“フゴフゴフゴ”
深い深い森の中、森の住人達は本日の獲物に気分を高揚させる。冬の森は獲物が少ない。ホーンラビットは巣穴に潜り、フォレストウルフも群れで眠りに付く。森にいるのは冬眠に失敗したマッドボアか、フォレストディアーか。
そろそろ自分達も冬籠もりに入らなければならないだろう。
「だ、誰か、助けて、お願い・・・」
取れ立ての獲物は活きがいい。保存食に加工するもよし、内蔵は今夜食べるとして他はどうする?今の時期は肉が傷みにくいとはいえ、生きてる獲物は暫く生かしておいた方がいいだろう。先ずはこのデップリと脂の乗ったオスを頂くとしよう。
“この時期は油断している獲物が多いからな。集落の仲間にはいい土産になるだろう”
集団のリーダーは狩りの成果に口許を緩ませる。
「いや~、この時期でも活動している奴っていたのね。旅人や商隊も油断しているから入れ食い?でも早く冬籠もりに入らないと不味いんじゃないの?食糧事情的に。
これからどんどん寒くなるよ?もしかして今年最後の狩りだったとか?お互い大変だよね~」
森に響く間延びした呑気な声。
狩人達は警戒を強め、肩の獲物を下ろし武器を構える。
“ガサッ”
現れたのは一匹の獣。黒い体毛、シャープな身体、この辺では見ないタイプだがその姿はフォレストウルフに他ならない。
“ゴンッ”
“ドサッ”
聞こえるのは打撃音と何かが倒れる音。振り向けば配下の一体が地面に倒れ伏し、そこに一匹の獲物が立っている。
「いや~、ラッキーラッキー。途中でグラスウルフくらいいるかと思ったんだけど、一匹も見つからなかったんだよね。これで面目も立ったわ。
あ、そっちの子はまだ生きてるじゃん、悪いけど貰って行くよ?
ブラッキー、囮ご苦労さん。皆の所に帰るよ~」
“ズオッ”
目の前の獲物から伸びる何本もの黒い腕、それは倒れた配下とまだ息のある獲物を掴み上げると、悠々と木々の向こうへと去って行く。
あの化け物は一体・・・。
額に流れる冷たい汗。アレに関わってはいけない。
“フゴ、フゴフゴブヒ!”
脅威は去った、自分達は命を長らえた。今年の狩りはこれで仕舞いにしよう。
集団のリーダーは配下のオーク達に指示を出し、獲物を抱えて急ぎ集落へと戻る。冬籠もりの準備をし、暖かな春がやって来る迄の長い眠りに付く為に。
「只今戻りました~。いや~、やっぱりこの時期は森も獲物が少ないですね。草原のグラスウルフも冬眠時期に入ったみたいだし、ホーンラビットなんか姿形も見えないですよ。この調子だと干し肉の値段がかなり高騰してそうですね」
街道沿いの森を掻き分けて姿を現した俺に、ドン引きの顔を向けるマルセル村の一行。
「えっと、皆さん揃って如何なさいました?」
「如何なさいました?じゃないから。シャドーウルフと一緒に“ちょっと失礼します”と言って森に消えたと思ったら何をしているのかな?
ケビン君はいつから危険に飛び込む狩人になってしまったのかな?」
そう言いこちらにジト目を向けるドレイク村長代理、うん、確かに正論です。
でも仕方がないんですよ、グラスウルフがいないんだもん。凄い探したのよ?魔力探知全開で。まさかあれだけ広い草原に一匹もいないだなんて思わんやん。
ちょっとフレムさんの売り込みの関係で魔獣のお肉が必要だったのよ、これは必要経費なのよ。
大変苦しい言い訳になりますが、交渉にはインパクトが大事、こればかりは譲れません。
ケビンプレゼンツ、マグロの解体ショー営業には新鮮なお肉が欠かせないのです。
理不尽な視線に晒されるケビン君でありますが、これは
「お~い、ブラッキー。これ仕舞ってくれる?」
“ウオンッ”
俺が声を掛けると、シャドーウルフのブラッキー(ケイトさん命名)が地面に置かれたオークの元にやって来ます。
“ズブズブズブ”
ブラッキーが横たわるオークの影に前足を添えると、ズブズブと自らの影に沈んで行くオークの亡骸。く~、ブラッキーさん、格好いい!
