転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第158話 村人転生者、美味しいモノに会いに行く

彼の戦いは終わった。

辺境の寒村に生まれ、日々細々と食い繋ぐ生活。優しい母と頼もしい父、聡明な弟と生活環境は決して悪くはなかったものの、身体が欲し求めるはタンパク質。

肉が食べたい、出来れば美味しい肉を腹いっぱい。

彼は日々の暮らしの中で常にタンパク質を求め、情報を集め知恵を絞り、工夫し研鑽を重ねて行った。

そして彼は一つの答えに辿り着く。

“ビッグワーム肉改”の誕生である。

以来彼の食生活は劇的に変化する。日々取り込まれる旨味が、心が、身体が満たされる。この喜びを全ての人々と分かち合いたい。

しかし彼は馬鹿ではなかった、旨過ぎる肉は争いを呼ぶ。彼は更に研究を進めデチューン版ビッグワーム干し肉の開発に至る。全ては美味しい肉を腹いっぱい食べる為、タンパク質の信奉者は走り出す。

副次的に齎されたビッグワーム肥料はビッグワーム農法と言う形でまとめられ、マルセル村を救う一大事業へと発展する。

 

普通であればこの段階で目出度し目出度しとなるであろう。だが彼のタンパク質への信仰は、身近でありながらも中々食す事の出来なかった憧れ、ホーンラビット肉へと注がれる。

“角が危ないなら切ってしまえばいいんじゃない?”

誰もが思い付きそうで誰も思い付かなかった発想。安定的に手に入れるんなら飼育すればいいという大胆な行動は、常に周囲を警戒すると言うストレスに苛まれ続けていたホーンラビット種にストレスフリーと言う新たな環境を与え、その肉質を劇的に向上させる。

それは野生のイノシシと、極上ランクのアグー豚との違い。まったくの別物であった。

 

ビッグワーム肉の生産、角無しホーンラビットの飼育、ビッグワーム肥料による野菜の栽培。豊かな食生活と共に豊かに変化する村人の暮らし。

旨い飯、穏やかな人々、彼の求め続けて来た“牧歌的な田舎暮らし”が始まろうとしていた。

だがこの世界はそんな彼に厳しい現実を突き付ける。

豊かな暮らしはマルセル村に多くの害意を呼び寄せる。次々とやってくる害獣の群れ(人科)、辺境の村での暮らしは日々戦いの連続であると言う事を思い知らされる。

更にこの国のシステムが彼に究極の選択を迫る、“戦える優秀な職業を持った者は学園に通わなければならない。”

多くの人の悪意を学んだ彼にとって領都や王都にあると言う学園とは、蟲毒の壺であり決して近付きたくない地獄の入り口に他ならない。

彼の戦いは“食”から“職”へと移り変わる。

だがそれも終わりを迎えた。

畏れていた授けの儀は、多くの下準備と数々の幸運により無事に乗り切る事が出来た。これまでの活動で発生した多くの問題とマルセル村を襲っていた害獣の発生源の問題は、為政者たちの手に渡った。

 

全てはこれで上手く行く。そう錯覚しそうになった、油断しそうになった、だがこの世界の洗礼はそんなに甘いものではなかった。

掃除をすればゴミが出る、バルサンを焚けばゴキブリが逃げ出す。

“沈む船からはネズミが逃げ出す”の言葉の如く、害獣の巣窟(エルセル)から逃げ出した害獣(人科)は、身近な餌(マルセル村)に群がった。

来る日も来る日も、彼の駆除活動は続く。

そして為政者から大掃除終了の知らせが届いた時、彼の戦いは真の意味で終わりを迎えたのである。

 

今彼は、これまで頑張り続けて来た、走り続けて来た自分を労うかの様に、心地よい微睡(まどろみ)に包まれていた。

ゴブリンダンジョン産高級寝具セット、お値段はプライスレス。

マジ最高。

“ブラックウルフの尻尾亭”で寝具と言うものの重要性と素晴らしさを知った。お布団とはただ眠りに就くだけのモノにあらず、これまで蔑ろにして来た眠りと言うもの、それは自分の人生に対する冒涜であったのだと思い知らされた。

“小鳥の巣箱亭”で心に刻んだ、寝具とは神具であると言う事を。

自身が生まれてきた意味、幸せとは何であるのかと言う事を知った。

それはビッグワーム改を始めて食べた時の、角無しホーンラビットを頬張った時の感動に似ていた。

そして自分は今、究極の眠り、至高の神具(寝具)に包まれている。

村人の朝は早い、それは魂に刻まれたルーティーン。だがこのお布団様からは出たくないでござる。

もう自分ゴールしちゃいました。ここがおいらの終着点。目が覚めてからのこのうだうだとした微睡がもうね。

僕ちんキャタピラーにジョブチェンジしたんだもん。

全ての戦いを終えた戦士は、ただの駄々っ子へと退化するのであった。

 

“ガチャ”

「ん?」

 

扉を開けて入って来たのはケイトであった。

ベッドに転がる大きな芋虫を見つけると、そのままいそいそと自分もその中に

「って止めい!!

