“コンコンコン”
「失礼いたします。マルセル村村長代理ドレイク・ブラウン氏、マルセル村少年ケビン氏の両名をお連れいたしました」
“どうぞ、お入りになって下さい”
入室許可の声に扉が開かれ、執事さんの案内のもと部屋へと歩を進めるドレイク村長代理と俺氏。
・・・シンディー村長の御屋敷、執事さんがおられました。
流石にいくら有名な金級冒険者とは言え平民ですから貴族子弟の様な御方が執事をなさっている事もないでしょうが、ちゃんとした執事様です。所作もお城の御方程ではないものの、きちんとしていらっしゃる。
こちらの御屋敷には様々な事情を抱えた村人がやって来る為か変に威張ったり見下したりする様なところも見られない。
“守護者シンディー”、その二つ名は伊達ではないと言った事でしょうか。
御屋敷の中は清掃が行き届いておられ、メイドさんが忙しなくお仕事をしておられました。この時点ですでに貧乏男爵家より上ですな、使用人を多く雇うのって大変ですからね。商家でもここまでの御屋敷を使用人を雇いつつ維持するのってその地区の大商人と呼ばれる部類、最低でもバストール商会レベルじゃないと無理かと、下手すれば子爵家待遇です。
冒険者って言ったらもっと生活に無頓着なものだと思っていたけど、辺境とは言え村長の娘として村人に敬われ大事に育てられたシンディー・マルセル村長、生活水準の維持には惜しみない様です。
マイケル君の“マルセル家の者として”ってセリフは代々引き継がれて来たマルセル一族の思いなんだろうか、ドレイク村長代理の話では初代村長は伯爵家の三男様でいらっしゃったとか。
“いつか貴族に返り咲く”、そんな気持ちもあったんだろうな~。
案内され出迎えられたのは品のいい調度品の並べられた執務室。
・・・執務するの?マルセル村の経営をドレイク村長代理に丸投げしていた御仁が?
「お久し振りでございます、シンディー・マルセル村長様。
マルセル村村長代理ドレイク・ブラウン、この度村の少年ケビンの授けの儀の付き添いとして領都に参りました。無事に授けの儀を終えた事、ご報告申し上げると共に、マルセル村を預かる者としてご挨拶申し上げます」
そう言い慇懃に礼をするドレイク村長代理に、俺も同じく頭を下げる。
「ご苦労でした、ドレイク。マルセル村からの報告は執事のジルバより聞いています。村の野菜の売り上げ、それとビッグワーム干し肉ですか?随分頑張ってくれているようですね」
「はい、麦の生産量も上がりストール監察官様からはお褒めのお言葉を頂いております。
シンディー村長様に置かれましては、グロリア辺境伯領の領民の為日夜御心をお配りのご様子、そのご活躍の様子は村に訪れる行商人や、監察官様からもお伺いしております。シンディー村長こそ我がマルセル村の誇り、その村長を影ながら応援出来る事は、マルセル村の者として大変な喜びでございます」
「フフッ、ありがとう。ですがドレイクもあまり無理をしてはいけませんよ?何か以前よりやつれた様に見えますが?」
えっと、シンディー村長様?今のドレイク村長代理のお姿を見てそれだけですか?目茶苦茶変わったと思うんですけど?
いや、確かにかなりやつれた表情をしてますよ?でもそれってお城で徹夜でお偉い方々と会談していた影響ですからね?それ以前に激ヤセしてるんですが、それについてはスルーですか、そうですか。
以前ドレイク村長代理が“マルセル一族は村長と言う立場の者が必要であっただけでドレイク・ブラウンと言う人間の事など見てはいない”って事を行商人ギース氏に話していた事があったけど、ここまでだったとは。
マジで種馬兼人身御供じゃん、ヨーク村のケイジ村長が言ってた“最果ての人身御供”って侮蔑が事実だったって事じゃん。シンディー・マルセル村長様、冒険者としては素晴らしい御方かもしれないけど、人として好きになれないわ~。
ドレイク村長代理がこれまでどんな思いでマルセル村で村長と言う職務を行って来ていたのか。やるせないと言うか悲しいと言うか、何か胸が痛みます。
「ご心配ありがとうございます。ですがこれも村の発展の為、ひいてはマルセル家の為。
シンディー村長様、その件に付きまして幾つかご報告申し上げたき儀がございますがよろしいでしょうか?」
シンディー村長様は“何の事でしょう?”と言った顔をなされながら、ドレイク村長代理に話しを促しました。
「ありがとうございます。現在マルセル村は周辺地域の各村を含む五箇村による農業重要地区入りを目指し、日々農法の改良と収益の増産を行っております。
この活動はストール総合監察官様を通しグロリア辺境伯様のお耳にも届いており、近々その認可が下りるだろうと言う所まで話が進んでおります。
この農業重要地区に選ばれますと、周辺地域の税率が下がり、住民の暮らしがかなり楽になると言う利点がございます。また、街道の整備や領兵の派遣と言った経済面、安全面での優遇措置を受ける事が出来ます」
「まぁ、それは素晴らしいですね。益々マルセル村が発展すると言う事は、次期村長であるマイケルにとっても喜ばしい事でしょう。ドレイク、よくやりました」
驚きに目を見開きながらも、満面の笑みを浮かべるシンディー村長様。そんな村長に、ドレイク村長代理は話の続きを始めます。
「はい、ありがとうございます。ですがこれは良い事ばかりではありません。これだけの優遇措置のある制度、それなりの制約もございます。まず各村に監察官様が派遣されます。それに伴い村長の権限が委譲され、村の経営権はグロリア辺境伯家に移ります。村は実質的な直轄地となり、村長は所謂代官の役割となる訳です。
その為これまでの様に村長が村の全てを仕切る様な事は出来なくなります。何か事を行う場合は監察官様への報告義務が生じ、村の予算は全て監察官様の監査を受けます。
ようするに村長職は地域の役人と言った立場に変わります。
これまでマルセル家はマルセル村の頂点、村の全てを取り仕切る立場でした。それが失われてしまう、見方を変えればグロリア辺境伯家に全てを取られてしまうと言った考えを持たれてしまうかもしれません」
途端雰囲気の変わるシンディー村長様、お部屋に控える執事さんも何か剣呑な気配を纏い始めます。執事さんってもしかして武闘派ですか?シンディー村長様に仇名す者はすべて排除する的な?
うわ~、これだから冒険者は嫌だわ~。お話は終わってないんですけどね。
「ですがこれは全て布石、マルセル家の悲願を叶える為の一歩だったのです」
「どう言う事ですか?」
ドレイク村長代理の言葉に威圧の籠った声音で応えるシンディー村長様。仮にも元夫に対する話し振りじゃないよな~、やっぱ愛情の欠片も無かったんだろうな~。
ドレイク村長代理はそれでもマルセル村と家族を愛そうと努力したって言うのにね。
「“マルセル一族はあの様な辺境の地で終わる様な一族ではない。いつの日にかその地位を上げ貴族として返り咲く”
これは亡くなられた先代様のお言葉でした。シンディー村長様が辺境伯様からの騎士爵の叙爵打診をお受けになられなかったのも、それが一代騎士の地位であったからではありませんか?」
ドレイク村長代理の言葉に顔をしかめられるシンディー村長様、これだけのご活躍、有能な冒険者を引き込みたいグロリア辺境伯家がただ指を
「確かに騎士と言う地位を賜る事でそれが枷になり自由に各地に赴く事が出来なくなると言う事が、一番の理由であると思います。ですが一代限りではマルセル家の思いには届かない。
