“ドゴン、ドゴン、ドゴン”
枯れ草が風に揺れる冬の草原。
“バゴバゴバゴバゴ”
そんな寂し気な場所で奏でられる戦いのメロディー。それはより激しさを増し、寒空の下鳴り響いて行く。
“シュルシュルシュル、ビユンッ”
その黒い物体は紐のように細い何かを敵に向けて飛ばすと瞬く間に絡め取り、伸び切ったゴムが戻るが如く弾丸のような速度で敵に突進して行く。
「対魔境剣術“明鏡止水”“金剛無双”発動、“行雲流水円”」
静かに紡がれる覚悟。
“スッ、ズゴーーーーーン”
それは刹那の攻防であった。飛び込んで来た黒き弾丸をギリギリの間合いで躱すと共に相手の勢いをそのままに大地に叩き付ける荒業。某アニメであったのなら蜘蛛の巣状に亀裂が入り地面にクレーターが出来る程の衝撃が周囲に広がる。
事実叩き付けられた黒い塊は大地にめり込み、その場には砂ぼこりが舞い上がっていた。
「よっしゃ~、勝った~~~、って言うか死ぬわボケ~、少しは加減しろ加減!!」
勝利者の雄叫びは、薄く広がる青空に高らかに轟くのであった。
「えっ、何をやってるのか?いや~、三匹の暇人に約束を守れって草原に引っ張り出されまして。ついこないだ森に探索に行ったじゃないですか、その時に魔物に遭遇しましてね、危ないんで俺がサクッて倒しちゃったら自分たちが戦いたかったってむくれるむくれる。仕方がないんで“帰ったら草原で遊んでやるから戦うのは後にしなさい”って言っちゃったんですよね~。
まぁその後もガッツリ魔物に襲われたんで結果的にこいつらがガンガン戦ってたんですけどね、約束は約束だって言って引っ張り出されちゃいまして。
村にまで轟音が響いてた?何が起きたのかと心配になって見に来たと、大森林から魔物でも溢れたのかと思ったと、それは本当に申し訳ない。
一応今の大福で三匹とも叩きのめしたんで満足して貰えたかと思うんですよね、明日からも遊びに付き合わされそうですが」
俺は各々武器を手に集まった村の男衆を相手にこれまでの経緯を説明するのだった。
「って言うか父ヘンリーよ、大剣を構えた上に完全武装っておっかないんですが。それにボビー師匠、それって御自慢のゾイル工房製の名剣じゃないですか、嫌だな~。
ザルバさんにドレイク村長代理はこの前差し上げた剣装備ですか、お気に召していただけた様なら結構です。他の方々も皆さん腰に立派な剣を下げられて、えっとこの村は何時からそんな武装戦士の集まりになったのかな?盗賊に襲われた時に使えそうな品を徴収しておいたと、それはそれは正しい判断でございます。
使わないクズ剣も貴重な鉄資源ですからね、何でしたら後程引き取りに参りましょうか?溶かしてインゴットにする事も可能ですし、田舎暮らしのスキルには鍛冶仕事に使えるモノもありますんで。釘や蝶番が必要でしたら仰ってくださいね?便利屋ケビンがお引き受けいたしますので。
ですんでその獰猛な視線は止めません?特に父ヘンリーとボビー師匠。ザルバさんにグルゴさん、ギースさんってあなたもですか?新婚さんなんだから剣術にうつつを抜かしてないでお嫁さんに孝行してくださいよ。
・・・分かりましたよ、お相手になりますよ。あの三匹が。
えっ?俺じゃないのか?いやですよそんなおっかない。どうしてもって言うんならヨシ棒を持って来て下さいよ、ヨシ棒を。って用意がいいんですね。
お~い、大福~、緑~、黄色~、集合~」
俺がそう大きな声を掛けると、先程までグデッと草原に伸びていた二匹の大蛇?と地面にめり込んでいた黒曜石の塊がもぞもぞと動き出し、クネクネピョンピョンとこちらに近付いて来た。
「えっ、気を失っていたんじゃないのか?そんな訳ないじゃないですか、アイツらめっちゃ強いんですから。すでに回復してますっての。
でもそれじゃ終わりがないんで、大ダメージを受けてひっくり返ったら負けって約束なんですよ。
それで御三方に挑まれるのは父ヘンリーとボビー師匠ですね。得物はこちらでお貸しする木剣でお願いします。どうしてもご自分の武器を使いたいと仰るんなら止めませんが・・・折れますよ?ボッキリと。アイツらその辺容赦がないんで」
俺はそう言いカバンから大剣の木剣を二振り、やや大きめの木剣を一振り取り出すとお二人に渡すのでした。
出したフリをして腕輪収納から出したんじゃないのか?う~ん、なんかカバンの収納量が増えましてね、畑の小屋が丸々入るくらいの容量になっちゃったんですよね。これも魔力支配のお陰っぽいです、効率の良い魔力コントロールが決め手なんだろうか、よく分からんけど。疑似的な収納魔法って所ですね。
素材的にこれが限界っぽいですが、最強種の脱皮革を使ったらどうなるんだろう?
収納のカバン二号、今度作ってみよう。
「オーガと戦闘狂はこれでいいとして他の皆さんは・・・やる気満々ですか、そうですか」(ぐすん)
俺はカバンからマイヨシ棒を取り出し宣言した。
「もうヤケです、いつでも掛かって来て下さい。一人一人なんてケチ臭い事は言いません、皆さんご一緒にどうぞ」
冬の空は高い。上空を飛ぶビッグクローは地面で戯れる人間など目もくれず、今日も餌のキャタピラーを探し枯草広がる草原の上を優雅に飛び回るのでした。
――――――――――――――
“ジリッ”
一人の小柄な青年を、多くの大人たちが取り囲む。
彼らは皆手に得物を持ち、油断なく標的を見据える。
青年はそんな彼らに警戒の視線を向けるでもなく、ただ虚空を見詰める様に泰然とその場に佇む。
“シュッ”
大人たちが動く、それはほぼ同時であった。まるで一匹の巨大生物が両の手を閉じたかの様な、無意識にただ咀嚼しただけの様な。無駄のない連携はそれだけで一つの芸術、集団行動と言う言葉があるが、一つの意思の下に群れが無駄なく行動を起こす時、それは格上の魔物をも倒す絶対的な武器となる。
あの大森林においてブラックウルフの群れが浅層・中層・深層を問わず生息域を広げている最大の理由がその洗練された群れでの狩りであると言われる様に。
「魔境生存戦術、“安寧必定”」
だがそれは通常の生き物同士の戦いにおいてのアドバンテージに過ぎず、
“スパパパパパパンッ”
この国の深淵、魔境を生き延びた者にとっては春のそよ風に過ぎない。
人は過酷な試練を乗り越えたとき、その精神性を大きく飛躍する事があると言われている。冒険者の上澄みと呼ばれる金級冒険者と下級冒険者との間に隔絶した開きがある様に、困難に立ち向かい生き延びた者にしか分かりえない境地と言うものがある。
その身を最前線に置き、常に己を高め合う城壁都市の冒険者たち。ダンジョンと言う未知に挑み、多くの難敵を打ち破り求められる素材を持ち帰るダンジョン都市の探索者たち。常に思考し、敵に打ち勝つ事だけを考える、そんな修羅の中で己を高め合う戦場の傭兵たち。
彼らは常に試され、成長し続ける。何故ならそれが生きると言う事であり、それが止まった瞬間その命は幕を閉じるから。
在りし日の世界において剣で人を殺せる者、戦いに打ち勝ち生き残った者ほど強いと言う考え方がある時代があった。いくら武術の心得があろうとも、実戦の場を経験していなければ役には立たない。より多くの実戦を経験した者はより高みに立つ者である。
では多くの害意・悪意を正面から受け止め、その悉くを葬り去った者。魔境と呼ばれるこの世の地獄と称される深淵に生息する魔物たちを、単騎で葬るような厄災と常日頃戯れ続けて来た者の強さは、はたしてどれ程のモノなのであろうか。
「えっと、残りはザルバさん、グルゴさん、ギースさんの御三方ですね。俺が留守中は盗賊たちを着実に仕留められたとか、日々の訓練も欠かさず行っていると聞いています。お手柔らかにお願いしますね」
流れる冷や汗、これは訓練、命の掛かった実戦の場ではない。そう分かっていても身の震えを止める事など出来ようもない。
目の前にいる者との間にある隔絶した実力の開き、これまで自身の誇って来たモノなど塵に等しいと思い知らされる。
これが寒風吹きすさむ冬の草原で、ただ一人盗賊の襲撃を殲滅し続けて来た者の風格。静かであり荒々しさなど微塵も見えないのにも関わらず、その存在が放つ格の違いに身が竦み、唯々畏れ慄く。
三人は大きく息を吐くとそれぞれの構えを取る。それはこれまで彼らが命懸けで身に付けてきた絶対の構え、自身が生き延びて来た事の存在証明。
“““バッ”””
揺れるように左側面に捌けたザルバが敵の右下腿を切り裂く、正面から神速の踏み込みを見せたグルゴが下方からの切り上げを、右側面に潜り込んだギースが左脇腹を刺し貫く…そうなるであろう完璧な連携であった。
“タンッ、パパパンッ”
彼は前に一歩踏み出すと迫る三人の頭部に一撃を加え、まるですり抜けるかの様にそのまま通り過ぎて行くのだった。
“ドサドサドサ”
倒れ伏す三人の戦士たち、その周辺には同じく倒れる村の男達。
彼はそんな男衆を背後に、大きく息を吐き身を整えるのであった。
「ねぇジミー、ケビンお兄ちゃん強過ぎなんですけど」
村の男衆対干し肉の勇者ケビン、授けの儀を受け職業とスキルと言う新たな武器を手に入れた我が村の最強がそのベールを脱ぐ。そんな最高のイベントを村の子供達が見逃す筈もない。
事の起こりは突然鳴り響いた激しい戦闘音であった。固いモノとモノとがぶつかり合い、重量のある何かが地面に叩き付けられるかのような轟音に、村の男達は一斉に臨戦態勢に入った。
それはこれまでの盗賊襲撃により培われた危機意識の賜物であり、辺境の、大森林に最も近いと言われるここマルセル村に暮らす者としての矜持。どの様な厄災が訪れようと必ず村を、家族を守って見せる。己に固く誓った決意と共に、男達は腰に剣を携える。
そしてそれはマルセル村の戦士として共に盗賊と戦った子供たちとて同じ事、彼らもまた自身の相棒を手に村の男衆と共に現場に向けて走り出す。今も尚轟音鳴り響く村脇に広がる草原へと。
その場に到着した彼らは立ち竦む。そこにあったのは一人の小柄な青年の姿であった。
“キシャ~~~ッ”
“ザザザザザザザザ、ズドーン”
土埃を上げ突っ込んで行く巨大な蛇。
“スーーーーーーーーッ、ズバーン”
そんな大蛇の影に隠れる様に気配を消しながら近付き、尻尾による強烈な一撃を加えるもう一体の巨大蛇。
“ガシッ”
「うお~~~~~~~、うりゃ!!」
“ブンブンブンブン、ズダ~~~ン”
そんな怪物の攻撃を素手で受け止め、あまつさえその巨体を振り回し地面に叩き付ける青年。
“ポヨ~ン、ポヨ~ン、ポヨ~ン、ドンッ”
陽気に跳ね回っていたかと思うと猛スピードで突貫をかまし始めた黒き弾丸、それはまるで縦横無尽に飛び交う砲撃の様に、青年の身を削りに行く。
「うお~~~~~~~!!」
青年はその脅威を時に躱し、時にいなし、時に正面から叩き返す。
その激しい戦闘にその場に集まった男衆は唯々立ち竦み、子供たちは口を開いて言葉を失う。
「対魔境剣術“明鏡止水”“金剛無双”発動、“行雲流水円”」
ボソリと囁かれた言葉、次の瞬間であった。
“スッ、ズゴーーーーーン”
鳴り響く轟音と共に揺れる大地、村人たちは悟った、勝負に決着が付いたのだと。
そして彼らは目を向ける、草原に佇む一人の戦士、干し肉の勇者ケビンの後ろ姿に。
「ねぇジミー君、ケビンお兄ちゃんってどんな戦闘系職業を授かったの?大福たちと戦ってる時は素手だったけど今はヨシ棒で大人の人を叩きのめしてたし、そんな総合職ってあったのかな?もしかして勇者様?ケビンお兄ちゃん本当に干し肉の勇者様になっちゃったの?
えっ凄い、それじゃ春から王都の学園に行くんだ、マルセル村から勇者様が誕生するんだ!」
そう言い目を爛々と輝かせるエミリー。だがジミーは首を横に振り答える。
「学園に通うのは一緒に授けの儀を受けたケイトさんだって。何でも特化型の<闇属性魔導士>の職を授かったらしいよ。ケビンお兄ちゃんが授かったのは<村人>の亜種とか呼ばれてる<田舎者>って言う職業みたい。
ヘンリーお父さんに聞いたら俗に言う総合職って呼ばれる職業の一つらしくって、簡単な鍛冶や調薬、魔法に戦闘職も加味しているんだって。
でもケビンお兄ちゃんは魔法適性が無いから魔法に関してはあまり関係ないかもって言ってた。
本人は“凄く便利、最高の職業”とか言って大威張りだったんだけどね。
でもあれで簡単な戦闘職スキルって言われても、全く説得力がないんだけど」
そう言い乾いた笑いを浮かべるジミー。
俺たちは六歳の頃から毎日剣術の稽古に打ち込んで来た。それこそ来る日も来る日も休まず真摯に懸命に。その甲斐もあり剣術の腕は村の大人たちの誰もが認めてくれるものになっているし、自身も一人前の村人として胸を張れるものだと信じている。
でもケビンお兄ちゃんに勝てるビジョンが全く思い浮かばない。
確かに剣術の腕に関しては僕たちの方が上だと思う。剣の振りの一つ一つ、体捌きの一つ一つにおいてもより自分たちの方が完成されていると言う事が見て取れる。
だがケビンお兄ちゃんはそんな理屈の遥か彼方にいる。
前にボビー師匠が言っていた、“ただそうあるがごとく剣を振る、悔しいがケビンの剣とはそうした自然体の剣なのじゃ。剣の理などまったく理解しておらんのにその本質だけを確り体現しておる、ほんに忌々しい奴じゃ”と。
そんなケビンお兄ちゃんが職業とスキルを手に入れてさらにパワーアップってどんだけインフレしたら気が済むのさ、前世の少年漫画の敵役って常にこんな気持ちに
某七つの球を探す物語に出てきた洋食みたいな名前の偉い人、途中から一切登場しなくなっちゃいましたが、あなたのお気持ちが良く分かりました。登場しなかったんじゃない、ヤバすぎて悪さが出来なくなってしまったんですね。
気合一発で星を破壊するような遠距離攻撃をする連中がゴロゴロいる世界で、機関銃片手にイキれませんもんね。(涙)
青が薄く天高く広がる冬空を飛ぶビッグクローの姿を見つけ、“アイツらも頑張って生きてるんだな~”と自身と重ね遠い目をする少年ジェイク。
そんな彼の肩にポンと手を置き、“何かケビンお兄ちゃんがすまん”と声を掛ける親友思いのジミーなのでありました。