広いテーブルに並べられた数々の白い皿。色鮮やかな料理が盛られ暖かな湯気を立てるそれは、食欲をそそる旨そうな香りを部屋全体に漂わせる。
“クゥ~ッ”
眠そうな目を擦りながらベッドから起き上がった少女のお腹から聞こえる囁きに、村人ザルバは柔らかな笑みを浮かべる。
「おはようケビン君、ケイト。朝食の準備が出来ている、ドレイク村長代理はいないが食事にしよう」
既に起き上がりカバンの中やポーチの中身を確認していたケビンと未だ寝ぼけ
「「「日々の恵みに感謝を」」」
旨い、何なんだこれ。
お皿はどう見ても白磁器、純白のお皿なんてこの“小鳥の巣箱亭”に来て初めて見たんですけど?庶民の陶器は素焼きか緑色の釉薬が掛かった奴か。基本土色よ、土色。クリーム色掛かった粘土で作られた奴なんて高級品よ?ですんで
文化の違い、都会ってこんなに凄いの?パンなんて白パンよ?酵母で膨らんでフワフワよ?
そりゃ若者帰って来ないって、生活水準天と地じゃん、王都のご令嬢がマルセル村で生活するだけで幽閉扱いにもなりますっての。
あ~、パンプクのスープが旨いわ~、乾いた笑いしか出ないわ~。
このスプーンなんか多分銀食器じゃね?手入れ目茶苦茶大変な奴じゃん。
さっき朝食を運んで来たメイドさんみたいな女給さんも凄く洗練された動きだったし、ここって村人が宿泊して良い様な宿じゃ無いよね?所謂高級ホテルだよね?
モルガン商会本気だわ、今回の会談に商会の命運賭けてるわ~。
辺境の田舎者に対する下にも置かぬ対応に、領都の大商会の本気を感じ、朝から震えの走る少年ケビンなのでありました。
“コンコンコン”
「“失礼します。ケビン様にモルガン商会様よりお迎えの方が参りました”」
朝食を終え、ゆっくりとミランダさんブレンドのハーブティーをいただいていると、廊下からホテルマンの呼び掛けが聞こえて参りました。
本日はいよいよグロリア辺境伯様とのご面会、正直行きたくありませんが、一連の騒動の切っ掛けとして参加せざるを得ないと言うね。
ケイトとザルバさんは今日はオフ日、明日の授けの儀を前にゆっくりと領都観光をなさるとか。超羨ましい。
良いもん良いもん、俺だってな、午後になったら昨日注文した鞘とベルトを貰いに行くんだからな、悔しくなんて無いんだからな!(グスン)
「おはようございます、ケビン君。昨夜はよくお休みになられましたか?」
部屋を出てエントランスホールへ向かうと、そこには昨日ヘンドリック武具店を紹介して下さったモルガン商会の案内人の方がお迎えに来て下さっていました。
うん、何度見てもこのエントランスホールは落ち着かないわ~。やっぱり俺は辺境の村人なんだと改めて思います。
「おはようございます、今日はよろしくお願いします。ところでドレイク村長代理は大丈夫そうでしたか?昨晩も司祭様と交流を持たれておいでだったんでしょ?
ミルガルの街では死にそうになってたんですけど」
「あ~、ドレイク村長代理様は大変だった様ですよ?でも流石に今日の会談に支障を
今朝はギースから渡された酔い止め薬を飲んで気丈に振る舞っておられましたよ。
それにしてもお酒の神様の加護とは凄まじいモノですね。私も多くの酒豪と呼ばれる者たちを見て参りましたが、あれ程楽し気に朝まで飲まれる方を初めて見ました。
お陰で私も寝不足なんですけどね」
そう言いウインクをする案内人さん、あなたも参加させられたんですね、御愁傷様です。
ガタガタと辻馬車が奏でる石畳の走行音を聴きながら、“やっぱり眠くなるよな、これ”と孤独な戦いを続ける事暫し、到着したモルガン商会本店前には既に司祭様をはじめ今回の会談に参加される方々がお待ちになられておりました。
「おはようございます。遅くなってすみませんでした。あの、おれ、いえ、僕、その、あんなに美味しい料理を食べたのは初めてで。
それに宿もとっても綺麗で、勇者物語に出て来たお城みたいで。
その、モルガン商会長様、本当にありがとうございました。僕、一生忘れません!」
そう言い深々と頭を下げる俺氏。そんな俺に優しい笑みを向けるモルガン商会商会長様。
司祭様は昨夜の接待がよほどお気に召したのか朗らかな笑みを浮かべておられます。あれは絶対“今夜のお店はどんな所なんだろう”って事を考えてる顔だな、うん。
そんでギースさん、そんな顔をしない。ドレイク村長代理を見てみなさい、“あ~、今日はそんな感じで行くのね”って顔でスルーしてくれてるじゃないか。これも弱者が生き残る為には必要な事なの!!
「ではメルビン司祭様、こちらの馬車にお乗りください。ドレイク村長代理とケビン君は、ギースと一緒の馬車でお願い出来るかな?」
俺たちはモルガン商会長の指示の下各々の馬車に乗り込みます。これもある種の示威行為、自分は司祭様と共に馬車に乗る程の者であるのだと言う、教会勢力と言う虎の威を借りて自らの権勢をアピールする行為に他なりません。
清廉潔白を謳う司祭様の中にはこうした事を嫌う方もおられますが、そこは遊び人と名高いメルビン司祭様、全く気になさらないどころか“これで今夜のお店は期待出来ますな~”と大喜びです。
ぶれない、全くぶれない、これで私利私欲に走らないってんだから半端ない。突き抜けた遊び人ってスゲー。
これくらいになって初めて神様に加護を戴けるのでしょう、神に認められた男、やっぱりスケールが違います。
“ハッ”
馭者さんの掛け声と共に馬車は走り出す。向かい合わせに座るギースさんとドレイク村長代理、俺はドレイク村長代理の隣に大人しく座り、窓から見える街並みを眺め続けます。
「お~い、ケビン君~。いつまで純朴な少年の演技を続けるのかな?ここには我々三人しかいないんだから普通にしていて良いんだよ?」
ドレイク村長代理が何やら失礼な事を仰ってますが、一体何の事でしょう?
「僕は純朴な村の少年ケビン君ですよ?
最近色々あり過ぎて言葉使いが少々乱れていましたが、元々“僕”って言ってましたからね?
それに辺境の村の子供が領都の様な都会の大商会の商会長様にお会いしたら、緊張で言葉が震えるのは当たり前ですから。誰も不自然だなんて思っていなかったでしょ?」
俺がそう答え小首を傾げると頭を抱えるお二人。どうなさいました?まだ昨夜のお酒が抜けていませんか?これから大事な会談なんですから程々にしてくださいね。
「いや、ケビン君はケビン君なんだなって思っただけだよ。君が商人に興味がないと言うのが残念でならないよ。
それで今日の会談の事なんだが」
「あぁ、予め打ち合わせした通りで良いと思いますよ。グロリア辺境伯様には先ずはビッグワーム農法とビッグワーム干し肉による領民の救済、その実績を示し、広く領内に普及させるべきと訴えます。その上でホーンラビット肉をご試食いただき評価を仰ぎます。
ホーンラビット牧場の件はご試食いただいた後の方が良いでしょう。辺境伯様の疑問に答える形で角無しホーンラビットについてご説明申し上げた方がよろしいかと。こちらから捲し立てるのはお貴族様の誇りを傷付けかねませんからね。
ホーンラビット牧場の話で盛り上がった所で聖水スカーフですかね。
城内の女性にもお配りしている品ですから、すんなり話題に繋がるかと。
但しこれはあくまで予定、順番は拘らないで下さい。辺境伯様側から聖水スカーフの話題を振ってくる可能性は高いでしょうから、その時は臨機応変に対応をお願いします」
俺がそこまで話すと、“ねぇケビン君、やっぱり交渉役代わらない?”と情けない事を仰るドレイク村長代理。
「ホーンラビット牧場は村長代理の夢なんでしょうが。グロリア辺境伯領から冬の餓死者をなくすんでしょ?ここが踏ん張り所なんですから頑張って下さい。
俺は隣で聞かれた事に返事をするだけですから」
「えっ、もしかしてあの純朴少年を続けるのかな?」
「当然じゃないですか、お貴族様の勘気に触れたらどうするんですか。ここにいるのは何もグロリア辺境伯様だけではないんですよ?その家臣の方々にとって、高々辺境の村の子供なんて塵も同じなんです。ちょっとでも変な事を言えばこの首は胴体と離れちゃうんですよ?
いくら立派な御領主様であっても全ての家臣に目が行き届いている訳ではない。その事はドレイク村長代理もよくご存じでしょ?
だったら何も知らない純朴少年でいるしかないじゃないですか。自身の有用性を示して暗殺や毒殺なんて、マルセル村じゃよく聞く話ですからね」
少年ケビンの考え方は一貫していた。“安全第一、命大事に”。
これまで村の運営が順調に行き過ぎていてその事をすっかり忘れていたドレイク村長代理。
魔物の危険、盗賊の危険、貴族の横やり、あの地は決して安全地帯などではない、我々は常に危険に晒され続けているのだと。
ドレイク村長代理は隣に座り呆れ顔をした少年を見る。
彼は我々に生きる糧を与えてくれた、豊かになる道筋を示してくれた、多くの危険から救い、戦う術を与えてくれた。
そんな彼に我々は何を返せたのだろうか。
彼の望み、それはのんびりとした村での暮らし。そんなささやかな願いすら叶えてやれて無いではないか。これから授けの儀を受けようと言う少年に頼り切りになっていて良い訳がないではないか。
「ケビン君、すまなかったね。どうやら私はグロリア辺境伯様との会談と言う大事を前に、自分を見失っていた様だよ。これは私の願い、ケビン君は隣で純朴少年に励んでいてくれ。
ギース、この会談、必ず成功させるぞ。お前にも食べて貰った様に、ホーンラビット牧場の角無しホーンラビットの肉は極上だ。これはこれ迄の食肉と一線を画す商材となるだろう。
但しその危険性も計り知れない、その為の対抗策も既に準備してはあるんだが、これだけでも一騒動の種になりかねない。
ギース、気合い入れていくからな」
「ハッ、そんな事、一々ドレイクに言われるまでもないわ。俺は最前線で商いを行う行商人だぞ?こんな成功が確約されたような話でヘマを踏むかよ。
ケビン君、任せておけ。ここからは俺たち大人の出番だ。この会談、絶対に成功させて見せるからな」
馬車は行く、ガタガタと音を立て、石畳の街道を領主グロリア辺境伯様の居城へ向けて。
車内では二人の大人がこれから行われるグロリア辺境伯様との会談に向け、気炎をあげている。
そんな中二人を焚き付けた少年だけが、“あんまり張り切り過ぎて空回りしなければ良いんだけどな”と、自分のやった事は棚に上げて一人ため息を吐くのでした。
本日一話目です。