転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第197話 お貴族のお嬢様、ホーンラビットに陥落する

辺境の夜は深い。魔の森に隣接し大森林に最も近いとされるこの地では、集落の中にいるからと言って魔獣に対する警戒を怠る事は出来ない。

護衛騎士の夜番が三回目の交代を迎える頃、そのナニカは人知れずその場に佇んでいた。

それは影、それは闇。全ての光を飲み込む様な漆黒は、村長宅前に暫しとどまると、ゆっくりと地面に沈んで行く。

ナニカが再び姿を現したのは村長宅に宿泊する客人グロリア辺境伯の孫娘パトリシア・ジョルジュの一室。

ナニカの元から闇が伸びる。その闇はベッドで寝息を立てるパトリシアを一瞬にしてベッドごと包み込んだかと思うと、すぐに消えてなくなった。そしてそのナニカも再び影に隠れるように姿を消すのだった。

 

護衛騎士の夜番が四回目の交代を迎える頃、ナニカは再び姿を現した。

その身から伸びる深き闇は、ベッドで気持ち良さげに寝息を立てるパトリシアを再び闇で包み込む。そしてその闇が晴れた時、パトリシアはムニャムニャと寝言を呟きにへらと笑ってから寝返りをうった。

部屋の中には彼女以外に見張りのメイドが椅子に座っている。

だがメイドは何かの存在に一切気が付く事もなく、時間だけが過ぎて行く。

空が白み始め、やがて朝がやって来る。

メイドは椅子から立ち上がると一礼をし、朝餉の準備の為に部屋を後にする。

部屋の中ではパトリシアがただ一人、幸せそうに微睡に包まれているのであった。

 

 

「おはようございます、パトリシア様。昨夜は気持ちよくお休みになられましたでしょうか?」

 

日が昇り、客人の元にはマルセル村村長代理ドレイク・ブラウンが朝の挨拶に訪れていた。

 

「おはようございます、ドレイク村長代理様。昨夜は久方ぶりに心地よい眠りに就く事が出来ました。この様な爽やかな目覚めは何時ぶりでしょうか、本当に久しく感じた事のない爽快感に、朝食も美味しく頂く事が出来ました。

あれはお布団が良かったのでしょうか、大変心地よいモコモコした感触、あのお布団はどう言ったものなのですか?」

 

パトリシアは小首を傾げ疑問を口にする。普段自身が使っていた布団も柔らかく寝心地の良い物ではあったが、昨夜使った布団は何と言うか、優しいと言うか温もりを感じる様な触り心地であったのだ。

 

「あの布団は我が村の特産品を作ろうと試行錯誤の末作られた物の一つ、ホーンラビットの毛を使った布団になります。お使いいただいてお分かりになったと思いますが、大変保温性に優れ、いつまでも暖かな心地よい眠りに導いてくれる一品となります。

まだ試作段階ですので世に出す訳にはいかないのですが、我が村の最高の寝具と言う事でご用意させて頂きました。

パトリシア様にお喜びいただけたのでしたら、これに勝る喜びはございません」

 

そう言いにこやかな笑顔を向けるドレイク村長代理に、パトリシアも笑顔で応え感謝の意を示す。

 

「本日この後の予定ですが、ご要望のございましたホーンラビット牧場の視察にご案内させて頂きたいと思います。

またパトリシアお嬢様におかれましては角無しホーンラビットを御所望であるとか。

実際に触れていただく訳にはまいりませんが、お気になりました個体がおりましたら、移送用の檻に移させて頂き領都にてテイマー様の監視の下飼育して頂けるようになりますので、是非かわいがってあげてくださいませ」

 

ドレイク村長代理の言葉にかつて城の来賓の間で見た愛らしいウサギの姿を思い出し笑みを零すパトリシア。その表情に驚き目を見開くメイド長。

メイド長はここ一月あまり食事もろくに喉を通らず塞ぎ込むパトリシアの様子をつぶさに目にして来た。そのパトリシアがたった一晩で劇的な回復を見せたのだ。

今朝がた朝の挨拶を掛けられた時は今日のイベントに気持ちが上向いてくれたのかと自身も嬉しくなった。

だがよくよく様子を見ていれば分かる、パトリシアがかつての明るい彼女の様相を完全に取り戻していると言う事に。

これは一体?