これって勇者物語に出て来る剣の勇者様のお仲間、影魔法使いジルバと同じ能力なんですよ。ブラッキーさん影移動や影収納が出来ちゃうんですよ、もう最高。
以前父ヘンリーに大森林の魔物の事について聞いた時に、シャドーウルフは厄介だったとか言って影の中から飛び出すって話は聞いていたんですが、まさかこれ程とは。
世のテイマーさんに是非お勧めしたい、シャドーウルフがいればお高いマジックバックは要らないと。
でもまぁあっちは時間停止機能とかもあるんで上位互換ではあるんですけどね。それに収納量自体そこまで多くはないみたいです。オーク換算だと五体分くらい?
ドレイク村長代理のマジックバックは時間停止機能付きで大型倉庫一棟分。
・・・普段使いですかね?
これって多分魔力依存だと思うんですよね、つまり使用者の能力次第?頑張れブラッキー。
「ん。」
ケイトさんはブラッキーの活躍に大変ご満悦、今も頭を撫で撫でなされておられます。こうして互いの信頼を高めて行くのでしょう、いい主従関係が築けそうで何よりです。
「・・・はぁ~、まぁいいでしょう、ケビン君ですし。それでそちらのお嬢さんは一体どうなさったのですか?かなり身なりがよろしい様ですが」
「あ~、こちらはオークたちの獲物ですね。他の方々は既にお亡くなりになられている様でしたが、こちらの方は息があった様なので引き取って参りました。大きな外傷も見られない様ですし、運が良かったんですね」
「えっ、それって大変な事なんじゃ?他の方の遺体はどうしたんですか?ケビン君なら持ち帰る事も可能だったのでは?」
「はっ?何を言ってるんです?そんな危ないマネを俺がする訳無いじゃないですか。
さっきのオークだってブラッキーにオーク達の気を引き付けて貰って、背後から仕留めただけですからね?このお嬢さんと獲物を攫ってすぐに離脱しただけですから。
安全第一、無駄な戦闘はしませんよ?
でもこの身なりならいい所のお嬢さんですかね?面倒事の匂いしかしないんですが。
今夜宿泊予定の村の村長さんにお任せしてって事じゃダメですかね?」
「あ、うん、そうだよね。ケビン君が変な正義感に目覚める訳無かったよね。
いや、その姿勢は正しいよ?冒険者も自分の身を第一に行動するって言うのは鉄則だからね。
そっか~、放置して来ちゃったか~。よし、皆さん、今のケビン君の話は聞かなかったって言う事で。こちらのお嬢さんは・・・ミルガルの教会か診療所にでも丸投げしましょう。幸い気を失っているみたいですし」
「あぁ、これですか?魔力過多症薬の粉末を振り掛けてますから、当面目は覚ましませんよ。森の中で騒がれたくなかったんで、パパッと処理させて頂きました。
でも一晩経ったら目を覚ますと思うんですよね、何で街道に倒れている所を発見したって事にしませんか?
後はミルガルの街の門番さんにお任せって事で。あそこの街の門番さんは腐ってないみたいだし大丈夫じゃないですかね?」
「・・・そうですね、それが一番無難でしょうか。では皆さん口裏を合わせてください。こちらのお嬢さんは森の街道で保護した。我々は何も知らない。良いですね?」
ドレイク村長代理が魔力過多薬の粉末って所でジト目を向けて来ましたが、それが一番無難だったんだから仕方が無いじゃないですか、変な後遺症もないですし。
今後の方針も決まり、マルセル村一行は一路ミルガルの街の一つ前の村、ホドマリ村に向け出発です。
両側を多くの木々に囲まれたオークの森を進むこと暫し、なんかご立派な馬車が横倒しになっていらっしゃるんですけど?家紋とかは付いてないみたいですけど、これって完全に貴族案件ですよね?
こちらのお嬢さん、ホドマリ村に放置しません?
「うん、なんか荒らされてるね。これって後ろから来た商隊とかの護衛に持ち去られた感じかな?冒険者的には問題ない行為なんだけど、見ていてあまり気分のいい物じゃないよね。」
“クンクン、ウオンッ”
ん?どうしたブラッキー?この馬車から変な匂いがする?えっとこの辺?
ブラッキーがカリカリと引っ搔くのはひっくり返った馬車の底の部分。
俺はカバンからナイフを取り出し、魔力を纏わせて引っ掻かれた辺りをスパスパッと切り裂きます。
切り裂いた底板の中から出て来たのは、布に包まれた何か。
“ウオンウオンッ”
ブラッキーが興奮して噛み付こうとするので触腕で抑え込み、取り敢えずその物体は土属性魔力で保存容器を作り蓋をしてカバンに収納。匂いが消えたからかブラッキーも正気に戻った様で、“自分は今何を?”って顔をなさっておられます。
「・・・ドレイク村長代理、なにも見なかったって事にしましょうか。馬車は邪魔なんで脇に避けておきますね」
俺は触腕で馬車を浮かせると、街道の脇に移動。マルセル村一行の荷馬車は一路ホドマリ村に向け出発するのでした。
「すみません、旅の者なのですが、宿屋の場所をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
馭者のザルバさんが村の門番に尋ねると、村の中心に一軒あると教えてくださいました。このホドマリ村はミルガルの街の手前、翌朝の開門の列を目指す旅人が逗留する村と言う事で、宿屋の前には商隊や周辺の村からやって来た様な荷馬車が何台か停車していました。
「すまない、門番の方から聞いて来たのだが、一晩部屋を頼めないだろうか」
「はい、いらっしゃい。生憎四人部屋しか開いてないが、それでよければ泊って行っておくれ。ご覧の通り満室でね」
宿屋の食堂からは多くの旅人が奏でる乾杯の声。無事にここまで辿り着いた事への安堵に、エールの進みも早そうであった。
「いや、そう言う事なら構わない。この時期の野営は流石に堪えたからな、一部屋頼む。
それとオークの森の街道で女性を拾ったんだが、どうしたものかと思ってな。ホドマリ村の村長に取り次ぎを頼めないだろうか」
ザルバさんの言葉に戸惑いを見せる女将さん。荷馬車に休ませていると言うと、直ぐに村長宅迄の案内をしてくれるのでした。
「これはこれは、何やら旅のお方をお救いに成られたとか」
ホドマリ村の村長は何処か含みがありそうな物言いで話を聞いて来ました。
「どうやらオークに襲われた様で馬車が街道沿いに転がっていた。冬場に入りオークも大人しくなっていると思ったんだがな、こちらのお嬢さんもついてない。
我々が通り掛かった時には街道にこのお嬢さんが倒れていた。
はじめは盗賊の罠かと思ったもんだよ、だから村長が警戒する気持ちもよく分かる。本来なら衛兵にでも届ければいいのだろうが、下手にミルガルの門番に届けても我々が疑われると思ってな。
こちらのお嬢さん、どう見ても平民とは思えなくてな。倒れていた馬車も高そうな代物だったからな」
ザルバさんがそう言うとう~んと唸る村長。
「失礼、私は辺境マルセル村の村長代理ドレイク・ブラウンと申します。こちらが村民証に成ります。
まぁ困惑なされるお気持ちはよく分かります。こちらの村にはオークの森の関係上そうした旅人が運び込まれる事も多かった事でしょう。そうした者を一々保護していては村が立ち行かない、私の立場でも同様の事を考えるでしょう。
ですがあのままオークの森に捨て置く事も出来ませんし、私共と致しましてもどうしたものかと。
そこで提案がございます。こちらのお嬢様を一晩だけお預かり願いませんでしょうか?私共も翌朝にはミルガルへ向かいますので、その際に共にミルガルへとお連れ致しましょう。
ただその際にこちらのお嬢様がオークの森で旅の者に救出されたとの書状を頂きたいのです。私共の様な辺境の者の言葉より、ホドマリ村の村長様のお言葉の方がミルガルの衛兵様も信用頂けると思うのですよ」
ドレイク村長代理の言葉に、ホドマリ村村長も同意の頷きを返す。恐らくこちらのお嬢様は高貴なご身分、折角助けたのに難癖をつけられては堪らない。
ドレイク村長代理自身関わりに成りたくないと思うのは同様の理由からでもある。
「分かりました。書状の方はご用意致しましょう。
ここだけの話、こうした事は度々あるのです。私共もオーガではありませんからそれなりに手助けは致しますが、難癖を付けられる事が多いのですよ。
なぜもっと早くに助けなかったなどと仰られましてもね。お貴族様や
ではホドマリ村村長の私の方からミルガルの街へお届け願ったと言った内容の書状と致しましょう、翌朝は宜しくお願い致します」
人命救助は人としては素晴らしい行為、だがその優しさが必ずしも報われるとは限らない。
損害を分かち合う事で被害を最小限に押さえ込む、村を預かる者同士の生き残る為の知恵。
互いに疲れた顔を見合わせる二人の村長に、げんなりした気持ちになる少年ケビンなのでありました。
本日二話目です。
養蜂場は行った事ないけど、養鶏場ならあります。
体育館みたいなところに大量の鶏が放し飼いで飼育されていました。
ニュース映像で見た工場みたいなところで狭いゲージに入れられてただ只管卵を産まされている鶏と元気に暴れまわっている鶏、どっちが幸せなんだろうってちょっと思ったけど、最終的にお肉にされちゃうんだよなと思ったらどっちもどっちだって思ったのを覚えています。
いってらっしゃい。
by@aozora