転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第170話 花園の住民、マルセル村を訪れる

フィヨルド山脈から吹き付けていた凍える様な風がその勢いを落とし、森の木々にも春の芽生えが見え始めた。

マルセル村の各家では、今年の作付けの為に畑の準備をし始める。

ビッグワーム農法による収量の増加、明確な形で結果が見えると言う事は労働のモチベーションを上げ、村人一人一人に明るい未来を期待させる。

これまでの様に“今年も生き残れてよかったね”と言う挨拶は鳴りを潜め、“今年はどんな野菜を植えようか?”“今度行商人が来るのはいつ頃なんだ?”と言った会話が聞こえて来る。

マルセル村は確実に変わった。冬の寒さに震え、飢えに怯える。そんな辺境の寒村の姿は過去のものとなった。

 

「乾杯!」

「「「乾杯!!」」」

 

ほころぶ笑顔、聞こえる笑い。

ドレイク村長代理の挨拶と音頭で始まった春のお祭りは、そんな村の変化を明確な形として示したものであった。

 

例年の如くボビー師匠の訓練場の魔の森側に備え付けられた祭壇には、幾つかの料理と酒が並べられ、魔の森から魔物が氾濫して来ない様に、今年も無事な一年を過ごせるようにと祈りが捧げられる。

人は自然の脅威には逆らえない、そんなか弱い人間が、この世界を創りたもうた女神とその創作物である自然に対し祈りを捧げるのは至極当然の事であろう。

農村は神との関わりが近い、人はその慈悲により生かされていることを知るが故に。

マルセル村の村人たちは無事に冬を越せた事を女神に感謝し、新たな一年の始まりに気持ちを引き締めるのであった。

 

「いや~、賢者イザベル様。再びお会い出来ました事、マルセル村の者を代表いたしまして、心よりお喜び申し上げます。

そしてその御師匠様であらせられる大賢者シルビア様、ようこそマルセル村にいらっしゃいました。本日は心行くまでお楽しみください」

 

村長代理ドレイク・ブラウンが慇懃に礼を述べる相手、それはかつて不意にマルセル村の秋の収穫祭に訪れ、村人達に奇跡のビッグワーム干し肉を提供した村人ケビンの命の恩人賢者イザベルと、その師匠である大賢者シルビアであった。

二人の訪れは娯楽の少ないマルセル村においてかつてない驚きと喜びを持って歓迎され、酒宴の席は大いに盛り上がって行った。

 

「次、ブラッキー、芸をする」

 

開けた会場に歩み出て声を上げた一人の少女、彼女はかつて近隣ヨーク村より移り住んだ所謂よそ者と呼ばれる者であった。

マルセル村に来た当初はガリガリに痩せ細り今にも倒れてしまいそうな程儚く見えた彼女も、その身体付きもすっかり年相応となり、村人ケビンと共にこの村を支える大事な仲間となっていた。

そんな彼女は冬の授けの儀で闇属性魔導師の職業を授かり、この四月から領都の学園に通う事になっていた。

 

彼女と共に舞台に立つのは彼女の護衛、フォレストウルフ・・・と言う事になっているシャドーウルフのブラッキー。シャドーウルフと言う魔物は影に潜みその存在を隠す性質があり、その討伐実績こそあれ生きた個体を従魔にするなどと言った話はこれ迄聞いた事もない珍事であった。

この話を聞かされた時、村人の誰しもが思った、ケビンが何かしたのだと。

珍事の影にケビンあり、これは既にマルセル村の常識となっていた。

 

「ブラッキー、お座り」

 

“サッ”

 

「ブラッキー、私の周りを三回回る」

 

“タッタッタッタッタッタ”

 

ケイトの言葉に従いきちんと命令をこなすブラッキー、その微笑ましい光景に、村人の誰もが顔を綻ばせる。

 

「ブラッキー、丸太乗り」

 

“ズオッ”

“タンッ”

 

突然ブラッキーの影から現れた太さ一メートル程はあろうかと言う丸太に、驚きの声をあげる村人達。ブラッキーはそんな村人が見守る中サッと丸太に飛び乗り、四本の足を器用に動かして前に後ろにと行ったり来たりを繰り返す。

これには会場も拍手喝采、そんな中ケイトから更なる指示がブラッキーに齎される。

 

「ブラッキー、空を飛ぶ」

 

それはかつてケイトから出された難題、従魔としての存在意義を試された苦い思い出。

 

“バッ”

 

ブラッキーは丸太の上から天高く飛び上がる、それは彼が出した一つの答え。その姿を見たとき、村長代理ドレイク・ブラウンは涙した。“ブラッキー君、君こそ真の従魔だよ”と。

だがブラッキーの行き着いた答えはそんなお涙頂戴のものなどではなかった。彼には頼れる相談相手、尊敬すべき雇用主がいるのだから。

 

彼は言った、“本当に空は飛べずともそう見せ掛ける事は不可能ではない”と。彼は実践して見せた、“これはとある遠い世界のとある国では子供の頃に経験する遊戯、在りし日の思い出。実践するには努力が必要だよ?”

 

“ブワッ”

 

その身より溢れる魔力の流れ、だがそれは彼が最も使い慣れ親しんだ闇属性に起因する影の魔力ではない、雇用主が基礎魔力と呼ぶ属性を持たない魔力そのもの。

 

「「「「おお~~~!!」」」」

 

会場に上がる驚愕の声、黒く美しい毛並みを持つ彼は、飛び上がった時の姿勢そのままに、まるで空を駆けるがごとく宙をまう。それはウルフ種と言う魔物が、初めて空を飛ぶと言う行為を行った瞬間であった。

 

しばしの浮遊の後地に降りた彼は、主人であるケイトの隣に座り観客である村人達に礼をする。

 

“パチパチパチパチパチパチパチパチ”

村人達は盛大な拍手をもって、ケイトとブラッキーの偉業を称えるのであった。

 

―――――――――――――

 

春、それは出会いと別れの季節。ある者は木々の芽吹きと共に村を訪れ、ある者は新たな道へと旅立って行く。

今日はそんな春の訪れを祝う春のお祭り。今年も無事に冬を越す事が出来たと互いに肩を抱き、春の喜びにうち震える。

村人の誰しもが笑顔である事がその一番の証拠であろう。

 

えっ?マルセル村は既に冬の凍死者も餓死者も克服してなかったか?

あっ、うん、そっちの心配は全くないかな。

ビッグワーム干し肉に関しては出荷してたくらいだし、冬になったからって奴らが繁殖しないかって言ったら全くそんな事はないし。

餌の草と細切れスライムさえ与えておけばしっかり育つしね。

餌は草原の枯れ草でも全く問題なし、だって元々落ち葉の下にいる様な魔物だしね。

そんでもってスライムは一年を通してどこにでもいるしね。

 

野菜に関しては村の貯蔵庫とドレイク村長代理所有の時間停止機能付きマジックバッグがあるから問題なし。って言うか今更だけどなんでドレイク村長代理はこんな貴重品を持ってるんだろう?このマジックバッグだけで一財産よ?

いくら前の職場がモルガン商会だったからって言って、独立した一行商人が持っていていいものじゃないよね?現にこの村にもやってくるミルガルのヤジル商会の行商人は荷馬車は持っていても大型マジックバッグは持っていないもんな~。

何らかの業績を上げたとしても、これって結構な借りだったんじゃ。先行投資って言っても投資しすぎだろう、凄いなモルガン商会商会長様。今回の一件でドレイク村長代理も少しは恩返しが出来たんじゃないだろうか。

 

それなら何も問題なんか無かったんじゃないのか?

まぁ村としては大した問題はなかったのかな?

エルセルの大掃除が終わってしばらくしてから単発的にやって来た冒険者崩れの盗賊も、村人に気付かせることなくサクッと排除しておきましたし?

グロリア辺境伯様の粛清も上手く潜り抜けたんだからそのまま真面目に冒険者をしてればいいのに、“俺たちは大丈夫だ”って変に自信を付けちゃう辺りが馬鹿と言うか何と言うか。

他所に行きなさい他所に、なんでマルセル村に来るかな。冬場にも関わらずビッグワーム干し肉を出荷していて景気が良さそうだった?ウッ、それは盲点だった、あなた方からすれば旨い匂いを漂わせる御馳走以外の何物でもなかったって訳ですね、了解です。

貴重な情報をくださった魔獣さん(人科)は苦しまない様に来世に送って差し上げましょう、南無南無。

一応この情報はドレイク村長代理には上げておきましたが、農業重要地区入りが決まり領兵が派遣されるようになれば自然とこの状況も収まるでしょう。

 

他はまぁ進化魔物の御三方が“遊びましょ~♪”とばかりに訪ねてきたり、村の男衆が打倒ケビンを掲げ集団戦を挑んできたり(男衆VS俺氏)、オーガ(父ヘンリー)と戦闘狂老人(ボビー師匠)が木剣を持ち出して襲い掛かってきたりって感じでしたかね。

お二人さん、その木剣気に入ったんですね。目茶苦茶丈夫で使い勝手がいいと、そうですか、差し上げますんで大事に使ってください。

 

それなりに大変だったんですけどそれはまだよかったんですよ、想像の範疇ですから。

・・・あれは村の男衆をぶちのめしていた時だったんですよ。

“ゾワッ”

全身が泡立つような圧倒的な気配、瞬間的に顔を向けた方向に見えるのは澄み切った冬空の下遥か彼方に見える聳え立つ山々。俺の行動は一瞬でした。全身の魔力を最大限に活性化、頭には光属性魔力、全身に火属性魔力、体表に風属性魔力を纏いスキル走術を発動。

周りからは一瞬にして姿を消したように見えたであろう速度で、一直線に気配の下に向かいましたとも。もうね、森の木々が邪魔で邪魔で。大森林浅層途中までは走っていたんですけどね、やってられるかとばかりに上空にジャンプ、必要は発明の母とはよく言ったもので中空に足場となる結界を作成、完全に魔力支配のごり押し。

やれば出来るもんですよ空中歩行、あれでかなり時間短縮になったもんな~。

それでもアレの進行は大森林深層に迫っていたんですけどね、こっちが魔力全開で向かっていた事に気がついて渓谷が終わった地点で停止してくれたんで助かりましたけど。

何が起きていたのか?出て来ちゃったんですよ、フィヨルド山脈の深遠、濃厚な魔力溢れる巨大洞窟から最強種の生物が。

ドラゴンが村に来ちゃ駄目でしょう。

本気で無事に冬を越す事が出来てよかったわ~」

 

俺は一旦話を切り、テーブルの上の偽癒し草の煮出し茶に口を付ける。

目の前に広がる旨そうな料理の数々、村人たちの笑顔、それもこれも無事に、<無・事・に>、冬を越せたからこそ見る事が出来た景色。

 

「最強生物に悪気がないことは分かりますよ?なんか光属性魔力マシマシ蜂蜜カクテルのお味が忘れられなかったそうで、俺の魔力を追いかけて訪ねようとしたとか。

保身の為に行った行動が村に厄災を呼び込むところだったって言うね、ケビン君大反省であります。

それで急遽その場で湯呑一杯分の蜂蜜カクテル(ジャイアントフォレストビー版)を作成。最強生物には蜂蜜の関係で今年分はもう御仕舞である事と、キラービー蜂蜜版でよければあと三杯分出せる事を告げ、後程お持ちするって言う事にしてお引き取り願いました。

 

その際の連絡用として魔物の雇用主の短期雇用契約を使用、契約報酬はキラービー蜂蜜の光属性魔力マシマシ蜂蜜カクテル。仕事の内容は特に決めず通信手段として利用するといういわゆる裏技的な使い方をさせてもらいました。

短期雇用契約のいいところは報酬が魔力固定ではなく相互の承諾さえあればなんでもいいというところ。短期と言いながら仕事内容を決めないことで時間的な制約が掛からないという点もGOOD。便利な通信手段が手に入ったと言う訳です。

なお短期雇用契約だと外注業者の扱いになるらしく、スキルの一割使用と言ったメリットは発生いたしません。今回は逆にそれもメリットなんですが。

最強生物のスキルの一割、考えたくもない。

まぁなんにしても無事なんですからよかったですよ。お二人も十分お祭りを楽しんでください」

 

俺の言葉に口をぽかんと開け固まる賢者師弟。お~い、美人顔が台無しですよ~。

“ケビンだからしかたがない”ってあなた方もですか。

もういいです、そういう事にしてください。

 

俺は不貞腐れた様な顔をして視線を広場の方に向ける。

そこにはこの四月から領都の学園に向かう事になっているケイトが、ブラッキーと一緒に練習していた芸を見せる為きれいなお辞儀をしているところであった。

 

「あら?あのウルフ、もしかしたらシャドーウルフじゃない?シャドーウルフの従魔なんて初めて見たんだけど、よくシャドーウルフを従える事が出来たわね」

 

最強生物の衝撃から立ち直った花園の主シルビアさん。流石大賢者、イザベルさんよりも切り替えが早い様です。

 

「ブラッキー、丸太乗り」

 

ケイトの指示に影から丸太を取り出し器用に丸太に乗るブラッキーの姿に賢者師弟も拍手喝采。“あのシャドーウルフは器用ね~”と大変お喜びのご様子です。

 

「ブラッキー、空を飛ぶ」

 

出ました、ケイトの無茶振り。ブラッキーからこの相談を受けた時は、こいつ根性あるな~と感心したものです。

身体の向きを変え、丸太の上に座り暫し瞑目するブラッキー。

カッと目を見開き意を決したように飛び上がる彼、そして・・・。

 

「「はぁ~~~~~~~!?」」

 

驚きに声を上げる賢者様方、見よ、これがブラッキーの新たなる技、<フライングブラッキー>!!

 

要は基礎魔力の触腕を使って持ち上げるってだけなんですけどね。目に魔力を込めて見ればブラッキーの身体から延びる基礎魔力の触腕が見えるんですけど、基礎魔力は基本無色透明。周りの人にはまるでブラッキーが空を飛んでいるように見える筈です。

只の魔物であるはずのシャドーウルフブラッキーが身に付けた新技、俺は彼の披露した成果に満足げに笑みを浮かべるのでした。

 

そんな俺の様子を見て“やっぱりこいつが原因か!!”と言う顔をする賢者師弟には全く気付かずに。




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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