グロリア辺境伯領領都グルセリア、その中央地グロリア辺境伯家の居城にて領主グロリア辺境伯はある英雄との会談に心震わせていた。
彼はオーランド王国の最果てと呼ばれた寒村で、冬の餓死者ゼロを果たした隠れた英雄であった。
そんな不毛の地においてこれ迄にない新たな農法を開発し、マルセル村の名を領都に轟かせた英傑であった。
更には新たなる産業を興し、不毛の地に希望と未来を呼び込んだ傑物であった。
彼がこのグロリア辺境伯領に齎したビッグワーム農法とビッグワーム干し肉は、飢えに苦しむ領民の救いであった。そしてその功績はここグロリア辺境伯領に留まらない、オーランド王国の、ひいては世界中の飢えで苦しむ人々を救う希望と成り得るのだから。
「ドレイク村長代理、貴殿の言葉、このマケドニアル・フォン・グロリアしかと心に刻み付けたぞ。必ずやビッグワーム農法をこのグロリア辺境伯領に広め、冬の餓死者をなくしてみせると誓おう。
それとホーンラビット牧場であるな、正しい情報の共有と目の届く管理体制。確かに貴殿の言う通り、あの魅力的なホーンラビット肉であればいい加減な情報で飼育を始め“森の悪魔”の惨劇を作り出す愚か者も出るであろう。
その取り締まりや管理体制、その他噴出する問題の洗い出しが必要なものであることは理解した。
これに関しては辺境五箇村での実験飼育とホーンラビット干し肉の出荷を頼みたい。詳細に関しては城内での実務者会議を行ったうえで通達しよう。
そしてそれに伴い貴殿の望んだ周辺五箇村の農業重要地区入りの件についても、追って通達しよう。
最後に聖水布の取り扱いであるな。
メルビン司祭殿、この件に関しては教会側と協議を行うと言う事でよろしいですかな?」
「はい、この聖水布の効果効能は一領地で話しが収まるものでもないでしょう。近いうちに王都、王宮に話しが伝わってもおかしくない、それほどの品。そしてその作製に聖水が使われている事も問題です、教会側の横槍が入るのは必至。
私はこの件を教皇猊下にご報告申し上げ判断を仰ぐべきかと存じます。その際はこのメルビンも名を連ねさせていただきます」
グロリア辺境伯様の質問に教皇様への丸投げ案を提案するメルビン司祭様。情報は生き物、事態は一刻を争う、グロリア辺境伯様はメルビン司祭様の提案を受け入れ、教皇様の裁可を乞う事にしたようです。
王家の女性達から問い合わせが来たら大変ですからね、“聖水布に関しては教皇様にお問い合わせください”、うん、凄いパワーワード。
これで今回の件に関しては一応の決着を見ました。
グロリア辺境伯領最大の難題、冬場の食糧問題に光明が差し笑顔になるグロリア辺境伯様。
“聖水布”と言う難題を王都の教皇様に擦り付ける事に成功し、“これだけの大仕事をしたからには今夜のお店は期待できますぞ”と夜の御接待に胸躍らせるメルビン司祭様。
今後生産量が確実に増えるであろうビッグワーム農法による野菜とビッグワーム干し肉、マルセル村周辺五箇村から出荷されるであろう“角無しホーンラビット肉”、領内ばかりか王都まで販路を広げそうな勢いの“聖水布”。
その全てに初期の段階から参加し、販路に絡む事が出来る。そこから得られるであろう莫大な利益、更に言えば厄介事は辺境伯様と司祭様に丸投げ、今回一番おいしい思いをしているであろうことは間違いないモルガン商会商会長様。
三者三様の大満足な笑顔。
そして何気にマルセル村周辺五箇村の農業重要地区入りと言う当初の望みに加え、マルセル一族の平和的手段による完全排除に道筋を立てたドレイク村長代理。
今回一番損をし利益よりも信念を取った高潔の人と言った印象で、この来賓の間にいるお城の関係者の皆様から尊敬の眼差しを集めておられますが、皆さん騙されてますからね?この御方、最初からこの形に落とす為に深遠なる計画を実行していただけですからね?
おそらくですが、俺がビッグワーム農法について提案した頃から計画案はあったんじゃないのかな?じゃないと周辺の村に農業重要地区入りの話が通っていた事の説明が付かない。そしてそれを実行に移そうと決心したのはマイケル君を追い出す前、俺がホーンラビットの村内飼育の許可を貰いに行った頃。
って事は大体四年くらい前から考えてたって事になるのか、凄いなドレイク村長代理。自らを悪役にして村の冬場の餓死者をゼロにした手腕は伊達じゃない。
これ程の英傑を置き去りにして冒険に旅立ったシンディー・マルセル現村長、そして父親を蔑ろにし続けたマイケル・マルセル次期村長候補。
あなた方が顧みず手放した男はもの凄い英雄だったんですよ?おそらくその事に気が付く事は一生ないと思いますが、本当に捨てられたのはどっちだったんでしょうね?
俺は腕の中に抱く角無しホーンラビットをギュッと抱き締め、歴史的瞬間に立ち会っているこの状況に身を震わせるのでした。
「失礼いたします。辺境伯閣下、パトリシアお嬢様が司祭様にご挨拶にお見えになっておりますが、いかがいたしましょうか?」
それはグロリア辺境伯様の背後に常に控えていた執事様から掛けられたお言葉でした。と言うか執事様そこから動いてないよね?誰も執事様に近付いてないよね?
何でそのパトリシアお嬢様がやって来たって事が分かったの?ハンドサインとか送ってなかったよね?目配せだけで分かっちゃうの?使用人同士は通じ合っちゃうの?
大貴族家ってお貴族様から使用人の一人一人に至るまで、マジで半端ないです。
「うむ、メルビン司祭殿、構わぬかな?
パトリシアと言うのは隣領であるジョルジュ伯爵家に嫁いだ三女の娘で、私の孫にあたる者なのだが、ここグルセリアに来る途上魔物に襲われ相当に怖い思いをしたようなのでな。司祭殿より是非祝福を頂きたいのだが」
「それはそれは大変な思いを。このメルビンでよろしければお力にならせていただきます、どうぞお連れになって下さい」
司祭様の言葉に辺境伯様が執事様に目配せをします。すると来賓の間の扉が開き、美しい貴族の御令嬢がご入室になられました。
「司祭様、はじめてお目に掛ります。私はバウゼン・ジョルジュ伯爵が長女、パトリシア・ジョルジュと申します。以後お見知りおきいただきますようお願い申し上げます」
パトリシアお嬢様はメルビン司祭様にご挨拶申し上げると、サッと見事なカーテシーを決めるのでした。このカーテシーと言う姿勢、かなり下半身に来るそうです。ご挨拶する相手が上位の身分の方の場合、結構長い時間この姿勢を維持しなければならず、貴族の子女は皆教育係からこうした礼儀作法についてスパルタ教育を受けるのだそうです。(マイヤーさん情報)
「はい、はじめまして。私はメルビンと申します。先程グロリア辺境伯様からお伺いいたしましたが大変な事故に見舞われたとか。お怪我などはなさりませんでしたでしょうか?」
司祭様は務めてその詳細には触れず、お嬢様の事を気遣っておいででございました。
「ご心配いただきありがとうございます。私自身は女神様のお慈悲によりこれと言った怪我も無く、大きな後遺症を患う事もありませんでした。ただ供回りの者は・・・」
そう言うと俯き言葉を詰まらせるお嬢様、そんな彼女に慈愛の籠った目を向ける司祭様。
「パトリシア様、心お優しいあなた様は儚くなられたお方々を思いお心を痛められているのですね。
この世界は厳しく魔物の驚異は全ての人々に等しく訪れる厄災、その事でご自身をお責めになられないでください。
亡くなられた方々も、残されたあなた様が悲しみに暮れ日々を過ごされる事を望んではおられません。残された者は旅立たれた方の分まで人生を楽しむ義務があるのです。そして何れお会いになられた時、多くの楽しいお話をしてあげて下さい」
そう言い柔らかく微笑まれる司祭様、流石“人生楽しくハッピー”をモットーとするお方は説法も揺るがない。要約すれば“生きててラッキーじゃん。人生楽しめ♪”しか言ってないって言うね。
こう言う一本筋の通った大人って格好いいわ~。加護持ちの遊び人ってスゲー。
「
司祭様はそう仰るとお嬢様の顔の前に手をかざし、何やら呪文の様なものを唱えられます。
するとお嬢様の身体が淡く光り、周りの方々がそんな司祭様に祈りを捧げるのでした。
「メルビン司祭殿、孫のパトリシアの為に祝福を与えて下さって感謝する。パトリシア、司祭殿にお礼を」
「はい、司祭様、
「いえ、これは全て女神様の御慈悲。感謝のお言葉はありがたくいただきますが、その思いは女神様に」
司祭様はそう仰ると優し気に微笑まれるのでした。って言うかあの笑顔営業スマイルだよね?いっつも何かやった後にあの顔をするよね?既に職人芸?司祭様って仕事も大変だな~。
あ、お嬢様がこちらの方をご覧になられた。って言うかあの顔って角無しホーンラビットをロックオンしているよね?駄目だからね、これこんなんだけど魔物だから、お触りはご遠慮ください!
「あの、お祖父様?あちらの可愛らしい生き物は一体どう言ったモノなのでしょうか?」
「おぉ、あれはな、我がグロリア辺境伯領の新な特産品となる可能性のあるホーンラビットだよ」
「えっ、あの、ホーンラビットと言えば大変危険な魔物とお伺いしているのですが」
グロリア辺境伯様とこちらの方を何度もキョロキョロするお嬢様、そりゃそうなるよね、さっきから俺有名な危険生物を抱き締めてますし?
「あの、お祖父様?」
「あ、うん、まぁそうじゃな。ドレイク村長代理、宜しいかな?」
ドレイク村長代理に話を振るグロリア辺境伯様。いや、だから駄目だって、執事様がめっちゃ睨んでるじゃん。
騎士様、メイド様、お嬢様をお止めして!?
言い淀んでいるドレイク村長代理を他所に、ゆっくりとこちらに近付いてくるお嬢様。
「失礼致します。パトリシアお嬢様、頼まれました品をお持ち致しました」
不意に掛けられたメイド様のお声、お嬢様は“そうでした”とばかりにメイド様の方へ向かいます。
”ヤバかったわ~”、心の中でホッと息を吐く俺氏。
「お祖父様、昨日はお話出来なかったのですが、私が魔物に襲われ街道で倒れていたところをお救いになって下さった旅の方々が、こちらの品を鑑定士にみていただく様にご助言下さいました。
こちらの品は襲われた馬車の中に入っていた物との事でした」
そう言いお嬢様が布地の包みから取り出されたのは見覚えのある陶器の箱。
・・・駄目じゃん、それ開けないで~!!
俺は急ぎ手元の角無しホーンラビットを檻の中に“バタバタバタバタッ”って遅かったか。
すまん、食材、後で美味しくいただいてやるからな。
“ゴキッ”
「「「・・・・・・」」」
来賓の間に響く骨を砕く音。
急に暴れ出したホーンラビットに警戒の視線を送っていた使用人様方は、俺の腕の中で力無くだらりとぶら下がるホーンラビットの姿に言葉を失い黙り込む。
俺は物言わぬホーンラビットを檻の中に入れ、何事も無かったような顔をして元の席に「「「イヤイヤイヤ、何しれっと席に着いてるの!?」」」・・・駄目だった様です。
本日一話目です。