「よし、次」
巨大な城門、城を囲む様に巡らされた城壁とお堀。城門前には取引のある商人の馬車や城内に食糧や生活物資を届けに来た荷馬車が並び、関係者専用窓口には城下から登城する役人等の姿が見られる。周辺地域からやって来た貴族などはそちらの関係者窓口に向かい、陳情等に訪れた街や村の者は当然平民の列に並ぶ事となる。
では司祭様はどうかと言えば、各地域に派遣される司祭の扱いは貴族のそれに準じていると言える。彼らは当然の様に関係者窓口に向かい、ストレスフリーで入城を果たしている。
「はい、私は辺境の地マルセル村より参りましたマルセル村村長代理ドレイク・ブラウンと申します。そしてこちらは今回の登城に際し仲立をしていただいたモルガン商会のギース氏になります。この子供はマルセル村の子供、ケビンと申します。
こちらが村民証、そしてこちらが登城許可証となります。どうぞ御確かめください」
俺たち三人は全員馬車を降り、門番様に関係書類を提出して頭を下げる。
身分制度が絶対のこの世の中、城の門番と言えば庶民からすれば雲上人。街門の門番さんなんかよりも地位の高いお方々であり(準貴族)、敬って然るべき立場の方々なのである。
「ふむ、話には聞いている。先に参られたメルビン司祭様と共に御領主様と会談なされると言う話だったな。グロリア辺境伯様は寛大な御方であり、多少の事で煩く仰られる事はない。だからと言って敬う心を忘れて良いと言う訳ではない、その点をよく肝に銘じて接するように、分かったな」
そう言い書類を返してくる門番様、ドレイク村長代理は慇懃に頭を下げ、“ご助言、ありがとうございます”と礼を述べるのでした。
城門から少し進んだ所には多くの馬車を駐める事の出来る広場の様な場所があり、俺たちはその近くで降りると城内に向け歩を進めました。
「失礼します。私はモルガン商会のギースと申します。本日グロリア辺境伯様との面会を予定しておりますマルセル村村長代理ドレイク・ブラウン氏と村の子供ケビン君をお連れしました。
先に我が商会商会長セルジオ・モルガンとミルガルの教会よりメルビン司祭様がお着きになっておられると思います。御取り次ぎをお願い致します」
ギースさんの口上に合わせ頭を下げるドレイク村長代理と俺氏。この間も緊張しおどおどする事は忘れません。
ここで重要なのは慌てない事。行動は一瞬遅らせ緊張している自分を演出、然りとて失礼の無い様に村長代理の一歩後ろに控える従者の様な立ち位置。“私はおまけです!”と言うことを然り気無くアピールします。
何か聞かれたら必ず一回どもる、決してスラスラ答えては行けません。頭を下げるのは九十度まで、それ以上は却って失礼にあたります。
「司祭様のお控えになっているお部屋はこちらになります。後程辺境伯様付きの者が呼びに参りますのでこちらにてお待ち下さい」
案内してくれたお城のメイド様は軽く会釈をすると無言で下がって行きました。
辺境伯家のメイドといえば基本的に貴族の子弟となります。当然平民であるギース氏やドレイク村長代理よりも身分は高く、本来であればこの様に案内する事などあり得ません。
ですがこれも仕事、きちんとした手順で面会申込みを許可されている以上相手が平民であろうと主人たるグロリア辺境伯様の客人、そんな相手を粗略に扱う事は主人の顔に泥を塗るも同然。よってきちんと教育されたメイドは例え相手が平民であろうとも節度を持って接する。
“その家の使用人の態度でその家の様子が分かる”、これはエリザさんの忠臣マイヤーさんのお言葉です。
そうした意味でもグロリア辺境伯様は素晴らしい領主であると言えるでしょう。
“コンコンコン”
「失礼します。モルガン商会ギースです。ドレイク村長代理及びケビン君をお連れしました」
“どうぞ、入って下さい”
“カチャ”
「失礼します。メルビン司祭様、モルガン商会長、お待たせして申し訳ありませんでした。
マルセル村村長代理ドレイク・ブラウン氏と村人ケビン君をお連れいたしました」
入室し頭を下げるギース氏、次いで会釈をするドレイク村長代理、そしてそんな二人の様子に慌て頭を下げる俺氏。これは決まった、結構俺的に高得点です。
「ハハッ、まだ面会迄は時間がありそうです。まぁ皆さんお座りになって下さい。ケビン君もそんなに畏まらなくても結構ですよ?
ここには珍しいお菓子もあります、一ついただいてみては如何ですか?」
司祭様の誘い水に、俺は慌てながらドレイク村長代理の顔を見上げる。
ドレイク村長代理は軽く苦笑いを浮かべながら、コクリと頷きを返す。
俺は司祭様に向き直ると、深々と頭を下げてからテーブルの上のクッキーを一つ摘まみ口に運ぶ。
“!?”
あっんま、何これ、めっさ甘々じゃん!
恐らくはサトウキビかそれに近い何かがあると見た。メイプル系の甘さでこれは無いだろうし、砂糖大根みたいな物だったらもう少しすっきりとした味わいになるはず。と言う事は他国からの輸入品?だったら目茶苦茶高価じゃん、これが教会の司祭様に対する扱いか~。
もうね、この一事だけでお腹一杯、教会もグロリア辺境伯様も超怖い。
メルビン司祭様は俺がそんな事を考えているとは露知らず、悪戯が成功した子供の様に無邪気な笑みを浮かべます。
そんな満面の笑みで“どうですか、これはクッキーと言う食べ物で砂糖と言う調味料を使っているんですよ?とても甘いでしょ?大変貴重な品なんですよ”と仰っておられます。
えっと、はっきり言って甘過ぎです、こんなん砂糖の塊です、黒糖を一気食いしろって言われてるのと変わりません。
ご厚意なのは分かりますが、正直敏感な舌を持つこの年齢の子供には拷問です。普通平民の子供は甘味に慣れてないのよ、ここまでの甘味は刺激が強過ぎるのよ、俺めっちゃ笑顔を作ってるけど全部演技だからね?
これが接待か~。齢十二にして顔で笑って心で泣いての接待を経験するケビン少年なのでありました。
「失礼します。メルビン司祭様、並びにモルガン商会商会長様、マルセル村村長代理ドレイク・ブラウン様、大変長らくお待たせいたしました。グロリア辺境伯様より来賓の間へご案内する様にと申しつかっております。
皆様、お部屋の御移動をお願い致します」
扉を開け、俺たちを別室へと案内するメイド様。恐らくは辺境伯様付きの御方、下手をしなくとも子爵家か男爵家の子弟かと。
その洗練された仕草に、俺の中の“ホーンラビット魂”が最大限の警鐘を鳴らす。ここは既に戦場、一瞬の油断が命取りになりかねない。
俺は周りに分からない様に長い息を吐き、より一層気を引き締める。
“僕は純朴な村の少年ケビン君”、失礼にならない程度に足音を立てて、若干落ち着きなく周りに気を散らして。
「ではこちらのお部屋でお待ち下さい。グロリア辺境伯様は間も無く御見えになられます」
メイド様はそう仰ると一礼をして退室なされました。
これはあれですね、王との謁見方式。わざと焦らす事で自らの威厳を示すって奴ですね。
これが執務室とかだと部屋の来客用テーブルの所に待たせておいてって手もあるんだけど、こっちには司祭様がおられますからね、教会勢力相手にあまり失礼な事は出来ませんし。
で、俺たちは下座で突っ立って待ってれば良いと。洋室の上座と下座ってどうなってるんだろう?お誕生席が偉い人ってのは分かり易くて良いんだけど今回は会談だからな。確か在りし日の記憶では部屋に入って右手が上座じゃなかったかな?
で、ここの造りは奥に暖炉、部屋の真ん中に長テーブルがあり、それを挟む様に左右に席が分かれると。
つまり左手の扉側にいれば取り敢えず問題無いかな?
まぁドレイク村長代理にくっ付いてれば無問題って事で。
“ガチャ”
ノックもなく開かれた扉、つまりはこの城の主人が来たと言う事。
俺たちは一様に扉から入ってくる人物に
「いや、そのままそのまま、頭を上げて欲しい。メルビン司祭殿、久しいの。それとモルガン、本日は骨を折ってくれた様だな、感謝する。それで貴殿が噂のドレイク村長代理だな、話はストールから聞いている。あの辺境の地を改革しようと立ち上がった傑物、貴殿とは一度ゆっくり話をしてみたいと思っていたのだ。
立ち話も何だな、先ずは席に着いてくれ」
北部に魔境フィヨルド山脈を有し、大森林と言う魔物の巣窟を抱え、西に隣国ヨークシャー森林国と接するオーランド王国の要グロリア辺境伯領を支える傑物、マケドニアル・フォン・グロリア辺境伯様。
宰相の責務を後任に任せて引退されたって聞いていたけど、全然老いを感じさせない御仁ですこと。完全に現役で領地運営を取り仕切ってるご様子で御座います。
実務優先、礼節は最低限守るが重要なのはそこではないといったタイプ。美辞麗句にうんざりしているメルビン司祭様とは話が合いそう。
曖昧な事や誤魔化しは通用しないと言った感じかな?今、俺のアドリブ力が試される!!
「お久し振りでございます、グロリア辺境伯様。相も変わらずご壮健のご様子、これも女神様の思し召しと言うもので御座いましょう」
「グロリア辺境伯閣下、お忙しい所御時間を頂きまして誠にありがとう御座います」
「グロリア辺境伯様、お初にお目に掛かります、辺境の地マルセル村村長代理を務めさせていただいております、ドレイク・ブラウンと申します。本日はお忙しい中、御時間を頂きまして誠にありがとう御座います」
本日の主役三人が各々グロリア辺境伯様に挨拶を述べ、辺境伯様に勧められるまま席に着く。暖炉に向かって左手側奥から司祭様、商会長、村長代理、行商人様、俺って順番。お前着座していいのか?仕方ないやん、辺境伯様に勧められたら逆らえんやん。メイド様が椅子を引いて下さったから恐縮しながら着座したわ!
そんで辺境伯様は右手奥にお座りになられると言った感じ、世界が変わってもその辺は同じらしい。
・・・これって転生者が絡んで無いよね?大丈夫だよね?
「さて、早速で悪いがビッグワーム農法と、ビッグワーム干し肉の事について聞かせて欲しい。
ストールの話ではこの事業はこのグロリア辺境伯領を一変させる可能性があるとの事だが」
辺境伯様はドレイク村長代理の方を向き話を促されます。
「はい、発言のお許しありがとう御座います。
まずこのビッグワーム農法ですが、元は食糧の乏しい寒村で如何に食べ物を確保するかと言った切実な問題から生まれたもので御座います。
大元の開発者はそちらに控えておりますマルセル村の少年、ケビンになります。
彼は日々の貧しい暮らしの中、どうしたら肉を腹一杯食べる事が出来るのかと言う事を日々考えていたそうです。ですが彼は子供、当時はまだ八歳、狩りに出て獲物を捕まえる事も出来ません。身近にいて自分の力でも捕まえられる獲物は何か?ネズミ、モグラ、昆虫に至るまであらゆる物を探したそうです。そんな中、村の元冒険者の老人より聞いたのが、“成り立ての貧乏な冒険者はビッグワームの干し肉を食べて飢えをしのぐ”と言う話でした。
辺境伯様がご存知かは分かりませんが、ビッグワームと言う魔物の肉は大変癖のある味、ハッキリ言えば臭くて食べれたモノではありません。普通の村人は例え飢えで食べるに困っていてもその様なモノを食べようとは思わない。
ですが彼は違いました。ビッグワームを飼育し、様々な餌を与え、どうすれば美味しい肉を食べる事が出来るのかを追求した。
その集大成がマルセル村発の“畑のお肉”、ビッグワーム干し肉なのです。
そしてこのビッグワーム干し肉は、我々マルセル村の者にとって嬉しい副産物を生んでくれた。それは彼がビッグワーム飼育用の土の入れ替えをしている時に気が付いた事なのですが、その土が大変良質な肥料になっていたのです。
こうして生まれたものがビッグワーム農法になります。
全ては辺境の地で“美味しい肉を食べたい”と言う少年の思いが生んだ奇跡なのです」
ドレイク村長代理はそこまで言い終えると、こちらに視線を送り優しく微笑まれました。
それにつられる様に周囲から集まる視線。
ドレイク村長代理、勘弁して!?
俺は如何にも訳が分からす焦っていますと言った態度でおどおどした後顔を下げ、心の中で盛大に叫び声を上げるのでした。
本日一話目です。