“ガタガタガタガタ”
激しい走行音を響かせながら街道を進むマルセル村の荷馬車。その前後には比較的静かな音で進む高級そうな馬車と機能性の良さそうな幌馬車。更には前後を騎乗した護衛騎士が守り、常に周囲に目を光らせている。
ミルガルの街を出発したパトリシアお嬢様の一行は街道を順調に進み、懸念されていたオークの森も何事も無く通過。ラッセル村に一泊した後、辺境の一歩手前、エルセルの街に到着していた。
「明日は目的のマルセル村となります。村長代理ドレイク・ブラウン様の元には既に早馬の先触れが届いている事でしょう。
角無しホーンラビット牧場の案内にはケビン君にも同行して貰う予定ですので、よろしくお願いします」
エルセルの街の監督官公館の一室では、領都でお迎えに来て下さったメイド様が明日の予定を話され、一礼をして扉を閉めて行かれるところでございました。
「ケビン君、ここまでこれと言った問題は起こらなかったけど、状況はどうなっているのかな?」
ゴブリンズは夕食の後軽く手と顔を拭き揃ってベッドでご就寝。いくら魔力纏いを覚えたとはいえまだ習いたて、ずっと集中しているのは精神的に疲れるのでしょう。
でもこの集中を切らすと、荷馬車の激しい揺れによる生き地獄が待っているんですよね。領都から出てすぐに魔力纏い無しの荷馬車を体験して貰ったんですけどね、上下左右に飛ぶ飛ぶ、二人して死にそうになってましたから。
その時ばかりは影の中で休憩して貰いましたが、それ以来集中を切らさず懸命に魔力纏いに励まれております。
まぁサボって地獄を見るのは自分自身ですし?影には入れてあげませんけど?って言ったら姿勢を正して敬礼したくらいだからよっぽどきつかったんでしょう。
「そうですね、相変わらず二台の幌馬車は付いて来てますね。どうもお貴族様用の専用門を使ってるみたいですね、許可証か何かを持っているみたいです。じゃなかったらどう考えても追い付けませんから」
俺の言葉に顔をしかめるザルバさん。貴族専用通路の使用許可証を持っていると言う事は、高い身分の人間が関わっていると言う証拠に他ならないからだ。
「ただ捕まえるだけなら方法は幾らでもあるんですけど、それだと余計な面倒が発生しそうなんですよ。ですんで少し仕込みをしてきます。夜半には戻って来ますんで、後をよろしくお願いします」
俺はザルバさんにそう告げると窓辺に向かい大きく窓を開く。
「まぁケビン君なら出来るのか、今更だな。気を付けて、皆によろしく」
俺はザルバさんの声を背に受けながら気配を消し魔力を身体の内に閉じ込める。
背後から“ケビン君は暗殺者だったのか。では<田舎者>と言うのは擬態?いや、しかし鑑定書の職業欄には<田舎者>と記載されていたはず”などと呟くザルバさんの声が。
お~い、ザルバさーん、まだ部屋の中にいますよ~。
俺は改めて窓の外へと飛び出し、そのまま宙に向かい飛び上がる。そして中空に結界を張りそれを足場として更に上空へ、その繰り返しで十分な高さに上り切った後、自らのスキルに呼び掛けるのでした。
「田舎暮らし戦闘スキル、走法<天翔ける>」
“ダンッ”
弾けるように飛び出す身体、それはまるで弾丸のように宙を駆ける。
踏み込み押し出そうとする足の裏にはいつの間にか結界が張られ、連続してスターティングブロックを蹴っているかのように身体を弾き飛ばす。
<天翔ける>、まさに天を翔るが如く宙を走るケビンの姿は人々に認識される事なく、夕闇迫る大空をマルセル村に向け走り抜けていくのでした。
――――――――――
「とう、我が故郷マルセル村よ、私は帰って来た!」
時刻は七時か八時か、生まれてこの方時計なんて見た事が無いから分からないんですけどね、と言うかオーランド王国って時刻の概念があるんだろうか?
“堅パンの焼けるくらいの時間”って言い回しがあるから時間の概念があるのは分かるんだけど、何時何分なんて言葉は聞いた事がない。朝方、昼時、夕刻、後は全部夜。夜半って何時なんだか。自分でザルバさんに言っておいてよく分かってないって言うね、“大体夜中だよ”くらいのニュアンスでしか使った事ないもんな~。田舎はその辺いい加減なのさ、格好いい言い回しだと“時に縛られない”って感じ?
