「本当にすまない、ケビン君から預かった魔鉄で打ち上げた剣鉈は何者かに奪われたんだ」
それは一月ほど前の事だったとか。どこから剣鉈の事を聞いたのか、魔鉄製の剣鉈を譲って欲しいという人物が現れたんだそうです。
フレムさんはもちろん断りました、“この剣鉈はお客様からの注文で打った物、他所様に譲る訳には行かない”と。
その人物はそれから三日ほど通って来ていたそうです、値段交渉も何度も持ち掛けたとか。それでもフレムさんは職人の矜持を曲げなかったそうです。
犯行が行われたのはその日の晩、街がすっかり寝静まった深夜。ガサガサと何かを探すような物音に目を覚ましたフレムさん、確認の為店の方に向かった先で見たものは複数の黒装束の覆面姿の強盗だったそうです。
フレムさんが大きな声で叱責するも賊は笑い声を上げながら襲い掛かって来たそうです。
多勢に無勢、背中をバッサリと切られ右腕をへし折られたフレムさん、気が付いた時には街の診療所のベッドの上だったそうです。
「街の衛兵にはすぐに訴えたんだ、だが一切取り合ってくれなくてな。街の中では俺がセシルに愛想をつかされて捨てられたことになっている。背中の傷も夫婦喧嘩の傷だとさ、有り得ないだろう?
俺はすぐにセシルを探したよ、店の事よりなによりセシルが大事だからな。でも一切の手掛かりすら見つからなかった。あれだけの騒ぎがあったっていうのにだ。
そしてこの腕だ、診療所の先生によると神経がやられてるらしくてな、ハイポーションじゃないと回復は望めないんだそうだ。俺は一生ハンマーの握れない身体になっちまった。
あれだけの仕事をさせて貰っておいてこの不始末、ケビン君にはどう詫びていいのか分からない。俺の命で良ければ差し出すが、そんなものを差し出されても君に迷惑が掛かるだけだろう。本当に申し訳ない」
そうして再び頭を下げるフレムさん。
俺は大きくため息を吐く。俺のせいだと。
この世の中、情報を隠し通せるほど甘くない。貴族が、豪商が、冒険者が。あらゆる力を持つ者が、日々己の欲望を満たさんとアンテナを張り巡らせている。
恐らくフレムさんに悪気はなかったのだろう、セシルさんもそうだ。だが彼らの生活のどこかに些細な綻びがあった。それは本当に小さなことだったのかもしれない、その小さな綻びを敏感に察知し、類推し、辿り着いた者がいた。
その者は金も権力もある者、我慢とか諦めるとか言う言葉の意味を知らぬ者。
俺は目の前で頭を下げ続けるフレムさんに向き直る。
彼は善良であったのだろう、理不尽に腐る事なく、努力と工夫で乗り越えて来た
善良なのはいい、だが警戒を失ってはいけない。それこそホーンラビットの様に常に周囲に警戒し己の牙を磨き続けなければ生き残る事が出来ない、それがこのオーランド王国という国。
マルセル村やヨーク村、スルベ村、マルガス村に逃げ伸びた“よそ者達”が俺に教えてくれたこの世の真理。
“世界は危険に溢れている。”
「・・・フレムさん、明日迎えに来ます。準備をしておいてください」
「えっ、ケビン君、君は一体何を」
困惑するフレムさんに俺は言葉を続ける。
「俺、ミルガルの司祭様に伝手があるんですよ。司祭様は王都から来られた御方でして、当然治癒魔法もお得意だとか。フレムさんには司祭様に身体を癒していただいて再びハンマーを握って貰います。
私は金貨一枚の前金を払っています、その事はセシルさんから伺っていたかと。
それと材料の魔鉄ですね、前にもお話ししましたがあれは私が独自に作ったなんちゃってインゴット、幾らでも持ってますからご安心下さい。
フレムさんは先程仰いましたね、“俺の命で良ければ差し出す”と。
ならば私の剣鉈が完成するまで、その命、頂きましょう。その後はどうなされ様とも結構です。
セシルさんの行方を探すのもいいでしょう。今回の事件の犯人を探すのもいいでしょう。
ですがその為には動ける身体が必要、そうではありませんか?」
「・・・・・・」
俺の一方的な物言いに言葉を失うフレムさん。ここは人生の分水嶺、このまま腐るもまた一つの決断。
俺はじっとフレムさんの答えを待った。
「・・・分かった。よろしく頼む」
フレムさんは一歩前へ踏み出す決断を下した様だ。
そうと決まればやる事がある。
「この工房の物はもう使いませんよね?」
そう言うや、俺は工房全体に濃厚な闇属性魔力を広げて行く。
これは最近分かったことだが物体を指定する場合、基礎魔力よりも闇属性魔力の方が向いているらしい。
俺から溢れた闇属性魔力は工房全体を満たし、フレムさんは闇の霧に包まれた様な状態になる。
収納の腕輪さん、よろしくお願いします。
“ブワッ”
闇の霧が晴れたとき、そこにはなにもない部屋の床に座るフレムさんの姿が。
「お店の方も片しておきますね、生活空間は明日の朝でいいでしょう。ではまた明日」
俺はそれだけを告げると、突然の事態に呆然とするフレムさんを工房だった部屋に残し、その場を後にするのでした。
―――――――――――
「クックックッ、奥さんもそろそろ素直になれよ、その熟れきった身体は俺たち無しでは要られないってな。そうしたらもっと可愛がってやるぜ、既に旦那のモノじゃ満足出来なくなってるんだろう?」
男は嫌らしく歪んだ笑みを浮かべ、女の髪を弄ぶ。女はそんな男に憎悪の眼差しを向けるも、それすらも男にとっては愉悦に過ぎない。
男は知っているのだ、この女が決して逆らわないという事を。
「奥さん、忘れてはいないよな?あんたの旦那、チビドワーフの命は俺たちの気持ち次第だという事を。いいんだぜ、別に。あんたが素直にならないんならそれでもよ。
でもそうなったらあんたの旦那はどうなるのかね?俺が良くても他の連中がどう思うか。
ま、精々良く考えるんだな」
男は見下すような侮蔑の視線を向けながら、“後でまた楽しませて貰うよ”と言って部屋を出て行くのであった。
明かりの無い薄暗い部屋に残された女性。彼女はこれ迄の人生を振り返る。
生まれ故郷を普人族に追われ、旅から旅への根なし草の日々。そんな生活に疲れ果て、辿り着いたエルセルの街。
荒みきった自分に光と温もりを教えてくれたのがフレムだった。
彼は何も言わなかった。ただ温かいスープと寝床を与え、“俺は仕事がある、後は好きにしろ”と言って工房に籠る、そんな不器用な男だった。
只生きる為に男に媚を売る自分にとって、彼はとても眩しく、とても新鮮であった。
最初に迫ったのは自分から、以来私はゾイル工房の看板妻として働き、影に日向にフレムの事を支えて来た。私にとってフレムは全て、彼が幸せであるのなら他の事はどうでも良かった。
“私は森の風の里の者の縁者です。少々気になった事がありましたので、差し出がましいとは思いましたがお声を掛けさせていただきました”
その子供はフレムが連れて来たお客様であった。年の割には物腰や話し方が妙に確りとした、とても大人びた少年。彼が私にした忠告は、里の者しか知らない言葉。私の秘密を知っている者しか出来ない助言。
「結局は生かす事も出来なかったのよね」
“その容姿は余計な虫を呼ぶ”
彼の言う通りになってしまった現実。本当は今すぐにでも死んでしまいたい、でもそれはフレムの命すら奪ってしまう行為。私が奴らの興味を引く限りフレムに手出しする事はない、今の私にはその言葉に縋るしか術はない。
“ギリッ”
握る拳に力を込めて奥歯をグッと噛み締める。私は負けない、愛するフレムを守る為ならどんな屈辱だろうと耐えてみせる。
女は薄く光が漏れる扉を睨み付け、決意を新たにするのであった。
「・・・って無理だわ~、重いわ~、重過ぎるわ~。
俺って只の村人よ?マルセル村のケビン君十二歳よ?これから授けの儀を受けるお子様よ?
もうね、人生の展望に一切の希望が持てないって言うね。世の中怖過ぎ、碌なもんじゃない」
暗がりから響く声、それは心底呆れた様な声音で言葉を紡ぐ。
「知ってます?今回の事件の原因。理由は二つ、一つはフレムさんの打ち上げた魔鉄製の剣鉈。この情報がどうやって漏れたのかは分かりませんが、フレムさんがもの凄い剣を作り上げた事はバレバレだったみたいですよ?これは想像ですが、工房の何処かに魔道具なりなんなりが仕掛けられていたのかも知れませんね。
フレムさんの存在は、この街周辺の鍛冶を取り仕切る二大工房にとっては邪魔以外の何者でもなかったでしょうから。
もう一つがセシルさん、あなたですね。この街の男にとって、あなたは美味しそうな熟れた果実だったそうですよ。
今は盗賊の男どもが楽しんでいる様ですが、セシルさんの調教が終わり次第有力者の玩具になる予定みたいです」
自分以外誰もいないはずの部屋、その中で語られる事態の全容。女性は混乱する頭を振り、声がする暗がりにじっと視線を向ける。
「あ、俺がどうしてこんな事を知ってるのかって話ですけど、酒を飲んで調子の良くなった盗賊どもがベラベラ喋ってくれたからですね。
世の中には便利なお薬がありましてね、お酒に混ぜて服用する事で気分が良くなって聞かれた事を素直に話してくれるなんて代物もあったり無かったり?
まぁ、そんな方々も気持ち良さ気にお休みになられているんですけどねってどうなさいました?
あ、ご挨拶がまだでしたね」
その人物は薄暗い部屋の中で姿勢を正すと胸に拳をあて、親指と小指を立ててから口を開く。
「私はマルセル村のソル、ケビンと申します。セシル・ゾイルさん、あなたをお迎えに参りました」
ソル、それはエルフ族に伝わる太陽の戦士の称号。暗闇の彼はそう告げると、ゆっくりと頭を下げるのでした。
――――――――――――――
「はい、それじゃ先ずお着替えからですね、これからセシルさんには男性冒険者に変装して頂きます。名前はそうですね、セージさんで良いでしょう。
幸いここには変装に必要な装備が沢山ありますから、体型にあった物を選んでください。男性冒険者ですからね、その胸の二子山は禁止ですよ」
俺はそうセシルさんを促し、男性冒険者セージへの変装をさせるのでした。
「はい、それではこれからセージさんには“旅の揺り籠亭”で部屋を借りて宿泊して貰います。お金は先程渡した小袋に入ってますからなくさないで下さい。
それと宿に着いたらそのフードは外して下さい、そのフードには相手から認識しづらくなる様な効果があります、下手したら受付けして貰えないかも知れませんからね。
セシルさんとしては今すぐにでもフレムさんの所に行きたいでしょうが、それがフレムさんを危険に晒す事になるという事を理解してください」
俺の言葉に暗い顔になる男性冒険者セージさん、でも今は我慢の時、堪えて貰います。
「明日の朝は朝食を取ったら出発します。私達は部屋で食事を取りますので準備が終わり次第受付け前の長椅子で待っていてください。
私はこの後仕上げをしないと行けないので先に行って下さい、決して宿に着くまでフードは取らない様に」
俺はそこまで言うと、セージさんを夜の喧騒漂う街へと送り出すのでした。
さて、行きましたね。セシルさんには詳しく言わなかったけど、これって結構なヤバヤバ案件なんだよな~。
という訳でいっちょ派手に行きますか~。
俺は先程セシルさんが囚われていた部屋に戻ると、収納の腕輪から魔獣さん向け特製ソースの入った甕(素材は粗大ごみの方々から頂きました)を取り出してベッドの上にバシャバシャと振り掛けます。その際柄杓を使って壁に向かって飛ばす事も忘れません。
次に魔力の触腕で以ってベッドごとぐしゃぐしゃと。うん、魔獣による惨殺現場の出来上がりですね。
次いでとばかりに部屋の扉も潰しておきます。いや~、魔獣被害って怖いな~。
エルセルの街を襲う魔獣の脅威、眠れぬ夜の始まりだ~!
”ブワッ”
広がる濃厚な闇属性魔力、その中心で少年はニヤリと悪戯な笑みを浮かべるのでした。
本日二話目です。
ゴールデンウイーク終了~。
明日からまたいつもの日常が始まります。お休みしていた人は心と身体の切り替えを、サービス業の方たちはようやく一休み。
どっちにしても後一日、今日も頑張って行きましょう。
行ってらっしゃい。
by@aozora