「どうもお世話になりました。これ、些少ですが、ウチの村の特産品ビッグワーム干し肉のピリ辛味です。
お酒の摘みにいいって評判なんですよ」
「ありがとうございます、これってモルガン商会で売ってる奴ですよね。畑のお肉ビッグワーム干し肉。私も何度か食べた事がありますよ。
最初は何の冗談かと思ったんですが、これが中々。一年を通じて値段の変動が少ないって言うのがいいですよね、ウチでも食材として仕入れようかって話が出てるんですよ。
特にこのピリ辛味はエールに合うって言うんでお客さんからの問い合わせがありまして。今夜いただかせてもらいます。
荷馬車の方は玄関前に用意してありますので。
また領都にお立ち寄りの際は是非ご利用ください」
ザルバさんと俺は、宿屋のご主人に礼を言い玄関扉を開ける。そこには辺境マルセル村から俺たちを運んで来てくれた荷馬車が用意されていた。
ザルバさんは引き馬の鼻筋を優しく撫で、「これからマルセル村までよろしくな」と声を掛ける。引き馬は“ブルル”と嘶き、返事を返すのであった。
俺は荷台へと登り、出発に備える。お城で伺った話では迎えの者がやって来ると言う事であったし、その事は昨日ケイトの入学式の帰りに立ち寄ったモルガン商会で商会長様からも確認が取れている。
ではなんで既にいつでも出発出来る様にしているのか?
そんなもんお貴族様をお待たせする訳にはいかないからだよ、お貴族様とのお約束があるのならその一時間前には待機状態に入るって言う事は封建社会では当たり前なんだよ!
何の為に早馬に
無礼討ちって結構あるんだよ、貴族社会舐めるな?死ぬぞ!
荷台にはすでに黒いフードを被った小柄な人影が二つ佇んでいた。街行く人々も子供が二人乗っているんだろうと言った感じで特に気に留める事も無く通り過ぎて行く。
顔がすっぽりと隠れるほど深々と被ったフードによりその容貌は影に隠れ確認出来ないものの、誰も気に留める事もない。
俺はそんな二人に声を掛ける。
「どうよ、久々のお日様は。春の陽気って気持ちいいよね」と。
――――――――――
「お待たせいたしました、マルセル村のザルバさんとケビン君ですね?お嬢様の元へご案内させて頂きます」
馬車から降り、一礼をしてから挨拶をしてくださったのは、お城に仕えていらっしゃるのであろうメイド様でした。
俺とザルバさんは荷馬車を降りて礼を返すと、メイドさんの乗る馬車の後に従い、グロリア辺境伯様のお城へと向かうのでした。
「マルセル村の方々ですね、ご苦労様です。お嬢様はご気分がすぐれず馬車で休まれております。お顔をお見せ出来ない事を気になさっておいででしたので、私の方から謝罪させて頂きます」
そう言い礼をするメイド様。おそらくはメイド長とかそう言う偉い御方なんでしょう。“謝罪の方は結構です”などとは口が裂けても言えない。
辺境伯様のような大貴族に仕えるメイド長クラスになると、子爵家のご令嬢だったりするんですよ、お貴族様なんですよ、勘弁してくれ~。
「先頭に騎兵、続いてお嬢様と私共が乗る馬車、マルセル村の皆さんは私共の馬車の後ろに従っていただきます。その後方に荷物用の幌馬車、最後に騎兵と言った陣形です。何か不測の事態が起きた際は護衛騎士の指示に従ってください。
では出発しましょう」
メイド様の指示に従い一斉に馬車が動き出す。車列は石畳の道を軽快なリズムを刻みながら走って行く。
約一台ガタガタとした大きな音を立てているが、その辺はご愛敬と言う事で。
だって仕方がないやん、こちとら普通の荷馬車よ?板バネ式緩衝装置は装備されてないのよ?どんな悪路もガンガン進むけど、衝撃は半端ないのよ?
そんな車体でお貴族様の高級馬車と同じ速度で移動しようものならガタガタ言いますっての。
幸い足回りはチューンナップ済み、車軸はブー太郎ログハウスの余り木材を使用していた為か全く問題なかったので、木製の車輪もこの際同じ材木で作り直ししておきました。これもそろそろ在庫がなくなって来たから採りに行かないとな~。
車軸止め金具は俺製のなんちゃって魔鉄製、全く劣化は見られなかったのでそのまま使用、摩擦対策に車軸が止め具に当たる部分に魔鉄を巻き付けてございます。
一日の乗り出しの前や休憩時間に油を差す事も忘れません。引き馬に水をあげたり飼葉を食べさせたりブラシを掛けたり、この辺はお手伝いの小僧、つまり俺の仕事ですね。
街門は当然のように貴族専用通路を使用、護衛騎士の騎兵様がおられる以上門兵の審査などあり得ません。折角いただいたゴブリンさん方の通行証も全く出番なし、スイスイ進む進む。大して急いでいる訳でもないのに、荷馬車で進む五割り増し分くらいの道程を進んでしまわれました。
到着した村では既に先ぶれによる手配が済んでいる為か、お嬢様におかれましてはとてもスムーズにご宿泊。そう言えば途中トイレ休憩に立ち寄った村々の対応も、とってもスマートだったよな。この街道周辺の村や街は、こうしたお貴族様のお出掛けに対する心構えが出来てるんだろうか。それだけ沢山のお貴族様に対応して来たって事なのかな?それも大変だよな~。
で、私共マルセル村の者どもも御一同と行動を共にする訳で、使用人枠でお部屋をご用意いただいていたりします。流石にお食事を共にするなんて事はないですけどね、温かなスープとパンが支給されております。
警戒していたお嬢様のお話要求も、心身ともにお疲れになっていらっしゃる為か一切ございません。なんてスムーズな旅路なんだか。
ザルバさんも出発した当初こそ緊張していたものの、今ではかなりリラックスなされたご様子。これですよ、この距離感。これは恐らくあの出来るメイド長(仮)様のご采配のお陰かと。
グロリア辺境伯様が溺愛するお孫様の為に付けられただけの事はございます、流石です。
「そう言えばザルバさん、テイマーの方って見ませんでした?何かグロリア辺境伯様が、お嬢様がホーンラビットをお選びになる際の安全性確保の為にお付けになると仰られていたんですが」
俺はあてがわれた部屋のベッドに横になる前に、気になっていた事をザルバさんに聞いてみる事にした。
「あぁ、私達の後ろの幌馬車に乗られている方がそうだったんじゃなかったかな?騎士の方に聞いたんだが、パトリシアお嬢様がお選びになったホーンラビットを従魔用の檻に入れて持ち帰り、城で安全性の確認をした後お嬢様にお引き渡しになられると言う話だったよ。
冒険者ギルドで従魔の審査が行われる様に、テイムが成功しているからと言って従魔が素直に言う事を聞くとは限らないんだよ。
それにテイマーは大概二体から三体ほどの魔物しか従える事が出来ないとされているからね、お嬢様がお気に召すホーンラビットが何体いるのか分からない以上、従魔用の檻は必要だし、管理する為にもテイマーは檻の傍にいた方がいいしね」
「へ~。でもよくテイマーがすぐに見つかりましたね、このお話って事前に準備がされていたんでしょうか」
「さぁ、流石にその辺の事は分からないけど、仮に今回ケビン君やドレイク村長代理が来なかったとしても、ホーンラビットの移送は行われたんじゃないのかな?
その為の人員としてテイマーは雇われていたと思うよ」
なるほど、今回の様にお嬢様が来られなくとも角無しホーンラビットが必要ならマルセル村から移送すればいいしそれが普通。生きた魔物の移送にはテイマーが付いて行くのは道理。
「でもそのテイマーの人も驚いたでしょうね、普通テイマーの方がお貴族様に雇われるって場合魔物の血を引いた馬の世話係を任されるって言うじゃないですか?
