜあんなにユエが可笑しそうにしていたか、完全に理解したからだ。
「あのような光景は、この後いくらでも起こる筈です……」
ハナコは感情を押し殺したような声色でそう言った。
アズサが考えていた六度目の使用と言う壁が、がらがらと崩れる光景だった。
「そんなバカな……あれは常飲するような薬では……」
「“アズサ、こう言うことは言いたくはないんだけれどね”」
先生は驚き戸惑っているアズサに、言い含めるようにこう言った。
「“友情や絆、それらはとても素晴らしいもので、時には力を与えてくれるものだけど、同時にそれらは形が無い物なんだ。だからこそ、それが本当にあるのか確かめたくなるんだ。本当はそんなモノ、存在しないんじゃないかって不安に抗う為にね”」
「虚しさ……」
アズサは誰よりも、その感情の正体を知っていた。
「まるであの薬は、この世で美しく素晴らしいものだからこそ、それが確かなのかを問う為にあるようですね……」
ハナコが切なそうにそんなことを口にした。
そう、友情、青春。それらはキヴォトスで最強の真理である。
であれば、それが本物か問うものが有ってもおかしくはない。
当たり障りのない友情、取り繕っているだけの青春。
事実として存在するそんなものを、キヴォトスの真理として赦されるならば、友情や青春という言葉は陳腐に成り下がる。
友情、青春、そんな言葉を玩弄する悪魔の笑い声が、彼女達に聞こえるようであった。
「そんなの、おかしいです!!
だって、あの子たちは、自分達の友情を信じたいだけなのに!!
そんなのあんまりじゃないですか!!」
ヒフミはたまらずそう言った。
「そうよ!! だって、あいつはあの薬に頼るのは、天罰だって言ったのよ!!
あの子たちが、自分達の友情を信じるのが、なんで罰が必要なのよ!!」
人見知りで、正直者とは縁遠いコハルでさえ、泣きそうになってそう言った。
彼女達はいずれ気づくのだ、特効薬の効果が無くなっていることに。
そしてお互いが信じられなくなり、罵り合って喧嘩別れするのだろう。
余りにも惨い。残酷な結末だ。
「ええ、その通りですね。
そしてこのまま“特効薬”が広がれば、他所から転覆などされるまでもなく、トリニティは崩壊するでしょう。
かつての公会議以前のように、散り散りに分裂して……」
ハナコはこの後に起こる惨劇を予知して、そう呟いた。
「ほぼ無差別の、魔女狩りが起こると言うわけか……」
アズサはぎゅっと拳を握り、そう言った。
「“とりあえず、この事実を説明しないと”」
「わ、私はすぐに、ナギサ様に取り次ぎます!!」
「私も、ハスミ先輩にこの事を伝えるわ!!」
「私の方からも、サクラコさんにお伝えしておきますね」
幸い、ここに居る面々は各派閥の上層部に顔の利く面子だった。
各々は一旦分かれて、方々に走って行った。
「……先生。本当に絆や友情は、儚く虚しいものなのだろうか」
独り残ったアズサが、先生にそんなことを言った。
「“友情や愛情が、永遠ではないのは本当かもしれないね”」
生徒の手前、幾らでも美辞麗句で飾り立てることは出来ただろう。
だけど、先生は幾ら若く生徒を導く活力に満ちていても、今はそんな気にはなれなかった。
「“だけどそれは、それが本物だとか真実だとか、そんな言葉で価値を決め付けるようなモノじゃないよ”」
先生の言葉に、アズサはハッとした。
「……そうだな。絆や友情は儚く虚しくとも、それを育まない理由にはならない」
「“うん、そうだね”」
先生が教え導くまでもなく、アズサは大切なことを分かっていた。
「……先生、もう分かっているかもしれないが、あの時、彼女は……」
「“うん。私は話してくれるまで待つつもりだよ”」
「そうか。そう言う信頼の仕方もあるのだな」
アズサは先生に頷いてみせた。
そうして雑談をしていると、スマホで電話を終えた二人がやってきた。
ハナコとコハルである。
「一応、シスターフッドの耳に入れておきましたが……」
「こっちは忙しいからって、後回しにされちゃった。一応話は聞いてもらったけど」
二人の態度からして、満足の行く対応をされたとは言い難かった。
程なくして、ヒフミも戻ってきた。
「……ヒフミ、どうだった?」
コハルが問う。彼女が当たったのはティーパーティーの首長。袖にすがる思いだった。
「私がナギサ様に御会いして、この事をお伝えしてこう言われました。この特効薬を飲んでもう一度言ってください、と……」
よく見れば、ヒフミの頬は少し赤く、呼吸が荒い。視線も忙しなく定まらない。
“特効薬”特有の興奮作用だ。
「結果的には、検討するとは言って下さりましたが」
「こちらも後回しにするような言い方ですね」
ハナコは若干失望を禁じえない表情でそう言った。
「こ、これからどうしよう?」
「何だかもう、襲撃犯探しどころではないな」
「そうだ!! なら、“特効薬”を広めてる奴をとっ捕まえましょう!」
コハルは己のうちの正義感からそう主張した。
「“デスサイズ本部、だね”」
「なるほど!! ユエさんの言っていた、薬剤倉庫ですね!!
