ゲヘナ学園 園芸部の死神   作:やーなん

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医療と狂気

 

 

 

 この日、シャーレのオフィスには新たな部員が当番として迎えられる日であった。

 

「こんにちは、先生」

「“こんにちは、ユエ”」

 

 入り口のドアを開けて入って来たのは、ゲヘナの制服の生徒。

 キヴォトスにはそれはもう無数と言っていいほど制服の種類が多く、学校一つで数種類の場合もあり、ゲヘナ学園は輪を掛けて品揃えが豊富だ。

 彼女はそれをスケバン風に改造していたが、ハッキリ言ってまるで似合っていなかった。

 

 わんぱくが服を着て歩いているようなゲヘナの生徒なのに、彼女はまるでトリニティのお嬢様のように清楚な深窓の令嬢を思わせる容姿をしていた。

 

 まるで月面のようなヘイローを頭上に掲げる少女は、月光のように美しいブロンドを腰まで伸ばしている。

 そして、常に浮かべる彫像のような微笑。

 

 先生はちゃんとこうして初めて相対してわかった。

 彼女は、悪い意味で大人びている、と。

 

 例えばハナコのように、自分の魅力を悪い意味で理解しているタイプの、良くも悪くも大人びた雰囲気をしていたのだ。

 

 端的に言うなら、子供らしくない。

 相方のミコトにさえ、気味の悪い女、とさえ言われ、彼女を言及する全員が油断ならないと口を揃えるのは自明の理だった。

 

 とは言え、先生にとってすべての生徒は平等である。

 事前の偏見を捨て、彼はにこやかに微笑んで彼女を出迎えた。

 

「ああそうだ、先生。お近づきの印にこれをどうぞ」

 

 彼女はカバンから、瓶詰めされた緑色の液体を取り出した。

 

「先生は普段の激務からエナジードリンク等を常用しているとか。

 それはいけません。身体に悪いです。私が調合した無添加の栄養ドリンクをどうぞ」

「“あ、ありがとう……”」

 

 まるで藻を煮詰めたような、青汁でさえ出せないようなド緑の液体を、先生は頬を引きつらせて受け取った。

 

「さあ、どうぞ。ミコトも毎日飲んでいるので、危険はありません」

「“あ、味はどうなのかな?”」

「勿論、青臭くてごわごわして最悪とミコトに太鼓判を押して貰ってますよ」

「“……そ、そうなんだね”」

 

 先生はミコトが自分の健康に徹底的にこだわって居るのを知っていた。

 その彼女が常飲しているということは、本当に体には良いのだろう。

 

 先生は観念してキャップを開けた。

 瞬間、オフィス内に充満する青臭い臭気。

 

「ささ、どうぞ」

 

 善意とも悪意とも取れない微笑みを向けながら、ユエが促してくる。

 先生は覚悟を決めて、瓶を呷った。

 

 彼は一口で悟った。これは人の飲み物じゃない、と。

 そしていかに青汁が飲みやすくなるように企業が努力しているのかを思い知った。

 

「“……飲んだよ”」

 

 何度もえづきながらも、先生は漢を見せた。

 口の周りが緑色になりながらも、飲み干して笑顔を見せた。

 

「ではとりあえず一週間後の経過を見させてください。それまで毎日お届けしますので」

 

 ユエはカルテのようなものに何かを書き込んで、先生の勇姿を見向きもしていなかった。

 

「“…………”」

「ああ、これですか? トリニティの救護騎士団の方に言ったら先生のカルテの写しを頂けたので、それを参考に先生に最適な薬を調合した次第です」

「“あ、ありがとう……”」

「いえ、好きでやってますので」

 

 先生は、アルカイックスマイルを浮かべる目の前の生徒から逃げ出したかった。

 

「先生には、健康でいてもらわないと困りますから」

「“そ、それはどうして?”」

「私は先生のような方が好きだからです」

 

 先生は数秒硬直したが、面識はあれど直接言葉を話すのは初めてな相手の言葉の意図を聞き返すことにした。

 

「“具体的にはどう言う意味なのかな?”」

「だって、先生はいつも争いの渦中にいる御方」

 

 口元に手をやり、くすくすと上品にユエは微笑む。

 

「それはもう、ミコトと同じように」

「“その心は?”」

「他人が争い合って右往左往し、悲鳴を上げて泣き叫ぶ。

 そんな光景を見るのが、私はたまらなく大好きだからです」

 

 先生は言葉を失った。

 これが言葉を失うと言うことか、とぼんやりと思った。

 

「勿論、自分がその渦中に身を投じるのも大好きです。

 だから先生、ぜひ私を活用ください。貴方の役に立ちますので」

「“か、考えておくよ……”」

 

