「お久しぶりでございます、パトリシア様。お話はグロリア辺境伯様から。
この度の事は縁としか言い様がございません。
私の口からはどちらが良い悪いと言った事を申し上げる事は出来ない、人と人との縁は行く川の流れ様なもの、付き離れ、いずれ大海に至る。誕生と死、その道程の出来事に過ぎないのですから。
今はつらく苦しいかもしれません。それは決して余人には代わる事の出来ないもの。
パトリシア様が自らの足で歩まれる日が来ることを、いつまでもお待ちしております。
パトリシア様に女神様の加護がございますように」
メルビン司祭様が捧げる祝詞。パトリシアお嬢様の身体を淡い光が包み込み、疲れ切ったお嬢様のお顔にほんのりと赤みが差し込む。
「ありがとうございます、メルビン司祭様。ここ数日の心の靄が晴れたような心地でございます。司祭様はこの度の異動で領都教会の司祭に就任成されるとか、領都の教会に移られた際は是非ご挨拶させていただきたいと思います」
そう言い儚い笑顔を向けられるパトリシアお嬢様。メルビン司祭様はそんなお嬢様の表情に、何やら難しそうな複雑なお顔を成されておられます。
メルビン司祭様と言えば領都でも悪童と呼ばれた遊び人、その御立場もあり様々な事情を抱えた女性たちに接して来られたのでしょう。
パトリシアお嬢様の状態をご覧になって“う~わ、目茶苦茶重症じゃん、どうするのよこれ!?”と言ったお顔をなさっておられます。
げっ、こっちに目を向けられた。えっ、俺にどうにかしろと?まぁそのためにマルセル村に向かうんで何とかするのはやぶさかではありませんけどね、でも今日はメルビン司祭様の番ですから、その為にお昼前にお伺いしたんですから。よくよくお話を聞いてあげてください?
俺はメルビン司祭様に柔和な笑みを返すと一礼をして教会を後にするのでした。
いや、背後から睨まないでくださいよ、俺っち只の村人なの、身分が違うのよ?
偉い人の悩みは偉い人にお任せ、下々の者が出る幕ではないのでございます。
領都グルセリアからの馬車移動は順調であった。と言うか信じられない程速かった。
一般的に領都とミルガルの間の移動行程は五日間である。これは単純な移動スピードと入街手続きに掛かる時間を考えればむしろ早い方だと言える。
だがお貴族様の旅にはこの入街手続きに掛かる余計な時間がない。貴族専用通路を通ってスイスイ進む。
さらに言えばその車体と使用する引き馬、板バネ式緩衝装置はもちろん車軸周りのそれってローラー式ベアリングじゃね?あまりじろじろ見てると護衛騎士様に怒られるからチラッっとしか見れなかったけど、あのごっつい仕掛けはまず間違いないかと。
さらにさらにその引き馬、その毛並み、なんかマルセル村に送った馬群のリーダーシルバーっぽいんですけど?
魔物の血の混じった高級馬ですよ、スタミナが凄い事になってるって噂の軍用馬にも使われるって奴。
そりゃ速いっての、ポルシェじゃん、ランボルギーニじゃん、ベンツじゃん。
片やマルセル村は足回りを魔改造した丈夫な荷馬車。“衝撃?そんなもの根性で何とかしろ!”の男気仕様(レッツ魔力纏い、ゴブリンズにも仕込んでございます)、お馬さんは市場で購入した普通の引き馬(魔力纏いを仕込んでございます)、言うなれば魔改造したトラクター。
お貴族様の旅の行程に、ガタガタ騒音を撒き散らしながらも村人の荷馬車がしっかり付いて行けちゃう事のおかしさに疑問を持たない辺り、お貴族様はお貴族様って事なんでしょう。
で、それだけの性能の移動手段で手続き簡略ストレスフリー移動を行えばどういう事になるのか、ミルガル迄わずか三日で到着っていうね。しかも三日目は教会の聖堂に午前中にやって来てメルビン司祭様に祝福してもらっちゃうって言う余裕の行程。
片道六日、下手したら五日もあればマルセル村まで着いちゃうんじゃないんだろうか?