薬剤の管理ならば、いつ誰が持ち出したか記録に残っている筈です!!」
「よし、早速行ってみましょう!!」
先生の言葉に、ヒフミとコハルがそう言った。
「ああ、手掛かりはそこにあるだろう」
「……ええ、そうですね」
それに、二人も頷いた。
結局この日の四人の午後の授業は、シャーレの活動として先生が免除する形で、後日に補講をすることになるのだった。
:0X デスサイズ本部へ
「あうう、こんな形でまたここに来るなんて」
最寄りの電車で移動した面々は、そのままゲヘナの新自治区へと辿り着いた。
すぐに要塞化された建物が目に入る。
鉄柵で閉ざされた門の脇のカメラ付きインターホンを、先生は押した。
「“もしもし、シャーレの――”」
『シャーレの先生ですね。デスサイズ本部の幹部衆一同、お待ちしておりました。すぐそちらにお迎えいたします』
先生が名乗る前から、向こうの声が聞こえてそう言われた。
「なんだか、歓迎されてない?」
「罠かもしれないな。内側に誘い込んで、一網打尽にするかもしれない」
「ふ、不吉なこと言わないでよ、アズサ!!」
なんて、コハルとアズサがそんなことを言った。
「まあまあ、先生にそんなことする理由は無い筈ですよ」
「……そうですね、彼女達はずっと、先生を待っていましたから」
「ハナコちゃん?」
ヒフミがハナコの方を見た、その時であった。
建物の中から一人の不良がやってきて、門を開けた。
「ようこそ、先生。デスサイズ本部へ。
私はシロネと名乗っています」
やってきたのは、ドミノマスクの白髪の麗人。
先生は彼女に挨拶をした。
「“どうも、こんにちわ”」
「歓迎しますよ。それと、ハナコさんも。前回の総会以来ですね」
シロネがハナコを見てそう言うと、一同は驚きを示した。
「ハナコ、あんたこんな不良たちと知り合いだったの?」
「ええ、色々と事情がありまして。
それに彼女達の集会は公開されてますから、色々と為になりますよ」
「為になる不良の集会ってなんなのよ……」
笑顔でそんなことを言うハナコに、ツッコミを入れるコハル。
「先生、今朝はうちの者達が失礼しました。
ささ、立ち話も何ですし、本館の方でおもてなしさせて頂きます」
シロネは不良とは思えない物腰で、一行を案内するのだった。
ちゃんとした応接室に案内された五人を、待ち受けている人物がいた。
「どうも、シャーレの先生。我々はあなたをお待ちしていました」
五人は、ここが本校舎の中のような錯覚を受けた。
それほどまでに、彼女らを出迎えた人物が、トリニティそのものだったからだ。
「私はデスサイズの宗主代行を務めております、アオマと名乗っています」
デスサイズの事実上のトップ。ペストマスクの墜ちた令嬢が、丁寧に腰を折って頭を下げ、彼女らを迎え入れた。
「ここに居るシロネと私、現場の二人で我々は“メメントモリ”と名乗り、宗主の意思を実行させて頂いております」
「“宗主……ミコトのことだね?”」
先生の問いに、アオマは口元に笑みを浮かべた。
「我々からは、宗主の御名を口にするなど恐れ多いことです」
「何を言ってるのよ、朝からトリニティに大勢で押しかけておいて!!」
「貴女方だってティーパーティーから戦え、と言われれば戦うでしょう? コハルさん。それと同じことですよ」
う、と正義実現委員会の末端に過ぎない自分の名前を言われて、コハルは人見知りも手伝って挙動不審になった。
「先生を待っていた、とはどういうことだ?」
「……先生、貴方の到来は、ずっと前から預言されていたのです」
アズサの問いに、アオマは応えた。
「“預言……ユエも言っていたけど、どういうことなの?”」
「では、こちらに御足労願います」
一同は、また移動することになった。
「ここが資料室です。宗主様自ら集めたキヴォトスの現行文明以前の、古代の遺物が安置されています」
そこには、無数のモノリスが並んでいた。
まるまる一つの建物で、それらを保管していた。
「なんだか、神秘的な光景ですね」
「こちらに翻訳が載っています」
モノリスの前には、その翻訳文が張られていた。
先生は、その文章を読み上げる。
「“我々は、ゲマトリア――”」
そこから始まる、預言の内容を。
「先生の名前がある……」
モノリスの内容を読み終えた先生。
