日が昇り、静かだった街並みに喧騒が戻って来る。
多くの人々が朝の開門と共にそれぞれの目的の為に動き出す。
宿屋の部屋で荷物をまとめたマルセル村一行は、領都までの旅を再開する為玄関口に向かい歩き出す。ブラックウルフの尻尾亭ご主人特製の朝食を頂いた二匹の従魔たちは、この宿泊に大変満足した様子で、玄関口で見送りをするご主人の下に自ら赴き丁寧な礼を述べている。
そんな彼らに対し“ご丁寧にありがとう。またこのミルガルの街に来た際は立ち寄って下さい”と言葉を交わすご主人。
ご主人、絶対何かテイマー系スキルに目覚めてるでしょう?もしくは何らかの神様の加護とか。
俺も人の事言えないけどさ、ご主人の従魔愛は尋常じゃないよね。
在りし日の記憶が教えてくれる“ムツゴロウ”と言う謎のキーワード、支配でも調教でも無く、敬意と友愛を持って従魔と交流を持つご主人に、改めて尊敬の念を強くするケビンなのでありました。
ガタゴトと音を立て走り出した荷馬車は街の大通りを抜け一路街門を目指し進んで行く。同じように街門を潜る旅人たち、ミルガルの街から領都に向けての主要街道は、春の目覚めと共に多くの荷馬車や馬車、徒歩の行商人や旅人などが行き交う様になっていた。
ミルガルから先は途中四回ほど宿を取るも、草原での野営と言った事は無くなる。それだけ人口も多く経済活動が活発であると言う証拠であろう。
こうした所謂経済圏と呼ばれる地域はその領地の経済活動を支える重要な土地であり、主要街道はそれら経済活動の根幹を支える大動脈。その為領兵の監視や冒険者の警戒依頼等が行われ、周辺地域で魔物被害が起こらない様に頻繁な間引きが行われている。
つまり何が言いたいのかと言えば、とっても安全で平和。ただしそれは魔物被害に限った話であり、盗賊の場合はそれに該当しない。
彼らは狡猾かつ大胆、様々な手段を用い巧みに人を罠に陥れる。
空に浮かぶ雲に向かい、“人って魔物より厄介”と心の内を語るケビンなのでありました。
“!?”
「ザルバさん、前方で何かあります。複数の魔物の反応です」
俺の声に、のんびりと荷馬車を走らせていたザルバさんの顔に緊張が走る。
ここはミルガルの街から村を二つほど越えた先の森を抜ける街道沿い。春先と言う魔物が活発に動く時期であることを考えればあってもおかしくない事態ではあるんだけど、ツイてるのかツイてないのか。
魔法の練習がしたくてうずうずしていたケイトさんだけがやる気満々です。
因みにブラッキーはケイトの影の中でお休み、白玉は従魔の指輪に帰って熊親子の特訓の続き。憐れ熊さん、短い休暇は終了の様です。
慎重に荷馬車を進めるザルバさん、俺は耳を澄ませ前方の様子を探ります。
“ギギギッ、グギャッ”
“““グギギギギッ”””
この声、見えてきたあの姿、あれは・・・。
「やったぞケイト、ゴブリンだ!!」
低級魔物にして銅級冒険者の飯のタネ、領地を治める者からしたら何の旨味も無い只管厄介な負の魔物。経済を支える為、住民の安全を守る為、年間どれ程の予算がゴブリン退治に使われている事か。住民はゴブリンを退治して貰う為だけに税を納めていると言っても過言ではない程増えるんですよね~、こいつら。
一体一体の強さは大した事なく、よほど油断しなければ戦闘経験の低いものでも簡単に退治できる、そう言われている魔物ですが、ゴブリンの真価は集団戦。
過去に多くの国や地域が滅ぼされたと言われるほど徒党を組んだゴブリンは厄介であり、多くの冒険者パーティーがゴブリン如きと油断した末帰らぬ人となっていると言う事は、広く知られた事実。ザルバさんが慎重になるのは当然の反応です。
でもそこはケイトさん。
「さぁケイトさん、遠距離攻撃の練習です。最弱ダークボールでやってしまってください」
「“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の小虫を指先で潰したまえ、ダークボール”」
“ビュ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~、バンッ”
「命中確認、頭部に一発、いいですよ~。次々撃っちゃってください!!」
「“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の小虫を指先で潰したまえ、ダークボール”」
“ビュ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~、バンッ”
「“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の小虫を指先で潰したまえ、ダークボール”」
“ビュ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~、バンッ”
何処からともなく飛んで来る魔法弾による攻撃、周囲に見える敵も無く慌てるゴブリンたち。そして遠く離れた位置の荷馬車から放たれる魔法弾の軌跡を見つけた時の反応は様々。
荷馬車に向け走り出す者、その場でオロオロする者、逃げ出す者。
ケイトの放つ最弱ダークボールは、そんな彼らを一体一体確実に仕留めて行く。
「爆散するでなく、かと言って弱らせるだけで終わらず。どうですかねザルバさん、ケイトの最弱ダークボールの威力は。心配していた対ゴブリン戦ですが、いい感じの威力に収まっていると思うんですが」
俺はケイトの仕上がりに満足気な笑みを浮かべ依頼主のザルバさんに意見を求める。
対してザルバさんは何とも言えないと言った複雑な表情でケイトの戦闘を眺めていらっしゃいます。
「えっと今度はどんな問題があるんですか?威力は申し分ないはずですけど?」
俺はザルバさんの顔を見ながら、困惑気味に質問するのでした。
「あぁ、すまない。ケイトの対ゴブリン戦についてだったね。
魔法の威力に関しては申し分ないよ。ケイトが闇属性の特化型魔導士と言う事を考えればこれ以上威力が弱い方が問題だろう。但しあの命中精度は少し問題があるかも知れない。
職業を授かり多くの研鑽を積む者は結構な数いるからそれ自体はそこまでの問題でもないんだが、遠距離からの動く物体に対する命中精度が異常なんだよ。
さっきから頭部の一発で全て仕留めてしまってるだろ?
それが一体二体なら褒められる程度で済むが、全弾となると騎士団の兵士の中でも相当に訓練を積んだ優秀な者に限られる。これは修練でどうにかなる問題だから王都の学園にとか言った事にはならないが、地方貴族からは“戦力として我が領へ来い”とか言った強引な誘いに発展しかねない。
それをケイトが素直に聞くと思うかい?確実に無視をする。
怒りだす地方貴族、強引な手段に訴える、ケイトの怒りを買う。
私にはケイトが“グルセリアの悪夢”と呼ばれる光景が目に浮かんでしまってね。
自分の娘が優秀な事に対し頭を抱える日が来るなんて、王都で貴族をしていた頃は思いもしなかったよ。
ハハハハハハ」
何かザルバさんが空を見上げ乾いた笑いを浮かべていらっしゃいます。
そっか~、あれくらいでもダメなのか~。
学園の生徒として無難に過ごすのって、思いのほか難しいんですね。
「ケイト~、それ不味いみたい。遠距離攻撃の難易度を上げてみようか?今度は仕留めるのに二発から三発で」
俺からの指示にコクリと頷いたケイトは、残り十体のゴブリンに対し再び最弱ダークボールの詠唱を開始するのでした。
「“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の小虫を指先で潰したまえ、ダークボール”」
“ビュ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~、バンッ”