何で俺の布団に入って来ようとするのよ、なんか用があったんじゃないの?」

 

「ケビン、家族、だから一緒」

 

「そっか~家族か~、だったら仕方がって誤魔化されないからね?なぜ顔を逸らす?小さく舌打ちをしない、女の子がはしたないでしょうが」

 

俺はケイトにこれ以上の攻撃を受ける前に高級寝具セットを腕輪収納に仕舞い、普通の藁入りお布団に入れ替える。これもちゃんと寝汗を吸うし定期的な藁の入れ替えをすれば快適だし、悪くないっちゃ悪くないんだけど、どうしても高級寝具には勝てない。

せめて掛布団だけでも変えてしまいたい、夏前のホーンラビットの毛刈りは決定事項ですな。細かいスケジュールはベネットお婆さんとよく検討しよう、あの人賢者様のポーションビッグワームのお陰で目茶苦茶元気になってるからな~。マルコお爺さんが催促がキツイって嘆いていたもんな~。

 

「そんでケイトさんや、朝早くから一体何があったと?」

 

「ん。」

 

ケイトさん、何か不機嫌なご様子ですが確り用件だけは伝えてくださいました。

何でも玄関前に大福と緑と黄色が来ているとの事。

あ、ヤベ、すっかり忘れてた。今日からしばらくあいつらに付き合うんだった。

俺は急ぎ部屋を出ると、朝食を食べる為に居間へと向かうのでした。

 

――――――――――――

 

「おはようケビン、玄関に大福ちゃんと緑ちゃん、黄色ちゃんが来てるわよ?」

 

「お母さんおはよう。すっかり忘れてたけど今日からしばらく森に行って来ます。多分十日は掛らないとは思うんだけど、森に行くなら魔物が冬眠している今の内だからね。でもアイツらも俺が留守中村を守ったんだから報酬を寄越せって、まぁそうなんだけど、報酬内容が森の探索って。

何やら旨そうな気配がするってそれ絶対魔力じゃん、なんやかんや言ってもあいつらも魔物って事なんだろうな~。

あ、俺が留守中でもケイトが遊びに来るんでよろしくお願いします。何でも“赤ちゃんのお世話は私の仕事”とか言ってたからミッシェルの事がかわいくて仕方がないんじゃない?実際天使様だし。

俺、お父さんとジミーがでれでれになってる所なんて初めて見たし。

それじゃ後の事はよろしくお願いします」

 

長男のケビンはそれだけを言うと急いで朝食を食べ家を飛び出していく。玄関の向こうからは大福ちゃん達に平謝りするケビンの声が聞こえる。

 

「どうした、ケビンの奴は出掛けたのか?」

 

のそっと姿を見せたのは夫のヘンリー。彼はとても身体が大きく、弟のジミーも父親に似て九歳にして既に大人程の背丈だが、夫の方が遥かに大きい。

それに比べると長男のケビンは小振りで私よりも小さいくらい。身体付きは確りしている事から自分の事をリトルオーガとか言っているけど、いいところゴブリンリーダーくらいじゃないかと思う。

 

あの子は本当に変わった子供だった。赤ちゃんの頃はあまり大きな声で泣く事もぐずる事も無く、子育ては聞いていた程大変ではないと思ったものだった。

でもそれが間違いで本当は大変な事だと知ったのは二人目のジミーが生まれた時、夜泣きにぐずり、あまりに泣き叫んだりするのでジミーは何か病気なのかと焦ったものだ。同じ頃に子供を産んだマリアやミランダに相談したら二人とも同じ様なものだと教えてくれたし、元助産師のセシルさんに“それが当たり前”と諭されたのはいい思い出だ。