お貴族様御用達の高級馬、グロリア辺境伯様からのご依頼だったら相当に気合が入っていたと思うんですよ。それが蓋を開けて見たらホーンラビットの世話係、それもお嬢様の癒し担当。
テイマーって言ったら魔獣を従えての戦闘職じゃないですか、そんな人たちからしたらホーンラビットをテイムするのなんて成り立てテイマーの仕事だと考えちゃうと思うんですよね。
もの凄い肩透かし感でヤサグレてないんですかね?」
そう、普通授けの儀でテイマーの職を授かった者はよほどの事情がない限り冒険者を目指しちゃったりします。この国では戦闘職=冒険者という構図が一般的、テイマーは魔物を使役して戦闘を行う戦闘職として分類されていたりします。
そうして多くの戦闘経験を積む事でテイマーとしての熟練度を上げより強力な魔物をテイム出来る様になったり、テイム魔物に複雑な仕事をさせる事が出来る様になる。貴族の下で働く様になるテイマーは、大抵こうした熟練した技術を持つテイマーが安定した生活を求めて仕える様になることがほとんどなんですね。
「さぁ、その辺は何とも言えないな。ケビン君はどうしてそんな事を気にするんだい?」
ザルバさんはケイトの学園入学を無事に見届けたと言う安堵と、グロリア辺境伯のお孫さんと共に帰村しないといけないと言うプレッシャーで気が付かなかったのかな?
「いえ、ウチの村って急速に発展してるじゃないですか?グロリア辺境伯様の覚えも目出度い。で、今回は五箇村農業重要地区入りの話が本決まりしてシンディー・マルセル村長が叙爵されたりと傍から見れば絶好調な訳です。
ストール総合監察官様もその功績を称えられて御出世されちゃったりされなかったり?丁度近くにいい感じの椅子の空いた街もございますし、役職争いをしている方々にとっては気が気じゃないんじゃないでしょうか。
魔が差しちゃう方もいるかな~っと。
それとお嬢様の事を邪魔と思っている方々の存在がね~、その方々にとってはホーンラビットの事故による御不幸は願ったり叶ったりなんですよ。
その辺の詳しい経緯はお話し出来ないんであれなんですけど、用心に越した事は無いかと。
もし俺がそんなお貴族様だったら不平不満を持つ出世欲の強い小役人を唆すと思うんですよね。グロリア辺境伯家も一枚岩じゃないでしょうし、お貴族様って大変ですよね~」
俺が語り終えると、そこには顔を青くしたザルバさんが。
まぁ色々想像なさってるんですかね。
「な、そうなったら大変じゃないか、すぐにでも護衛騎士に知らせて・・・」
「あっ、無駄ですよ、これはただの俺の想像ですから。何の証拠もない上にあったとしても破棄して終了、相手も馬鹿じゃないですって。
何をして来るのかは大体想像出来てますんで対策は打っておきますけど、こればかりはその時になってみないとどうしようもないんですよね。
それに誰が敵で誰が味方かなんて分かりませんから、一つ一つ潰して行くしかないんですよ。本当に面倒ですよね」
俺はそう言うと“先に寝ます、おやすみなさい”と言ってベッドに潜り込むのでした。
今日の行程でも後方から追跡してくる幌馬車が二台。いくらこの一団が並足走行だからって、お貴族様の車列と同じ速さで移動してたらバレるでしょうが。
護衛騎士様方はお気付きになられていない様なので、あまり気配察知は得意じゃないのかな?まぁそう言う事は別の担当者がおられるのでしょう。
前に村人ギースさんが暗殺者ギルドはどの街にも必ずあるって言ってたけど、この一団もそう言う類なんでしょう。
俺は深い眠りに就くまでの間、これからの行動予定に考えを巡らせるのでした。
本日一話目です。