 

「パトリシア様は本当に角無しホーンラビットがお気に召してくださったのですね。それではいつまでもお待たせしては意地悪と言う物、早速ご案内させて頂きます」

 

村長宅前には既に移動用の馬車と幌馬車が用意されており、前後を騎乗した護衛騎士が守っていた。

 

「では出発いたします」

ドレイク村長代理は車列の一団の前に用意されたマルセル村の荷馬車に乗り込むと出発の合図を出す。荷馬車はザルバの鞭捌きでガタゴト音を立て走り出す。

広いようで狭いマルセル村。車列が進むこと暫し、馬車は村外れの草原に建つ一軒の家の脇に到着した。

 

「ご移動ありがとうございます。この塀に囲まれた一角がホーンラビット牧場となります。今は冬眠明けの角狩りも終わり、日々のんびりと草を食んでいるところですね」

 

そう言いドレイク村長代理の指し示す方向、そこは四角く区切られた塀で囲われた一角。その箱庭の中には何頭もの角無しホーンラビットが、ピョコピョコと移動しては地面に生える若葉を食んでいる。

時折こちらからの視線に気が付いたであろう個体が顔を上げ、不思議そうにジッと目を向けた後コテンと首を傾げ、また何事も無かった様にふわふわの綿毛に覆われたお尻を向けピョコピョコと移動しては若草を食み始める。

その仕草、その愛らしい瞳、目を輝かせ鼻息の荒くなったパトリシアの足は自然ホーンラビットたちの下へと向かい始める。

 

「おまちください、パトリシアお嬢様。本日はパトリシアお嬢様の為に特別に飼育されている個体をご用意させて頂いております。こちらの個体は愛玩用に飼育する事を念頭に毛並みの状態や健康管理を行ったもので、是非一度ご覧いただけないものかと。

ケビン君、癒し隊の皆さんをお連れしてください」

 

それはこのホーンラビット牧場のウサギたちの中でも一線を画した愛らしさを放つ個体であった。日々ブラッシングされふわふわに整った体毛、ややぷっくりした体形のものもいればシュッとした凛々しさを感じさせる個体も。

癒し隊と呼ばれた三匹のホーンラビットは額に小さな先の丸まった角を付け、くりくりとした愛らしい瞳をパトリシアに向け近付いて来たかと思うと、立ち止まり前足を上げ身体を伸ばし、挨拶をするかのように会釈をするのでした。

 

“ピョッコピョッコピョッコ、キョロ、コテン”

“ピョッコピョッコピョッコピョッコ、フリフリ、キョロ?”

 

「ハウッ」

胸を抑えその場に崩れ落ちるパトリシアお嬢様。脇に控えるメイド様もお二人ほど身悶えておられます。メイド長様は流石堪えていらっしゃるようですが、先程から指先が小刻みにワキワキなさっておられます。

護衛騎士の方々は、必死になって凛々しいお顔を作られておいでの様です。

 

いや~、無理もないですよね、この国にはまだ“可愛い”の文化はありませんから。

全く耐性がない中でこの可愛いに特化したモコモコ生物を見せられちゃったらねぇ。

可愛いの伝道師団子先生監修のこの三体、“癒し隊”の皆さんは村の女衆にも大人気だもんな~。

生き残る為の努力とは言え大したものです。因みに三頭とも雌、何故かお子さんはおられません。

団子・・・不憫な奴。

 

それであの小さな角なんですよね、あれ、もう伸びないみたいなんですよ。

この三体も団子同様ホーンラビット特有のパニック行動を克服したみたいでしてね、ある意味特殊個体なんですよね。

 

「あの、ドレイク村長代理様?あの三体を撫でる事は・・・」

「いえ、その、こう見えてもこの三体もホーンラビットでして、一応魔物ですので危険が・・・」

ドレイク村長代理がそう言いながらどうしようかと言った顔を癒し隊に向ける。

癒し隊の中でも小柄な個体がピョコピョコドレイク村長代理の足元にやって来てジッとつぶらな瞳で見上げた後、足元にすりすり身体を擦り付ける仕草をする。

あざとい、癒し隊あざとい!

可愛さ全開の猛アピールに、パトリシアお嬢様のHPはゼロよ?身悶えちゃって大変よ?

 

 

そんなほのぼのとしたホーンラビット牧場で、悪意はゆっくり動き出す。

皆の視線が癒し隊の皆さんに向いている中、いつの間にかパトリシアお嬢様の背後に移動したテイマーの男性。

彼は懐から何か箱の様なものを取り出すとその蓋を開け、

 

「はいそこまで、テイマーさん、パトリシアお嬢様の背後で一体何をなさっているのですか?その箱の中身は一体何なんでしょう?

