“トプンッ”
黒の世界、天井から差し込む光は人々の喧騒を映し出し、自分たちが地上世界に出れない立場の存在だと言う事を否が応にも自覚させる。
そんな世界に立つ一軒の家。
それは家というより箱と表現した方がいい様な、四角四面の不思議な建物。
その建物の前で木刀を振り剣の動きを確かめる鎧を付けたゴブリンと、その様子を大きなブロックに腰掛けながらじっと見守るローブ姿のゴブリン。
そんな二体のゴブリンを前に、彼は何の前触れも無く声を掛ける。
「お二方とも、考えはまとまりましたか?」
―――――――――――――――
グロリア辺境伯は目の前の光景に驚愕していた。
マルセル村の少年ケビン。彼は辺境の村の子供とは思えぬ程理知的な少年であった。
彼との出会いは昨年の冬に行われた授けの儀に合わせ、マルセル村村長代理ドレイク・ブラウン殿が面会に訪れた事が切っ掛けであった。
マルセル村のドレイク・ブラウン、彼の名は以前より聞き及んでいた。
毎年のように辺境の地で見られる冬の餓死者をなくし、食べるものにも困る貧困に苦しむ寒村を立て直した隠れた英雄。その業績は多くの者の関心を呼ぶような派手さはないものの、その困難さや成し遂げた事の大きさは、為政者として決して無視出来ない素晴らしいものであった。
その彼が今度は周辺の村々を巻き込んで辺境五箇村による農業重要地区入りを目指すと言う。あまりに荒唐無稽なその試み、これまで多くの農村地帯が目指しそして成し遂げる事が出来なかったそんな無謀な挑戦を、彼は見事達成して見せた。
自身が主管するマルセル村ばかりでなく、ゴルド村、スルベ村、マルガス村、やや伸びは遅いもののヨーク村に至る全村が、その収益を伸ばす結果を示したのである。
その成果は周辺五箇村の総合監察役であるストール・ポイゾンによって報告され、農業重要地区入りの面接を兼ね、マルセル村の者達との会談が持たれたのである。
その会談の場で披露されたマルセル村が齎した数々の業績、その全ての中心人物と言えるのがケビン少年であった。
彼は始めこの城と言う場所や領主との面会に緊張し、とてもおびえた様子を見せていた。だがその行動は決して無礼なものではなく、むしろ微笑ましいとさえ思えるものであった。
それら全ては自身を守る為の擬態ではあったのだが。
現状を正しく理解し、己に出来る事、出来ない事を分析し、最善を尽くす。
その姿勢は下手な貴族よりも余程誠実で思慮深いものであった。
彼は平民の辺境の農民であるにも関わらず、王都の教育機関の教師よりも余程この国の仕組みを理解し、己の立場を受け入れていた。
それは自身が辺境伯である私に目を掛けられたからと言って全く変わる事はなかった。
自身は辺境の村人であるという分別を持ったうえで、私からの頼みにも応えようとしてくれた。
そんな素晴らしい姿も、彼の持つ力のほんの一端だったというのか。
以前彼が語ったビッグワーム農法、ホーンラビット牧場、聖水布に対する対応と対策。それは見事としか言い様も無く、授けの儀の前の子供とは思えない、老獪な賢者の言葉の様であった。
そしてエルセルの街に対する対応、その的確な指示は正に為政者の視点を持つ者の考え方を示していた。
この少年が欲しい、私がそう思ってしまうのも無理からぬ事、それはあの場にいたモルガンやメルビン司祭殿も同様であった事であろう。
だがそれはケビン少年によって見事に防がれてしまう。自らの行動のすべてが穏やかな村の暮らしを行うための物であり、貴族の嫉妬によって儚くならない為の物と言われてしまってはどうして引き込む事など出来ようか。
己の立場を理解しその距離感を決して逸脱しない彼に対する信頼は、私の中で更に強いものとなった。
此度の孫の婚約破棄騒動は、我がグロリア辺境伯家に唾を吐く行為である。その経緯、その所業、決して許す事は出来ない。
だが孫のパトリシアは、その傷付き損なわれてしまった心はどう回復してあげたらいいものか。そこで思い出したのがあの会談の時パトリシアばかりでなく城勤めのメイドたちすらも虜にした角無しホーンラビットの愛らしさ。