“時間は金で買え”、至言です。
そんで今後の行程なんですが、ミルガルを出発してオークの森を抜けたらラッセル村で一泊、翌日エルセルの街まで向かい、三日目にエルセルからマルセル村まで一気に駆け抜ける形になります。
そんなにハードな行程で大丈夫?とか思うでしょ?さっきも言ったけどそれを可能としちゃうくらいにお貴族様の馬車って凄いんです。
本当は初日の移動もシャイン村くらいまでは余裕なんですけどね、今あそこは廃村跡の野営地なんですよね。流石にお嬢様に野営をさせる訳にはいきませんから。
で、ラッセル村ですよ、ジニー師匠ですよ、書士様を訪ねて師匠の手記を製本するつもりだったのに!!
そんな暇なくなっちゃうんだもん、俺は一体何をしに領都迄行ったんだか。(ぐすん)
でも
流石グロリア辺境伯領の雄モルガン商会様、商会で書士の職業持ちを雇っておられました。
そりゃそうだよね、書類なんて山程必要な仕事ですものね。人間コピー機、書士の二~三人は雇わないとやってられませんっての。
ですんでジニー師匠の手記をみせてその素晴らしさをプレゼンして製本をお願いしたんですけどね、これが思いの外食い付きが良くてですね~。「ケビン君、良かったらこの手記を活字印刷にまわさないかい?」とか言われちゃいまして。
何でもこの手の雑学的な書籍は好事家の受けが良いとか、挿し絵とかを入れて本格的な本にしようって事で盛り上がっちゃいまして。
お貴族様用には代書士と言う職人の方に美しい書体に書き直してもらったものを挿絵付きで製本し、豪華版にして売り込むとか。その辺の商売の機微は流石の一言ですな~。
原書版、活字版、豪華版の購入を依頼し、原稿をお渡ししてお任せしてきちゃったって訳です。
ジニー師匠の偉業が書籍として世に出回る。想像しただけでゾクゾクして来ません?
やっぱり大物とのコネって大事、やる事の規模が違うわ~。
ただ平民が書いた本と言う触れ込みだとどうしても売れないと言うので、ジニー師匠のペンネームをジニー・フォレストビーにしちゃったのは後で師匠に謝っておかないとですね。
いずれにしても今回は立ち寄る事が出来ないんですけどね。
何故かって?領都から付いて来ている不審者馬車が付かず離れずしっかりこちらを監視してるからだよ!
本当にその手のプロの方々は仕事熱心でいらっしゃるからな~。前に草原の化け物にナイナイされちゃった宵鴉の連中もその統制は素晴らしいものがあったもんな~。
今回の連中もきちんと訓練された動きに隙のない気配探知、結構な金額を積んでるぞこれ。
お貴族様同士の内部抗争、あ~、嫌だ嫌だ。
「ケビン君、お帰り。こっちは特に問題なかったよ。メルビン司祭様の方はどうだったんだい?」
教会から戻った先はミルガルの監督官様のお屋敷の一室、所謂使用人部屋と言うところ。教会の大聖堂にゴブリンズを連れて行く訳にはいきませんからね、ザルバさんと一緒に残って貰っていたと言う訳です。
それじゃなんで俺がお嬢様と一緒に教会に向かったのか?村人が同行するのっておかしくないのか?
おかしいんだよ、なんで俺が行かなきゃいけなかったんだよ!護衛は護衛騎士様が付いてるし、メイド様方もいるんだから使用人枠の俺たちはいらないじゃん!
なんでもグロリア辺境伯様のご指示で、パトリシアお嬢様の移動には同行させる様にとのお言葉があったようです。
帰って来ちゃって大丈夫だったのか?大丈夫なんじゃない?特に何も言われなかったし。護衛様やメイド様方も何かを期待しているって訳ではない様ですしね。
ゴブリンさん方はどうしているのかと言えば俺の指示で魔力纏いの練習。こればかりは只管慣れるしかないですからね。ザルバさんにはその指導に当たってもらってます。
意思の疎通に関しては筆談です。そうなんですよ、しゃべれなくても筆談って手段があったんですよ。これって本当に盲点、俺の通訳なんていらなかったって言うね。
お陰でゴブリンズも心なしか明るくなってきたような。
「あ、ザルバさん、俺ちょっと出掛けて来ますんで。夕食時に帰って来なかったら適当に誤魔化しておいてください」
俺はそう言い部屋を後にする。ザルバさんの「あまり無理をしないようにな、気を付けて」と言う言葉を背中に受けながら。
――――――――――
街の喧騒から外れた一軒の酒場。路地裏のそこでは、日の高い時間帯にも関わらず酒を煽る男性の姿があった。
「ふ~、全くなんだって俺が小娘のお守りなんかしなくちゃならねえんだよ。割のいい仕事と聞いて受けてみればホーンラビットの飼育?ホーンラビットなんざ初心者テイマーの訓練用魔物じゃないか。
俺はな、そんなものをテイムする為にこれまで冒険者をやって来たんじゃないってんだよ。雇い主がグロリア辺境伯様って聞いた時には俺にもツキが回って来たかって思ったのによ。
お貴族様がテイマーを雇うって言ったら普通魔馬の調教用だろうがよ。もしくは通信用の飛行魔物のテイム。それが何でホーンラビット、しかも愛玩用?意味が分からんわ。なんで森の悪魔を愛でる気になる、貴族の御令嬢ってのは頭がいかれてるとしか思えねえわ」
男性はテーブルのエールを煽り、摘みの畑のお肉ピリ辛味を
「荒れてますね。大丈夫ですか?そんなに飲まれてしまって。
明日の移動で二日酔いなんてことになっては目も当てられないんですが」
「ふん、あんたか。それより大丈夫なんだろうな。今回の事で俺迄処分なんてことになったら堪らないんだが?」
男性は音もなくテーブルの前の席に座っていた人物にやや驚くも、今更かと話を続ける。
「はい、流石に今回の事でグロリア辺境伯様からの職は失うでしょうが、次の仕事先は既にご用意させていただいております。仕事の内容はご希望の様に魔馬の調教と飼育。まずは領兵の軍馬調教を行っていただき、いずれはご領主様の騎乗用魔馬の調教もお願いするとの事でございます。テイマーの仕官先としては最上のものであるかと」
「ハハッ、違いない。テイマーで金級冒険者をやってる奴なんざテイム魔物よりも先に魔獣に突っ込むような頭のいかれた連中くらいだからな、安定した働き口を得る事が出来るんならそれに越したことはないさ。
それで俺がやる事ってのはあんたに渡されたこの箱の中身をお嬢様の足元にさり気なく落とすだけでいいんだよな?」
男性はそう言い懐から取り出した小箱を軽く揺らす。小箱からはカサカサと言った乾いた音が鳴る。
「はい、手筈はお任せいたしますが、必ずお嬢様がホーンラビットに囲まれた現場でお願いします。まぁそうは言っても角の切り取られたホーンラビット、大した騒ぎにはならないでしょうが、グロリア辺境伯様の縁者がマルセル村が推し進めるホーンラビット牧場とやらの魔物に襲われること自体が重要ですので」
その人物は懐から革袋のようなものを取り出し男性の前に差し出す。
男性は袋の中身を確認すると、ニヤリと笑みを浮かべ大きな頷きで返す。
「では私はこれで。ここでの支払いは既に済ませてありますが明日もあります、あまり深酒はなさらないでくださいね」
「あぁ、分かってるさ。夕飯前には戻っておくよってもういねえのかよ、相変わらず不気味な奴だぜ。
まぁいい、俺にもツキが回って来たって事かな」
男性はそう言いジャラジャラとなる革袋に頬を緩ませる。
このやり取りの一部始終を傍で見続けている存在がいる事に気が付かぬまま。
「ねぇ白玉、さっきの箱の中身って何だと思う?俺は間違いなく例の奴だと思うんだけど」
“キュキュキュ”
真っ白な美しい毛並みのホーンラビットは、その愛らしい鼻をひくひくとさせながら主人の問い掛けに答える。
「うっすら漂っていたんだ、そうだよね~。よく分からない奴から箱を渡されて“これをばら撒け”って言われて“はい、そうですか”とはいかないもんね、確認くらいはしちゃうっての。その時の残り香かなんかかな?普通は分からないだろうけど。
接触を図るとしたら警戒が厳しいエルセルじゃなくて時間的に余裕があるミルガルだとは思ったけど、白玉に尾行してもらっていて大正解。
ご褒美は後程と言う事で」
“キュイキュキュ~♪”
嬉しそうに眼を細めてから影に潜っていく白玉を見送り、エールを楽しむテイマーの男性を見やりながら思案を巡らせるケビンなのでありました。
本日二話目です。
行ってらっしゃい。
by@aozora