「“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の小虫を指先で潰したまえ、ダークボール”」
“ビュ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~、バンッ”
「“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の小虫を指先で潰したまえ、ダークボール”」
“ビュ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~、バンッ”
“グッギャ~、ドサッ”
「どうですかね、ザルバさん。肩口や足、全体に着弾点をばらしたうえで真ん中からややずらした形での胴体への着弾。今度は不自然さはなかったんじゃないですか?」
口をポカ~ンとして倒れるゴブリンを眺めるザルバさん。お~いザルバさ~ん、帰ってこ~い。
「あ、あぁ、うん。これなら全く問題ないんじゃないかな?あとはたまにいい感じで急所に着弾するのを混ぜるとより効果的だと思うぞ。あまりにもばらけさせ過ぎると玉数が問題になって来るからね。確か最初の内は十発の縛りを設けるんだろう?」
「あぁ、そうでした。その事を踏まえたうえでの練習が必要ですね。
ケイト、お疲れ。いまゴブリンを仕舞っちゃうからちょっと待ってて」
俺は闇属性魔力の触手を飛ばし全てのゴブリンを指定すると、腕輪収納に収納するのでした。
えっ?影空間に仕舞わないのかって?ゴブリンはすぐに腐っちゃうんだよ、日持ちしないんだよ。だから討伐部位は比較的腐りにくい左耳って事になってるんだよ。(ボビー師匠情報)
ゴブリンの腰巻は匂い玉の材料に使えるし、ゴブリンシールドにも加工可能ですからね。腐りやすい身体は畑の肥料?まぁこれも大容量時間停止機能付きの収納の腕輪ありきの話なんですけどね。
ケイトの魔法訓練は今後の課題が見つかったところで終了。やはり実践に勝る経験はありませんな~。
問題は今後も実践が行えるか否か、領都周辺の経済圏、特に主要街道沿いは魔物討伐が頻繁に行われているからな~。今日の出会いは相当にラッキーだったと言わざるを得ません。
街道の脅威もいなくなり、ゆっくりと荷馬車を走らせるザルバさん。
「ちょっとここで止めて貰ってもいいですか?」
そう言い荷馬車を止めて貰った場所は、先程のゴブリンたちが集まっていた場所。
「ケビン君、この辺に何かあるのかい?」
再び警戒を強めるザルバさんに、“何かがいるみたいなんですよね~”と答える俺氏。
“ガサガサガサ”
何か外套の様なものが動いてるんだけど、子供?
“ギギッ、グギャッ”
それは黒いボロボロの外套を被り、なぜか防具を付けたりローブを羽織ったりしている二体のゴブリン。
「“最早これまで、くっ、殺せ!”ってゴブリンにくっ殺されても嬉しくないわ~!!」
思わず力一杯叫び声を上げた俺は悪くないと思います。
「って言うか何でゴブリンが防具を付けてるのさ、えっと噂に聞くゴブリンリーダーとかゴブリンソルジャーって奴?
なんか進化したゴブリンは武器や防具を付けてるって勇者物語で語られてたけど、あれって本当だったの?と言うかその武具って誰が作ってるの?凄い気になるんだけど!?」
俺の反応が思っていたモノと違っていたのか、何故か困惑した動きをする二体のゴブリン。だって気になるものは気になるじゃん、腰巻はまだ分かるよ?捕まえた獲物の皮に只管齧り付いて柔らかくしたんだと思うから。でもさ、鎧に剣だよ?剣は人族から奪ったとしてもその鎧身体にぴったりじゃん、これってゴブリンの街があってそこにゴブリンの鍛冶師がいて作製してるって事じゃん。ゴブリンスゲ~って話じゃん。
そう言えばブー太郎がオークには石工や棍棒を作る職人がいるって言ってたよな、あるのか、ゴブリン帝国にオーク帝国!?
いくら討伐しようともすぐに繁殖するゴブリンが大戦力を率いて攻めて来る、そりゃ国も滅びるっての。目の前の文明の香りを感じさせるゴブリンに、ゴブリン帝国の大侵攻を想像し戦慄するケビン。
そんな俺の態度に困惑気味だったゴブリンが話し掛けて来るのでした。
“グギャ、グギグギャギギ”
「へっ?そんな事ってあるの?って言うか種族変わっちゃってるじゃん、体格が違うじゃん、呪い超恐いんですけど」
ガタゴト揺れる荷馬車に揺られ、マルセル村一行は一路領都グルセリアに向かい旅を続ける。御者台にはケイトの父親ザルバさん。荷台にはケイトに俺ケビン、それと二体のゴブリン。
・・・えっと、ゴブリン拾って来ちゃいました。って言うかこの二体、ゴブリンじゃなかったんですけどね。
話せば長くなるんですが、簡単に言えば呪われた元人間、隣国ヨークシャー森林国の御方なんだそうです。それなら鎧やローブ、外套にも納得。子供用とか言って特注した品だったんでしょう。ゴブリン帝国のロマンの解明はお預けの様です。(涙)
で、そんな御方が何でこんな所でゴブリンに襲われていたかと言えば、呪いを掛けた黒幕たちに襲われたからですね。
どうやら相当に厄介な呪いらしくってですね、国内の解術師の手には負えなかったんだそうです。そこでどうにか解術の手段は無いかとあらゆる文献を探したところ、ここグロリア辺境伯領内のどこかに隠遁した大賢者様がいるらしいと言う情報を手に入れたとか。藁にも縋る思いで交易で付き合いのあるグロリア辺境伯様におすがりしようとしたところ、その道中を襲われたとのこと。
「・・・それってどう考えても敵方の罠だよね?ゴブリンさん方を御屋敷なりから引き摺り出す為の」
““!?””
俺の言葉に驚きとショックで固まるお二人。あぁ、残念主従なんですね、分かります。
えっとそれとなんで俺がさっきからゴブリンさんって呼んでるかと言いますと、このお二人、自分の名前を封じられてるそうで他人に伝える事が出来ないんだそうです。
これはいざという時の為の保険、流石に自分の家の関係者が呪いでゴブリンにされちゃいましたとは言えませんから。そんな醜聞下手したら家が傾いちゃいますからね?
「・・・つまり家からも捨てられてね?今回の襲撃って本当に黒幕側からの物だったりする?貴族って自分の家を守る為なら平気で子供を殺すよ?自分の子供を跡継ぎにする為に邪魔な側室やその子供を殺す。ここオーランド王国でもよくある話だよ?
大体名前を封じられたゴブリンさんがどうやって自身を証明するの?証拠の品があったとしても相手がゴブリンじゃ誰も取り合ってくれないよ?」
俺がここまで言って初めて自身の置かれた現状に気が付き愕然とする残念主従。
「それとおそらくですが、お二方は既に病死か事故死と言った扱いになっていると思いますよ?国内のあらゆる解術師に手を尽くせるほどの貴族であれば、たとえ一人しかいない跡取りであったとしても親族は多いはず。
家を守る為には苦渋の決断だったって事になるんじゃないんですかね」
多分青い顔をなさっているんでしょうが、ゴブリンだから変化が分からん。
「まぁ今すぐ今後について判断しろと言われても困ると思いますんで、暫くご一緒します?先ほどもゴブリンに襲われていた様ですし」
“グギャ、グギャグ”
「そうですか、分かりました。でも大変でしたね、春で繁殖期を迎えた雄ゴブリンが群がって来るって。だから外套がそんなにボロボロなんですか・・・雄ゴブリンが群がって来る?
ケイト、戦闘訓練が再開できるぞ!
お二方、ご安心ください。グロリア辺境伯領領都グルセリア迄無事にお届けする事を誓いましょう。それから先の事はお二方でよくお話し合いになって下さい」
現在不幸のどん底にいるゴブリンさん(元人間)を余所に、向こうから練習用の的がやって来る事にテンションの上がるケビンとケイト。
そんな二人の様子に、“俺の教育が悪かったのかな~、悪かったんだろうな~”と黄昏るザルバなのでありました。
本日一話目です。