コハルは、これが古代の遺物だと言うことに戦慄していた。
「わざわざ、先生、と付けているあたり、疑いようもありませんね……」
キヴォトスで先生という敬称の大人は限られる。
ヒフミも信じられないようなモノを見る目で見ていた。
「私も、始めは驚きました。新しくできた連邦生徒会の、連邦捜査部シャーレの大人。その職名が先生であることに」
ハナコは、或いはそうなっては欲しくなかったような、複雑な表情でそう言った。
「旧ゲマトリアを支配した“預言者”なる存在は、多くの預言を残しました。
そしてその時は、先生。貴方の到来で近づきつつある」
「“……まるで、恐怖の大魔王みたいだね”」
先生は唖然としつつも、そんな軽口を叩くしかなかった。
「我々デスサイズは当初、キヴォトスで居場所のない不良達の互助組織として結成されました。
ですが、今はこれらの預言された脅威に対抗するために活動をしています。
……ティーパーティーの首長たち三人を影から護衛していたのも、その一環でした」
「まさか、預言されていたのか!?」
「ええ、肝心のそれが誰かまでは記されていませんでしたが。
お陰で我々の大事な仲間が、汚名を受け虜囚の辱めを受けています」
アズサはその事実に仰天した。愕然と言ってもよかった。
「……もしそうなら、意地の悪い預言です」
「そうですね」
ハナコの言葉に、アオマは苦渋の表情を浮かべた。
「これだけ精緻な予言を残しておきながら、ティーパーティーの誰が襲撃されるかを断言しなかった。
まるで、この部分は変えさせない、と言っているようです」
「我々の見解は違います。
“預言者”の預言は、明確な部分と曖昧な部分がハッキリしています。
これは、完全に断言してしまっては、その歴史に固定されるのではないか、と」
いずれにせよ、ハナコとアオマ達の解釈は、推測に過ぎない。
「私は、気に入りませんでした。最初にこの預言を読んだ時から、ずっとそうでした。
私の友人が襲われるかもしれない、彼女じゃなければいい、ずっとそう思っていました……」
「ハナコちゃん、もしかして」
「セイアちゃんが意識不明の重体に陥ったのは、予定調和みたいじゃないですか」
そんなのは認めたくない、とハナコは内心を吐露した。
ヒフミはそんな彼女を、痛ましそうに見ていた。
「ハナコさん、全ては我々の力不足です。それでいいじゃないですか」
「……すみません。気を遣わせてしまって」
アオマの慰めに、ハナコは無理やり笑顔で応じた。
「さて、これを先生、貴方に見せることが我々の重要な仕事の一つでした。
先生には申し訳ありませんが、私としても一つ肩の荷が下りた気分ではあります」
「“やっぱり、君たちがトリニティ転覆を考えているなんて、誤解だったんだね”」
「……そうですね。もし宗主様がトリニティを滅ぼせと仰るなら、全力で聞かなかった振りをしなければなりませんね」
なので今朝はひやひやしました、アオマは苦笑してそう言った。
「先生がこうして現れた以上、私も卒業勧告を受け入れる時が来たのでしょう……。デスサイズの仲間たち全員を救うまで、卒業などしないと意気込んできましたが、いつまでもキヴォトスにしがみついてはいられませんから……」
「アオマ、今は辞めないでよ。今いなくなられたら私が困るから」
「ふふ、そうですね」
アオマとシロネがそんな軽口を叩いた。
「さて、我々の用事は済みました。
では、そちらの用件をお聞きしましょう」
そしてアオマは、先生達に改めて向き直ってそう言った。
:0X 引き金を引いたのは
「ここが、うちの管理する薬剤倉庫です」
シロネに案内されて、一行は薬剤倉庫に訪れていた。
「うわぁ、広いですね!!」
てっきりもっと小さな部屋を想像していたヒフミは、本格的な倉庫に驚いていた。
「デスサイズ本部はブラックマーケットにある闇病院の守護をミコトさんに厳命されていますから。
あそこの薬が切れてはいけない、とこんなに大きくなってしまったんですよ」
シロネはそんなことを笑い話のように苦笑しながら口にした。
「あと、ゲヘナの衛生環境は終わってるので、毎年大量の薬が必要になるんです」
「ああ、去年のインフルエンザは特にゲヘナが酷かったって聞いてますよ」
「ええ、おかげで今ではミコトさんの武勇伝ですよ」
「いや、インフルエンザで武勇伝ってなによ」
シロネとヒフミの雑談に、ツッコミを入れるコハル。
「ええと、お求めの薬……試作B薬はこちらですね」
「B薬……」
当初の作成目的を聞いているコハルは険しい表情になる。
「はい、こちらの棚です」
シロネが案内した棚には、何も無かった。
「在庫切れみたいですね」
「誰が持ち出したのか、わかりますか?」
「基本的に業者が搬入搬出するので、個人で持っていくってことはありませんね」
ヒフミの質問に、シロネは管理用のタブレットを見ながらそう言った。
「えーと、記録によると、1週間前に100回分が搬出されたそうですね」
「1週間……ちょうど、トリニティで“特効薬”を見かけるようになった頃ね」
コハルはその頃を思い出し、そう呟いた。
「……いや、待ってくれ。それはおかしいぞ」
「ッ、確かにそうです!!」
アズサとヒフミは、気づいた。
「あ、そうよッ、――――100回分なんて、少なすぎるわ!!」
コハルもすぐに、それに気づいた。
理論的に、それで抗体が生まれるまで摂取できるのは、18人までになる。
だが、トリニティの流通量からすれば、たった100回分だけでは流行っているとは到底言えない。
「……考えてみれば、当然ですね。
ユエさんはゲヘナの生徒。彼女は言っていましたね、“特効薬”はゲヘナでは全く意味のない薬だと。
つまり、治験を終えてから量産する意味なんて、無かった」
ハナコはそう結論付けた。
「で、でも、他のところで新しく作ったのなら!!」
「こんな特異な効能をした薬を、そう簡単にマネできるのでしょうか?
今回の騒動に、製薬会社などが関わっているようには思えませんし、専門的な設備がない上で、トリニティのような大規模な学校に流通するほどの薬を作れるのでしょうか?」
「じゃ、じゃあ、今トリニティに流通している“特効薬”は何なのよ!!」
ハナコの論理的な解釈に、コハルは取り乱してそう言った。
「……ヒフミちゃん、そのキャラクターバック、なんていうキャラなんですか?」
急にハナコが、そんなことを言い出した。
「え、これはペロロ様です!! ハナコちゃんも、ペロロ様が気になりますか!? 布教なら任せてください!!」
「嘘でもいいので、それを嫌いと言ってください」
「……あ、そういうことですね。勿論、――ペロロ様は
つい先ほど“特効薬”を飲んでいる筈のヒフミは、笑顔でそう言った。
「……あれ、私は今、ちゃんと“大
ヒフミは小首を傾げる。
その様子を見て、他の面々は困惑する。
「ヒフミさんの反応からして、本物の“特効薬”を飲んだようですね」
「“ヒフミはテストのことを忘れるくらいペロロが好きだからね”」
ハナコの言葉に、先生も太鼓判を押す。
「うーん、ちょっと待ってて、確か薬剤サンプルが有ったはず、参考にちょっと持ってくるよ」
シロネは困惑している面々の為に、何かの判断材料になるかとそう言って奥へと行ってしまった。
「どういうことだ、ここにある“特効薬”は間違いなくトリニティに流通している。
しかし、その量は明らかに圧倒的に水増しされていることになる」
「……もしや、偽薬でしょうか?」
ふと、ヒフミが思い付きを口にする。
「偽薬?」
「例えばですね、風邪とはほとんどの場合ウイルス性を指すそうです。
そうではない場合は、単なる体調不良に対してビタミン剤が処方されることが多いらしいです。
人間の身体は不思議なモノで、薬を貰ったからこれを飲めば直ると思い込んでしまうものなのです。そして体調が快復した後、薬を飲んだから治った、と。
それらをプラシーボ効果と言いますね。勿論、ビタミン剤にも体調回復効果が有るのは間違いないそうですが」
アズサにハナコがそんな説明をしてあげる。
「プラシーボ効果は有名だけど、そんなことで嘘を言えなくなるなんてこと、あるの?」
「わかりません、が……人の思い込みは恐ろしいものですよ」
プラシーボ効果なんてコハルでも聞いたことが有る。
だから彼女は懐疑的だったが、ハナコは真剣な表情でそう言った。
「“ん、待って、皆、これって!!”」
議論をしている生徒達を見守りながら、一緒に思考を巡らせていた先生はふと気づいた。
“試作B薬”の隣にある、“試作A薬”のラベルの張られた棚の存在を。
「ッ、先生、これは!!」