護衛騎士様、パトリシアお嬢様をお守りください。それとその箱の中身を確保してください!!」

 

俺が突然発した大声に、一瞬何事かと動きの固まる護衛騎士の面々、だが次の瞬間怪しい動きを見せるテイマーを視認、その捕縛に乗り出した。

 

「くそっ」

テイマーは声を荒げ箱の中身をパトリシアお嬢様に振り掛ける。

その乾燥した茶葉の様な何かは周囲に広がりパトリシアお嬢様の衣服にも付着する。

 

「貴様一体何をした!パトリシアお嬢様、御無事ですか?」

「はい、私は特には。それよりも一体何が」

 

“ピョコン、ピョコン”

足元をピョコピョコ歩く癒し隊の皆さん、一体あの男は何をしたかったのかと訝しむ護衛騎士様方、その時であった。

 

“ヒヒ~ン、ブルルル”

突然嘶き始める引き馬たち、領都からパトリシアお嬢様御一行を運んで来た馬車と幌馬車の引き馬が突然の暴走を始め、パトリシアお嬢様を目掛けて突進し始めたのである。

 

「ス~ッ、‟喝ー------!!”」

叩きつけられる覇気、一瞬ビクッとした後そのまま身動きを止める引き馬たち。

その身体は小刻みにブルブルと震えている。

 

「護衛騎士様、そのパトリシアお嬢様の身体に付着したものを先程のテイマーが持っていた小箱に集めてお持ち帰りになり鑑定士にでも見て貰ってください。

おそらくそれの正体は誘魔草、以前パトリシアお嬢様がオークの森で魔物に襲われた際に魔物を惹き付ける為に使われたものと同じものかと。

先程引き馬が暴れたのもそれが原因かと思われます。そうですよね、メイド様?

いえ、頭目とお呼びした方がよろしいですかグロリア辺境伯領領都グルセリア暗殺ギルドギルドマスター“顔無し”様?」

 

俺が声を掛けた方向、そこには一体何の事でしょうと言った驚いた顔をしたメイド様が。

 

「あ、そうそう、先程から合図の魔道具を使われている様ですけど、誰も来ませんよ?ホーンラビット牧場で魔物による事故が失敗した場合は盗賊による襲撃が行われる手筈だったんですよね?

しかも二次策とか言いながら十数名の手練れによる本格的な襲撃、どっちが本命なんだか分からないと言った用意周到さ、感服しますよ。

本当に気が付いてよかった良かった。

あとそこのテイマーさん、悔し紛れにウチの癒し隊をテイムして暴れさせてそのどさくさで逃げだそうとか、そんなせこいマネするの止めてくれます?

三匹がさっきから鬱陶しいって言ってるんで。

テイマーって弱い魔物だったら多少離れていてもテイム出来るらしいですね、俺前々からテイマーがどうやって飛行系魔物をテイムするのか不思議でならなかったんですよ、凄い納得です。

という訳で寝てていいですよ、“喝ー!!”」

 

俺が浴びせた覇気に当てられしろ目を剥いて口から泡を吐くテイマー。

 

「えっとケビン君、突然の事で状況がよく分かっていないのだけれど、一体何がどうなっているのかしら?」

 

困惑顔で俺に質問するメイド長様、まぁそれもそうですね、なのでご説明を。

その前に証人を呼ぶ事に致しますか。

俺はさっと手を上げ、ホーンラビット牧場管理事務所にいる二人に例の方々を連れて来て貰う事にしました。

 

“ドサドサドサッ”

地面に転がされる枷を嵌められた三人の男性、三人は俺の顔を見るや恐怖に震え始める。

 

「こちらの方々は昨夜マルセル村に侵入し今日の襲撃に備えようとした方々ですね。馬鹿ですよね、マルセル村には元白金級冒険者“下町の剣聖”ボビーと元金級冒険者‟笑うオーガ”ヘンリーがいるって言うのに。

暗殺ギルドなら昨年マルセル村を多くの盗賊が襲って来ていたって事ぐらいわかりそうなものなんですけどね、マルセル村がいまだに牧歌的農村風景を保っている事に疑問を持たなかったんですかね?

それでこちらの方々制約の呪いを掛けられちゃってたんですよ。ですんで聖水布の原材料、聖水のフォレストビー蜂蜜割りをガバガバ飲ませましてね、ちょっとお話を。

因みにこの口に噛ませてある布は聖水布になりますね、呪いが取れ切ってないと本当の事を話してくれないでしょう?

それでまぁ頭目のお話も一緒に。それとなんでその相手があちらのメイド様って分かったかと言いますとね、あの方聖水布をされてないんですよ、メイド様方に大人気の聖水布を。

そりゃ出来ませんよね、だって変装が解けちゃいますもん」

 

俺はメイド(偽)の前まで行き下から見上げながらニッコリと微笑む。

 

「色々仕事がしづらくなって大変でしたね♪」

‟ドスッ”

「ウッ」

“ボトンッ”

 

呻き声を上げ崩れ落ちるメイド(偽)、背後に回した手から零れ落ちるナイフ。

 

「よいしょっと。それじゃこいつは隠し武器を回収してからお引き渡ししますんで、後の事は護衛騎士様にお願いします。

ドレイク村長代理、一旦皆さんを村長の御宅へ、ホーンラビット牧場はまた後日と言う事で」

 

困惑と驚愕に包まれるホーンラビット牧場、混乱する者たちをしり目に、新しい実験体を手に入れたケビンはいそいそとホーンラビット牧場管理事務所へと向かうのでした。




本日一話目です。
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