何でも言いようだな、おい。
真っ暗闇のマルセル村、俺は仕込みの第一弾準備の為にベネットお婆さんの家にGO。
「こんばんは、ベネットお婆さん、ケビンです」
“ガタガタガタ、ガチャ”
「なんだいケビン、こんな夜に。と言うか帰って来てたのかい?随分早かったんだね」
俺の突然の来訪に驚きとともに訝しみの視線を向けるベネットお婆さん。
「いや~、それがちょっと色々ありまして。詳しくは後程ドレイク村長代理にでも聞いて下さい。それで今日は急遽例の物が必要になりまして引き取りに、明日領都より高貴な御方がやって来るんで急ぎ準備しに来たって訳です」
「あぁ、そう言う訳かい、それなら部屋に仕舞ってあるよ。一応作ってみたけどまだまだ試作品だよ?行き成りお客さん相手に使ってもいいのかい?」
悩ましげな顔をするベネットお婆さん、でもその顔は自信ありげですね?
「まぁ触り心地は最高だからね、私もこうも上手くいくとは思わなかったよ。
これから暑くなったらちょっと使えないけど、今の時期なら最高の使い心地じゃないかね、その辺は保証するよ」
俺はベネットお婆さんのお墨付きに笑みを深め、例の物を受け取ると村長宅に急ぐのでした。
―――――――――――
「こんばんは、ボビー師匠、ちょっといいですか?」
続いて向かったのは村の外れ、ボビー師匠の訓練場。
「なんじゃケビン、早かったではないか。しかもお主一人で夜に訪ねて来るとは、また何やら面倒事かの?」
怪訝な顔で眉根を寄せるボビー師匠。大正解です、正解者にはトラブルの内容をお話ししましょう。
「実は領都よりさる高貴な御方が明日マルセル村を訪れる事になりまして。その御方がちょっと色々抱えておられまして、後方から暗殺者の集団が追い掛けて来てるんですよね~。
で、御面倒とは思いますが父ヘンリーと一緒に討伐していただけないかと。出来れば一人くらい生かしておいていただければ助かります。暗殺者なんで仕込み毒なんかもあるでしょうから、自害されないよう口の中や穴と言う穴をきちんと調べておいてください。奥歯に毒を仕込んだり肛門に隠し持つとかはとかは基本ですから」
俺の言葉に何故か頭を抱えるボビー師匠。えっと、俺おかしなことは言ってなかったと思うんだけど?
「だからなんでお主がそう言った事を知っておるのじゃ、お主は現役の暗殺者か何かなのかの?それは村人の知識ではないからの?もしや暗殺者ギルドで仕事をしておるんじゃなかろうかの?」
剣呑な表情のボビー師匠。まったく失礼な、俺が暗殺者な訳ないじゃないですか、なんでわざわざそんな面倒なマネを。
俺の望みはマルセル村でのんびりゴロゴロする事だって言うのに信用の無い事で。
俺の然も心外ですと言った顔に呆れ交じりの顔で「まぁケビンがそんなに面倒な事をするはずがないわな、その気になれば街くらい崩壊させることも出来るじゃろうし」
と明後日の事を言い始めるボビー師匠。
どうしたボビー師匠、とうとうボケたか?
やはり寂しい老人御一人暮らしは精神衛生上よろしくない様です。ここはゴブリンズの話も振っておきましょう。
「それとボビー師匠に少々込み入ったお願いがありまして。領都に向かう旅の途中でゴブリンの群れに襲われている者を保護したんですが、その二人がちょっと訳アリでして。ボビー師匠に生きる力を与えて貰えないかと。
既に魔力纏いは仕込んでありますんで、ボビー師匠には剣術の方をお願い出来ればと。
それと住む場所なんですが」
「あぁ、よいよい、ケビンが言うのだからよほどの者なんじゃろう。それにお主が魔力纏いを教えたと言う事はある程度は信用の置ける者とみなした証拠じゃ。慎重なお主の見立て、疑ってはおらんよ。
住む場所が無いのなら儂の家に住まわすが良い、部屋は空いておるでな」
「ありがとうございます、助かります」
俺はゴブリンズの事をボビー師匠に擦り付け・・・もとい、託す事が出来た事に、ほっと胸を撫で下ろすのでした。
―――――――――
「ただいま~、あぁ腹減った。今日の夕飯は何?」
「あら、あなたお帰りなさい、早かったわね。今日はあなたの好きなスイトンよ」
「スイトンか、そりゃいいな。そうそう、領都のお土産があるんだよ」
「えっ、何かしら。まぁ新品のお布団じゃない、ありがとうあなた❤
私、そろそろ男の子でも作った方がいいと思うのよ。今夜はこのお布団で・・・」
「って一緒になんて寝ないからね?俺これからまたエルセルまで戻らないといけないから。って言うかボケが長いから、こっちがボケたのにさらにボケで返されちゃったから収拾がつかなくなっちゃってるから!」
(小声で)「チッ、この意気地なし、このまま既成事実に持ち込めれば・・・」
「お~い、アナスタシア・エルファンドラお嬢様~、全部聞こえてるから、怖い事言わない。それと舌打ちは止めようね、舌打ちは」
実験農場のアナさんの小屋、軽い冗談をかましたらとんでもない事になりそうになってしまいました。
そこの地味顔村娘(偽装)、潤んだ瞳は止めろ、潤んだ瞳は。ボケが長いぞ。
それとお腹が空いてるのは本当なのでスイトンを食べさせてください、お願いします。
俺の懇願に渋々夕餉の準備をしてくれるアナさん、“年上の女性はノリがいいな~”と思うケビンなのでありました。
“ズズズズズズッ”
「あ~、優しいスープの味が五臓六腑に染み渡る。アナさん、また腕上げた?」
俺は俺の食べっぷりに満足気にドヤ顔をするアナさんに聞いてみる。
「はい、最近はお義父様やお義母様にも上手になったとお褒めの言葉を頂けるようになったんですよ。ヘンリー家の味はしっかり受け継がせて頂いております」
お、おう。そう言えば妹のミッシェルちゃん(生後半年)の世話に忙しい母メアリーの代わりにお手伝いだと言ってアナさんが台所に立ってる事があったよな~。
そっか~、あの母メアリーに認められるとは大したもんだ。あの人職業が給仕なだけあって、料理には一家言ある人だからな~。美味しいんだけどね。
そう言えば最近ジミーが家にアナさんが来てる時、「ケビンお兄ちゃん、アナお姉さんが来てるよ」とか言う様になってたけど、俺が気が付かない間にすっかり家族と仲良くなってたのね。
アナさん、恐るべし。
「それで急に帰ってきた訳だけど、ちょっと辺境伯様絡みの面倒事が発生してね、その仕込み。直接動いて貰うボビー師匠とヘンリーお父さんの所にはさっき行って話をして来たって感じ。
太郎!」
“ムクッ”
俺は床で寝そべっている太郎に声を掛けた。
「<業務連絡>でも伝えたけど明日領都からの馬車が来るからお前はグラスウルフの草原に行って街道周辺にグラスウルフが近寄らない様に縄張りを主張して来てくれる?ゴルド村からマルセル村の間の街道は既にご神木様のところのグラスウルフ部隊に行って貰っているから。
それとその馬車の車列の後から幌馬車が二台付いて来るから、お前たちでそいつらが逃げ出せない様に見張っていて。仕留めるのはボビー師匠とヘンリーお父さんがするからその場から逃げ出した奴だけ仕留めてくれる?」
“ガウッ”
一鳴き返事をして頭を差し出す太郎。俺は太郎の頭を優しく撫でると小屋の扉を開け、“行ってこい!”と促すのでした。
「ごちそうさまでした。それじゃ俺は戻らないといけないんでこの辺で」
“ジーーーーーーーーッ”
「えっと、帰って来たらまた顔を出しますんで~」
“バッ”
外に出たかと思うと上空へ飛び上がり脱兎の如く走り去るケビン。
そんな彼を見送りながら「あと一押しと言った所ですかね」と呟き、ニコリ微笑むアナ。
小屋に戻ったアナはケビンの使った食器を片付け、彼の残した領都土産の布団を敷きそのぬくもりに包まれる。
“今夜はケビンとの素敵な夢が見れます様に”
翌朝、あまりの幸せな眠りにすっかり寝過ごしてしまうアナスタシアなのでありました。
本日一話目です。