皆に長男ケビンの話をしたら変わってると言われ、その時初めてケビンのおかしさに気が付いたものだった。

その後もケビンは大好きな勇者物語に出てくる魔法使いになるんだと言ってボールの呪文を覚えたり、木の棒を振り回してはニヤニヤしたりと本当に変わった子供だった。

あの子がスライムの大福ちゃんを紹介して来た時には驚いたけど、子供の少ないこの村で唯一の遊び相手と言ったらスライムくらい。大福ちゃんはとても頭が良く何時もケビンと遊んでくれて、親としてはとても感謝したものだった。

 

でもそんなあの子が私の知らない所で密かに村を守っていたなんて。

あの子が畑でいろんな野菜を作っている事は知っていた。ビッグワームやホーンラビットを改良して新しい食材を作り出した事には驚き以外の言葉が出なかった。

生活魔法の便利な使い方を見つけたり、新しい遊び道具を作ったり、村中を賑やかに楽しくしてくれている、そう思っていた。

そんな平和で穏やかなマルセル村を多くの悪意が狙っていた。

 

私は本当に何も知らない駄目な母親だ。

あの子がミルガルの街にお使いに行った時もそう、子供たちの帰りを心配して待っていたにも拘らず真っ直ぐ帰って来ないあの子を叱りつけた。

授けの儀を終えて村に帰って来た時も、途中のエルセルの街に寄り道をして一人だけ帰って来なかったあの子を殴りつけた。

周りをどれだけ心配させるのかと、何を自分勝手な事ばかりしているのかと。

 

この村は危険に晒されている、あの子が授けの儀に出掛けてからこの村が襲われたのは大小合わせて七回、その間村の大人たちが、ジミーやジェイク君、エミリーちゃんと言った子供たちまでもが必死に戦い村を守って来た。だと言うのにこの子は。

許せなかった、止まらなかった。

私が叱り続けている時も、あの子は言い訳一つせずただ只管謝っていた。

 

でも本当はそれだけで済ませて貰っていたのだと、マルセル村どころか辺境五箇村全てをあの子が守っていたのだと。

 

あの子は本当に変わった子供だった。決して言い訳をせず、自分が悪いと思えば謝る、そんな子供だった。

そして自分の行いを誇らない、押し付けない。ただやりたいから、そう思ったからやっただけ。その結果皆が喜んでくれたのならそれは嬉しい事。

 

ドレイク村長代理が教えてくれたあの子の業績、あの子の偉業。これまでマルセル村がどれ程あの子に救われて来たのか、そしてこれから先のマルセル村の為にどれ程の事をしてくれたのか。

 

私は泣いた、私は後悔した、そしてなぜ教えてくれなかったのかと、それほど私は頼りないのかと八つ当たりじみた事を言った。

あの子は慌ててそうではないと答えた。ただ心配を掛けたくなかったのだと、大切な赤ちゃんを身ごもっている私に余計な心労を掛けたくなかったのだと。

あの子は“ただ家族を守りたかっただけ”なのだと言った。

 

「ヘンリー」

 

「ん?どうした」

 

私は夫の顔を見る。凛々しく男らしいその面差しは、あの子にも確り引き継がれている。

あの子はいつの間にか私達よりもずっと大きな存在になってしまった。

 

「子供が大きくなるのって早いのね。それは嬉しい事でもあるけど、どこか寂しいと言うか、心にぽっかり穴が開いた様と言うか」

 

「あぁ、ケビンの奴か。アイツは随分と前から一人前以上だったからな。知ってるか?ケビンの奴生活魔法無し、魔力の触手無しでもボビー師匠に勝ったらしいぞ?

“いい加減しつこいぞクソ爺、俺は絶対に冒険者にはならん!!”と啖呵を切っていたらしいがな。

ドレイク村長代理曰く、なんでもありの戦闘ならマルセル村の男衆が集団で襲い掛かっても絶対に勝てないそうだ。そもそも戦闘すらさせてもらえないらしい。

ボビー師匠じゃないが勿体無いと思ってしまうのは仕方がないのかもしれないな。アイツなら俺以上の冒険者になると言う確信があるからな」

 

メアリーは夫ヘンリーの胸に飛び込みその厚い胸板に顔を沈める。

ヘンリーはそんな妻メアリーの髪を優しく撫でるのであった。

 

 

だが二人は知らない。長男ケビンが向かった森がマルセル村周辺に広がる所謂“魔の森”などではなく、その更に奥地であると言う事を。

そして少年ケビンは知らない。大福、緑、黄色の三匹が向かう“美味しそうな気配がする場所”が、自身が思っている場所の遥か先だと言う事を。




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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