棚に置かれていたダンボールを開けると、そこには包装シートに包まれた錠剤が大量に入っていた。
先生は、ユエから受け取った“特効薬”と見比べる。
その二つは、全く同じモノだった。
「ここに成分表が有るな」
「ちょっと検索するわ…………。なによこれ、ただの興奮剤じゃない!!」
アズサが手に取った成分表の内容をコハルが検索すると、それは興奮剤の成分が多分に含まれていた。
「どうやら業者のミスで、六個入りの包装シートに入っている、とここに記載されているぞ」
ダンボールを調べていたアズサが、中からそんな業者の説明文が書かれていることに気づいた。
「つまり、これでハッキリしたな。“特効薬”は二種類あった」
「……恐らくですけど、ユエさんはこれ、分かってましたよね?」
「“だろうね……”」
面々は完全に、おちょくられていた。
ユエは嘘こそ言っていなかったが、真実を全て語ってもいなかった。
本物の特効薬がトリニティに流通するほどの量が無いことも、皆が“特効薬”と信じているモノが二種類あることも。
「あ、あんの女ぁ!! 私達を馬鹿にしてぇ!!」
「……」
「なに黙ってるのよ、ハナコ!!」
結局取り越し苦労だと分かったコハルは激怒していたが、ハナコは血の気が引いた表情をしていた。
「……私達は、なんてことを……」
「ハナコちゃん?」
「もう、“特効薬”が本物かどうか、関係ありません」
ハナコは、皆にこう言った。
「私達は皆に、“特効薬”の効力に限りが有ることを伝えてしまったんですよ……」
言われてから、ヒフミも気づいた。
「あ、あ、ま、まさか!!」
「えッ、なによ、どういうことよ!!」
「私達が、魔弾の引き金を引いてしまったと言うことだろう」
アズサは全てを悟り、諦めたようにそう呟いた。
状況を理解していないコハルを、三人は羨ましそうに憐れむように見ていた。
「“私達が薬効に制限があると皆に言わなければ、“特効薬”の制限に達する人はきっと数人程度だったってことだよ……”」
「……あッ」
肩を落とした先生の言葉に、コハルもようやく思い至った。
誰もその性質を知らなければ、“特効薬”は完璧な幻想を保ったままだった。だって、その殆どがただの興奮剤に過ぎないのだから。六回の制限に達する者など片手で数えられる程度でしか現れないはずだった。
だが、先生と補習授業部の四人がそれを壊した。各派閥に伝えることによって。
結果的に、そうして混乱の引き金を引いてしまった形になったのだ。
「あ、あ、あの魔女ッ、そこまで分かっていて!!」
「コハルちゃん、それは流石に憶測が過ぎます……」
しかしそのように窘めたハナコが誰よりも分かっていた。
ユエは常に、自分は何もしていないというポジションをキープしている。
だって、本当に何もしていないのだから。
その上で、トリニティの生徒達を嘲笑っている。
その中に、補習授業部の面々も居たと言うだけの話だった。
「“……落ち着いて、みんな。まだ時間がある筈だよ”」
先生は冷静だった。そう言って、四人に諭した。
「あ、確かに、私達の言葉を、先輩達は相手にしてなかった」
「まだ、まだ時間がある、確かにそうですね……」
ここに来て、先ほどの裏目が希望になった。
コハルとハナコがその事実に顔を上げる。
「だが、疑問は残るな。この興奮剤を、いったい誰がトリニティに配ったんだ?」
アズサが残った疑問を提起する。
そう、この興奮剤を配ることなどユエにはできない。
この混乱の種を蒔いた者が、どこかに確実に存在するのだ。
「……今はそんなことを気にしている場合ではないかと」
「そうです、さっき伝えたことを取り消さないと!!」
完全に意気消沈しているハナコに対し、ヒフミは一分一秒も惜しいとばかりに、ナギサにメッセージを送り始めた。
「待たせたね。これが試作B薬のサンプルだよ」
すると、そこにシロネが、“特効薬”を持ってきた。
「……え?」
「これが、本物の“特効薬”だと?」
コハルとアズサは、目を見開く。
シロネが手に持っていたのは、“試作B薬”のラベルが張られた無色透明な液体の入った小瓶だったのだから。
追い詰められた補習授業部の面々、彼女らが打ち出す逆転の一手とは!?
ヒント:A薬をバラまいた犯人は既に登場している。
それではまた、次回!! こうご期待。