 恐ろしいことに。

 彼女から、一欠けらの悪意も感じなかった。

 

 先生は多くの生徒と接してきて、善意にしろ悪意にしろ状況を操作しようとする生徒を数多く見てきた。

 だが、彼女からはそんな意図を見受けられなかったのである。

 

 ただ見てるだけ。

 それが楽しい。ただ、それだけ。

 

 策略や悪意を用いて相手を陥れようとか、事態を悪化させてより楽しもうとか。

 そんな悪辣さが彼女には無かった。

 

 ただただ、趣味が悪いだけだった。

 

「私の趣味を明かすと、大抵は私のことを異常者のように見るのですが、先生はどう思われますか?」

「“いい趣味とは言えないかな……”」

 

 なぜ彼女がゲヘナ学園に居るのか、その理由はもう問うまでもなかった。

 

「では先生、歴史モノの映画は好きですか?」

「“あまり堅苦しいのはみないかな”」

「おかしいではありませんか。

 戦争や、マフィア同士の抗争、剣士同士の殺陣、そして銃撃戦。

 それを人々は娯楽として消費しています。

 映像としてそれらを楽しむのは、普通の事でしょう?」

「“……そうかもね”」

「私の場合、画面の内側か外側、その違いに過ぎません」

 

 満月に浮かぶ横顔と同じ笑みで、彼女は嘯く。

 

「“ミコトとはどういう関係なのかな”」

「それはどう言う意味ですか?」

「“なんていうのかな、美女と野獣……?”」

 

 先生はユエとミコトが並ぶと、その凸凹さに困惑してしまう。

 一体どう言う馴れ初めなのか。

 

「いいですよ、お話しましょう。

 もう二年も前になりますか」

 

 ユエは懐かしむように遠くを見て、語り始めた。

 

 

 

 

 私は当時、救急医療部に居ました。

 ええ、当時の部長はかなり過激な人だったので。

 

 今のセナさんが悪いわけではないのですが、あの部長は鉄火場に乗り込むタイプの人でした。

 

 あの時の救急医療部は楽しかったですよ。

 救急車で銃撃戦の現場に乗り込み、争う両者を鎮圧して医療を施していく。

 

 どちらかと言えば私は内科なので、後方で支援ばかりでしたが。

 ……ええ、私をミコトと一緒にしないでください。

 私は彼女と違って、普通の一般生徒ですから。

 

 ともかく、救急車ごと突っ込んで行ったときの阿鼻叫喚と言ったら、うふふ……。

 

 あれは、ミコトがトリニティに喧嘩を売って少し後の事でしたか。

 彼女が救急医療部の門を叩いたのです。

 

「俺に救護を教えてくれ!!」

 

 って、部長に頭を下げたのです。

 部長はこう言いました。

 

「採用」

「……は?」

「採用だ。理由は聞かない。医療への志があるなら、誰でも使う。こっちの手はいくらあっても足りないからな」

 

 部長はまさに、ゲヘナの校風を体現した御方でした。

 

「ただし、使えないと判断したら即、追い出す。

 まずは一か月だ。その間は仮入部として、適性を見る」

 

 そして、おいユエ、と部長は私を呼びました。

 

「お前が新人の面倒を見ろ」

「はい、部長」

 

 こうして、私はミコトとバディを組むことになったのです。

 意外とあっさりとしていたでしょう?

 

 そして、すぐに新人の顔合わせが始まったのです。

 綺麗に整列した部員の前で、部長の訓示が行われました。

 

「おい新人、ここはどこか分かるか?」

「はい、救急医療部っす」

「そうだ。しかし、ゲヘナ学園に医学部は無い。

 だというのに、これだけの人数がこの部活に参加している」

 

 部長は同胞たちを指差し、こう言いました。

 

「そこのそいつは親が医者で町医者をやっている。当然、母校はここだ。医療はここで学んだ。

 こっちのそいつは代々医者の家系だ。初代まで遡って、全員救急医療部に所属していた」

 

 救急医療部はゲヘナでも由緒正しい部活である、と部長は語ったのです。

 思いのほか、ミコトの姿勢も引き締まった気がしました。

 

「私がお前に言うことは一つ。

 この部活でその制服を着ている間は、この私に絶対服従だってことだ。わかったな、新人」

「はい、お願いします!!」

「いい返事だ。ここはトリニティのなんとか騎士団みたいにお行儀の良いことなんてしない。

 医療の為、医学の発展の為なら何でもする。命の大切さがわからねぇ奴はぶっ殺せ。いいな?」

「うっす」

 

 ミコトの顔には一行で矛盾してるって表情が浮かんでいたわね。可愛い。

 

 それでしばらく、私は彼女と一緒に行動したわ。

 

「おい新人、怪我人を拘束しろ」

「了解っす、部長!!」

 

 部長の号令で、ミコトが強盗と風紀委員の銃撃戦に突っ込んでいったこともあったわね。

 

「部長、怪我人を拘束しました!!」

「んじゃあ、麻酔の掛け方を教えてやる」

 

 部長は呻いている強盗犯の鳩尾に一撃を入れて、気絶させるやり方を教えていたわ。

 

「医療ってのは、狂気だ。分かるか、新人。

 お前、麻酔がどうして人体に作用し麻痺させるか知ってるか?」

「はい、わかりません!!」

「そうだ。麻酔の原理はまだ解明されてない。

 解明されてないのに、便利だから使っている。これが狂気じゃなくてなんだって話だ」

 

 ……え、麻酔のまの字もないですって?

 先生、麻酔は麻酔医って専門分野があるほど高等技術なのですよ?

 外科医の部長が出来るわけないじゃないですか。

 

「アルコールを無駄遣いした奴はぶっ殺す。

 供給量を増やせって連邦生徒会に何度言っても聞きやしねぇ。

 ……そうだ、おい新人!! 万魔殿に交渉するように言ってこい」

「はい、部長!!

 でもなんで消毒液が貴重なんすか!!」

「その消毒液に果物をぶち込んで飲んでたアホが昔に居たからだよ。

 私がその当時に在籍してたらそいつを八つ裂きにしてやったんだがな」

「マジでアホっすね!!」

「そんなわけだから、適当に暴れてぶんどって来い」

「うっす!!」

 

 先生、信じられないかもしれないけど、ミコトは部長には従順だったわ。

 後にも先にも、本当に尊敬できる先輩はあの人だけだったんでしょうね。

 

 部長の身体って、縫い傷だらけだったんだけど、それって部員たちに怪我した時に処置させてたからなのよ。

 自分の身体を医療の発展に差し出すことさえ厭わない、そんな姿勢に皆は従っていたの。

 

 ミコトって規則正しい生活とは無縁だったらしくて、集合時刻に遅刻した時があったんだけど。

 

「すみません、おくれ──」

 

 部長は躊躇いなく愛銃のサブマシンガンをぶっぱなしたわ。

 

「てめぇ、舐めてんのか!!

 現場の到着に一分遅れたら一人死ぬと思え!!

 つーか、私がお前をぶっ殺す!! それで一人救えたな、死ね!!」

「はい、すみません、部長!!」

 

 本当に、ミコトが無抵抗で殴られ蹴られるなんて、この時ばかりだったでしょうね。

 

「その小さい脳みそに叩きこめ!!

 お前の所為で誰かが助からなかったら、私がお前をぶち殺す!!」

「はい、部長!!」

「言っとくがよ、これはお前ら不良の頭悪いきたねえ啖呵じゃねえぞ。

 マジで言ってるんだ。手術台に括りつけて開腹して内臓を全部取り出して検体にした後、心臓から何まで全部摘出して医療の役に立つようにぶっ殺してやるってことだ!! 命を扱うってのはそれだけ重大なことなんだよ、ドマヌケ!!」

「はい、すみませんでした!!」

「次遅刻したら、即刻二度と救急医療部の部室の敷居は跨がせねえ。覚えとけ」

「はい、部長!!」

 

 それで約一か月くらい、彼女は毎日顔を出して、朝から夜まで救急医療部に休みなく出ていたわ。

 それでも、殆ど部長はミコトに医術を教えなかったわね。精々、医学書をポンと渡したくらいかしら。

 まあ、傍から見たら部長に良いように使われていたようにしか見えないでしょうけど、二人の間には確かな絆があったわ。

 

 そして、一か月の仮入部が終わった時。

 

「お前、クビな。適性無し、以上だ」

「はいッ、部長!! 今までありがとうございました!!」

 

 部長は容赦なくミコトを退部にしたわ。

 ミコトは制服を部長に返して、部室を去った。

 

「ユエ、お前最近調剤に身が入っていないだろ?」

「……そうかもしれませんね」

「ところでお前、暇な時は校舎裏でいつも何してるんだ?」

 

 私が名残惜しそうに彼女の背中を見ていたのに気づいたのか、部長はそんな問いを投げかけてきたのです。

 

「アリの巣を観察していました。

 アリの進路を妨害したり、巣の入り口を潰したり。存外に楽しいですよ」

 

 勿論、殺したりはしません。我ながら幼稚な遊びだとは思いますが。

 

「そうか、じゃあお前もクビだ。

 小さい命でも、それを弄ぶ奴はこの部活には要らねぇ」

「はい、謹んでお受けいたします。お世話になりました、部長」

 

 私も制服を返し、ミコトの後を追いました。

 あとは知っての通りです。

 

 ミコトの居ない一か月でゲヘナの不良事情は荒れに荒れてましたので、彼女に復活と称して()()を提案したのです。

 私はミコトの望むことしか提案しません。

 彼女のしたいことを傍で見て居れれば良いのです。

 

 

 

 

「そしてそれは先生、貴方もです」

「“……そうなんだね”」

「どうか、貴方の傍で巻き起こる狂乱を共にさせて頂ければと思います」

 

 それでは仕事を致しましょう、とユエは当番用のデスクに座って書類仕事を始めた。

 

 先生は色々と言いたいことがあったが、とりあえず今は何も言わないことにした。

 悪いことをしたら叱り、良いことをすれば褒めればいい。

 先生の仕事は、生徒のしたいことを手伝うことなのだから。

 有益か無益か、はたまた害があるかで生徒への対応を変えたりはしないと、あとで教えてあげようと、彼は思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急に呼びつけてどうした、セナ」

 

 あくる日、ミコトはモモトークでセナからのメッセージを受け取り、救急医療部の部室にやってきていた。

 

「実は、前任者から手紙が届いています」

 

 前任者、それはセナの先代の部長の事だった。

 先代は実力のみで、二年ではなく当時一年だったセナに次の部長に指名した。だから彼女はそう呼ぶ。

 

 ただ、手紙が届いたという事実にミコトはぶるりと震えた。

 キヴォトスは一応外部との交流が細々と存在しており、輸入などを行っている。

 それと同時に、外部から手紙が届いたりもするのだ。

 救急医療部にはここを卒業していった元生徒への感謝の手紙が金庫に山ほど保管されている。

 

「ご安心を。救急医療部全員宛てです。ミコトさん個人宛ではありません」

「そいつはよかったぜ……」

 

 ミコトは手紙から目を逸らすように、部室を見回した。

 

「ここは全然変わってないな」

「道具の場所を変えて探すような手間を作ってはならない、部長の教えです」

「そう言えば、そんなこと言ってたな」

 

 ミコトは遠い昔を思い返すように、虚空を見上げた。

 

「覚えてるか、セナ。

 うちらはどこまで言っても部活だからよ、他所の病院で手術の見学をすることになったよな」

「ええ、覚えてます。

 当日になって、患者が手術を拒否して中止になりましたよね」

「ああ、それじゃあ授業になんねぇって、万魔殿に行って戻ってきた」

 

 そして、彼女達の部長はこう言った。

 

『万魔殿には話を付けた。責任は私が持つから、私の腹を切れ』

 

「失敗したらどうするんですかって、お前怯えてたよな」

「怯えもしますよ、まだ未熟でしたから。

 でも部長は、医療の発展の為ならお前達に殺されてもいい、と。

 その言葉に、覚悟を決めさせられました」

 

 セナは手紙に同封されている写真を見下ろした。

 手紙には紛争地帯で独りで医者として活動している、と要約すればそんなことが書いてあった。

 写真の部長は、多くの子供たちに囲まれている。

 

「……今からでもこちらに戻る気はありませんか?」

 

 セナは、かつての同僚にそう言った。

 

「部長には医療と、救護を教わった。

 あの人の居ないこの部室に、俺の居場所はねえよ」

「そうですか、残念です」

「……まあ、俺らは人手だけは沢山あるからよ、必要な時は呼べや」

「ええ、助かります」

 

 最後に、ミコトは手紙には目を通さず、写真だけを見て部室を去った。

 

 その時、セナのスマホに着信があった。

 出動要請だ。

 

「はい、こちら救急医療部。場所はどこですか、人数は──」

 

 去る者が居ても、セナの日常は変わらない。

 前任者は前任者、自分は自分のやり方をするだけ。

 

 それが、彼女の青春なのだから。

 

 

 

 

 




簡易人物紹介

ユエ:主人公の相棒枠、三年生。他人が争ってるのを見るのが大好き。それを近くで見る為にどんな鉄火場にもその身を投じるタイプの狂人。傍目からは主人公を唆してるようにしか見えないし、あんまり否定できない。

部長:当時の救急医療部の部長。現在は卒業済み。医療と医学の発展の為なら文字通り何でもするタイプの人。文章だけではどっちが主人公の台詞かわからない粗暴な口調だが、他人を助けるために命を賭ける、ミネ団長とはまた別のタイプの救護狂い。


個人的な意見ですが、最強の定義は人それぞれだと思います。主人公の言う通り、最強とは偶像なのです。
それはそれとして、低評価が連発されて悔しいので投稿頻度をあげます。
幸い、ここ数日休みを取れましたので、がんばって書きますね!!

ですので、どうか高評価や感想を頂けるととても嬉しいです!!
それではまた、次回でお会いしましょう!!

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