……誰かが泣いている声がする。誰の声だ?
「両親も、兄姉も全員死にました……」
なぜだ。それはお前が望んだ筈だ。
「国民も大勢死にましたッ」
それもお前が望んだことだ。
「そうです。私の望んだ、貴方に願ったことです。でも、こんなに死ぬなんて思わなかったッ」
じゃあどうすれば良かった? お前に何が出来た?
「ではなぜですか。王族の血を引いているだけの庶子の子を、次の王へと選んだのですか?」
単純な話だ。
お前の国で、王族の中でお前が最弱だった。お前と俺が始め、それ以外の全てを倒した。それが俺の望みだ。
「ええ、全てを貴方は破壊した。腐敗した王権と老いた父、権力闘争に明け暮れる兄たち。私を蔑む姉たち。
内乱が起こるのは確実でした。ただ、それがどれだけ続くかわからなかった……。
でもたった二か月。あなたは貴族も敵兵も問わず全員殺した。国民は大勢救われた筈です」
武道ってのはよ、結局のところ殺人剣よ。
家族を襲った暴漢を殺して愛する者を守る。村を救うために盗賊団を殺す。国を守るために敵兵を虐殺する。
小を殺して、大を守る。命の最大化ってわけだ。
「……ええ。貴方は英雄です。
ですが、人の心は持っていない。じきに、次の戦争が訪れるでしょう」
……。
「やはり貴方は、──死神だった」
そうとも。俺は──。
俺は、平穏なんざ望んでねぇのよ。
「……」
ミコトは目を開けた。
最近毎日夢に見る。ご先祖様の所業の数々を。生まれ変わる前の自分と言う奴を。
悪鬼羅刹とはこの事だ。
夢の中の自分は一番弱い相手の味方をした。一国そのものを敵にした。
そして敵を全員倒した。死神と呼ばれた男が、王を選ぶ。王権神授の物語。
「心技体を極めるってのは、血に飢えた獣になっても技の冴えを保つことじゃねぇだろ」
最近のキヴォトスは退屈だ。
何とか大陸ってところに行ったらしいリオ達にはハブられ、預言の赤い夜が来てボスラッシュを終えていよいよカラフルを叩き切ろうとしたが逃げられた。
ユエが次の仕込みをしていると言っていたが、それはいつになるやら。
「ミコちゃん、こんなところで寝ないでよ」
「ほら、踏んだら怒るでしょ」
園芸部の部員の声がする。
どうやらビニールハウスの地面に寝っ転がって寝ていたらしい。
「ミコト。そう言えば、この間の後輩達、色々と頑張っているそうよ」
「ふーん」
「暇なら見に行ってみたらどうかしら?」
膝枕をしていたらしいユエがそう言った。
「興味ねえ」
「そう、楽しみね。ミコト」
何が楽しいんだよ、とまでは言わなかった。
目を閉じて、欠伸をする。
本当に、最近のキヴォトスは退屈すぎる。
§§§
さて、ゲヘナ再興委員会の「トリガー・ハッピー・ゾーン」は盛況を極めていた。
彼女達の説得により、ゲヘナの生徒達も順番に並ぶことを覚え、三人が手ごたえを感じていた。
だがある日のことだった。
「はーい、みんな、そろそろ時間だよ!!」
朝、トリガー・ハッピー・ゾーンの開始時間。
もう既に百人以上が並んでいた生徒達に、マユミが呼びかけた。
そんな時だった。
「マユミちゃんッ」
「なに、どうしたのカレンちゃん」
カレンが目を細め、警戒心を露わにしていた。
「彼女達は──」
ショウコの視線の先に、生徒の集団がこちらに近づいているのが見えた。
「おっと、失礼。邪魔するつもりはねぇよ」
「あなた達って、確か!!」
彼女達の事は、マユミ達も知っていた。
「アリウス……」
その集団の正体を、ショウコは呟いた。
「元、アリウスだ。間違えんな」
「今は同じゲヘナの仲間だろ、そう警戒すんなよ」
元アリウスの生徒達。
彼女らはミコトを慕ってゲヘナ学園に流れ着いた不良達だった。
「なーに、あんたら。割り込みする気?」
「こっちは三十分も前から並んでるんだけど、邪魔しないで!!」
順番待ちの生徒達が、批難の言葉を投げかけるが。
「わりぃわりぃ、うちらの用はここに“的”を寄付しに来ただけだって」
「え、的を? それは助かるけど……」
マユミは少し困惑しつつも、その申し出は有り難かった。
なにせ、トリガー・ハッピー・ゾーンは無料の施設。
ゲヘナの生徒達が暴れた後は、新品に交換しないといけない。
その費用はバカにならないのである。
「おい、連れて来い」
そして、元アリウスのゲヘナ生達がもってきた“的”が、施設に設置された。
猿轡をされ、磔にされた、ゲヘナの生徒だった。
「ちょ、なにしてんの!?」
「よく聞けお前ら!!」
元アリウスの生徒が、順番待ちの生徒達に言った。
「このクズは何年も下級生をイジメて、カネをせしめてたんだとよ。
こいつ、そいつを撃ってヤメテって言っても、私は痛くないしって言って笑ってたらしいぜ。
だからよ、撃たれたらどうなるか、お前らが教えてやれよ」
「今日一日はこのままにしとくから、好きなだけ的にしちまえ」
「こいつは制裁って奴だ。ミコトさんの目の前で、こんな奴許されねぇからよ」
「ちょっと、これってそう言う趣旨じゃないんだけど!!」
カレンが声が挙げたが、もう遅かった。
「なにそれ、面白そう!!」
「やっぱり撃つならヒトが良いもんね!!」
「ねえ、早く入れてよ!!」
「……」
「致し方ありません。施設を開放しましょう」
「だけど、ショウコちゃん!!」
「ですが、このままでは我々の努力が無駄になります。
なにより……」
ショウコは群衆を見た。
はちきれんばかりの、期待を彼女達に向けている。
「このままでは、アレの矛先が我々に向けられます」
「……でも」
「……皆さん!! では第一陣、入場してください!!」
ショウコがそう声を挙げると、最初の組が入場を開始した。
他の二人が止める間もなく、ゲヘナの生徒達は元アリウスの生徒達が用意した“的”に銃口を向けた。
「んじゃ、使えなくなったらその辺のどぶにでも捨てといてくれていいからよ」
「二度とゲヘナの校内に入って来るんじゃねえぞ、カス!!」
元アリウスの生徒達は、そう吐き捨てて去って行った。
「ど、ど、どうしようッ」
「とりあえず、先生を呼ぶことが先決かと」
取り乱すマユミを他所に、ショウコはモモトークで先生にメッセージを送った。
“的”はそれから二時間の間、先生がやってくるまで生徒達の銃火に晒され続けた。
「“……とりあえず、救急医療部に任せたよ”」
事態を収拾した先生は、疲れ切った表情でそう言った。
「まったく、新入りのくせに迷惑なんだから」
カレンはそんな風に悪態をついた。
「“彼女達は、ゲヘナで上手くやってるの?”」
「完全に校内ギャングと化しています。それを上手くやっていると言うのならそうなのでしょう」
ショウコの言葉に、先生はショックを受けた様子だった。
「先生、もうあんなことしないように言ってこないと!! クレームだよ、クレーム!!」
「“うん。そうだね。二度とこんなことしないように話してこないと”」
憤慨するマユミに連れられ、三人も元アリウスの生徒達の元へと向かった。
「おい、てめぇなにしたかわかってんのか?」
「なにって、ちょっと地対空ミサイルが校舎に直撃しちゃっただけじゃん!! わざとじゃないって!!」
「んなことが問題じゃねぇんだよ、ボケ」
元アリウスの生徒達のたまり場、そこでスバルが生徒の一人を締め上げていた。
「あの分校舎はうちらのダチが居んだよ。
お前らみてぇな勉強もしねぇ脳みそすっからかんのバカと違って、真面目に勉強して将来の為に頑張ってんだよ。
てめぇも、バカが馬鹿なりにそう言う真面目な奴らの邪魔すんじゃねえよ。……おい」
「はい、スバルさん」
元アリウスの生徒が、締め上げられている生徒の制服をまさぐる。
「なにするって、それ、私の財布!!」
「安心しろ、カツアゲなんざしねぇよ」
スバルが彼女を突き飛ばすと、財布の中から学生証を取り上げた。
それを、ヒラヒラと地面に落とした。
「詫び入れろ、校舎の修繕費出せや」
「はあ!? なんで私がそんなことを!!」
「ああ、そうかい」
スバルは彼女の学生証を踏みつぶした。
学生証が粉々に砕け散った。
「ああ!!」
「これでお前は、電子マネーも使えねぇし銀行からカネも引き出せねぇ。出席も加算されねぇから卒業も出来ねぇ。
再発行には、本校舎の事務所に行かなきゃなんねえ。
だが、そんなのはうちらが許さねぇ」
ようやく、彼女は自分の置かれている状況に青ざめ始めた。
「さっさとクソ企業の大人どもの靴でも舐めて、修繕費稼いでこいや。
それが嫌なら一生不良でもしてろ。てめぇの脳みそと同じスポンジでも食って過ごせやボケ!!」
「“スバル……”」
「なんだよ取り込み中だ、見てわかんねえの──」
スバルが振り返り、先生の姿を認めた。
「……なんだ、先生ではないですか。
先日のアリウス自治区の件ではご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
「“スバル、幾らなんでもやりすぎだよ”」
「……わかりました。運が良いですね、今回だけは先生の顔に免じて見逃してあげますよ」
スバルが顎をしゃくると、その生徒は大泣きしながら逃げ出して行った。
「うわ、スゴイ変わり身」
「めっちゃ猫被ってるよ……」
スバルの豹変を見て、マユミとカレンはそんなことをぼそぼそと言い出した。
「ところで、何か御用ですか?」
「“実は──”」
先生は事情を説明した。
すると、スバルは仲間を手招きした。
「ケジメです」
「……っす」
スバルは愛銃をワンマガジン撃ち尽くして、同胞を撃った。
「問題を起こしていない者に迷惑を掛けない。それが我々の掟でしょう?」
「ううッ、……すんませんっした!!」
気合で銃撃の痛みに耐え、スバルの仲間は涙目で先生に頭を下げた。
「重ねてすみません、先生。彼女達の話は聞いていたのですが、恐らく勘違いがあったのでしょう」
「“もうあんなことはしない?”」
「先生。私達はただ、勉強がしたいだけなんです」
スバルは微笑んだまま、そう答えた。
「ですがゲヘナ学園で生活すると言うのは、いろいろと身を守る方法が必要なだけのこと。
私達だけではありません。目に余る行為に悩まされる、普通のゲヘナの生徒もいます。
私達は集団で身を守っているに過ぎないんですよ」
「“……わかったよ。スバル達を信じるよ”」
「わかってくれて嬉しいです」
先生は頷いた。どんな形であれ、勉強を頑張っていることは喜ばしいことだ。
「あなた達!! ゲヘナに馴染もうとしてるのはわかるけど、ああいうのはよくないんだからね!!」
「マユミ、話がまとまってから出てくるのはダサいですよ」
「い、いいじゃん、こっちはクレームを言いに来たんだし!!」
ショウコにツッコまれ、目を泳がせるマユミ。後ろでカレンが噴き出している。
「いずれ偉大になるゲヘナに、ああいった暴力や私刑はあってはならないの!!
身を守る以上の暴力をしてるのを、わかってるでしょ!?」
「虚しくないんですか?」
「えッ?」
「ゲヘナ学園はただの学校でしょう?
つまり勉強をするだけのただの箱です。校舎に金箔でも塗りたくりたいんですか?」
スバルはマユミ達を鼻で笑った。
「そう言う言い方はないんじゃないの、センパイ」
カレンが威圧的に前に出る。
「実際そうじゃありませんか。
あなた達はあとどれぐらいで卒業ですか?
その偉大な学校とやらに居座るつもりですか?
それとも、大人になって自分はゲヘナ出身だって威張り散らす為ですか?
あなた達が偉大にしても、後輩達はどうだかわからない。
自分の手の届かないところで変動する価値に対して、それをアイデンティティにするのは虚しいだけですよ」
「う、うぐ、そんなことないもん!! しょ、ショウコ!!」
レスバクソつよなスバルを前に、マユミはショウコを繰り出した!!
「今のところ、反論できるところはありませんね」
「しょ、ショウコが、負けた……?」
「え、脳みそしか価値が無いのに?」
「……二人共、あとで校舎裏に来てください」
二人の物言いに、イラっとしたショウコはそう告げた。
「しかし、いずれ目にモノをみせてみせましょう。
我々の考える偉大なゲヘナを目の当たりにすれば、あなた達も我々に迎合するでしょう」
「聞き飽きた」
「はい?」
「昔、アリウス自治区にはマダムってクソババアが居たんですよ。
搾取だの恐怖だの支配だの、私達を虐げることに躍起になってました。そいつはどうなったか知ってますか?」
「……ミコトさんにボコボコにされた」
「ええ。精々、ミコトさんの機嫌を損ねないことです。これは善意からの忠告ですよ」
スバルの言葉に、彼女の仲間たちもくすくすと笑い出した。
そんな時だった。向こうから風紀委員たちがやってきた。
「お前達!! また勝手に私刑したな、こっちに泣きついてきたぞ!!」
「あん? てめぇら風紀委員会が頼りねぇからうちらがやる羽目になってんだろうがよ!!」
「先生、すみません。どうやらトラブルのようです」
「“うん。あまり無茶しないでね”」
「お気遣いいただきありがとうございます」
スバルはぺこりと先生に頭を下げて、風紀委員達の許へと向かった。
「お前達はやりすぎなんだ!! 自衛の域を超えている!!」
「やり過ぎだぁ? お前ら線引きがどうだの偉そうに言ってっけどよぉ、前にミコトのアネゴのアビドスを攻めたんだってなぁ!!
そんなダブスタの風紀委員会がなに言ってんだ、笑わせんな!!」
「“行こう、みんな”」
先生が促して、ゲヘナ再興委員会の三人と共にその場を離れた。後ろの喧騒に背を向けて。
「“……”」
先生は、一度だけスバル達を振り返った。
彼は彼女達の学生生活に光があることを心の中で祈った。
ゲヘナに居ついたスバル達、元アリウスの生徒の現状でした。
次回はいよいよあのシーンです。