領都グルセリアに朝日が昇る。
冬の静かな街は、陽の光と共に動き出した人々により、賑やかな喧騒に包まれた活気ある昼間の顔へと変わって行く。
窓辺からカーテン越しに差し込む明るさに心地よい眠りから目覚めた俺は、温かな楽園から抜け出し顔を洗いに洗面台へと向かう。
領都の老舗の宿“小鳥の巣箱亭”、各部屋に排水設備が整っております。更に言えばバストイレ完備、お湯は魔石方式の給湯器が用意されており、宿泊とは別料金になりますがご利用いただけるとの事。
ホテルマン曰く“料金はモルガン商会様より頂いておりますので何時でもお申し付けください”との事。・・・使えるかそんなもん!どれ程の料金が掛かるのさ、少なくとも大銀貨だよね?大金だよね?無理無理無理!!
用意された手拭い等は自由に使っていいらしく、“魔法使いの方などはご自分で湯を汲まれたりなさいます”とのお言葉を頂いたので、ケイトにせがまれ湯を張ってこの人生初の湯舟を堪能いたしました。
いや~、いいわ~。ゆったり入るお風呂最高。魔力球の中での丸洗いと違って何と言うか疲れがじわじわ抜けていく感じ。
これはあれだね、入浴剤も欲しいよね。
俺はカバンの中から乾燥させた癒し草を取り出し魔力球の中にポイ、その中に熱湯を注いで待つこと暫し、よ~く成分が染み出した熱湯を湯船にドバドバと注ぎ入れました。
浴室全体に広がる癒し草の落ち着いた香り、何か身も心も癒される。でもこれってローポーションのお風呂に浸かってる様なもんなんじゃないんだろうか?癒し草の煮出した物に俺が出したお湯って温める為に魔力注いでるから魔力水になってるはずだし。
・・・あまり考えない様にしよう、今はこの心地よさを楽しもう。
その後ケイトと共に入浴なさったザルバさんにエライ驚かれたのはいい思い出です。
なんか身体中の疲れが取れたらしいですよ。(冷や汗)
ん?ドレイク村長代理はどうしたのか?それがですね~、領都観光から帰って来たザルバさん親子と剣の鞘を取りに行って戻ってきた私、それと熟睡から目覚められたドレイク村長代理で早めの夕食をいただいてる時だったんですけどね。
“コンコンコン”
「“失礼いたします、お城よりグロリア辺境伯様のご使者様が参られております”」
“ガチャ”
「お食事中失礼いたします。マルセル村村長代理ドレイク・ブラウン様、グロリア辺境伯様よりお食事のお誘いがございます。つきましてはこのまま城の方へとお越しいただけないでしょうか?」
昼間グロリア辺境伯様との会談の際、常に辺境伯様の背後に控えておられた執事様がですね~。
憐れドレイク村長代理、そのまま執事様にドナドナされてしまいました。帰って来たら胃薬を差し上げよう。
そう思っていたんですけどね~。ドレイク村長代理、昨夜はお戻りになられませんでした。(合掌)
自分、本日人生の一大イベント“授けの儀”がございますんで見逃していただけた模様。執事様が去り際に“ケビン様でしたらいつお越しになられましても歓迎させていただきます”
こうして尊い犠牲の元本日を迎えた私達、付き添いはザルバさんが務めて下さいますので、ドレイク村長代理は心置きなく職務に励まれて下さい。
「おはようございます。本日は授けの儀、おめでとうございます。領都大聖堂までお送りさせていただきます、どうぞこちらへ」
エントランスホールにお迎えに来て下さったのは、モルガン商会の案内人のお方。何かマルセル村担当に就任なさったのかな?お忙しいでしょうに申し訳ない。
えっ?こっちに逃げられてラッキー?今商会は蜂の巣を
アハハハ、一体何があったんでしょうね~。
大人の世界は大変な様です。
“ガタガタガタガタ”
石畳の街道を進む辻馬車は領都の冬の街並みを置き去りにして、一路大聖堂を目指し走り抜ける。
遠くに見えていた教会の屋根がどんどんと大きくなるにしたがって、街道を歩く親子連れの姿が目に付く様になってきた。
ある少年は母親の顔を見上げ“僕は立派な剣士になるんだ”と力瘤を作り、ある少女は父親に向かい“私は聖女様の職を授かって王都の学園に通うのよ”と夢を語る。
授けの儀、それはこの世界に生まれた人々に女神様がお与えになられた祝福。授かる職業次第で一発逆転を狙える人生最大のギャンブル。
スラム街の少年が聖騎士の職を授かり騎士の位にまで上り詰めた様に、商家の娘が聖女の職を授かり貴族の側室に迎え入れられた様に。
ある者は武器を扱う力を手に入れて、ある者は魔法の奇跡を身に付けて、ある者は癒しの力を、またある者は物を作り出す才能を。
これまで考えられなかった物語の様な人生が幕を開ける、それが授けの儀。
「では
案内人さんとはここで一旦お別れ、授けの儀が終わり俺たちが戻って来る迄こちらで待機なさっているそうです。
・・・サボりだな、うん。大義名分もあり堂々とサボれる上、授けの儀を受けに来たお上りさんや親子連れ目当ての屋台が色々と。要は年に四回開かれるお祭りみたいなものですからね、楽しまないと。
中には一喜一憂する子供達の顔を見るのが好きって言う物好きもチラホラ?犯罪防止に領兵さんも出動って大変だなおい。
「ケビン君、あまりキョロキョロしていると迷子になっちゃうよ?早く受付けを済ませてしまおう。
と言うかケビン君にもそう言う子供っぽい所があったんだね、普通なら叱るところだけどホッとしてしまうのは何故なんだろうね?」
何か返答に困るお言葉、取り敢えず笑っておけばいいと思いますよ。
受付けでシスター様にマルセル村のケビンとケイトとして登録、ザルバさんとはここで一旦お別れです。
因みに授けの儀と旅立ちの儀は国家戦略の一環なので無料でございます。費用は国費から出ているんですね、各地域の教会にとってはかなりありがたい稼ぎになっているんだそうです。(メルビン司祭様情報)
「では次の子供達は女神様の像の前にお座り下さい」
シスター様方に促され大聖堂の中に入ること暫し、漸く俺たちの番になった様です。
ケイトは事前に魔力過多症薬を服用の上魔力の漏れを一般の街の子供と同程度になるように調整済み、俺は魔力の腕輪さんに頼んで調整してあります。ですのでさっきからサーチアイを仕掛けているシスター様や司祭様方には一切気取られておりません。
やってて良かった魔力操作訓練、でも客観的にシスター様方の様子を見ているとめっちゃ怖いです。あのまま目からレーザーでも出るんじゃないんだろうか?
