「ふむ、やはり素晴らしい品だな」
それは一見武骨な剣鉈、しかし見る者の心を惹き付けて止まない逸品。
「鑑定してみないと分からないが恐らくは魔剣、この剣にどんな効果が宿っているのか、明日の鑑定が楽しみで仕方がないな」
それは全くの偶然だった。店の者が食堂で偶々耳にしたこんな言葉、“街外れのドワーフが魔鉄で剣鉈を打ったらしい”
人の口に門は付けれない。情報の出所はドワーフが剣鉈の
“やはり魔鉄は扱いが難しかったよ”
長年懇意にしている道具屋の主人に気を許していたドワーフがポロッと溢した言葉は、店の小僧を通じて他所に漏れる事となる。
それは巡り巡ってとある男の欲望を爆発させる。
美しく魅力的な女を妻とし、どんな妨害にもめげず鍛冶を続ける目障りなドワーフ。そんな邪魔者が魔鉄を手に入れ最高の剣鉈を打ち上げた!?
許せなかった、全てを壊し、全てを奪ってやりたかった。女も仕事も奴の作り上げた剣鉈も、その全てを。
「しかし奴も馬鹿な男だ、いくら職人の矜持とは言えお貴族様の話しを蹴るとは」
男はこの周辺地域を代表する二大鍛冶工房の一つ、ビスク工房を率いる代表であった。彼には野望があった、彼の夢は領都、王都に店を構える大工房の主になる事。
”噂の剣鉈を手に入れろ”
その後ろ盾になりそうな貴族からの依頼は、男の野望を叶える為の布石。何故なら件の貴族に魔鉄製の剣鉈の話しを吹き込んだのも、この男であったからに他ならなかった。
「しかし奴が魔剣を打ち上げていたとはな、奴の腕を潰したのは勿体無かったか?
彼奴の女を囮に飼い殺しって手もあったか?
まぁ今更だ、贅沢は言うまい」
男は妖しく光る剣鉈に目をやり歪んだ笑みを浮かべるのであった。
“バキバキバキ”
夜の帳の降りた室内に響く、木材がへし折れる様な音。それは三階建てのこの建物の中から響く異音。
“またあの馬鹿どもが暴れてるのか?”
男は舌打ちをし顔を歪める。
彼には子飼いの無法者がいた。商売は綺麗事だけでは済まない、特に鍛冶工房と言った暴力集団(領兵及び冒険者)を相手にする商いは、こちら側もそれなりの“暴力”を持つ必要があった。始めは自衛の為の力であったのかもしれない、しかし店が大きくなり野望が大きくなれば、それは己の店を守り更に力を蓄えるための手段に変わる。
彼らの仕事は用心棒だけでなく裏の汚れ仕事にまで及ぶようになる。
“女の調教は任せてあるが大丈夫なのか?やり過ぎて前みたいに壊されてしまっては目も当てられんのだが”
偉い奴は金と酒と女が大好きだ。互いに持ちつ持たれつの関係を築く為には、奴の女はもってこいであった。
“中には他人の妻がいいとか、嫌がる女を犯すのがいいとか言う変態もいるからな。貴族って人種は度し難い。精々俺の為に踊って貰うさ”
男の野望は、今着実に前へ進もうとしていた。
“ゾクッ”
全身を襲う悪寒、激しい重圧。男は周囲を見渡すが、部屋の中には何もない。一体何が!?
“ガチャッ、ギィ~~~~ッ”
軋む音を立てゆっくりと開かれた扉。
“ムワァ~”
それと同時に床に広がる漆黒の霧。
“ガチガチガチガチガチガチガチガチッ”
激しく打ち鳴らされる音、それは自らの歯が震え奥歯が奏でる恐怖の調べ。
“フフフフフッ、漸く見つけたぞ、我に相応しい愛剣よ。人々の欲望を掻き立て、その身に闇の魔力を纏いつつある魔剣よ。今宵贄となるべき女は既に手に入れた、今その身に贄の魂を注ぎ入れようぞ。
さぁ、我がもとに参るがいい、新月の今宵こそ再誕の時。
我が手により生まれ変われ、わが愛剣よ”
恐怖により固まる男、彼は目撃する。執務机の上に置かれた剣鉈が浮き上がったかと思うと、音も無く目の前のナニカに向かい飛んで行く様を。
“クックックックッ、アッハッハッハッハ。馴染む、馴染むぞ!その剣身に宿る魔力が、我が魔力と融合し、女の魂を吸い尽くす
貴様こそ我が愛剣、貴様こそ我が武器!”
漆黒のナニカから伸びる黒い靄が剣鉈を包み込む、すると剣鉈は漆黒の魔力の塊となり、巨大な大剣へと姿を変える。
“なんだ、もっと喰らいたいのか?ならば喰らうがいい。”
何かが大剣を振るう、するとその巨大な剣は漆黒の魔力の波となり振るわれた場所にあるあらゆる物を飲み込み消し去ってしまう。天井も、壁も、絵画も。
“ジャラジャラジャラ”
斜めに切り裂かれた金庫から零れ落ちる金貨が、下の階の床に当たって音を立てる。
“ククククッ、アッハッハッハッ、いいぞいいぞいいぞ、馴染む馴染む馴染む。それでこそ我が愛剣、そなたに名を与えよう。そなたは魔剣グラトニュート、全てを飲み込む暴食の魔剣よ、アッハッハッハッ”
男は恐怖した、目の前のナニカに、そしてそのナニカにより姿を変貌させた目の前の魔剣グラトニュートに。
“さて他に何か贄になるモノは・・・”
ナニカの意識が次の獲物を物色し始める、男の恐怖は絶頂に達する。
次の獲物、それは自分自身に他ならない。
“クックックックッ、そんなに怯えずともよい、今宵の我は気分がいい。矮小な人間の命まで取ろうとは思わんよ。ただ魔力は貰って行こう、可愛い我が愛剣グラトニュートが腹を空かせているのでな。それと下の金属類も貰って行こうか、あれらもいいおやつになるだろうからな。
どうだ、我は寛大であろう?アッハッハッハッハッハッ”
“ブオッ”
突如魔剣グラトニュートから伸びる漆黒の闇。その闇は男の全身を包み込む。
男の意識が最後に拾った物、それはナニカが発する笑い声であった。
“カチンッ”
漆黒の黒鞘に戻された封印されし直刀、俺はその直刀を眺め一人呟く。
“黒鴉さん、マジ優秀”と。
終わった~、“深夜のエルセルの街を襲う魔物の恐怖、現れた漆黒の闇、その正体は一体!?”
いや~、今後調査が進んでこの街も大変な騒ぎになるんだろうな~。
だって
それじゃ、
ゴミ処理に行かないのか?行かないよ面倒臭い。この国の民度を考えて見なさい、そんな事をしてたら国が滅びちゃうんだからね。
ただの村人ケビン君の手は短いの、正義の味方はどこかの誰かにお任せなのです。
人々が寝静まる(強制)ビスク工房の建物の中を一人歩く少年ケビン。彼は”命があるだけ感謝してよね”とばかりに、店の金属類を根こそぎ奪う決心をするのでした。(ニヤリ)
――――――――――――――――
夜が明ける。
それは旅立ちの朝。
この街では多くの事があった。ドワーフの里を離れ修業の旅に出て幾星霜、様々な街で様々な経験を積み、この街に工房を開いた。
それは順風とは程遠い船出であった。元からこの地域を牛耳っていた二大工房の圧力、手に入らない材料、その中でくず鉄を集め、
“あの剣鉈には、これまで培った俺の全てが込められていた”
出会いがあった、別れがあった、裏切られた事もあった、罵られる事など数え切れない程あった。それでもこんな俺を信頼してくれる人がいた、心配してくれる人がいた、支えてくれる人がいた。
“雑貨屋の店主には悪い事をしたな、あんなに心配してくれていたのに、俺は酷い暴言を吐いてしまった”
失われた信頼、それは二度と取り戻せないかもしれない。だがそんな自分を鼓舞し、再び歩けと叱咤する者がいる。俺は再び歩きださなければならない。
“それにこんな姿をセシルに見せる訳には行かないからな”
失った愛する人、その悲しみと苦しみを忘れる事など出来ない、どんな形でもいい、必ず探し出して見せる。
フレムは何時か愛する妻が首に掛けてくれた、ビッグクローの鉤爪のペンダントを握り締める。
