ホーンラビットと言う魔物がいる。森の悪魔と畏れられ数々の惨劇を引き起こしてきた恐るべき魔物、増えすぎるとその森には近付く事すら困難になると言われ、遥か格上の魔物すら寄り付かなくなるとされる森の脅威である。
このホーンラビット、よくよく観察してみるとその食性は基本的に若草や低層の雑草であり、性格も比較的大人しい生き物である事が分かる。その脅威とされる角による攻撃も、獲物を仕留めようとする攻撃性から来るものではなく、身の安全を、集団の安全を守ろうとする警戒心から来るある種のパニック行動のように見受けられる。
これはホーンラビットが自身のテリトリーを離れ獲物を探す、ウルフ種に見られるような狩猟行動を取らない事からも明らかである。
ではこのホーンラビットから危険とされる角を取ってしまったらどうなるのか?
俺の心に沸いた知的好奇心は、自然自身の足を森に向かわせるのであった。
結論から言おう。ホーンラビットから角を取ったら足の速いだけのウサギになった。
何を言ってるのか分からない?俺もよく分かっていないから詳しく説明しよう。
まず俺は森へ行きホーンラビットの群れを探した。比較的すぐに六~八羽で構成された小さな群れを発見、お手製の睡眠香を使用し群れ全体を眠らせる事に成功した。
この睡眠香(俺命名)、誘眠効果のあるカモネールと言う薬草を干して乾燥し擂り鉢で潰して粉末状にしたものと、偽癒し草を同様に処理したものを混ぜ合わせ、捏ねて御香状にした物。
プチファイアーで火を付け煙を出したものを群れの行動範囲に幾つか置き待つこと暫し、全部で八羽の捕獲に成功しました。
こいつらの角を寝ているのをいい事にすべて切断、ローポーション(軟膏タイプ)を傷口に塗ってしばらく放置、数日に掛けて観察いたしました。
初めこそ何か違和感があるのか何やら忙しなく警戒行動を取っていたホーンラビットですが、次第に落ち着きを取り戻し普段と同じように黙々と草を食べ始めました。
このまま変化が無いのかなと思っていたんですがね、どうもこいつら警戒心が希薄になってしまった様でして、二日目に見に行ったところ隣をボアが餌を求めて歩いていても全く反応しなかったんですね。
試しにワザと気配を消さずに近付いてみても反応なし。それではと大きな音を立てたところで初めて反応して一斉に逃げだすってくらい。
そう、逃げ出したんです、襲い掛かって来ないで、かなりのスピードで。
これってただ足が速いだけの臆病なウサギじゃん。森の悪魔は何処へ行った。
どうやらあの角、周辺を警戒するセンサーの様な役割をしていたみたいです。センサー兼角を失ったうさぎさんは只逃げると言う選択肢しかなかったって訳ですね。こいつら思いのほか頭が良い様です。
後はこいつらの角が復活するのかどうか、角が戻ったら行動パターンも元に戻るのか、食性によって肉質に変化があるのかと言った実験を行いたい所。
食性は畑に飼育スペースを作って実験するしかないんだけど、流石にホーンラビットはまずいよな~。最初に村長の許可を貰わないと。
その為にはホーンラビットの角狩りを続行して経過観察を行わねば。
一人の少年の食に対する飽くなき執着、その執念とも言える妄執は一つの種族の運命を確実に変えて行こうとしているのだが、この時の少年はその事に一切気が付かずただ己の好奇心の赴くままに蹂躙を続行するのでした。
注:切断した素材はスタッフ(黄色と緑)が美味しく頂きました。
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「村長、こちらが実験の結果になります。経過観察の結果、切断した角が丸みを帯びてある程度の大きさになるのに二ヶ月、完全に元に戻るにはさらに半年ほど掛かるものと思われます。つまり二ヶ月に一度角を落としてしまえば、ホーンラビットは比較的安全な魔物と言えるのではないでしょうか」
ドレイク村長は報告された実験結果の書類を眺めながら唸り声を上げた。これまでホーンラビットの捕獲討伐を行うための試みは各国各地域で盛んに行われていた。その結果分かった事は一度増えたホーンラビットを駆逐するにはそれ相応のコストが掛かると言う事、それに見合うだけの見返りが見込みづらいと言う事だけであった。
現状我々の取れる手段、それは今以上にホーンラビットを増やす事の無い様に定期的に間引きを行う事、それに尽きると思われていた。
「続いての報告は一つの提案です、これまで僕はビッグワームの肉質改良により冬場の食糧事情改善と農作物の品質向上を目指して来ました。今回の試みはホーンラビットの肉質の向上です。ホーンラビットに与える餌を変える事であいつらがどんなお肉に代わるのか、僕はそれが知りたい。出来ればもっと美味しいホーンラビット肉を食べたい。
ホーンラビット牧場の頭数管理と脱走対策は厳重に行う必要がありますが、先ずは少数、五羽ほど飼育させて頂ければと思いまして。牧場の管理は厳重に行う事を約束致しますので、村長の許可を頂けないかと」
そう言い膝に抱えたホーンラビット(角処理済み)を撫でる村の住民、ヘンリーさんちの子供ケビン君十歳。
この子一体何者?
この子が勇者病<仮性>患者だと言う事は村では広く知られた事実。だが彼の行動は普通の仮性患者とはどこかが違う。
先ずはその行動力、<仮性>患者によくみられるのは口先だけで実際が伴わない虚勢を張る行動、だが彼にはそれが一切見られない。
魔法詠唱を覚えて魔法を発動させようと試みるも一切反応せず挫折したり、スライムやビッグワームに名前を付けて遊び相手にしたりとやってる事は完全に仮性患者のソレなのだが、元冒険者のボビー老人の話を聞いてビッグワームを食べてみたり美味しくないからと肉質改善に取り組みそれを成功させ村に産業を興したり。
とてもただの勇者病<仮性>の範疇では収まらない。
かと言って<真性>の様に己を鍛え戦いに赴くようなマネは一切しない。どちらかと言えば“命のやり取りなんかご免こうむります。”と言った街の人間の様な事を言う始末。
以前ホーンラビットの間引きに付いて来るかと問いただした時も、“そんな危険なマネしないで罠を掛けましょう”とか“冒険者が大型の魔獣討伐の時に薬を使って弱らせたり矢じりに毒を塗って仕留めたりって話を聞きました、痺れ薬でも作って弓で仕留めた方が良くないですか?”とか言ってたもんな~。
ホーンラビットの村内飼育なんて危険以外の何ものでもないから許可したくはないんだけど、目の前でそんな危険生物を撫でてるんだよな、この子。しかも村への貢献度で言ったらダントツだし、無下にも出来ない。
肉質の改善が出来たら更なる特産品の創造、村の収益も鰻登り。監察官様のお言葉だと近頃のこの村の評判は領都の辺境伯様の耳にも届いているって事だし、ここは一つ博打に出る所か。
「よし、話は分かった。くれぐれもホーンラビットを外に出さない事、村人に恐怖心を与えない事、牧場の様子は定期的に報告する事を条件に飼育を許可しよう。それと森の角無しはどうするんだ、結構な数がいるだろう?」
「アハハ、その件は本当に申し訳ありませんでした。変に弟妹が“ホーンラビットは安全”なんて思いこんだら大変ですので早いうちに処分したいと思います。
そろそろ冬の備蓄用の干し肉の需要が高まるはず、仕留めたホーンラビットの毛皮と干し肉は行商に出してはいかがでしょうか。
いつも来て頂いている商会も持ち込みだったら多少量があっても引き取ってくれると思いますよ?これまでの付き合いでかなり販路も広がった様な事を話していましたし」
ふむ、こちらからの持ち込みか、それならいつもよりも高く買い取ってもらえるよう交渉する余地もある。冬場の需要に向けて商品はあればあっただけ欲しいはず、駄目でも昔の伝が多少は使えるはず、悪くない提案だ。
「そうだな、その方向で話を進めよう」
「だったらこの煙玉を使ってください。ここから出る煙を吸うと眠くなって群れごと大人しくなりますから。
角無しは報告の様に警戒心が極端に薄いので煙玉を放り込んでも見向きもしませんので。ですがこれは角無しだからこその行動です、普通のホーンラビットに同じ事をしたら大変な事になりますから注意してくださいね」
そう言い幾つか煙玉を渡してくるケビン。追加分は後日お持ちしますと軽い調子で言うが、これ自体大変な発明だと言う事が分かっているのだろうか。過去に培った商人の勘が告げている、これは売れると。
「あ、これ売り出したりしませんからね?犯罪に使われたら目も当てられませんから。盗賊の討伐に使えるとか言ってもそんな連中すぐに対処して来るだろうし被害は一般の住民の方が遥かに上回りますから。魔物用に目茶苦茶キツイ臭い付きの物を開発してもいいですけど、それはいずれまたという事で」
先に釘をっ刺されてしまった、次善策も用意してあると成れば無理強いも出来まい。本当にこの子は十歳児なのか?物語に出て来る小人族とか言われても納得してしまうぞ。
「それじゃ僕はこれで。後の事はよろしくお願いします。間引き後の解体は僕も手伝いますんで」
そう言いケビン君は報告書を置いてホーンラビット(角無し)と共に帰って行った。残された私は再び報告書に目をやり、今後の討伐計画と男衆の説得に心を向けるのであった。
“ガチャ”
「親父、ちょっといいか」
扉にノックもせずに入って来たのは息子のマイケルであった。私が報告書から視線を上げるとマイケルは見下す様な目で私を見下ろしてきた。
「親父はいつも書類書類って、もっと村長らしくどっしりと構えられないもんかね~。村の代表、一番の権力者なんだから。そんなんだからいつまで経っても村の連中から舐められるんだよ。
大体ホーンラビットみたいな雑魚の間引きなんざ本来村長が出るような仕事じゃないだろうが、そんなもん村の男どもにやらせておけばいいんだっての。
それより今度商人はいつ来るんだよ、俺欲しい物があるんだよ、俺様にお似合いの立派な剣がさ。最近村も結構潤って収入がザクザクなんだろう?ちょっとは息子にいい思いをさせてくれてもいいんじゃないか?」
・・・はぁ~、何だってコイツはこんな馬鹿に育ってしまったんだろうか。原因は分かっている、先代の爺さんと妻が揃って甘やかしたからだ。
孫可愛さに村の規模を忘れ好き放題させた先代、息子可愛さに猫かわいがりした妻。こんな辺境の村で“魔物退治は危険だからやらせないでください”なんて利く訳が無いだろうに。そのくせ自分は“困ってるみんなが私を呼んでいる”とか言って家を飛び出してしまうし。
何度離縁しようと思った事か、その辺の事こいつは分かっているんだろうか。
今も婿であるというだけで父親の私を馬鹿にした態度で見下ろしているくらいだ、分かってなどいないのだろう。今この村でかろうじてお前の味方なのは私一人だという事を。
「そうか、それでそんな高価な剣を手にしてお前は何がやりたいんだ?そんな物があったところで戦いの場になど出る事はしないのだろう?」
暗にムダ金は使わせるなと伝えたのだがこの息子はそれを理解する知能は無かったようで。
「ハハハハ、安心しろ親父。優秀な武器を手に入れた俺が活躍し村の者を従える、それこそ代々続くマルセル家の正しい姿、開拓民の血は伊達じゃないんだよ。書類とにらめっこするのが村長の仕事と勘違いしている親父とは、土台持っているモノが違うんだよ」
そう言い高笑いするマイケル。こいつ駄目だ、コイツに後は任せられない。よし、妻に責任を取らせよう。
“よろしく頼んだぞ”と言い高笑いで部屋を出て行く息子マイケルをしり目に村長ドレイクは一通の手紙をしたためるのだった。
拝啓 シンディー・マルセル様
シンディー、君の活躍は行商人経由でいつも聞いているよ。領都では随分活躍して、辺境伯様からお褒めの言葉を賜ったとか。私も夫として、君の故郷マルセル村を守る村長として誇り高く思っています。
そんな我が村の誇りであるシンディーにお願いがあって手紙を書いたんだ。それと言うのも君の愛してやまない息子マイケルの事。
彼も今では立派な大人、そろそろお嫁さんを迎えなければならない年頃なんだけど君も知っての通りこの村の若者はマイケルただ一人。後は年端も行かない子供たちだけなんだ。
そんな村でお嫁さんを探すなんて不可能、彼もいい年齢になって何時までも独り身じゃかわいそうじゃないか。
そこで君に出会いの機会を与えてやって欲しいんだ。マイケルが剣を片手に勇敢に戦う姿を見れば領都の女性も彼に惹かれてこの村に嫁いでくる。僕たちの息子なら絶対そうなると思わないかい?
それにマイケルが戦い慣れしてないのなら最高の教師の君がいる、もうこれは成功した様なものだと私は確信しているよ。
先ずは一度村に戻ってきてマイケルを村から連れ出して世界の広さを教えてやってほしい。僕たちの息子の未来のために。
君を愛する夫 ドレイク・マルセルより
手紙を書き終えた村長ドレイクは一息吐くと窓を開け、外の新鮮な空気を部屋に流し込む。道の向こうにはぶよぶよに肥えた身体を揺らし、無駄に村人に威張り散らす息子マイケルの姿。
“君が悪いんだよ、マイケル。一杯お母さんに甘えておいで”
村長ドレイクは青く澄んだ空を見上げ、大きく背伸びをするのであった。
本日一話目です。