“シュッ、スーッ、シュッ、スーッ”
村外れにあるボビー師匠の訓練場、マルセル村の子供たちは十歳を迎えるとこの道場に通い始め、十二歳の授けの儀を待つ。授けの儀はその子供たちの人生の方向性を決める大切な儀式である。魔法職や上級職を授かった者は領都や王都の学園へ通いその力を伸ばし、各種職人職を授かった者はそれぞれの道の師匠に弟子入りし、剣士や槍使い、農家と言った俗に言う一般職に就いた者は、それぞれの地域で三年後の旅立ちの儀を目指し力を蓄える。
授けの儀の後で入るギルドの資格はどれも見習い、正式なギルド会員として認められるのは旅立ちの儀を迎え成人と認められてから。
村や街の子供たちはこれらの儀式を経てそれぞれの道を歩んで行く。生まれ故郷を離れ旅立つ者、故郷に残り生活を営む者、そして暮らしの中で出会いや別れを繰り返し、新しい家庭を築いていくのだ。
“シュッ、スーッ、シュッ、スーッ”
だがそれはある程度豊かな町や村での話、貧しい地域の若者はその土地に残る事などまずしない。生きる為、豊かな暮らしを夢見て、新しい世界に希望を持って。
理由は様々、だが皆の想いは一つ、“先の見えない土地での暮らしなどまっぴらだ”と。
授けの儀とは、非力な人間が魔物跋扈するこの世界で生き残る為の力を手に入れる事の出来る神の慈悲。多くの若者が新たな力を胸に、広い世界へ旅立っていく。
だがその力を始めから十全に使いこなす事の出来る者などいはしない。彼らは皆新たな土地で己を磨き、手にした職業スキルを武器に、それぞれの世界を突き進む。
そんな彼らに大人たちが出来る事、それは彼らが無事にこの世界を生きて行ける様に、この魔物跋扈する無慈悲な世界を渡り歩いて行ける様に少し手も力を付けさせてあげる事。
「よし、素振りを止め集合じゃ、あまり無理をしても剣は上達せんからの」
元冒険者を招聘し、村の剣術指南役とする事。無論これは辺境の村の安全の為と言う側面もあるが、
そして今ここにそんな大人たちの愛情を一身に受け、剣術の訓練に取り組む子供たちがいた。村の仕来たりを逃げ続け、授けの儀の間近になってやっと訓練場に顔を出した少年ケビン。近隣の村から移住し、栄養失調や魔力過多症等様々な問題を抱え漸く訓練に参加できる状態になった少女ケイト。
二人は“下町の剣聖”と謳われた元白金級冒険者ボビー師匠の下、今日も汗だくになりながら木刀を振るっていた。
「しかしケビンよ、お主が自ら訓練に来る様になったのは良いのじゃが、なぜそうまで汗だくになっておるのじゃ?以前のお主ならこれしきの事で汗など掻く事も無かったであろう。それに時折休憩中に二人して干し肉を齧ったり飴を嘗めたりしている様じゃが、それにはいったいどんな意味があるんじゃ?」
勇者病<仮性>患者ケビンの発言や行動が一般常識を大きく外れている事は、この村では広く知られている事実である。先のミルガルの街に向かう旅においてその事を十分以上に体験したボビー師匠は、これまで気にはなっていたがその事について触れる事はしなかった。
ボビー師匠に問われたケビンはしばらく悩むそぶりを見せたものの、まぁいいかとばかりに説明を始めるのだった。
「えっと、先ずは俺とケイトがなぜこんなに汗だくになっているかでしたよね、それは単純に暑いからです。夏も終わりとは言えまだまだ日差しは厳しいですから、そんな中太陽の下で木刀を振るっていれば汗も掻きますよ。こまめな水分補給と塩分摂取は欠かせません。
それと干し肉を齧っているのと飴を嘗めてるのは体力の回復と身体作りの為ですね。理想の身体作りは適度な運動と十分な栄養摂取、家ではちゃんと野菜も食べてますから栄養の偏りもありませんよ?」
そう言いちゃんと考えてるんですよと言った顔で見返すケビン。だがそんな彼にどこか納得していない顔になるボビー師匠。
「ふむ、お主がよう考えておることは分かった。じゃが話の根本はどうしてお主がそれ程体力を消耗しておるのかと言った所なんじゃがな?
普段から畑仕事に精を出すお主が素振り程度で体力回復を必要とするとも思えんし、この程度の事は六歳の剣術習いたてであったジェイクやエミリーでも軽くこなしておったわいて」
「あぁ、それは俺たちが一切魔力を使っていない、簡単に言えば魔力枯渇状態だからですよ」
「・・・・はっ?」
ケビン少年の放った一言、それはボビー師匠の常識を軽く打ち砕くものであった。
「ボビー師匠には前に言ったじゃないですか、魔力枯渇を起こしても大丈夫な様に訓練しているって。これはその延長の訓練ですね。
実は最近になって気が付いた事なんですけど、どうも俺って木製武器に補正を与えるスキルを持っているみたいなんですよね。これは夜の清掃活動で手に入れた剣を振っている時に分かったんですが、木刀を振っている時と剣を振っている時では感覚が全然違うんですよ。
これって魔力が無くなったり制限されるような状況になった時、致命的な弱点になりかねないんですよ。それはそうですよね、今まで補助ありきだったものが行き成り自分でやって下さいって話になるんですから。
これは魔力枯渇状態で木刀を振ってみて分かったんですが、どうもスキルは魔力を消費しているみたいなんですよ。魔力なしの状態とありの状態では振りの感じがかなり違ってましたから。
冬にマルガス村に向かった時村長のマルガスさんが言ってたんです、戦闘系のスキルがないから冒険者になる事を諦めたって。魔物との戦闘においてはそれだけ戦闘スキルの補助が重要であるって事なんです。
こんな弱点、放置は出来ないじゃないですか。ですんでボビー師匠に基礎からしっかり教えて頂こうと。ってどうしました?頭を抱えて」
「いや、うん。これまでの儂の常識とあまりに違う話を聞いて少し混乱しておるだけじゃから気にせんで良い。じゃがスキルが技術の下支えになっておるのは良く知られた話じゃ。昨日まで剣も握った事の無い者が授けの儀の後に見事な剣技を見せると言った話はよう聞く事じゃからの。
では訓練中に食べておる干し肉や飴もスキルと関係あると言う事かの?」
ボビー師匠は元白金級冒険者ならではのスルー力で問題を回避、他の質問に話を変えた。
「あぁ、これは先ほども言いましたけど、体力回復と身体作りですね。あまりに当たり前過ぎて意外に知られていないんですが、魔力って普段の私たちの生活をずっと支え続けてくれているんですよ。それは何も生命維持に留まらず、畑仕事や家事全般に至るまで、身体を動かしている時は常に内側から補助してくれているんです。
夏の暑い日差しの中でも平気に野良仕事が出来るのも、こうした無意識に使われている魔力の恩恵によるものですね。
魔力枯渇を起こすと気絶したりするじゃないですか?あれも当然と言えば当然で、これまで自分を支えてくれていたモノが行き成り全部取り外されちゃうんです、そりゃひっくり返りますって。でも死んだりしないのはあくまで支え、補助だからですね。魔力を全く必要としない虫や植物が存在すると言うのがその証明になりますね。
で、この補助って意識して行っているものじゃないんで勝手に止める事も難しいんです。ですんで魔力枯渇を起こして補助を完全に消してるって訳です。
じゃあなんでそんな事をしているのかって話ですが、魔力枯渇状態で身体を鍛えると純粋に筋肉と基礎体力を使うんです。人の身体っていうものは使って休ませてを繰り返す事で大きく成長する。魔力枯渇を起こした上に筋力と体力を使った身体は激しく消耗し栄養と魔力を求める。そこに必要な栄養と魔力を補充してあげれば。
以前ヨーク村で暮らしていたケイトの生活は、それは酷い物だったそうです。日々の食事もまともに取れず、空腹という感覚すら失う状態。そんな中彼女が生き残っていたのは魔力過多症を引き起こすほどの膨大な魔力のお陰でした。
彼女の全魔力は命を維持する為だけに使われていた、結果彼女は常に魔力枯渇を起こした状態で何年も暮らす事となった。そんなケイトもここマルセル村に来てまともな食事を摂る様になりすっかり身体付きが授けの儀の前の子供らしくなった。これはもの凄い成長速度です。限界を超えて栄養と魔力を止められていた身体が、必要な栄養素を求めた結果がこれです。
だったらそれを疑似的に再現すればより効率的に身体を鍛え上げれるのではないか?
本来であれば身体を使って食事を摂ってよく寝てといった工程を踏まなければいけない所を、魔力枯渇状態で訓練を行う事により何倍も効率的に行う事が出来る。栄養摂取も魔力を含んだ食材なら驚くほどの早さで吸収されますから。
でもまあこれも魔力枯渇を起こす為の魔道具ありきの話なんですけどね。魔力過多症治療薬だと時間が掛って非効率なんですよ」
とんでもない話をこともなげに語るケビンに、戦慄を覚える元白金級冒険者ボビー師匠。
“魔力枯渇を伴った修行は修羅の道、その苦しみはその道を乗り越えた者にしか分からない”
これは魔法系職業を持つ者の間ではよく知られた言葉だ。
その魔法修行方法は大の大人が顔色を青ざめさせる程に厳しい修練だと言われている。ボビー自身現役冒険者の頃は仲間の魔法職冒険者からよく愚痴を聞かされたものであった、“あれは地獄であった”と。
そんな地獄の修行をさらに数倍にしたような状況下に置かれながら平然と木刀を振るう二人の子供たち。
「それで魔力枯渇の魔道具なんですが」
「ほう、流石はケビンじゃわい、常に最悪を想定しての修行、頭が下がる思いじゃわいて。じゃが幾ら体力を回復させておると言ってもそれで身体の柔軟性が良くなると言うものでもあるまい。怪我をしにくく動きやすい身体を作る工夫は必要であろう。これはお主が朝の体操で常に言っておることじゃ、休憩が終わったらしっかりと柔軟体操をしておくんじゃぞ?」
「「はい、分かりました、ボビー師匠」」
うんうんと頷きを見せ話を終えるボビー師匠。彼の元冒険者の勘が告げている、あれ以上話を聞いてはいけないと。
魔力枯渇を起こすような魔道具、それは俗に言う呪われた魔道具にほかならず、ケビンがそれをどうやって手に入れたのかは分からない。だがこの先の話は絶対胃に優しくない!
こ奴らの監督を終えたら偽癒し草のお茶を飲もう。
ボビー師匠は何か甘いものでも食べたいなと思いながら、眩しい晩夏の空に目を細めるのでした。
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「ケイト、いいんじゃない?しっかり振れて来てるよ」
「ん。」
やっぱり餅は餅屋、剣術の事はボビー師匠に聞くのが一番だよね。
前々から訓練場に顔を出せとしつこく言われていた俺氏、どうせならとケイトと一緒に魔力枯渇状態での筋トレも兼ねて訓練場に通う事といたしました。
汗だくで訓練に励む俺たちに首を傾げたボビー師匠が理由を聞いて来たので、素直にお話ししたらドン引きされてしまいましたが。
まぁ魔法使いの入門書である「魔法の書」でも“魔力枯渇を恐れてはならない”って鼓舞するくらいには大変な修行だとは思うけど、案外慣れると平気なものなのよ?
ただそれだけだと折角の訓練がもったいないんで、ついでに疑似超回復による筋肉増強をですね~。今回使用するのはビッグワーム改の干し肉とフォレストビー蜂蜜きな粉飴。ビッグワーム干し肉ときな粉のタンパク質が丈夫な筋肉を作り、それぞれに含まれる豊富な魔力がその吸収を助けるって言う奴ですね。魔力枯渇の疲れた身体が魔力とカロリーを求めてどんどん吸収するものだから、すごい効率が良くってですね~。
自分、身体付きがすっかりリトルオーガにですね、服を着てるとそうでもないんですが脱いだら凄い状態です。
ケイトもどことなく大人っぽい身体付きになって来たって言いますか、エミリーちゃんもそうだけど、この世界の女性って皆早熟なんですよね。
「ケイト~、畑に帰ったら魔力隠しの訓練ね」
「ん。」
魔力全開の状態からそれを体の内側に隠す魔力隠し、これって大森林で秘密の花園に行った時に役に立った技術だけど、今やってるのはそれの応用。完全に隠した状態、街の子供程度の魔力洩れ、ちょっと強い程度、街場の大人程度、街場で見た冒険者程度と複数の段階に分けて調整出来る様に訓練中です。
常に魔力過多症薬の服用ってのもよろしくないですからね、魔法の腕輪さんみたいな便利グッズもそうそう見つからないでしょうし。
完全に隠せば目立ち過ぎる、程々に見られるような工夫が必要だ。
目指せモブキャラ!
聞く者が聞いたら卒倒しそうな辺境村の引き籠り見習いたちの修行は、ボビー師匠の尊い犠牲の元(精神的に)、本人たちの気が済むまで続けられるのでした。
本日一話目です。