“これは猟に出る狩人が付ける御守りでね、<あなたの傍に飛んで帰ります>って願いが込められてるの。あなたって鍛冶の事となったらすぐにどこかへ飛んで行ってしまうでしょ?だから確り引き留めておかないと。
ちゃんと私の元に帰って来てね、旦那様❤”
「絶対探して見せるからな」
その為にだったら魔物と呼ばれ様とも構わない。
フレムは奥歯をギリッと噛み締め、己の決心を口にする。
先ずは身体を治し、恩人の依頼を完遂する。そこから先は俺の時間だ。
“コンコンコン”
“フレムさん、お迎えに参りました”
店の入り口からノック音が響き、依頼人であるケビン少年の呼び声が聞こえる。
フレムは左手でカバンを首に掛けると部屋の扉を開け玄関に向かう。
もう二度とここへは戻ってこれないであろうと決意を込めて。
「おはようございますフレムさん、準備の方はよろしいですか?」
玄関扉を開けた先に見えたのは荷馬車に乗る壮年の男性と少女。荷台には貫禄を纏った男性が座り、荷馬車の脇には冒険者風の若者が立っている。
「フレムさんはこれまで色々な街を旅してこられたのでしょうから知っていると思いますが、街の移動には身分証明書が必要です。街民証明書はお持ちになっていますか?」
「あぁ、これになる」
それはここエルセルの街で工房を開いていたことを証明する街民証明書、そこに記されているセシルの名前に苦い顔になるフレム。
「他に忘れ物は無いですね、では後はこちらで仕舞わせてもらいます。
あ、この事は村の皆には内緒にしてますのでくれぐれも秘密と言う事で。
便利な力は要らぬ諍いを呼び込みますから」
ケビン少年は耳元でぼそぼそと囁くと店の奥へと入って行くのでした。
待つこと暫し、その間フレムは自分の工房を眺めていた。
その看板に書かれた“低級魔物用武器専門ゾイル工房”の文字。鉄のインゴットが手に入らず、苦肉の策で付けた店名。
“くず鉄を使った武器など武器と呼べるか!”
“こんなものに命を預けられるか!”
浴びせられた罵声の数々、今はそれすらも懐かしい。
「お待たせしました。では参りましょう。フレムさんは荷台の方に乗って下さい。
セージさん、護衛の方、よろしくお願いします」
ケビン少年に促され荷台に乗り込むフレム。
“ハッ”
馭者の男性の掛け声でカタコト音を立て動き出す荷馬車、離れて行く“低級魔物用武器専門ゾイル工房”の看板。
「フレムさん、どうかなさいましたか?何か忘れものでも」
「あ、いや。店を閉めてしまうのに看板を外していなかったと思ってな。あそこは貸店舗だからいずれ取り外されるとは思うが、家賃は年払いなんだ。今年いっぱいあの看板があると思うと、お客さんに迷惑が掛かると思ってな。
どの道この腕じゃ、お断りするしかなかったんだが」
フレムはそう言い、自分の右腕を見詰め苦笑いを浮かべる。
「う~ん、そうですね、だったら看板は外しておきましょう。立て看板と一緒に店舗の脇にでも置いておけば問題ないでしょう」
そう言うと一人店の前へ走って行くケビン少年。
「「えっ?」」
少年の背中から伸びる幾本もの透明な何か。その何かはスルッと店舗に掲げられた大看板を取り外すと建物脇に降ろし、店舗前に出してあった立て看板と共に片付けてしまうのでした。
「あ、うん。フレムさんとセージさんはケビン君の事を良く知らないと思うから教えておこうかな。ケビン君は突然とんでもない事をするけど、気にしない様に。一々気にしていたら身が持たないから。
どうしても気になる様だったらこの呪文を唱えるといいよ」
「「ケビン君だから仕方がない」」
後にフレムとセージはこの言葉の本当の意味を身をもって知る事になるのだが、今はまだ目の前の現象に、
本日一話目です。