転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第190話 転生勇者、王都の貴族を目撃する (2)

“ガタガタガタガタ”

 

草原の街道を走る一台の馬車。

御者の男は目の前に見える村門を示す二本の柱を認め、この旅の目的地に無事到着した事に安堵のため息を漏らす。

ここはオーランド王国の最果て、大森林、果ては魔境に最も近いとされる辺境の寒村、貴族令嬢の流刑地マルセル村。

過去において多くの貴族令嬢が人知れず軟禁されたと言われる社交界において最も忌み嫌われる場所。

そこは果たしてどう言った場所であるのか。“ゴクリッ”御者の男は知らず生唾を飲み込むと、手綱を握る手に力を籠めゆっくりと村門を越えて行くのでした。

 

「ご免、マルセル村の村長殿はおられるだろうか。ちとお尋ねしたい旨があり面会をお願いしたい」

 

御者の男性はマルセル村村長宅前に馬車を止めると降車用の足場を設置し、中の者の下車を確認した後いそぎ村長宅の扉前に移り、大きな声で呼び掛けを行った。

 

“ガチャッ”

扉を開けて現れたのは確りした体格の柔和な笑みをした壮年の男性。男性は扉の前の来訪者に目を向けると口を開いた。

 

「はい、私はこのマルセル村の村長代理を務めますドレイク・ブラウンと申します。現在我が村の村長シンディー・マルセル様は領都に赴かれており不在です。その間の村の一切はこのドレイクが任されております。

それであなた様方は一体どこのどなた様なのでしょうか?」

 

「あぁ、これは申し遅れました。こちらは鑑定士のルドルフ・ヘイド子爵様、この度さる高貴なる御方よりのご依頼でこのマルセル村に住んでいるエリザベートと言う女性を尋ねて来られました。案内願えませんでしょうか?」

 

御者の男は背後にいる尊大な態度を隠そうともしない男性を紹介すると、自分たちの目的を告げ、エリザベートの元への案内を依頼するのだった。

 

「これはこれは子爵様とは知らず、ご無礼の段平にご容赦くださいませ。

それとお問い合わせのエリザベート様と言いますと、“あの”エリザベート様の事でしょうか?

まぁこのような玄関先ではなんですので中へどうぞ。いま、お茶をお出しいたします。ジェラルド、お客様にお茶をお出ししてくれ。

ささ、中へどうぞ」

 

村長代理ドレイク・ブラウンはそう言うと、御者の男とヘイド子爵を村長宅へと招き入れるのでした。

 

“コトッ”

 

差し出されたお茶より暖かな湯気が立ち昇り、新緑の若葉の香りを鼻腔へと運んでくれる。口を付けゆっくりと飲み込むと、さっぱりとした味わいでありながら身体を温める様な癒してくれる様な不思議な感覚に襲われる。

 

「これは?」

 

御者の男性は初めて飲む様でいてどこかで感じた事のある様な不思議な感覚に、目を見開いてドレイク村長代理へと問い掛ける。ドレイクはニッコリと微笑みながらその疑問に答えるのだった。

 

「はい、こちらは春になり新芽を出した癒し草の若葉を摘んで天日で干した癒し草茶になります。特に春先の若葉は香りも良く、冬から春に変わるこの季節の体調を整えるのにとてもいいんですよ。

この辺りでは街の様に様々な物の流通がありませんから、ある物を工夫して暮らして行く事が当たり前となってまして。幸い周りは何もない自然、すぐ脇の森は魔の森ですから癒し草は割と沢山採れるんですよ。

かと言って売りに歩くにも近隣の街までは馬車で二日、そこに至るまではグラスウルフの草原を越えなければなりません。人手や貴重な荷馬車を出す事を考えると割には合わないんですよ。

ですのでこうして楽しませてもらっているという訳です」

 

土地ごとの工夫と生活、辺境の寒村と聞いて余程酷い貧困の村なのではと想像していた御者の男は、その場にある物を使い工夫して暮らしを豊かにすると言った目の前の村長代理の言葉に、正直驚きを隠せずにいた。

 

「ふん、貧乏人なりの創意と工夫、まぁこの茶の味は悪くなかったと言っておこう。

それよりも本題だ、お前も村長代理という職を預かる身ならば子爵令嬢エリザベート・シルバニアの事は聞き及んでいよう。名は伏せるがとある高貴な御方がその者の生死について確認せよと仰せであってな、王都より我が使わされたという訳だ。

我は特段お主らをどうこうしたいといった訳ではない、子爵令嬢に何があったのかを有体に話せ。我らがここにいるという事にはそれなりの訳があってのこと、無用な隠し立てはするんじゃないぞ」

 

ヘイド子爵は村長代理ドレイク・ブラウンに対し圧の籠った声音で問い質す。

そんな子爵の態度にやや驚きつつ、ドレイク村長代理はその口を開くのだった。

 

「エリザベート様がこの村に来られたのは今から十年ほど前の事でしょうか。

数名の部下らしき者を連れた貴族の御方が連れて来られたあの方に、私は驚きを隠せなかった。

このマルセル村は王都の方々からは貴族令嬢の流刑地と呼ばれているとか、その為十数年に一度くらいではありますが、高貴なる身分の御令嬢がまるで罪人の様に住み暮らす事があるんです。

先程も言いましたがここは流通も乏しい国の最果て、食糧事情も悪く村の者ですら冬になれば餓死や凍死をする様な土地であった。

マルセル村送りになった多くの御令嬢が二回目の春を待たずに儚くなられたと聞き及んでおります。

そんな土地柄です、背中に大きな傷を負い、身体の弱り切ったあの御方がどれ程の生を過ごす事が出来るのか。

この十年、どれ程の苦しみを味わわれたのか。

私には想像する事すら出来ません」

 

ドレイク・ブラウンはそこで言葉を切ると、テーブルのカップを掴み癒し草のお茶を口に含んだ。

 

「去年の秋でした。村での最後の収穫が終わり冬越しの準備に村中が忙しなく働いていた。

そんな忙しさが終わり、皆がホッと一息を吐いた、そんなある日の事でした。

エリザベート様が、エリザベート様としての最後を迎えられたあの日。秋空がどこまでも高く、澄み切った空気が心を穏やかにしてくれる、そんな一日。

エリザベート様はとても良い笑顔で、常に側で仕えてくれたマイヤー様と共に涙されたそうです。

私にはエリザベート様が何を思い、何を語ったのかの一切は分かりません。

ですがエリザベート様には幸せになっていただきたかった。私の中ではエリザベート様もこのマルセル村の一員でしたから」

 

そう言いどこか遠くを見詰めるドレイク村長代理。そんなドレイク村長代理を余所に、ヘイド子爵は不機嫌そうに言葉を発する。

 

「ふん、そんな事はどうでもいい。物事は簡潔に申せ。子爵令嬢エリザベート・シルバニアは既に死亡した、そういう事だな」

 

ギロリと擬音が聞こえて来そうなほどの眼光を向け、ドレイク村長代理を睨みつけるヘイド子爵。対してドレイク村長代理は元の柔和な笑みに戻り言葉を返す。

 

「ヘイド子爵様に申し上げます。我がマルセル村には現在エリザベート・シルバニアなる人物はおりません。ただ私がそう申したからと言ってヘイド子爵様のご依頼人である高貴なる御方はご納得されないかと。

ですのでこれより我がマルセル村を案内させて頂き、ヘイド子爵様の目でご確認いただければ幸いでございます」

 

「ふん、構わん、こっちで勝手に見させていただく。辺に案内されて誘導されてもかなわんからな」

 

「ではせめて護衛の者をお付けください。そちらの馭者の御方はかなりの手練れとお見受けいたしますが、ここは辺境マルセル村、大森林に一番近い村でもありますので。

ジェラルド、グルゴとボビー師匠を連れて来てくれ」

 

ドレイク村長代理の声に部屋へと入って来たのは、精悍な顔の偉丈夫と好々爺と言った雰囲気の老人であった。

 

「二人共、こちらはヘイド子爵に護衛の御方だ。村の中を色々と見て回りたいそうだから案内を。決して失礼の無い様に」

 

「畏まりました。ではご案内いたします、どうぞこちらへ」

 

ヘイド子爵は不機嫌そうに鼻を鳴らしながらも、二人の案内に従って村長宅を後にするのであった。

 

―――――――――

 

「ジェイク君、今のってどう言う事?ドレイク村長代理の言ってたエリザベートさんってエリザさんの事だよね?エリザさん死んでないよね?

昨日なんかギースさんがアナさんに色目を使ってるとか言って、スリコギを持ってギースさんの事を追い掛け回してたんだけど?」

 

エミリーは隣の部屋で行われていたドレイク村長代理と王都貴族ヘイド子爵の会話を思い出しながら、素直な疑問を口にする。

 

「うん、俺も今の会話はよく分からなかったんだけど、よくよくドレイク村長代理の言葉を思い出しても、村長代理って一言もエリザさんが死んだなんて言ってないんだよね。村長代理が言った事は“我がマルセル村には現在エリザベート・シルバニアなる人物はおりません”だろ?

確かにウチの村にはそんな人物はいないんだよ、だってギースさんの奥さんはエリザさんだし。

それとギースさんは別にアナさんに色目なんて使ってないからね?村の見回りをしていたアナさんと太郎に挨拶をして、太郎の背中を撫でさせてもらっていただけだからね?」

 

「え~、それって浮気だよ浮気、男はそうやって女性に近付いて行くってセシルお婆さんが言ってたもん。ジェイク君はそんな事しないよね、エミリーといつも一緒だもんね♪」

 

そう言い下から覗き込むように上目遣いで見詰めて来るエミリー。ジェイクは「そ、そうだね、浮気は駄目だよね、アハハハハハ」と言ってその場をやり過ごすしかないのでした。

 

「そうか、あれがケビンお兄ちゃんの言っていたドレイク村長代理の話術、一切嘘を言わず相手を思い通りに動かす手法、そしてこれから俺たちが気を付けなければならない商人や貴族の戦い方なんだな」

 

ジミーは腕組みをしながら先ほどまでのやり取りを思い出していた。

王都から来た子爵は村長代理を見下し尊大な態度を崩さなかった、そしてドレイク村長代理はそれを当たり前の事として受け入れていた。

つまりこれは貴族と平民の関係を表す構図、あのヘイド子爵と言う人物が特別おかしいのではなく、貴族とはああしたものであると言う事。

これまで村の大人たちから話では聞いていたものの、実際に目にするとドレイク村長代理の様に上手く行動出来るかどうか。

 

「ジェイク、エミリー、俺たちは本当にものを知らない様だ。このまま俺たちが領都の学園や王都の学園に行く事になれば貴族や商人にいい様にされる未来しか見えない。これからは知識の習得ばかりじゃなく世間の常識や身分制度、その場その時々の対応についても勉強しなければならない。それとその塩梅かな。

ケビンお兄ちゃんはそう言った事が異常なほど上手いんだけど、本当にあの人って何者なんだろうか。

前に授けの儀で領都に行った時どんな事があったのか聞いたんだけど、グロリア辺境伯様にこの村の事や村の女衆が付けてるスカーフの事、エルセルの街の対策についてお話しして来たらしい。

ジェイクやエミリーにそんな事出来るか?」

 

「「無理無理無理無理、今の子爵様のご案内だって無理だから!!」」

 

「だろ、俺だって無理。だからもっと学ばないといけないんだよ。俺たちの夢を叶える為に」

 

ジミーはジェイクとエミリーに目を向ける。三人は力強く頷き合うと、ドレイク村長代理に教えを乞う為に村長執務室へと向かうのでした。

 

――――――――――

 

「ここがこの村の最後の建物、ボビー師匠の訓練場になります」

「うむ、先程も言うたが儂はここマルセル村で剣術指南役を行っておってな。それと魔の森から魔物が溢れないように監視の役割も兼ねておる。

ほれ、儂の家のすぐ脇に木々が広がっておるじゃろう、あれが全部魔の森じゃ。

このマルセル村周辺に普通の森はないでな、中に入ればすぐに野生のホーンラビットに会えるぞい」

 

そう言い笑う老人に乾いた笑いを浮かべるヘイド子爵。いくら仕事と言えどもなぜこのような危険な場所に来なければならないのか、ヘイド子爵は己が運命を呪うしかないのであった。

 

このマルセル村は何もかもが異常であった。

これまで自身が想像していた辺境の寒村と言う場所の雰囲気とあまりにかけ離れていたのだ。それは都市部の傍にある牧歌的な平和な村の様相であった。

村の建物は綺麗に修繕され、畑には作物が育ち、村人は皆明るく笑顔であった。

地方特有の排他的な目も貴族に対する怯えも無く、皆が素直にこちらの指示に従っていた。

これはこちらとしては仕事がやり易く、何の問題も無いようにも思えるものの、有り得ない状況であることには違いなかった。

 

ヘイド子爵がその事について案内の村人に問い質すと、その答えはあまりに突飛でありながら凄く納得の行くものであった。

 

「あぁ、それかの。それはこの村の者が飢えておらんからじゃな。以前はこの村もよその寒村同様酷いものじゃった。毎年のように人が死ぬ、それを懸命に立て直し冬の餓死者をなくしたのがあのドレイク村長代理じゃった。

先の話に出とった貴族令嬢が生き残っていたのも、(ひとえ)にドレイク村長代理の尽力によるものだの。

今から数年前の事、何とか食いつないでおった村ではあったがひもじい事には変わらない、そんな村の現状に一石を投じた者がおった。

“ビッグワームを食べよう”

これは昔から貧しい冒険者が行っていた習慣でな、生き残る事を第一とする彼らの知恵であった。但し臭いと味がな、非常に臭くて食えたもんじゃないんじゃ。

その者はその味をどうにか出来ないかと試行錯誤を繰り返し、辿り着いたのがこの村の現状を変えたビッグワーム農法なのじゃ。

詳しい事はグロリア辺境伯様に伺っていただけるかの、儂らはこの農法をグロリア辺境伯様に献上してしもうたから勝手する訳にいかんでな」

 

この寒村は既に飢えを克服し、且つ領主グロリア辺境伯様の後ろ盾も得ていた。であるのなら子爵たる自身に怯える事無く対応するのも道理。

 

「そうであったか。では(くだん)の子爵令嬢は飢えで苦しみながら最後を迎えた訳ではなかったのだな」

 

「そうさの、少なくともこの二年の食卓は飢えとは無縁であったかの」

 

「相分かった、案内、ご苦労であった。では行くぞ」

「あ、はい」

 

ヘイドは踵を返し村長宅の馬車へと向かう、御者の男はその後を急ぎ追い掛けるのであった。

 

“ガタガタガタガタ”

 

馬車は走る、草原の街道を。御者の男は馬車の中で不機嫌そうな顔をしたヘイド子爵に話し掛ける。

 

「子爵様、よろしかったのですか?ドレイク村長代理殿は宿泊の用意をしていた様ですが」

「ふん、マルセル村に泊まってもどうせ次のゴルド村に泊まる事になる。グラスウルフの草原を渡るのは一日仕事と申したのはお前であろうが。であるのならゴルド村に宿を取る方が合理的であろう。

それにあの村に長居すると貴族たる自身の行いが酷く薄汚れている様に思えてしまう。あの村の者の笑顔は辺境と言う地で必死に生き抜き、漸く掴み取った平穏から来るもの。グロリア辺境伯様の後ろ盾を得るなど並大抵の事ではなかった筈。

そんな場所に我の様なものが居座るべきではないのだよ」

 

そう言い不機嫌な顔で窓の外を眺めるヘイド子爵。

御者の男性はそんな子爵の態度に“あなたも十分ご立派ですよ”と思うのでした。

 

馬車は走る、草原の街道を。御者の男性は目の前に広がる青空を眺めながら思う、今はもういない子爵令嬢エリザベート・シルバニアの事を。何をどうやったのかは分からないが鑑定士による詳細人物鑑定でも決して分からない形で身分を完全に変えてしまった妹の事を。

 

“旦那さんと幸せにな、エリザベート。いや、エリザ”

 

馬車は走る、草原の街道を、一路王都バルセンを目指して。

 




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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