あのモフモフとした姿、コテンと首を傾げる仕草。執事長に止められなければ私も触りたかったものを。
あの可愛らしい魔物が数多く飼育されているマルセル村に赴き、角無しホーンラビット達に包まれれば孫の心も必ずや。
私は待った、マルセル村の者が訪れる事を。
そして私の予想通り彼は現れた。このケビン少年に託す事が出来れば孫は必ずや以前の明るさを取り戻す事が出来る。私には何故か確信じみた予感があった。
しかしそのケビン少年がまたしてもとんでもない事案を持ち込むとは。
隣国ヨークシャー森林国の騒動は私の耳にも聞き及んではいたのだが、その真相が令嬢に対する呪い、しかもその姿をゴブリンに変えられてしまっているなどと誰が予測出来ようか。
更にその令嬢を自身の使役魔物の能力を使い影に忍ばせているなどと。
シャドーウルフのテイム、そんな話などこれまで一度も聞いた事もない。彼は一体どれほどの引き出しを持っているのか。
“プワッ”
何も無かった中庭に行き成り影が広がる。その影の中から大きなシャドーウルフが顔を出し、ついでケビン少年、そしてフードを被った小柄な者が二体姿を現した。
「お待たせいたしました。グロリア辺境伯様にご紹介いたします。私が保護しております、二名のゴブリンさんです」
ケビン少年の言葉にフードを下ろし外套を脱ぐ二体のゴブリン。一体は身体に騎士鎧を身に付けもう一体はローブを羽織っている。
二体のゴブリンは私の姿を認めると、片膝を突き頭を下げ言葉を発する。
““グギャギャグギャ、グガ、グギャギャ””
「お初にお目に掛ります、グロリア辺境伯様。この度は拝謁を頂き誠にありがとうございます。と、申されております」
「うむ、詳細はそこのケビンより聞き及んでいる。して、その方らは自ら名乗る事は可能か?」
““グギャ、グギャギャギャ、グギャ””
「大変申し訳ありません。私共はこのような姿であり、家の者により名を封じられております。証拠の品としてはこのような物しかありませんが、どうぞご検分ください」
そう言うとローブ姿のゴブリンは首からネックレスの様なものを外し、前へと差し出した。ケビン少年はそれを拾い上げると執事長に手渡す。執事長はその品を十分に見やった後こちらへと手渡して来た。
それはヨークシャー森林国の精霊契約の儀式で使われるネックレス。そこに付けられた飾りに刻まれた紋章。
「ゴブリン殿、ゴルダー卿は御壮健かな?」
“グギギャ、グギャ”
「祖父は父に代を譲ってからはあまり王都には。私がこの様な事になってからはあまり家の者にも会う事が出来なかったものですからどうしているのかまでは」
「であるか。相分かった、礼を言おう。これは元宰相としての言葉である、心して聞いて欲しい。
其方らの事はヨークシャー森林国よりこのグルセリアに来る途中に襲われ、死亡したものとして連絡が入っておる。これは本国においても同様であろう。
今更国に帰ったとしても戻るべき場所はないと思って貰いたい。
またその呪いが解けぬ限り其方らの居場所はこのオーランド王国にもないと言ってもいいだろう。唯一は何者かのもとで従魔として生きるか。
この地には呪い解除の手掛かりを求めて訪れたと聞くが、その様な力を持った賢者の存在など私の耳にも入ってはいない。
その話に近い話と言えば大森林の奥地に居を構える大賢者の話であるが、これは三百年以上も前の話で尚且つ魔法の勇者パーティーによりその死亡が確認されている。
すまないがそれ以上の話はここにはない」
“グギ、グギャグギャ、グガガグギャ”
「本国からの話、また貴重な情報を聞かせていただきありがとうございます。
ですが私共は人の姿に戻ることをあきらめてはいません。この命が尽きるまで追い求める覚悟は出来ています」
「して、その方らはこれよりどうするつもりであるか?」
“グギギギグギャ、グギャッギャ”
「はい、私共には生き抜く力がありません、旅をする為の知識もありません。幸いこちらのケビン少年が住む村には元白金級冒険者のボビー師匠と言うお方がおられるとか。ケビン少年がその御方をご紹介いただけるというので、ご厚意に甘えようかと思います」
「相分かった、何も力に成れずすまん。だがいつまでも影の中に潜み暮らすという事も気が滅入るであろう。特別に通行証を発行しよう。但しこの通行証が有効であるのはここグロリア辺境伯領のみ、更に言えば身分が確りとした者が側に付いている場合のみとなってしまう。これは其方らの姿がゴブリンであることを踏まえて、納得して貰いたい。
ケビン君、通行証は後程モルガン商会に届けさせよう、受け取ってくれたまえ」
「はい、グロリア辺境伯様のご温情、感謝いたします」
「二人共、人前に出る事自体苦痛であったであろう。その心の痛み、我らには察するに余りある。そして希望を捨てず、信念を持って生き抜くとしたその方らの覚悟、このマケドニアル・フォン・グロリア、しかと受け止めた。
其方らの大願が叶う事を祈っている。下がってよいぞ、ご苦労であった」
““グギャッ、グギグギャ””
「グロリア辺境伯様のご温情に感謝申し上げます」
ゴブリンたちはそう挨拶を述べると、立ち上がり、一礼をした後、シャドーウルフと共にケビン少年の影の中に帰って行くのであった。
――――――――――――
「ケビン君、確かに君の言う通りであったよ。彼女は強い、その強さが共に呪われてしまった供の者を思う心から来るものなのかは分からないが、あの様な状況において生きると言う道を選ぶ事の出来る心の強さは、称賛に値する。
どうかあの者達の支えになってあげて欲しい」
そう言い頭を下げるグロリア辺境伯様に俺は敬意を持って礼で返す。
他人の為に頭を下げれる者などあまりいはしない。ましてやそれが自身の利益になるどころか厄介事に繋がりかねない者の為に下げれる頭を持つ者がどれほどいるのだろうか。
「グロリア辺境伯様の言葉、確かに承りました。このケビンにどこまでの事が出来るのかは分かりませんが、あのゴブリンさん方が前を向いて歩いて行ける様、微力を尽くしたいと思います。
本日は御面会いただき、誠にありがとうございました。
モルガン商会長様に置かれましても、騒動に巻き込んでしまった事、深く謝罪いたします」
「いえ、私には話が大き過ぎて何も出来なかったよ。私もあの二人の大願が叶う事を祈らせてもらおう」
「はい、その御心だけでも大変ありがたいです。それではそろそろ私達も。
ハロルド執事長様、よろしくお願いいたします」
そうして俺はモルガン商会長様と共にグロリア辺境伯様に深く礼をし、お城を後にするのでした。
「今日は突然お城に連れて行ってしまい悪かったね」
モルガン商会の建物に帰り着いた俺に、商会長は申し訳なさそうに声を掛けて来た。
「いえいえ、ご領主様から頼まれてしまってはそれをお断りする事など出来ませんから。商会長様はケイトに随分と気を割いて下さっている、そんな御方に何の不満がございましょう。
それに私に出来る事はパトリシア様のお心を少しでも癒す事の出来る角無しホーンラビットを紹介する事くらいですから。
それとゴブリンさん方の通行許可証の件、どうかよろしくお願いいたします」
「あぁ、届き次第宿の方に連絡を入れる様にするよ。宿はザルバさんに聞いているからね」
俺はモルガン商会長様によく礼をし、宿に向かって帰って行くのでした。
よっしゃ~、上手い事誤魔化せた~。まぁブラッキーの事がバレたのは痛かったけど、全体としては問題ナッシングでしょう。
ゴブリンズの話もグロリア辺境伯様に伝わったし、仮に呪いが解けたとしても辺境伯様に丸投げしちゃえばいいし?
元ゴブリンの流民なんてどうしたらいいんだよって思ったけど、ある意味ラッキー?
俺は余計な厄介事がこれ以上増えなかった事に安堵しつつ、ゴブリンズ案件の擦り付けが成功した事に、頬の緩みを止められないのでした。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora