春、それは始まりの時。
木々は芽吹き草花は若葉を伸ばす。多くの動物や魔物が長い冬の眠りから目覚め、新しい命を繋ぐために活動を開始する。
農村では村人が畑仕事に精を出し、街では商人たちがさまざまな商品を運び出す。多くの人々が春の訪れとともに活発に動き出すそんな季節。
「ケイト、とてもよく似合ってるよ。それにとても綺麗だ」
窓辺から差し込む陽光に照らされて、美しい金色の髪がキラキラと輝く。パッチリと開かれた目元、スッと伸びた鼻筋、整った輪郭。桜色をした瑞々しい唇がゆっくりと開き、部屋にいる親しい者達に言葉を届ける。
「お父さん、ケビン、今まで色々とありがとう。お陰で無事学園の入学準備が出来ました。出来上がった制服も私の体型に合ってるみたい。どうかな?」
ケイトはそう言うとクルッと回転し、全体の様子を二人へアピールする。その動きに合わせ膝上丈のスカートが花のように舞い、長く美しい髪がキラキラと煌めき、弾ける様な笑みも相まってまるで地上に天使が舞い降りたかのような光景を作り出していた。
そんなケイトの姿に、ザルバは感極まり嗚咽を漏らしながら崩れ落ちた。
思い出されるのはこれまであった様々な出来事。
王都での楽しかった家族の暮らし、ケイトの愛らしさにザルバだけでなく家の使用人が皆笑顔になった。歌声の評判を聞きつけた多くの貴族の招待により、様々なパーティーに向かいケイトの歌を披露した。
仕事に私生活に、順風満帆、そう思っていた。
高位貴族からの誘い、そこから生まれる嫉妬、まるで手の平を返すかの様に離れて行く多くの友人。
そしてそれは自身ばかりでなくケイトを深く傷付けガルム家を崩壊へと導いた。
命を狙われ逃げ続ける日々、辿り着いた辺境の地ヨーク村での生活はギリギリ生かされていると言ったとても人の生活と呼べるものではなかった。
訪れた転機、そこで初めて気が付く娘ケイトの状態。
愛する娘を、命懸けで守ろうとした娘を、私は自らの手で殺していた。
光を失い、言葉を失い、ただ虚空を見詰める娘に何もしてあげる事が出来ない自身に苦しまない日はなかった。
そのケイトが、この世の全てに絶望し、ただ死を待つだけだった愛する我が子が。
あの天真爛漫な世界に愛されたあの子が帰って来た。
ザルバは神を捨てていた。自身に、何よりも愛するケイトにこの様な試練をお与えになる神など要るものか。
だがこの日、この時、彼の心に再び信仰の光が宿る。
マルセル村村長ドレイク・ブラウンに引き合わせてくれてありがとう。
マルセル村に導いてくれてありがとう。
ケビン少年に出会わせてくれてありがとう。
ケイトに再び笑顔を取り戻してくれてありがとう。
ザルバは知らずに膝を突いたまま、手を組み創造の女神様に祈りを捧げるのであった。
「ええ話や。って終了~。
ケイトも嬉しいのは分かるけど歌姫モードは止めようか、今のケイトは正に天使様だから、天上界の方々にも引けを取らないから。
普通の人は皆ザルバさんみたいになっちゃうから。
それとその声、魂に響くから、マジでヤバいから。俺のあげた腕輪があってこれってどんだけって話だから。
それとその制服はとっても良くお似合いだと思います。上から羽織るのはマントじゃなくてローブなんですね。前を開けるのは仕様なんですか?可愛らしさを強調する為と、納得です。
だからそんなにむくれない、本当にかわいいと思ってるから。なんか表情豊かだぞおい。
ザルバさ~ん、大丈夫ですか~?ちょっと失礼いたしますね~」
何かザルバさんが感動し過ぎて違う世界に旅立たれてしまっているので、急ぎご帰還いただく為に闇属性魔力を展開。ザルバさんの身体全体を闇属性魔力で覆い闇属性魔力の精神的な癒し効果を意識しながら待つこと暫し、魔力を解除するとそこには顔を涙で濡らしたザルバさんが、気持ち良さ気に寝息を立てておられました。
このままベッドに運んであげた方が精神衛生上は良いんでしょうが、本日はこれから入学式があるので強制的に覚醒。
ザルバさんの身体全体を光属性魔力で包み込み、春の暖かな日差しをイメージしながらゆっくりと脳の活性化を促し目を覚ましていただきました。
「う、う~ん。私は一体・・・。あぁ、ケイトおはよう。ケビン君もおはよう。
すまない、何か寝てしまった様だ。凄くよい夢を見ていた様な、身も心も解放された様な。
いや、本当にすまない、今日はケイトの大事な入学式だと言うのにな。
モルガン商会のロイドさんが学園前まで辻馬車で送ってくれると言う事だ、待たせては悪い、直ぐに向かうとしよう。
それとケイト、改めて学園入学おめでとう。その制服凄くよく似合ってるよ。
ケビン君にはもう声を掛けて貰ったのかな?
これから三年間、あまりケビン君には会えなくなるんだ、今のうちに確り捕まえておかないとな」
そう言いケイト(地味子モード・生きた目バージョン)にウインクをするザルバさん。
ケイトは“もう、お父さんはそう言う事は言わなくていいの!早く行って!”と言ってザルバさんの背中を押しやるのでした。
・・・ザルバさん、記憶が飛んでいらっしゃる。
ザルバさんはケイトの事で色々悩んでいたからな~、ケイトのあの愛らしい姿を見て心の蟠りが解けたのでしょう。記憶が飛ぶくらいの衝撃だったみたいですが。
俺としては今の地味で元気な村娘風の方がいいと思うんですけどね~、その辺は好みかな?
ザ・モブ、まさに俺が理想とする姿。でも俺っちリトルオーガなんだよね。母メアリーにその事を言ったら“ケビンはオーガじゃなくてゴブリンリーダーだよ”って言われちゃいましたが。
“じゃあオーガって誰よ?”って聞いたらうっとりした表情で“それはお父さんに決まってるじゃない。あの凛々しい面立ち、引き締まった大きな身体、本当に素敵❤”と返されちゃいました。
まぁ、あのオーガに比べられちゃったら俺なんざゴブリンリーダーだわな。全然迫力出ないけど。
せめてゴブリンジェネラルくらいにはなろうと堅く心に誓うケビンなのでありました。
「おはようございます。ケイトちゃん、本日は領都学園入学おめでとう」
宿の受付に向かうと、そこにはいつもの様に身なりの整ったロイドの兄貴が、笑顔で俺たちを出迎えてくれるのでした。
「ザルバさん、ケビン君、ケイトちゃんの学園入学、おめでとうございます。
ケイトちゃん、何か困った事があったら何でも相談しに来てね。私がいなくても店の者に言って貰えれば私かギースさんに話が行く様になってるからね。
別に何も困ってなくてもいつでも訪ねて来てくれていいから、学園の事を色々聞かせてくれると嬉しいかな?
それではみなさん、学園の方へとご案内いたします。馬車を待たせていますのでどうぞ」
そう言い俺達を辻馬車へと案内してくれるロイドの兄貴。もしかしなくても帰りも送ってくれる気満々ですね。本日はマルセル村の方々の送迎と言う大事なお仕事があるんですね、分かります。
流石兄貴、卒がない。
辻馬車は進む、石畳の道を軽快なリズムを刻みながら。多くの人々が向かう領都学園を目指して。
「それでね、学園のダンジョンは全部で六階層なんだけど、本当は七階層あるって言う噂があったんだ。
これは結構昔から言われてる事なんだけど、まだそれを証明した者がいないんだよ。
あとは旧校舎には隠された秘密の部屋があって、そこから夜な夜な怪しい声が聞こえて来るって言う噂もあったかな」
王都の通称“中央学園”と呼ばれる選ばれた者だけが通える学園を除き、王都の二大学園と地方学園はお金さえ出せばだれでも通う事が出来る。
無論入学には審査があり学力テストも行われる為、人品のよろしくない者が通う事は出来ないが、貴族とのコネを求める商家の子弟などはこぞって学園に通ったりする。
そしてこちらロイドの兄貴もそんな学園に通われた方の御一人、これから寮に入って独り暮らしになるケイトちゃんの為にと学園のいろんな話を聞かせてくれるのでした。
「そう言えば私が在籍していた頃に一人だけ王都の学園に転校した子がいたな。確か一学年の冬だったかな?そいつはそれほど魔力量が多いって訳じゃなかったんだけど、とにかく器用でね。魔法の訓練でも全弾的に命中させるほどの腕前だったんだよ。
それで一年の秋だったかな?ついに無詠唱に開眼してね、学園中大騒ぎになった事があったんだ。
それで教会から人物詳細鑑定が出来る鑑定士が呼ばれて、確り無詠唱スキルに目覚めている事が確認出来て、そのまま王都の学園に入る事が決定したんだよ。
その瞬間今まで魔力なしの器用貧乏と馬鹿にしていた貴族共が一斉に褒め称え始めてね、俺とあいつは腹を抱えて笑ったもんだよ。
確か今は王都の学園で魔法学の教師をしてるんじゃなかったかな?魔力操作や魔力の運用方法を中心に指導してるって以前貰った手紙に書いてあったよ。
アイツとは妙に気が合ったからね」
・・・あぶね~、無詠唱厄ネタじゃん。ケイトに詠唱の練習させておいて良かった~。ザルバさんが言っていた通り正確な魔法射撃も結構な注目を浴びちゃうのね。
やっぱり経験者に話を聞くのって重要だわ、勉強になります。
「それはそうとブラッキー君はどうしたのかな?従魔だから連れて来てるとは思うんだけど、普通の宿だと嫌がられるだろう?
その辺はどうしたのかと心配していたんだよ」
「あ、それなら大丈夫です。学園には従魔専用の厩舎みたいなところがあって、そこで預かって貰ってます。入寮手続きを終えたらすぐに使えたみたいなんで助かりました。
やっぱり街中で大きなウルフを連れまわすと何かと人目を引きますんで」
そう言い頬を掻く俺に“なるほどね”と答えるロイドさん。
何でもお貴族様の中にはテイマーじゃなくとも従魔を連れられてる方が結構いるそうで、そうした方々向けにそう言う施設も用意されてたみたいです。
ケイトとしては寮に連れ込む気みたいだったらしく、ちょっと残念そうにしていましたが。
「ウルフ種の場合テイマーじゃなくとも使役する事が出来るからね、結構使役している貴族もいるんだよ。あと魔法の杖はどうしたの?ウチの商会じゃ取り扱いが無かったと思うんだけど」
「それでしたらこれを使う事にしました」
俺がそう言うとケイトが腰に付けたポーチから長杖を取り出しザルバさんに渡します。
「これ、大森林の素材で作った杖なんですよ。流石にマルセル村にも魔法杖の職人はいないんで形だけで魔方陣なんかは付与されていませんが、それなりの増幅幅はあるんですよ。
その素材だけでも買うと結構なお値段になるんですけど、ウチの村には元金級冒険者や元白金級冒険者がいますから、杖一本分の素材なら何とかなったみたいです。
キラービーが飛び交ってたりブラックウルフが徘徊していたりで目茶苦茶危険らしいですけどね。
なんで欲しい場合は冒険者ギルドの高位冒険者にお願いしてくださいね」
一瞬目を光らせたロイドの兄貴ですが、俺の言葉に“ですよね~”と肩を落とすのでした。
「でもいいのかい、そんな高級品を持っていたら貴族連中に何か言われちゃうんじゃないのかい?」
うん、それは当然の疑問。ロイドの兄貴が心配する気持ちも分かるんですけどね~。
「それがケイトって第二寮に入る事になったじゃないですか、ザルバさんの話だとグロリア辺境伯様の紐付きに見られるみたいなんですよ。
でもケイトはあまり魔力量が。耳目のいい者ならその背後の理由まで突き止められるんですが、優秀な者ばかりじゃないですから。ですんである程度の牽制を。
一番分かり易いのが魔法の威力、それに多少の正確性が加われば陰口は叩いても直接何かを言ってくる者は減るかと。
それとこの長杖って結構丈夫なんです。いざという時は武器にもなりますからね」
そう言い杖を仕舞うように促す俺氏。
準備に完璧などと言う事はなし、後は出たとこ勝負でしょう。
俺はいそいそとポーチの中に長杖を引っ込めるケイトを見ながら思う。
“先ずはすぐに食べれるジャーキー、後は干し肉でも渡しておけば何とかなる。頑張れ、干し肉の魔導師ケイト!”と。
馬車は走る、石畳の道を軽快なリズムを刻んで。
これからケイトの新しい生活が始まる。領都学園の正門は、すぐ目の前にまで迫っているのでした。