多くの人々が集う領都グルセリアの街門、グロリア辺境伯領経済の中心地でもあるここグルセリアはその経済力に比例するかの様に人と物が集まり、そして各地に送られて行く。
そんな一大経済都市の街門では、多数の門兵様が同時に複数の入街希望者を見分し送り出す作業を行っている。
「次、身分と目的を告げよ!」
「はい、私は辺境マルセル村のザルバと申します。こちらは娘のケイト、その隣は村の青年ケビン。この度娘ケイトの領都学園入学に合わせ領都へ伺わせて頂きました。
このウルフ種は娘ケイトの従魔となります。
こちらが私どもの村民証です」
「お勤めご苦労様でございます。マルセル村のケビンと申します。これが薬師ギルドのギルドカードになります」
「ほう、学園入学とはおめでとう。立派な従魔だな、とても理知的な顔つきをしている。それと君は薬師なのか、薬師は何処も不足している、頑張ってくれ。
よし、通って良し!」
荷馬車は走る、領都グルセリアの石畳の大通りをカタコト音を立てて。
例のゴブリンさん方との出会い以降、領都までの道程は大変有意義なものとなりました。いや~、流石ゴブリン、春先と言う事もあるけど出るわ出るわ。
よくGは一匹見つけたら百匹はいると思えって言うけど、G(ゴブリン)も一緒。餌(ゴブリンさん方)の匂いにつられて出て来る出て来る、もう入れ食い、猫まっしぐら。
こいつらを完全に退治したかったら巣を叩かないと駄目だね、いくらうろついてる個体数を減らしても、すぐに生まれて成長しちゃうんじゃ追い付かないって。
その辺はホーンラビットと一緒、危険度はある意味同等なんじゃないんだろうか。食べれない分ゴブリンの方が始末が悪いかもしれない。
そりゃ見つけ次第殲滅されちゃうっての、俺ゴブリンに生まれなくって良かったわ~。
その圧倒的繁殖力と言う脅威度から常に命を狙われ続けるゴブリン種、ゴキブリと同様の種族的悲惨さを感じます。同情はしないけど。
で、それだけたくさん沸いて来ちゃった訳ですよ、Gが。もうね、ケイトさん大喜び。
ケイトさん曰く、頭部と胸部の中心からのやや左側、股間がゴブリンの急所との事。
えっと、それって人間も同じですから、気を付けてくださいね。模擬戦で狙わないようにしてください?本気で。
ケイトの魔法練習の為のゴブリン討伐は、いつの間にか対人戦闘スキルの修練にも繋がっていた様です。(冷や汗)
グルセリアの街は大きい。各産業を支える工房がひしめき多くの領民が住む居住区を抱えて尚森を有するほどにグルセリアを囲う街壁は長大である。
そんな街の中は幾つかの区画に整備されており、この街を訪れた旅人は街門から少し入った辺りに立ち並ぶ宿屋に宿泊するのが通例であった。
「いらっしゃいませ。何名様でご利用ですか?」
「私とこの子供たちの三名だ。食事も一緒に頼む」
「はい、お一人様銀貨一枚と銅貨二十枚、一泊で銀貨三枚と銅貨六十枚になります。
それと夕食は夕方から夜の鐘が鳴る迄となりますのでご注意ください。
お食事は食堂でお召し上がりになりますか、それともお部屋にお持ちしますか?」
「部屋に頼む、夕方に声を掛けさせてもらうよ。それと荷馬車を頼む」
「畏まりました、馬の方は厩の方に連れて行っておきます。こちらは別に飼葉代が掛かりますがよろしいでしょうか?」
「あぁ、よろしく頼む」
「ではこちらがお部屋の鍵となります、一階の奥から二番目です。ごゆっくりお寛ぎください」
本日の宿をサクッと決め部屋を取るザルバさん。宿選びのコツは宿の周りが良く清掃されている事と周辺の人の流れ、変に奥まった場所の宿は、あまり素性のよろしくない客が好んで宿泊するらしい。
開き直った悪党はもっと豪華な宿に泊まるとか、流石元騎士団小隊長殿、犯罪者心理に精通していらっしゃる。
宿の部屋は可もなく不可も無く、村の宿屋よりかは小洒落てると言った感じ。
「それじゃザルバさん、ケイト。ちょっと行って来るんでゆっくり休んでいてください」
「あぁ、ブラッキーとゴブリンさん方によろしく。私達は学園に入学の手続きに行って来るから、部屋に誰もいなかったら適当に休んでいてくれ。宿の者にはケビン君は部屋で休んでいると言っておくよ」
「ん。」
俺はザルバさんとケイトに挨拶をすると自分の影に潜って行く。影空間に潜むシャドーウルフとゴブリンたちに会う為に。
――――――――――
そこは不思議な空間であった。黒い地面、黒い壁。全体が黒で覆われている為にどこまで広がっているのかがあいまいな、そんな場所。
そんな黒の空間に差し込むのは高い天井より照らされる無数の明かり。教会の大聖堂よりも遥かに高いそこから見えるのは、まるで地面から見上げたかのような人々の営み。
それはまるで地下世界から地上の様子を仰ぎ見るかの様な、そんな感覚。
“ギギギッ”
“ギギギャ、グガギガ”
そんな地下世界にポツンと佇む一軒の四角い建物。建物の前では二匹のゴブリンが何やら話をしており、その側には一匹の大きな狼が身体を横にして休んでいる。
「ゴブリンさん方、話し合いは終わりましたか?」
そんな彼らのもとに青年ケビンは不意に現れ、言葉を掛けるのであった。
いや~、ここはいつ来ても広いわ~。え~、私がどこにいるのかと言いますと、自分の影の中と言いますか、所謂影空間って所ですね。
何時も影収納とか言って魔物を仕舞ってる場所がここだったりします。これってブラッキーが獲物を捕まえる為に待ち伏せしていたりする影空間と基本は一緒なんだけど、広さが魔力依存なもんで俺っちの場合大体マルセル村がまるっと入っちゃうくらい広いって言うね。
例の最上生物でも然程不自由なく過ごせそう?いや、あの方からしたらワンルームサイズか。魔境の洞窟の広さはこんなもんじゃなかったもんな~、どんだけデカいんだあそこ。
で、何でこちらにゴブリンさんがいるのかと言いますと、従魔の指輪には既に熊親子と白玉がおりまして、定員いっぱいなんでございます。
領都に着いたはいいけどその先の事を何も考えていなかった残念主従、領都に入るには冒険者ギルドで従魔登録をするしかないっていう状態。
呪われてゴブリンの姿とは言え人間を従魔登録、嫌過ぎるでしょう。
ゴブリンさん方もなんか抵抗があるみたいだったんでこれは却下、人のフリをするのも身分証が使えないんで却下。一番無難だったのが魔物の不正持ち込みだったって訳です。
俺もオーガじゃないんで最低限の暮しは出来るように配慮していますよ?土属性生活魔法で豆腐ハウスとスライムトイレ、椅子やテーブルに食器類などを作って影空間に収納、地下空間に生活しているかのように演出してみました。
人ってモノは面白いもので、ダンジョン探索者でも地下ダンジョン内にテントを張ったりするんだそうです。はっきりと区切られたプライベート空間があると言うだけで、かなり落ち着くものらしいですよ?
そんでブラッキーにはこの二人の面倒を見て貰ってます。何かあれば俺に<業務連絡>が来る仕組みですね。
で、お二人さんに今後のご予定を聞いてみたんですけどね。
“グギ、グギャグギャ”
「“どうかお助け下さい”って知らんがな。まず何をどうしたいのかが分からん。
俺たちとあなた方の出会いは偶然、あなた方はここ領都グルセリアに行きたかった、俺たちは丁度グルセリアに向かうところだった。あなた方はそのゴブリンと言う身体の特性上繁殖期を迎えた雄ゴブリンから狙われていた、俺たちは魔法練習用の的としてゴブリンが集まって来る事自体都合が良かった。
互いに条件が合ったから共に旅をしただけの関係、これは旅人にはよくある事。魔物蔓延るこの世界、より安全に旅をする為の人々の知恵。
でもそれはこの領都グルセリアに着くまでの関係であって、そこから先はそれぞれの人生。
一緒にここに来た女の子、ケイトはこの領都の学園に入ると言う目的があった。俺とザルバさんは彼女を安全に送り届けると言う目的が。
俺たちは彼女の入学を見届けたらすぐにでも故郷グロリア辺境伯領北西部のマルセル村に帰る予定です。
俺は言ったはずですよ?これからどうするのかよく考えてくれと。
只助けてくれと言って助けてくれるのは物語に出て来る勇者様か王子様くらい、現実にはいませんから。
本気であなた方は何がしたいんですか?」
俺の言葉に返す言葉も無く黙り込むゴブリンズ。
俺はそんなゴブリンズに大きなため息を吐きながら、幾つかの提案と考察を話して聞かせるのでした。
「まず第一に現状です、これは後程私のコネを使い簡単な確認を行ってみますが、おそらくお二人は不慮の事故で亡くなった事にされているでしょう。
これでもし仮に呪いが解け、ヨークシャー森林国のご実家に帰還する事が出来たとしても、良くて領内のどこかの御屋敷に軟禁、悪くすれば貴族の名を騙る不埒者として処刑されるでしょう。
対外的にはすでに亡くなっているんですから何も問題ありませんし、あなた方の名を騙る不埒者が現れる可能性を考えない貴族はいませんから。
既に本国で手は尽くしているんです、後は安らかにお眠りくださいと言うのが本音でしょう。
次にそんな状態のお二人がグロリア辺境伯様をはじめとした貴族の方々を頼った場合です。相当に扱いに困る事となるでしょうね。腫物の様に常に監視され、どこか保養地での一生となるか、それとも密かに儚くなるか。
ヨークシャー森林国側のご実家があなた方の事をお探しになっていると言うのなら話が変わりますが、現状望みは薄いかと。
何らかの含みがあった上で保護して頂ければ最良に近いのですけどね。
その他の商人や教会と言った場所での保護はさらに難しくなります。これが人の姿であればまだしも現在の姿はゴブリンですから。いくら呪いが解ければ人に戻れると言われてもその手段が。
お味方とはぐれてしまった時点で八方塞がりになってしまっていたって訳です」
俺の言葉に改めて現状を理解し絶望的になるゴブリンズ。
こうして考えてみると、在りし日の記憶にあるラノベでよくあったゴブリン転生って酷過ぎじゃない?死ぬって、確実に死んじゃうって。
餓鬼道や畜生道って言葉があるけど、まさにそれやん。生きながらにゴブリン道、これキッツいわ~。
「そこで幾つかの提案です。
一つはこのままこの街でお別れする。目的地があると言うのならその傍までお送りします。そこから先は頑張って下さいとしか。
二つ目は何処か森の奥にでも送る。人里での暮らしはちょっと難しいでしょうから街道から離れた場所でお別れと言ったところでしょうか。
三つ目はウチの村で修行する。これからこのままゴブリンとして生きて行くにしても呪いの解術の為に行動をするにしても、今のままでは直ぐに死んでしまいますよ?
俺の目から見ても少し弱過ぎです。少なくともあそこで寝そべっているシャドーウルフと対等に戦えるくらいでないと厳しいかと。
幸い我が村には元白金級冒険者“下町の剣聖”ボビー師匠がおられます。ボビー師匠に指導を受ければ今よりも格段に強くなることは可能でしょう。
またボビー師匠には三人の高弟がいます。彼らに指導を受けるのもいいでしょう。
少なくともこのまま闇雲に手掛かりを探しに旅立つよりかは数段ましかと。
俺たちはまだ数日領都に滞在します。その間によくよく二人で話し合って今後の方針を決めてください」
俺はそこまで言うとブラッキーに後を任せ、豆腐ハウスに必要な食料を補充して影空間を後にするのでした。
「只今ケビン君、ゴブリンさん方はどうだったかな?」
俺が宿屋のベッドで心地よいまどろみに包まれていると、ザルバさんとケイトが学園の入学受付を終え帰って来られました。
「お帰りなさいザルバさん、ケイトもお帰り。
それでゴブリンさんたちはね~。どう考えても絶望的なんですよね~。
本人たちもここグルセリアに辿り着くと言う当初の目的を希望にして生き抜いて来ていたみたいで、そこから先は全く。まぁ俺が同じ状況でもどうしたらいいのかなんて分からなかったと思いますけどね」
俺の言葉に難しい顔になるザルバさん。自身の愛娘が呪い被害者である彼はどうしても他人事には思えないのでしょう。
「まぁ取り敢えず幾つか提案はしておきましたが、一番無難なのは生きる力を磨く事、マルセル村に連れて帰ってボビー師匠に丸投げしちゃおうかと。
あの人最近体力有り余ってますから、少し苦労させた方が大人しくなりますって。またどこかからか浮浪児でも拾ってこられたら堪りませんからね」
そう言いニヤリと笑う俺に引き攣り顔になるザルバさん。
ケイトはそんな俺たちの会話には一切興味を示さず、“お腹が減った、早くどこかに昼ご飯を食べに行こう”と催促してくるのでした。
全くぶれないケイトさん、流石です。
俺とザルバさんは互いに顔を見合わせ苦笑いをすると、ケイトの後に従って街の食堂へと向かうのでした。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora