「……くかぁー」
「意地悪をするなんて、珍しいわね、ミコト」
「……むにゃむにゃ」
「ふふ、先生と彼女達に花を持たせたかったのかしら? よほど気に入っているのね」
「ぐがー」
「さあ、ゲームの“つづきから”よ。ミコト」
ユエは手榴弾のピンを抜いて、地面に転がした。
ドカン!!
「……おはよう、ミコト」
「おう……」
煙の中から、不機嫌そうなミコトが現れる。
「先生達は先に行ったわ。追いかける? それとも暴れまわる?」
「暴れまわる。クソイライラする」
「じゃあ適当に暴れながら合流しましょう」
不機嫌そうなミコトを、ユエはくすくす笑いながら見ている。
その時だった、ドカン、と訓練場だった建物の壁がぶち破られる。
「ユエッ!!」
ミカだった。額に汗が浮かび、動きがぎこちない。
「おやおや、そろそろ麻痺毒が聞いてくる頃ですね。
激しい運動をすると、余計に早く毒が回りますよ」
「うる、さい!!」
「ふふふ、そのままお人形として飾っておきたいぐらいに可愛らしい。余裕が無いその表情はまだ堪能していませんでしたね!!」
ユエはミコトの後ろでミカを煽る。
ミカはミコトのせいで踏み込めないでいる。
殺気だ。ミコトは寝起きな上に叩き起こされて苛立っている。
殺意が、周囲に踏み込ませることを躊躇わせる。
「ユエ」
「なに、ミコト」
「喧嘩に毒なんて、くだらねぇ真似してんじゃねえよ」
「……」
「解毒剤、くれてやれ」
「ミコトがそう言うなら」
ユエは溜息を吐いて、バックパックから解毒剤を投げた。
「……何のつもり?」
ミカは痺れる腕でなんとか、解毒剤のアンプルを手に取った。
「てめぇの事情は知らねえし、興味もねえ。ここに何で居るのかもな。
だがよ、喧嘩すんならお互いに納得できるまでやれや。ケツぐらい持ってやる」
「……お礼は言わないよ」
「好きにしろや。どうせここを潰すのなんて、俺と先生だけで充分なんだよ。
喧嘩して拳を交えねえと、わかんねぇこともある」
ミカはアンプルを飲み干すと、ミコト達を素通りして行った。
「痺れが取れるまで少しかかるのでお気を付けて」
「貴女との決着は、後でね」
「お好きにどうぞ」
ユエはミカに手を振って見送った。
「なんもかんもイラつくぜ!!」
ミコトのイライラは、最高点に達していた。
「何で置いてくんだよッ、俺が馬鹿みてぇじゃねえか!!」
「あ、気にしてたのね」
「ふざけやがってよ!!」
ミコトは壁を蹴り破った。
木刀を振り回し、衝撃波で建物内は滅茶苦茶になる。
ユエはそんな嵐の中から、そっと退避した。
かつて訓練場として使われていた廃墟が、音を立てて倒壊した。
「ムカつく、ムカつくぜ!!」
ミコトはついでに隣の建物にも八つ当たりを始めた。
数秒で廃墟が瓦礫の山と化した。
「ミコト、カッコ悪いわよ」
「うるせえ!!」
ユエの指摘に、ミコトは更に逆上する。
「どうせアリウスどもは、口だけの奴らも大勢いるだろ。
あいつらに帰る場所なんざ無いってこと、教えてやんぜ!!」
どの道最初からそのつもりであったミコトは、周辺の廃墟を次々に瓦礫に変えていく。
嵐だ。まるで大嵐だった。
大型重機を駆使して行う破壊を、ミコトはたった一人で成していく。
「ぎゃはははははは!! カスミ達の手間を減らしてやるぜ!!
おいユエ、動画回せ!!」
「はいはい!!」
ユエは動画を撮影し始めた。
ここでは電波は届かないので、生配信は無しである。
「おい、キヴォトスの全生徒、見てっか!!
アリウスは俺らゲヘナやトリニティに戦争を吹っかけた!!
これがその代償だ!! ここはアリウスの自治区ッ、俺は奴らの住処の全部をぶっ壊すぜ!!」
ミコトの暴虐が、アリウス自治区に地平を齎す。
元々老朽化していた廃墟も同然の自治区の建物が、破壊され尽くしていく。
「ここのアリウスの生徒共はもう全員〆た!!
あとは生徒会長だけだ!! この見える全部を真っ平らにして、奴らにどこにも行く場所がねえって教えてやんだ!!
全部だ、全部壊すぜ!! おい、これから俺らやトリニティと戦争を考えてる奴ら、よく見ておけ!!」
一旦破壊を止めて、スマホのカメラに近づくミコト。
「俺らと戦争して、ただで済むと思うなよ。
この有様をキヴォトスに永遠にネットに刻み付けてやる。
俺らの敵は全部ぶっ壊して、その残骸の上に俺らの平和をぶっ立てるぜ!!」
ミコトは笑い声を上げながら、破壊を再開する。
騒ぎを聞きつけた聖徒会のミメシスが現れるが、好き勝手に大暴れするミコトは気づいてすらいない。
なにせ、廃墟が崩れた時に発生する埃や粉塵で、もう地上は何も見えないほどである。
「まったく、これ以上は何も映らないわね」
ユエは防塵マスクをバックパックから取り出し、装着してスマホの録画を停止した。
建物が倒壊する音が連続して鳴り響く。
その音は、粉塵は、先生達の方にも押し寄せてきた。
「う、うわぁ、いったい何ごとです!!」
「あいつら、爆破解体でもしてるの!?」
ヒヨリとミサキが、粉塵を吸わぬように袖を口元に当てる。
「いや、違うな」
サオリはマスクを着用し、目の前の映像だけのベアトリーチェを睨む。
「死神が、目を覚ましたんだ」
ひとつ、ひとつ、と建物が破壊される。
それはまさしく、死神の足音に他ならなかった。
§§§
「……」
時は少し進み、サオリとの“喧嘩”を終えたミカは思い返す。
回想シーンである。
「ほーら、そんなんじゃトリニティの生徒っぽくないよ!!
ほらほら、これ、最近使ってないアクセサリー。ほら、翼に付けてあげる」
「ああ、やはり、アズサさんのそれはミカさんが見繕ってたのですね」
「どうしますか、ミカさん。
アリウスの方々はミカさんを利用する気満々ですよ」
「……今は、それでもいいよ。
あの子たちは今の食べ物さえもままならないんだよ」
「素晴らしい博愛主義ですね。
ティーパーティーをクビになっても、きっとシスターフッドでやって行けますよ」
「ねえ、それって褒めてるの?」
「何で毎回、この埃っぽいカタコンベを通らないといけないんだろうね」
「ふふふ、ミカさん。あそこが次の道のようですよ」
「ええ、あんな高いところにあるの?」
「あそこに出っ張りがありますね、ならば私の鞭捌きを見せてあげる時が来てしまいました」
「いや、鞭って、何に使うのよ」
「便利なんですよ、こういう風にっと!!」
こつ、こつ、と足音が聞こえる。
ミカは眼を開けた。
「来たんだね、ユエ」
「ええ、ミコトの大暴れは埃塗れになるので、先に行っていようかな、と」
ユエは制服を払って、埃を落とし始めた。
「先生達のところに行くの?」
「ええ、そのつもりですが」
「そうなんだ。私は先生達に、ここは誰も通さないって言っちゃったんだ」
「そうだったんですか。じゃあ、一緒にここで先生達を待ちましょうか?」
「ううん」
ミカは、ユエに愛銃を向けた。
「サオリとは、話を付けた。今度は貴女の番だよ」
「……そうですか。正直、暴力は嫌いなのですが」
「ねえ、本当は強いんでしょう? 嘘じゃないなら見せてみてよ」
「……はあ、まあいいでしょう」
ユエはバックパックを下ろし、その中から四角い箱を取り出した。
「実はこれはミカさんに初めて言うのですが、ゲヘナには中等部から入学しておりまして、私はそれまではキヴォトスの外に居ました。
キヴォトスでは実に楽しく充実な日々を過ごしているのですが、どうしても我慢できないことがあるんです」
がちゃ、がちゃり、と箱の中身をユエは組み立てる。
最終的に姿を現したそれは、──クロスボウだった。*1
「誰も彼もが、硝煙臭すぎるのです」
ユエの立ち絵から盾が消え、クロスボウが追加される。
「なにが硝煙臭い、よ。その矢、爆薬付きじゃない」
「私に臭いは移らないからいいのですよ」
「そっか。じゃあ、始めようか」
今度は、ミカとユエの“喧嘩”が、始まった。
ミカのサブマシンガンのマズルフラッシュが瞬く。
銃弾はユエの流れるような金髪を掠めるだけで、避けられる。
しゅ、と微かな発射音と共に、爆薬付きのボルトが撃ち込まれる。
爆音。足元を狙ったそれを、ミカは後退して回避した。
しかし、その目的は目くらまし。
煙の中から、連続してボルトが飛んでくる。
「ミカさんの銃は、輝いていて美しいですね」
ユエがボルトを装填しながら話しかける。
ぎちぎち、と強固な弦を素手で引いて、ボルトをセットする。
「煙ごしでも見えるくらいに」
「そう? この装飾は私の自慢なの」
声の方へ、ミカも銃撃を加える。
手ごたえがない。まさに煙に巻かれているかのようだった。
ミカは思う。サオリとはまた別のやりにくい相手だった。
相手のマズルフラッシュに反応して銃弾を避けられるミカだが、クロスボウ相手ではそうもいかない。
煙を切り裂き、ボルトが飛来する。
足元を狙っている。ミカの動体視力から、直接人体を狙っても躱されることが分かっているからだ。
「まったく、サオリといい貴女といい、ドッカンドッカンって大騒ぎするのが好きなんだね」
「それがゲヘナの生徒ですから」
声の方に即座に銃弾を浴びせるミカ。
手ごたえ有り。
「普段からそれ、使ってないでしょ。サオリの方が厄介だったよ」
「私とサオリさんを一緒にしないでくださいよ」
ボルトが飛来する。
ミカは既に、再装填の時間間隔を掴んでいた。
が、そんなミカの目の前に、ボルトが飛来した。
目の前で爆薬が爆ぜる。
「ッ!? ッ曲射?」
「なんで今の直撃を受けて無事なんですか……」
ユエが愚痴る。クロスボウの弦だけを使って、普通の弓のように上からの射撃。
まさかの奇襲に、けほけほ、とミカは咳き込んだ。
「私の観察した限り、キヴォトスの皆さんは頭の上がお留守なことが多いのに。今ので倒せないとは」
「訂正するね、サオリと同じくらい厄介」
「それは光栄ですね」
ミカは次にかく乱を選んだ。
動き回り、ボルトの着弾地点を制限する。
「まだ腕の痺れは抜けてないでしょうに、それでこんなに動けるなんて──」
ミカの動きが止まった。
ユエは躊躇いなくクロスボウの引き金を引いた。
粉塵の舞う旧校舎の通路に、ボルトが射出される。
ボルトが切り裂いた粉塵の中から、ミカが現れた。
「──ッ!?」
「ちょっとお喋りが過ぎたかな」
ミカは素手だった。彼女の銃の装飾を頼りに射撃していたユエは、不意を突かれた。
本日二度目のミカパンチがユエに直撃する。
彼女の手からクロスボウが落ちて、床を滑るようにして倒れるユエ。
「お喋りが過ぎた、ですか」
「……」
「私にとって、ミカさんとお喋りする以外の選択肢はありませんよ。それだけが、私の望みでした」
「そう」
「ミカさん。ナギサさんとのアクセサリー、無事でしたか?」
ミカはふと思い出した。
ナギサがミカの私物を調査と言う名目で運び出したことを。
ユエが拘留された際の荷物が、トリニティの生徒に燃やされたという話を。
「うん、無事だったよ」
「そうですか。よかった……私は失われるはずの物を守れたのですね」
ミカにとって、ユエは理解できない存在だった。
自分には理解できない理由で自分に執着し、自分に理解できない行動原理で行動し、勝手に守ったつもりでいる。
「余計なお世話だよ、いつもいつも」
「ええ、私の自己満足です」
ユエは満足そうに笑っていた。
ミカは初めて彼女の人間らしい笑みを見た気がした。
「あッ」
ミカの身体が、自然に膝を突いた。
溜まった疲労とダメージに加え、麻痺毒がまだ完全に分解されていないのだ。
「よくその身体で動けましたね……」
地面に倒れる二人の耳に、足音が聞こえる。
ミメシスの軍勢が、二人に迫っている。
「……後は任せましたよ、ミコト」
「おう、任せろ」
旧校舎の通路が、割れる。
天井の残骸だったモノが落ち、月光を浴びて彼女が舞い降りる。
「かみ、さま……?」
神々しいほど強烈なそれを、ミカはそう錯覚した。
無数の亡霊と怪物、そして聖者の亡骸を前にして、ミコトは笑っていた。
「ようやく歯ごたえのありそうな奴が現れたな」
ミコトは銃と木刀をだらりと垂らした自然体のままで、その軍勢に相対する。
「お前ら人間じゃねえみてえだし、俺の本当の本気を見せてやるよ」
すぅーー、はーーーーぁ。
長い長い呼吸。ミコトの身体が膨らんで見えるほどの、深呼吸。
「俺は見たことねえが、竜ってのは独特の呼吸をしてるんだとよ。
それを人間が真似すりゃ、竜のような強靭な身体が手に入るんだと。俺のいた道場じゃ、まずこれを教わる。基本にして、これを極めることこそが奥義なんだと」
ミコトが長い長い息を吐く。
その吐息は、まるで熱気を伴うようだった。
ミメシスの、亡霊たちの青白い銃弾がミコトに次々と命中する。
しかし、ミコトは豆鉄砲でも喰らったかのようにくすぐったそうにしているだけだった。
「お前らを斬るのには、聖剣が必要かもしれねえ。
だが俺の手元にはそれが無い。
それでもよう、俺がそれをこの場で手にしてるって可能性はどこかに在んだとよ。
斬撃と同時に、その結果を引き出す。同時に、相手が回避したって結果を潰す」
ミコトが木刀を振るう。
彼女が聖剣を手にしている、という可能性を無数の並行世界から手繰り寄せ、自分と重ねる。
一太刀で、亡霊たちを薙ぎ払った。
青白い燐光だけを残して、亡霊と怪物は消え去った。
残っているのは、拘束具を纏う聖者の亡霊だけだった。
「これが、悪魔を斬る方法だ」
達人は得物を選ばないと言う、武の極致。
「今のでお前らを増やしてる力の根源を斬った。
……もうお前らの魂を、誰も穢すことはできねぇ」
ミコトは一瞬だけ祈るように目を閉じ、目の前の強敵を見据えた。
「あとは、お前だけだな」
「……」
「さあ、俺と戦え!!」
かつて聖女と呼ばれた亡霊は、両手のバルカン砲をミコトに向けて彼女に応じた。
実は、手慰みで書いた新作が、思いもよらないほど需要がありまして、そっちに集中してました。
遅くなってすみません。
もう読んでいる方も居るかもしれませんが、タイトルは。
「吸血鬼だけの世界で、俺ただ独り」って、吸血鬼モノのオリジナル作品ですね。
想定外の反響を頂きましたので、宣伝と言うわけではないですが、今回はミコトとユエを演じる二柱の伝承が色濃く残る場所が舞台なので暇でしたらどうぞ。
それではまた、次回!!