一歩一歩、夢の階段を遡る。
過去へ、過去へ。原初の己を見つけるために。
そして、最果てに行きついた。
「ようこそ、常夜の領域へ。
貴方の目的はこれでしょう?」
どこまでも夜の闇に包まれた森の奥に、見覚えのある顔がいた。
そこは石造りの祭壇のような場所で、遠くに満月が望める場所だった。
「……お前は?」
「私は■■■■■。ヒトは私を魔女とも、賢者とも、或いは女神とも呼ぶわね」
「それが、最強になれる魔剣なのか?」
彼女は一振りの剣を抜き身のままで両手で横に持っていた。
黒い剣だった。色じゃない、闇そのものだった。
余りにも呪われ切っている。手にする者の未来を破滅にしか導かないと確信できる、血に飢えた災厄そのものが、たまたま剣の形をしているだけだった。
「勿論よ、欲しい?」
「寄越せ!!」
あいつは、俺に剣を差し出した。
俺は柄を握った。意識が、途絶えた。
意識を失う前、最後に見たのは、あの女の嘲笑だった。
「どうだった? 最強の狂人になれた気分は」
「……最悪だ」
次に意識を取り戻した時、俺はボロボロだった。
かろうじて生きているだけで、あいつに介抱されていなければ死んでいた。
……いや、この時に死に損なってなかった方が、良かったのかもな。
「……なんでお前は、あれに触れて平気なんだ?」
「可笑しなことを言うわね。
私はヒトが月の模様に意味を見出した時から存在するモノ。
古来より人は月を狂気の象徴としてきたわ。そんな私が、狂ったりすることなんて出来るわけがない。
でも、それはつまり……」
あいつが、俺の耳元で囁いた。
「私の眷属になれば、貴方も狂うことなんて出来なくなる」
その時の俺は、あの魔剣の力を自分のモノにできると解釈した。
違う、違うだろうが。お前はこれからずっと“正気”なんだぞ。
正気で、素面で、あんなことを続けるってことなんだぞ。
「ああ、いいぜ。なってやる」
だが、俺はよく知ってる。弱さってのは、選ぶ権利が無いってことだ。
この時の俺は弱かった。弱かったんだ……。
あいつは微笑んだ。
「なら貴方は、これからずっと私のモノね」
この時の俺は、誓った。いずれこいつを殺してやる、と。
「おはようミコト、最近よく昼寝をしてるわね」
目を開けると、ユエが膝枕をして顔を覗き込んでいた。
「ああ。キヴォトスの強ぇやつは大体倒しちまったからな」
「退屈なのね、分かるわ。
でも、もうちょっと、もうちょっとだけ待って」
ユエが頭を撫でながら言った。
「もうすぐ、仕込みが花開くわ」
「そうかよ」
期待せずに目を閉じる。眠りに落ちる。
もう、夢は見なかった。
俺は思った。あそこまでして強さを手にして、何がしたかったんだろうな、と。
§§§
最近のゲヘナ学園は静かになった、とミコトが気づいたのは割と遅かった。
ここしばらく園芸部の活動でお留守になったトレーニングルームで汗を流した後、なにやらゲヘナの生徒がお行儀よく何列かになって並んでるではないか。
先頭が見えないほど、多くの生徒が並んでいる。
ゲヘナ学園の敷地は広大なので、ミコトがこれまでこの行列に遭遇しなかったの特段はおかしなことではなかった。
「おい、これ何やってんだ?」
ミコトは最後尾の生徒に話しかけた。
「あ、ミコトさん。知らないの? トリガー・ハッピー・ゾーン!!」
「なんじゃそりゃ」
「あそこだと、好きなだけ撃ったり爆破したりできるんだよ」
「お前らいつも好きなだけ撃ったり爆破したりしんだろ」
「そ、それはそうだったけど、あそこなら風紀委員会が来ないんだよ。ほら、知ってる? なんでも、再興委員会って連中が始めたんだって」
ミコトは首を捻る。思い出すのに十秒以上掛かった。
「ああッ、あの三人組か!!」
「まあ、今じゃ結構賛同者が増えてるらしいよ。他にもいろいろやってるらしいし」
「いろいろって?」
「さあ? いろいろはいろいろじゃない?」
「ふーん。じゃあちょっと見て来るわ」
「あ、割り込みは無しだからね!!」
「んなことするか」
ミコトは片手をあげてから、先頭へと向かった。
先頭では、次の入場者たちが名前を書いて待っていた。
場内では好き放題生徒達が的に撃ちまくっている。
「次の組、どうぞー!!」
マユミの視線が、入場者からミコトに向かい、その存在に気づいた。
「げッ、ミコト先輩……」
「よう、アホ巨乳に地雷女、あとインテリ眼鏡」
「アホ巨乳!? 私そんな覚え方されてたの!?」
「ああ。アホが巨乳なのはテンプレだろ?
……いや待て、ハスミは頭良いだろ、リオも頭良い……じゃあお前だけの個性だな、よかったな!!*1」
「この人酷い!! 私そういうステレオタイプの押し付けみたいなの大嫌いなのに!!」
ミコトの物言いに、マユミは涙目になった。
「ってか、なんの用? うちらの活動なんて興味無いんでしょ?」
「いいや、後輩が頑張ってんだ。労ってやるのが先輩ってもんだろ。
最近のゲヘナは静かだって思ったが、お前らの成果ってわけか」
「そうだよ!!」
地雷女ことカレンの刺々しい視線を、ミコトは笑って流した。
「ゲヘナは少しずつ変わってるんだよ!!
ゲヘナ学園は凄い潜在能力を持っている学校なんだから、皆が一緒に団結できるようになったら、トリニティやミレニアムにも負けないスゴイ事が出来るようになるはずなんだよ!!」
「知ってる」
「そう……ええ!?」
「ゲヘナはキヴォトスでテッペンの学校だ。俺は昔それを証明した。
昔、誰にも手を出せねぇって話だったブラックマーケットを潰したのも、俺やマコちゃん達が体張ったからだ。あん時はトリニティも動かした」
その日の事は、マユミも覚えている。
まだ彼女が中等部だった頃、宿舎から校内に大勢の不良が集まるのを見ていた。
「トリニティと言えば、最近だとトリニティとの演習もすごかったよね」
「トリガー・ハッピー・ゾーンは、言わばあれの縮小版であり、常設版と言えるでしょう」
カレンとショウコがそう言った。二人は当然、それに参加していた。
ミコトの行動力が、ゲヘナを常に動かしてきた。
「俺は不良どもを変えようとした、お前らはゲヘナの生徒を変えようとしてんだな」
「うん、どっちも生徒には違いないでしょ? だから、私は変れると思うの!!
この学校をもっといい学校に出来る筈だから!!」
マユミの笑顔を、ミコトはジッと見ていた。
「そうかよ。ならやってみろ」
「言われなくても、もうやってるし」
「なんか必要になったら言え」
「え?」
「マコちゃんはゲヘナらしくねぇって言うかもしれねぇが、バカのまま大人になるよりかはマシだろ。まともになれんならその方がいい」
ミコトはそれだけ言って踵を返した。
警戒していたカレンも、これには呆気に取られた。
「……ひとつだけ、教えてください」
「あん?」
「先代生徒会長を討ったのは、貴女と聞きました。
ミコト先輩が彼女を倒さねば、彼女の政権が
「ああ、あいつね」
「彼女は、先代生徒会長はどんな人物でしたか?」
それがショウコの問いだった。
「言葉を交わしたのは一度だけだが……、小賢しい女だってのはすぐに分かった。何十発もぶん殴ってやったら、命乞いしてきやがった。その後は知らねぇ」
「……そうですか」
ミコトはそれだけ答えて、歩き出した。
ショウコはその背をずっと見ていた。
§§§
そして、その時はやってきた。
「ミコちゃん、また寝るの?」
「なんか今日は万魔殿が何かやるみたいだよ」
「興味ねぇ」
今日も今日とて、園芸部のビニールハウスでミコトは寝っ転がっていた。
「ミコト、私は興味あるのだけど」
「じゃあ行けばいいだろ」
「仕方ないわねぇ。ここで聞くわ」
最近ビニールハウスに用意されたベッドマットに腰かけ、ユエの膝を枕にミコトが目を閉じた。
そして程なくして、学園中に放送機材の雑音が響き渡った。
「あら、放送トラブルかしら?」
ユエがミコトの頭を撫でていると。
──鉄血。
鉄血、秩序。
鉄血、秩序、応答。
鉄血、秩序、応答、服従。
鉄血、秩序、応答、服従、初期化。
鉄血、秩序、応答、服従、初期化、執行──。
「うるせぇ」
──鉄 / 血。
ミコトは、己のヘイローに伸びる見えない鎖を、断ち切った。
「あら、起きたのねミコト」
「うるせぇから文句言ってくるわ」
学園中に、マコトの演説が大音量で鳴り響いていた。
「なんだか楽しくなりそうね、ミコト」
「どこがだ!!」
ミコトがずしずしと進み、その後ろをユエが歩く。
「おいうるせぇぞ!! マコちゃん!!」
「────ミコト!!」
マコトが、壇上からミコトを見ていた。
大勢の生徒の喧騒が、静まり返った。
「約束を果たす時が来たぞ」
「約束?」
「この私がキヴォトスに覇を唱える時、貴様をその尖兵にしてやるという約束だ」
「……」
ミコトの動きが止まった。
「ミコちゃん!!」
彼女が振り返ると、園芸部のメンバーが居た。
かつて共に先代の生徒会と戦った仲間たちが。
「今こそ、ゲヘナはキヴォトス全てと戦う時だよ!!」
「忘れてた、土いじりなんかしてる場合じゃないよ!!」
「鉄と血の元に、今度こそ私達で新しい秩序を作ろうッ!!」
ミコトは思った。あの時と同じだ、と。
二年前、ミコトが入学してすぐ、キヴォトスでの一年目。
自分が最も輝いていた、あの時代の熱量だった。
「──ああ、やろうぜ。マコちゃん」
ミコトは、両眼から涙を流していた。
落涙しながら、笑っていた。
「俺も前々から今の連邦生徒会の奴らは腑抜けてるって思ってたんだ。この間ヤキいれてやったのによぉ」
ミコトはマコトの乗る壇上に飛び乗った。
そこにはヒナも居た。
「どっから潰す? トリニティか? 連邦生徒会か?」
「全部だ。その全てだ。一斉に攻撃し、瞬く間にゲヘナはキヴォトスを統一し、新しい秩序を作り上げるのだ!!」
「ぎゃはははははは!!!!」
そう、ミコトは、平穏など望んでいなかった。
「おい、リオ。聞こえてんだろ!!」
テンションの上がったミコトはマコトを壇上から蹴飛ばし、マイクを前にして言った。
「当然ミレニアムは俺らに付くよなぁ!!