私は力のない男です、血を分けた息子に何かを残す事も出来ない弱い存在です。私に出来る事はただお預かりしたマルセル村を引き渡す事だけ、そう思っておりました。
ですがそんな私にも機会が訪れた、ビッグワーム農法がそれでした。
私は悩み考えました、私に何が出来るのかを。
私の力は弱い、だが私には多くの知己があった。モルガン商会商会長セルジオ・モルガン氏、総合監察役に就任なされたストール・ポイゾン監察官様。お二方のご尽力、そしてこれまでの金級冒険者シンディー・マルセル様の実績。
マルセル家はこの度正式な騎士爵家としての叙爵を受ける事となります。これは近々正式な通達としてシンディー村長様の下に齎される事でしょう。一代ではなく継承権のある騎士爵の地位、私にも漸くマイケル様に残す事の出来るものが出来た。
マルセル村を発祥とする騎士爵家の誕生は、マルセル村に未来永劫語り継がれる
無論叙爵によりシンディー・マルセル様の冒険者活動が阻害される事はありません、その地位をその場でマイケル・マルセル様に移譲する手続きを行う手筈は既に整っております。
ですが現在グロリア辺境伯領領内において大きな問題が発生している為、叙爵は春前になるかと。
この事は今後のマイケル様の剣の修行にもより一層の励みとなりましょう。
シンディー・マルセル様、マイケル・マルセル様、誠におめでとうございます」
そう言い慇懃に礼をするドレイク村長代理。そんなドレイク村長代理に感激と言った眼差しを向けるシンディー・マルセル村長。
「ドレイク、顔を上げてください。あなたはそれほどまでに我がマルセル家の事、そして息子マイケルの事を思っていてくれたと言うのに。その事に気付く事も無くあなたの事をどこか下に見ていた私たちを許してください」
「勿体無きお言葉、このドレイクこれまでの全てが報われた思いです。
シンディー様は辺境の地に収まるような小さな人物ではなかった、現に今や“守護神”と呼ばれ多くの民に慕われている。そしてマイケル様もそんな貴方様の血を色濃く引き継いでおられる。マルセル家はこの領都で騎士爵として新しい歴史を刻み始める、私はそのお手伝いを出来ただけで十分です。
心お優しいシンディー様の事、領都で金級冒険者として活動されていた時も残されたマルセル村の村人の事を心配なされておられた事でしょう。ですがこれからはグロリア辺境伯様の後ろ盾がございます、シンディー様におかれましては心の憂いなく思うがまま御働きください。
我らマルセル村の民は、遠く辺境の地よりそのご活躍をお祈りしております」
再び最敬礼を行うドレイク村長代理と俺氏。シンディー様は感激に打ち震えているご様子、執事さんも満足に頷いていらっしゃいます。
・・・うん、やっぱダメだなこの二人、グロリア辺境伯様の所とは雲泥の差だわ。
まぁ平民じゃこの辺が限界なんでしょう、下級貴族の所もこの程度なのかね~、関わり合いになりたくないわ~。
「それともう一つ嬉しいご報告がございます。グロリア辺境伯様がマイケル様叙爵に伴い伴侶となる御方をご紹介いただけるとか。騎士爵たるマイケル様に相応しい女性騎士の方とお伺いしております。シンディー様も多くの騎士様と
大変光栄なお話でございます」
最期に放ったドレイク村長代理の言葉に、“何と有難い”と言った感じで笑みを浮かべるシンディー・マルセル村長。
マイケル君、お母様は大変お喜びの様だよ?
これで外堀はすべて埋まりました。シンディー・マルセル様はこれからも楽しい冒険者ライフを続けられる事でしょう。そしてマイケル君は晴れて騎士の道に進まれます。(強制)
そう言えばマイケル君、授けの儀の際に“俺は聖騎士の職業を授かって王都で大活躍するんだ”って宣言していたらしいじゃないですか、少しばかりスケールダウンしちゃいましたが、ここ領都で騎士としてご活躍する姿を遠くマルセル村より応援させていただきますね。
「本日はありがとうございました」
深々と礼をし執務室を後にするドレイク村長代理と俺氏。執事さんは“よくやった”と言う上から目線で大変ご機嫌な様です。
最果ての地辺境マルセル村、彼らにとっては生涯“貧しい寒村”と言う認識は変わらないのでしょう。
もう二度と関わり合いにならないであろう栄光の道を歩み出したマルセル一族に別れを告げ、俺たちは宿泊する老舗の宿“小鳥の巣箱亭”へと戻って行くのでした。
本日一話目です。