ミコト、
その日、ミコトと園芸部の面々はいつものように土いじりをしていた。
「窒素・リン酸・カリウム。それぞれ15%……。良い土ね」
化成肥料を混ぜた土を、ユエが菜園に巻いていく。
ミコトや部員たちは石ころや雑草を引き抜いていた。
「やっぱ完全無農薬こそ正義だろ」
ミコトがニヤリと笑って言う。
「えーでも、虫の付いた野菜とかイヤじゃね?」
「うちもうちも。虫とかついた野菜はマジ無理って言うか」
「私もー。昔、近所のおっさんからタケノコ貰った時に、裏にナメクジついてて悲鳴上げたわ」
が、部員たちの反応はあまり良くなかった。
「バーカ。虫も喰わねえ野菜なんか、人間が食えるか」
「あはは、ミコちゃん。うちら都会っ子なんだよ!!」
「うちらは一応初心者なんだから、無理せず最低限の農薬は妥協しようよ」
「……それもそうか」
ミコトが顎をしゃくる。
「わかったわ、ミコト。
なるべく人体に影響の出ない農薬から試しましょう。洗えば落ちるタイプの農薬でいいかしら」
「おう、任せた」
そんな時だった。
「ミコちゃん」
「あん?」
「お客さんだって」
「わかった」
その部員の声にミコトは立ち上がって、ビニールハウスから出た。
そこには先生と、見知らぬ三人組が一緒に居た。
「“やあ、ミコト”」
「先生か。それにお前らは?」
「初めまして、ミコト先輩。私達は──ゲヘナ再興委員会っていいます!!」
元気よくそう名乗ったマユミに、ミコトは胡乱な視線を向けた。
三人組は順番に名前を名乗るが、ミコトは覚える気は無さそうだった。
「ゲヘナ最高委員会だぁ? ゲヘナはもうとっくに最高じゃねぇか」
「いやいや、そっちの最高じゃないし……」
これにはカレンも苦笑した。
「ミコト、多分復興的な意味合いの再興だと思うわ」
ビニールハウスから出て来たユエが、後ろからミコトに話しかけた。
「なんだそりゃ。ゲヘナはいつから復興が必要になった?」
「ミコト先輩、私達は今のゲヘナはまだ上を目指せると思っているの!!」
マユミがそう主張した。
「ミコト先輩の活躍で、ゲヘナの治安や偏見は減ったんだけど、それって結局ミコト先輩が卒業するまででしょ?
それってゲヘナが偉大って言うより、ミコト先輩がスゴイってだけでしょ?
だから私達は、そんな状況を打破したいと考えてるの!!」
「ふーん、がんばれよ」
ミコトは踵を返した。
「あ、あのッ、もっと話を聞いて貰ってもいいんじゃ」
「──で、俺にケツモチしろってか?」
肩越しに振り向き、視線を三人に向けてミコトはそう言った。
図星だった。彼女達はミコトの協力を仰ぎに来たのだ。
ゲヘナ学園で行動を起こすには、ミコトと言う絶大な影響力を頼るのが手っ取り早いからだ。
「そいつは俺が偉大過ぎるのと何の違いがあんだ?
そうやって先生に頼ってる時点で、ゲヘナの力じゃねぇだろ。
てめぇで考えたんなら、てめぇで行動しろ。浅いんだよ」
「“ミコト、そう言う言い方は良くないよ”」
「事実だろうが。ホンモノならヒトは付いてくんだよ、俺がそうだったようにな」
話は終わりだと、ミコトがビニールハウスの扉を開ける。
「でもミコト先輩、それって結局暴力でどうにかしただけでしょ?
それ以外のやり方を知らなかったのに、偉そうに言わないでほしいな」
「あん?」
「やはッ、図星だった? 昔のより腑抜けたって本当だったんだ」
「カレン、協力を求める相手を呷ってどうするんですか」
これはマズい流れだと、ショウコがカレンを諫めた。
「だって、昔のミコト先輩なら、もう拳が出てたでしょ?」
カレンが横目で見ていたショウコから、ミコトに視線を戻した時だった。
陰があった。ミコトの拳が目と鼻の先に有った。
ただそれだけだったが、カレンの全身に脂汗がじわっと湧いた。
「勘違いすんな。勝てると分かってる雑魚を殴る真似をしねぇってこった。
俺を挑発すんなら、せめてイオリくらい倒せるようになれや」
カレンの拳が飛ぶ。言葉はない、そんなモノに意味は無い。
だがミコトは顔を逸らすだけで躱した。
「いい拳だ。喧嘩に慣れてる。だが、それだけだ。お前の拳には怯えが見える。怯えた奴を倒しても何の価値もない」
ミコトのデコピンが、カレンを数メートル吹っ飛ばした。
「カレンちゃん、大丈夫!!」
「う、ううッ、このやろ……」
「“ミコト、暴力は良くないって!!”」
マユミがカレンに駆け寄り、先生がミコトとの間に入った。
「ミコト、話ぐらい聞いてあげてもいいんじゃない?
こんな気骨のある後輩なんて久しぶりでしょ」
「……それもそうだな。どうせ今日はやること無いしな」
ユエの言葉が示すように、ミコトは上機嫌だった。
それを見たショウコは思った。計画通り、だと。
四人がここに来る前に、こんな会話があった。
「ミコトさんを協力を取り付けるに辺り、注意する人物が居ます」
ショウコは手元のメモを見ながらそう語った。
「月見ユエ。ゲヘナの魔女の異名に相応しい、ミコトさんのフィクサー」
「私達で言うところの、ショウコちゃんポジションだよね」
「ええ、関係性は似てると言えるでしょう」
マユミの言葉に、ショウコは頷いた。
「ミコトさんの行動を決定づけるのは、最終的に彼女の発言です。
ミコトさんの行動原理は単純ですが、ユエさんが否定すればミコトさんはその時点の行動案を棄却するでしょう」
「なんだかどっちが主体かわからないね」
「ええ、ですがカレン。問題は、二人揃って利益では行動をしないと言うことです」
ショウコのプロファイリングは実に的確だった。
「ユエさんの行動指針は、ミコトさんの補佐であり、その行動の的確な舵取りであり、彼女自身に明確な主体性はありません。
ミコトさんの興味を引けても、それがミコトさんの不利益になるなら交渉の席にすら着けません」
「じゃ、じゃあ、どうするの?」
「ミコトさんの哲学に従いましょう。私達の誰かが彼女を挑発し、私達の本気を認められればいいのです」
「“喧嘩はダメだよ?”」
それまで黙って聞いていた先生が、そこで初めて口を挟んだ
「大丈夫だって。うちらミコト先輩と違うし。うちがばしって言ってあげるよ」
それに、カレンがニヤリと笑ってそう返した。
「そうですか。助かります」
ショウコがホッとしたように頷いた。
「ほら、飲め。客なんて来ないから茶なんて初めて出したな」
「ふふッ、そうね」
ユエがハーブ農園で育てている自家製のハーブティーを四人に振舞った。
「自分が出したわけでもないのに……」
ミコトの態度に半眼になるマユミ。
「えーと、なんだっけ? お前らゲヘナを良くしたいんだって?」
「そうなの!! ミコト先輩も、ゲヘナの治安改善とか、意識改革とか色々やってたんでしょ?」
「ああ、不良共とお前らの違いって何かわかるか?」
ミコトの問いに、三人は顔を見合わせた。
「目標の有無でしょうか」
「正解だ。インテリ眼鏡」
「インテリ眼鏡……」
「勉強したくねぇ、面倒なことはイヤだ、楽をしたい。不良ってのはそう言うモンで生きてる。
だがお前らはゲヘナを良くしたいって思ってる。その為に俺らに話を付けに来た。目的意識の有無、そいつがお前らとあいつらの“差”だ」
「つまり」
ショウコはミコトの主張をこう解釈した。
「不良とは、非本来性の存在であると」
「あん?」
「例えば、トイレに行くのが面倒でも、他人はトイレに行ってくれないでしょう?
それは自分自身に代わりが無いと言うことよ。それに気づきを得て、自分自身の本来の生き方や固有の目的を抱くことを、本来性と称するわ」
「長い、分かりやすく言え」
「本来性とは、自分自身の目的を見つけること、かしら。心理学のセラピーとかでは、そこに向かうことを目的にする場合が多いわね」
「ふーん、まあそういうこった」
ユエの説明に、ミコトは納得した雰囲気で頷いた。
「だから俺は不良共に目的を与えてやることにしたんだ。
俺と言う絶対的な最強に、憧れるって目標をな。
その為の組織を、俺は作らせた」
「つまり、社会的アイデンティティ理論を実践したと言うわけですね」
「あん?」
「簡単に言えば、いじめられっ子の陰キャでも、キララ達みたいなギャルのグループに属したら自分も陽キャのギャルになった気になれるみたいなことよ。
自分の好きな野球チームが勝てば、自分が勝った気になれるでしょう? 要するに、自分が所属しているグループの目的が、自分の目的だと錯覚することよ」
「うんまあ、それだそれ」
ミコトはわかったような分かってないような態度で頷いた。
「俺は不良共にこう言ったのよ。
他人から奪うな、迷惑を掛けんな、働いてカネ稼げって。
そしたら連中は自分たちの中からそれを統制するグループまで出来た。不良を辞める為に勉強する奴まで現れた。
今じゃ連邦生徒会相手に対等に交渉できるまでなった」
彼女ら三人にとって、ミコトは既に偉大なことを成し遂げた先輩であった。
「へぇ、デスサイズってミコト先輩の命令で戦う兵隊だと思ってたけど、そんな感じだったんだ」
これにはマユミも感心した様子だった。
「で、お前らはどうしたいわけ?」
前置きはそこまで。ミコトからの問いはそれだった。
「勿論、ゲヘナを偉大にするの!!」
マユミは高らかにそう答えた。
「で?」
「ショウコ、バトンタッチ!!」
「では、僭越ながら」
ショウコは現状を訴え始めた。
万魔殿や風紀委員会の力不足、その状況を打破するために、ゲヘナを一つにしようとしていることなどを語った。
「……そうか。話はここで終わりだな」
「えッ」
「“ミコト、流石にそれは……”」
「ゲヘナを昔みたいにしたいだと? そいつのどこが偉大なのか分かんねぇのよ」
ミコトが目を細めた。
「マコちゃんはお前らをなんて言ってた?
まあ想像がつくがよ。まあ、好きにしろや。お前らが作った“一つのゲヘナ”ってのがムカついたのなら──」
ミコトの殺気が、三人組に伝わった。
「俺がぶっ壊すだけだからよ」
それがミコトの結論だった。
ミコトが背を向ける。ユエはくすくすと笑って、三人を見てこう呟いた。
「……雷帝の尻尾」
そして彼女はミコトの背に続いて行った。
「し、尻尾って、尻尾って何!?」
「さあ、嫌味なのは確実でしょ。自分はミコト先輩の尻尾のくせにね」
憤慨するマユミに、徒労に終わったと確信するカレン。
「結局、最短ルートなど存在しなかったと言うだけです。
我々は我々のやり方でゲヘナを変えて行きましょう」
「そうだよね、頑張ろう!!」
ショウコの慰めに、マユミも奮起する。
「“……独裁者の尻尾か”」
だが、先生だけはその意味を何となく察していた。
古典的かつ有名なロボアニメ、その敵役の独裁者が実の父親に言われた有名な言葉が、お前は独裁者の尻尾だ、だった。
そして、劇場版ではこういう台詞になっている。
──その独裁者は身内に殺されたのだ、と。
ユエの不吉な言葉が、先生の胸に棘のように刺さって抜けないでいた。
折角ゲヘナ編が配信されたので、更新しました。
前回の修行編は後回しになります、ご了承ください。最終編は……うん、まあミコトが出て倒した、で終わりそうだから思い切ってカットかなぁ。メインの順番通りに書くってのは自由じゃないですしね!!
最近のトレンドはロアよロア。化け物をいっぱいぶっ殺すミコトという新機軸で行きましょうか。
ではまた次回!!