俺たちは女神様の像の前に移動して膝を突き、両手を組んで祈りを捧げます。どうやら一度に二十人近い子供達に儀式を行う様です。
「“日々私達を見守ってくださる女神様に感謝を、皆に女神様の慈悲が訪れん事を”」
・・・祝詞めっちゃ簡単なんですけど?えっと何か大変なお仕事なんじゃないの?お貴族様なんてかなりの浄財を積まれるって聞いたんですけど?(メルビン司祭様情報)
司祭様の祝詞の簡易さ加減に驚きつつ、“人数が多いもんな”と何処か納得する自分。いや、実際これだけの人数相手に一々丁寧な祝詞を上げてたら一日じゃ終わらないからね?神聖さより実益、実に庶民らしい。
つらつらと下らない事を考えながら祈りを捧げる事暫し、シスター様から交代のお声が中々掛からないんですけど?それにさっきからやけに静かな様な、一体どうなっているんだろうか?
俺は恐る恐る目を開けてみる・・・オホンッ。仕切り直して目を瞑り、もう一度ゆっくりと目を開ける。
ふかふかの絨毯、良く手入れのされた飴色の執務机、簡素でありながら品の良い調度品の数々。
・・・何処ですか、ここ?
“もう、なんだって私の所に仕事を振るのよ、今大事なプロジェクトを抱えてるって分かってる筈じゃない。これってあれ?前に異世界人が言ってたって言うパワハラって奴?
う~わ、嫉妬によるパワハラなんて最悪じゃない、悔しかったら改善提案の一つでも上げてみなさいっての。伝統が~ってあんたの頭が石化してるだけじゃない、状態異常薬でも飲んだらって言いたいわ”
背後の部屋の扉が音もなく開き、大量の資料を抱えたおそらくは女性が、前も見えない状態で入室して来られました。
“よいしょっと、大体現地調査の資料作成を現場に赴いていない私にやらせる事のおかしさが何で分からないかな?それってこれから調査に行けって事なのかしら?だったら今抱えている仕事を丸投げするわよ?あの馬鹿上司ポヤポヤっとした雰囲気を醸し出しながら嫉妬深いって、二面性も良いところでしょうが”
そのお方はぶつぶつ文句を仰られながら席に着くと、ご自分の仕事を開始なされるのでした。
頭に直接響く様なこのお声、神聖さの欠片もない俗な物言い。何か物凄い既視感を感じるんですけど?
いや、そんな事はないと思いたい、でもこの状況はな~。
俺は現状を把握する為、恐る恐る目の前の女性にお声掛けをさせていただくのでした。
「あの、よろしいでしょうか?」
俺から掛けられた声に一度キョロキョロ辺りを見回すも、気のせいかな?と再び執務に戻る女性。
「あの~、ミルガルの教会で飲んだくれていた上に地上の人間に仕事の愚痴と相談を行った、“あ、この話って上司にばれたらヤバくね?”ってお方様、ちょっとよろしいでしょうか?」
“バタバタバタバタ”
あ、動揺して書類をひっくり返した。でもこれで気が付いたかな?
金色に輝く美しい髪を1つに束ね、彫像の様な完璧な美貌を持たれた目の下に隈を作ったお方様。
「どうも、お久し振りでございます“あなた様”。再びお会い出来るのは二~三十年は先の話とお伺いしておりましたが、この様な形でお会い出来るとは思いもしませんでした。
ところで一つお伺いしたいのですが、ここは一体どこで私は一体どうなってしまったのでしょうか?」
俺の素朴な疑問に“えっ?はっ?えっ?何で少年が!?”と大混乱に陥る“あなた様”。
どうやら現在の事態は突発的な事故か何かの様です。
ってこれって前にピタパン売りの屋台のお姉様からお伺いしたあれだよな~、俺只の村人なんだけどな~。
大聖堂で祈りを捧げていたはずの自分、現在の状況、そして目の前で狼狽する“あなた様”。
そこから導き出される一つの結論。
やっぱり昨日ドレイク村長代理を笑顔でお見送りしたのが悪かったんだろうか。
日頃の己の行動を省みて反省する、ケビン少年なのでありました。(現実逃避とも言う)
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora