ガタガタと石畳の敷かれた大通りを進む荷馬車、春を迎えたミルガルの街は、そんな多くの馬車で賑わいを見せていた。
街門を入ってすぐの場所に店を構えるゼノン精肉店でこれまでの獲物を全て売り払ったマルセル村一行は、懐も温かく馬を走らせる。
向かう先は街の外れ、職人街の片隅にひっそりと佇む鍛冶工房。
工房を営むゾイル夫妻と彼らとは、浅からぬ縁で結ばれた関係であった。
元々ゾイル夫妻が鍛冶工房を営んでいたのは、ここミルガルの街よりもさらに北西に向かった地方都市エルセルであった。
そこは人知れず犯罪が横行する犯罪者の巣窟であった。そしてゾイル夫妻はそんな犯罪者に食い物にされた被害者であった。
それは人には決して言えない様な悍ましい事件であり、その心の傷や苦しみは余人に語るべくもない一生消す事の出来ないものであろう。
だが彼らゾイル夫妻は再び歩き出した、苦難を乗り越え前に進もうと決意した。
マルセル村の者達は思う。自分たちに出来る事など何もない、だが彼らに伝えたい、あなた方は決して孤独などではないと言う事を。
荷馬車は進む、ミルガルの街の大通りをカタコト音を立てて。
護衛の従魔ブラッキーは揺れる荷台の端に顎を乗せ、行き交う人々を眺めている。
荷馬車が大通りを進むこと暫し、周囲の街並みからカンカンとハンマーを振るう音が聞こえて来た。ここは職人街、街の職人たちが集まる区画。
そしてそんな職人街の片隅にあるゾイル工房からは、小気味よいハンマーの音色が聞こえて来る。
一振り一振り魂の乗った打ち込みは、美しいメロディーを奏で作品に命を吹き込んでいく。一度は鍛冶の道を絶たれ荒れた生活をしていたフレムさんも、今ではすっかり以前の勘を取り戻したようであった。
「こんにちは、どなたかいらっしゃいませんか?」
入口の扉を開け店先から掛けた呼び声に、“はい、ただいま~”との返事と共に誰かが足音を立ててやって来る。
「お久しぶりですセシルさん。ゼノン精肉店のオヤジさんから話は聞きました、ミルガルの街にもすっかり馴染んだ様ですね」
そこに現れたのはエルセルの街のゾイル工房におられた立派な二子山を備えたたれ目の色気漂うご婦人ではなく、すっきり体形のくすんだ髪の愛嬌の在る顔をした地味なおばちゃん。
「あら、ケビン君とケイトちゃん、お久しぶり。二人とも元気そうで良かったわ。それとザルバさん、お久しぶりです。今日はどういった御用でミルガルに?以前話されていた商会にビッグワーム干し肉を卸に来られたのですか?」
セシルさんの立て板に水のトークは相変わらずご健在の様です。容貌が地味なおばちゃん風だからか全く違和感を感じません。
「セシルさんもお元気そうで何よりです。俺たちこれから領都に向かうところでして、ケイトが闇属性魔導士の職を授かったもので領都の学園に入学する事になったんですよ。
で、せっかくこっち迄出て来たんで様子見がてら顔を出させていただきました。
でも良かったですよ、セシルさんもフレムさんもお元気そうで。
ゼノン精肉店のオヤジさん曰く、フレムさんの作られた刃物は相当に評判がいいみたいじゃないですか。街門で肉串の屋台を出されていた方がフレムさんの包丁を使われていたんで話を聞いたんですが、押し潰さない分味が閉じ込められると言って喜んでおられました。
今もいい音を響かせているみたいですし、本当に良かった」
俺がそう言い微笑むと、涙を浮かべお礼の言葉を返すセシルさん。
「もうお礼の言葉は沢山いただきましたんで気になさらないでください。
それよりも今は街に溶け込めるか否かの大切な時期ですんで、フレムさんが魔鉄のインゴットにかまけて仕事を
そう言いおどける俺に、クスリと笑みを浮かべるセシルさん。
セシルさんは強い女性だな。
その後俺たちはお店の商品を物色し、ナイフや包丁、裁ちばさみなんかを複数購入。金貨一枚分の大人買いです。
セシルさんは“こんなにたくさん買っていただいてよろしいのですか?”とか言っていますが、いいんです。だってケイトが仕留めた練習台の売却益、要はあぶく銭ですから。
肝心のケイトさんも自分専用のナイフと短刀を購入してご満悦、ザルバさんですら新しいナイフにニヤニヤしておられますから。
その他購入した刃物やら金物類はすべてケビン君の謎カバンに収納です。
セシルさんは“えっ、それってマジックバックなんですか?”って驚いておられるようですが、まぁこれもその部類でいいのかな?
なんちゃってマジックバック、見た目が普通のカバンなんで誰にも気が付かれない便利グッズです。(自作)
セシルさんがフレムさんを呼んで来ようとしたので、それは遠慮させてもらいました。これだけいい音を響かせているのに邪魔をしちゃ悪いですからね。後でフレムさんが色々言って来たら、ケビンが“今はまだその時ではない、いずれ我が武器が完成した暁には必ずや受け取りに訪れよう。その時を楽しみにしているぞ?”と言っていたと
セシルさんには二年後くらいに受け取りに来ますねと言って、足りなくなった時用にと追加の魔鉄インゴットを五つ渡し、工房を後にするのでした。
「ケビン君、この後はどうするんだい?ここまでの旅では消耗品はケビン君が腕輪収納から出してくれているから、特に買い足さないといけないものも無いんだが。」
「あぁ、そうですね。ザルバさんに特段用事がないんだったら冒険者ギルドに行って白玉の従魔登録と、教会にお祈りに行きたいですかね。
俺はそこまで熱心な信者って訳じゃないけどゲン担ぎはしたいじゃないですか、クマも出ちゃった訳ですし」
「ハハハ、それは同感だ。私も教会では女神様によくよくお願いしたいと思っていたんだよ。ケイトの事に対する心配もあるしね」
そう言い乾いた笑いを浮かべるザルバさん。うん、俺が悪い訳ではないと思いたいけど、原因の一端は俺なんだろうな~。なんか申し訳ないです。
とりあえず白玉カモン。
「<オープン>」
左手の指輪から溢れる光。その光の集まった先に現れた白玉は、慇懃に礼をすると俺の
相変わらずこの指輪からの光の演出、めっちゃ派手だわ~。ダンジョン産の逸品、しかも貰い物に文句を言うのもはばかられるけど、もう少し大人し目に出来なかったのだろうかと悔やまれます。
多分設計した人物がこういう演出が好きだったのかな?その辺は分からんけど。
大体ダンジョンから物が出て来る仕組みって魔力による創造みたいだし、謎原理としか言えないんだよね。
この世は不思議がいっぱい。従魔の指輪の光の演出もそう言った不思議の一つなんでしょう、多分。
カタコトと荷馬車を走らせて街の中心部に戻ること暫し、剣と盾のマークが目印の冒険者ギルドの建物が見えてまいりました。
相変わらず周辺には武装した冒険者が大勢見受けられますが、冬が明け討伐の仕事や護衛の依頼が増えているからか、ブラッキーの従魔登録に来た時よりかは嫌な感じもせず活気に溢れている様に見えます。
俺たちは早速白玉とブラッキーを連れ、冒険者ギルド建物脇の一階解体所受付に向かいました。
残念、先客ありです。
解体所受付では魔物を持ち込んだ冒険者が何やら解体職員さんと揉めている様子。
超面倒、関わり合いになりたくないな~。
「だからなんで評価が最低ランクなんだよ、俺たちは命懸けで戦った獲物を持ち込んでるんだよ、なめてんじゃねえぞ?」
「あのですね、我々も慈善事業じゃないんですよ、こんなズタズタな魔物にどう評価を付けろって言うんです?討伐依頼ならいいですよ、討伐することが目的なんですから証明部位さえ確認できれば討伐評価は付けれますから。
でも商品価値と討伐は別問題なんですよ。買取はその魔物の商品価値の査定です。
干し肉で名の知れてるホーンラビットであっても、確りとした下処理を行わなければくず肉以下になってしまうんです。
逆に聞きますがあなたはこの獲物をお金を出してまで買いたいですか?
この最低評価もギルド規定によるものです。商品価値としては悩ましいところなんですよ?」
あ~、商品価値と言うものを理解していない討伐馬鹿な冒険者様ですか。一番関わり合いになりたくないタイプじゃないですか、嫌だ~。
あの手の人間は理屈が通用しないんですよね、理解出来ないものは力でねじ伏せる。所謂脳筋馬鹿タイプ、登録
俺はザルバさんとケイトにそっと目配せをしてその場を去ろうと。「そこのお前、何生きたホーンラビットを街に持ち込んでやがる!街の住民を危険にさらす気か、そこを動くな、今すぐ討伐してやる」
・・・バカは度し難い様です。
「あ、解体所職員さん、こんにちは。従魔の登録審査を受けに来たんですが、今お時間よろしいでしょうか?お忙しそうですね、では出直してまいりま「何勝手に逃げようとしてやがる、だれか衛兵を呼んで来い、魔物を持ち込んだ奴がいるって言って引っ張ってこい。」
・・・えっと、今のお話聞いてました?
俺こう言いましたよね、従魔の登録審査に来たと。従魔なんですから魔物に決まってるじゃないですか。
それと用件が済んでるんでしたらその場所開けてもらえませんか?受付してもらえないんで」
「あん?てめえ人が下手に出てれば好き放題言いやがって、模擬戦だ、俺が冒険者ってものの格の違いを教えてやる。今すぐ裏の訓練所に来い、逃げんじゃねえぞ!!」
一人で勝手に話をまとめてスタスタとどこかに行く脳筋馬鹿。
「・・・解体場受付職員さんに質問です。冒険者って頭のおかしな人間の集まりか何かなんですか?」
俺が見上げるように目を向けると、額に手を当てた解体所職員さんが「すまん、はっきり否定しきれない。違うと思いたいんだけどな~」と、どこか遠くを見詰めながら答えてくださるのでした。
「それで従魔の登録審査だったな。登録予定の従魔はそこのホーンラビットって事でいいのかな?と言うか随分と大きなホーンラビットだな。それに何か知的と言うか品があるというか。そこのホーンラビットと先の冒険者どっちがいいと聞かれたら、十人中十人がそこのホーンラビットを取るんじゃないか?」
解体所受付職員さんの言葉に一礼をして応える白玉。その姿に驚きを隠せない解体所受付職員さん。
「あ、うん。一応規定だから審査するけど、何か簡単な命令を出してもらえるかな?」
「う~ん、命令ね~。
白玉、五歩進んで三回飛び跳ねて」
“テッテッテッテッテッ、ピョンピョンピョン”
「白玉、演武、“重衝連撃”」
“バッ、ババババババッ”
「“重衝連脚”」
“ボッボッボッボッボッボッ”
「演武終了、礼」
“バッ”
“キュキュッ”
「お~、素晴らしい、見ていて惚れ惚れとする見事な演武。
白玉君とか言ったね、合格です。いいものを見せてもらいました。今書類を作るから待っていてくれ。えっとそれで君は?」
「はい、ケビンと申します。こちらが薬師ギルドのギルドカードです」
懐から薬師ギルドのギルドカードを出し解体所受付職員さんに差し出す。
「えっとケビン君ね。はぁ?君は冒険者じゃなくて薬師なのかい?後ろにウルフ種の従魔も連れているしてっきりテイマーの冒険者だと思ったよ。
はいこれ、この書類を二階の受付カウンターに持って行けば従魔の鑑札を発行してくれるよ」
ササッと書類にサインをし渡してくださる解体所受付職員さん。俺はそんな職員さんに、非常に重要な問いを投げ掛ける。
「はい、ありがとうございます。それと六番受付の男性職員さんはお元気でいらっしゃいますか?出来れば面倒事は避けたいんですが、例えば四番の受付嬢とか」
「あぁ、六番のあいつは相変わらず不人気受付をやっているよ。四番は・・・シャロンだよ。ケビン君はここに何度か来ているのかい?四番受付を気にするってことは、前に被害にあったとか?」
「いえ、ただ以前ギルドマスターのいたずらに巻き込まれそうになりまして」
「あ~、なるほどね。そういえば春のオークの間引きを前に、ギルドマスターがウズウズしてなかったか?あの人オーク討伐が大好きだからな~。なんにしても気を付けてくれ」
「はい、ありがとうございます」
俺は従魔の審査証明書を受け取ると解体所受付職員さんに礼を言い、気持ちを引き締めてから二階冒険者ギルド受付に向かうのでした。
本日一話目です。