俺はどっちでもいいぜ!!
そんで次、アビドス!!」
ミコトは彼方のアビドス高校を指差した。
「ホシノ!! 俺らに付くか、喧嘩すっか決めろ!! 当然、シェマタ使うななんて言わねぇ、来るなら本気で掛かってこい!!
そして、次、トリニティの三羽烏ども!!」
ミコトは哄笑を上げる。楽しくて楽しくて仕方がないのだ。
「マコちゃんは本気だとよ!! 次は演習なんて舐めたことは言えわねぇ、本気で潰してやる!!
ツルギ!! やっとだ、やっとだぜ、本気でお前とヤりあえる!! お前だけ先に行くなんざ許さねぇよ!!」
ひとつ、ひとつ、学校の名と強敵の名を呼ぶたびに、ミコトは自分が若返って行くのを感じた。
無尽蔵の活力が、高まり、溢れて行く。
「ミコト、デスサイズの連中はどうするの?」
隣に居るヒナが問うてきた。
「当然、使う。
俺とマコちゃんで、キヴォトスから不良を消してやる。
俺ら不良になんもできねえ連邦生徒会を叩き直して、学校連合作んぞ!!
そうだよな、マコちゃん!!」
「キキキ、当然だ。ゲヘナの新秩序では、不良などと言うリソースの無駄は完全に省いてみせる!!」
壇上に這い上がって来たマコトが、そう宣言した。
「おい、元アリウスども、お前らはどうする!?」
ミコトは次に、聴衆にいるスバルたち元アリウスの生徒達に問うた。
「うちら、皆ミコトさんに付いてきます。その代わり、アリウスの連中だけは勘弁してください」
「わかった。あいつらはそっとしておいてやる」
「ミコト。貴様が仕切るな」
「はいはい、じゃあ後は任せたわ」
ミコトが壇上から降りる。
「ミコト先輩!!」
その彼女に、イロハが飛びついて来た。
「なんで止めてくれなかったんですか!!
キヴォトス中を攻撃なんて、そんなッ」
「お前こそ何言ってんだ。てめぇだってずっとマコちゃんの隣で見て来たんだろうが。
マコちゃんの夢は世界征服!! それを実現すっ時が来ただけだろうが!!」
イロハの、ミコトの制服を掴む手がくたりと落ちた。
「あんなの、本気なわけないじゃないですか……ただの見栄っぱりですよ」
「んなこと知るか。ようやくマコちゃんが本気になったんだぜ、昔みたいで楽しいじゃねぇか!!」
「……ああ、そうなんですね」
イロハはようやく悟った。
「あなたにとって、マコト先輩は二年前のあの頃のままなんですね……」
イロハは以前、マコトが言っていたことを思い出した。
雷帝政権発足後、議員として潜り込んでいたマコトが反旗を翻す切っ掛けになったのが、ミコトの存在だった、と。
ミコトの武力があったから、雷帝を倒すのをかなり前倒しに出来た、と。
お互いにとって、お互いは英雄なのだ。
あの時から、ずっと。
「そうだよ!! やっとこの時が来たんだ!!」
ぎゃはははははは!!!! と、ミコトは笑った。
もうイロハは、言葉は出なかった。
「楽しそうね、ミコト」
「ああ、最高の気分だぜ!!」
いつの間にか後ろを歩いていたユエに、ミコトは上機嫌で言った。
「アオマ達を招集しろ、全員いつでも動かせるようにしとけ!!」
「任せて、ミコト」
ミコトの指示にユエは頷いた。
そこでふと、ユエは群衆の合間に居る先生に気づいた。
ユエはただ妖しく微笑んで、一度だけ会釈をした。
そうして二人は行動を開始するのだった。
作者もアリウスの洗脳シーンを書きましたけど、本家本元からお出しされるとは思わないじゃん……。しかも割と数段ヤバい奴だったし。
そしてミコトは、こういう奴なのです。
ではまた、次回!!