「ドレイク村長代理、マルセル村の皆様、本当にお世話になりました。
ケビン様、領都にお越しの際は是非ボタンちゃん達の様子を見に来て下さいませ。」
朝の村長宅前に集まったマルセル村の村人たち。彼らに対し、高貴なる御方はマルセル村に訪れた時とは別人のような明るく溌剌とした笑顔を向け、別れの挨拶を述べる。
「いえいえ、我がマルセル村が少しでもパトリシア様のお役に立てたのならそれに勝る喜びはございません。
ホーンラビット牧場はこれからのマルセル村の象徴、そちらのホーンラビット達は言わばマルセル村の代表、どうか末永く可愛がってあげてください。
癒し隊の皆さんもどうかお元気で、パトリシアお嬢様やお城の皆様に癒しを届けてあげてください」
“““キュキュッ、キュイッキュ”””
パトリシアとメイドたちの腕に抱かれたホーンラビット達が、ドレイク村長代理の言葉に応え鳴き声を上げる。それはまるで“私達に任せてください、行ってきます!”と出立の挨拶をするかのようであった。
“ガタガタガタガタ”
車列は走り出す、辺境の地マルセル村から一路領都グルセリアを目指して。
マルセル村の者達はそんな去り行く馬車に向かい手を振り続ける。あの明るさを取り戻したお嬢様の笑顔が、再び曇る事の無い様願いを込めて。
貴族用の馬車の旅は早い。通常の旅人であれば十日は掛かるかと言う行程の旅も、その半分の日程で過ぎてしまう。それでもより速くと求めてしまうのは、もはや人の業と言う物なのだろう。
マルセル村を旅立って二日目、パトリシア嬢の一行はエルセルの街を過ぎオークの森の手前ラッセル村に宿を取っていた。
時刻は深夜、それは護衛騎士が三回目の夜番を行っている時に起こった。
「ウッ」
「ん!どうした?」
一人の護衛騎士が急に腹部を押さえ身を屈める。その様子にもう一人の護衛騎士が心配そうに声を掛ける。
「すまん、急に腹に差し込みがな。申し訳ないが用を済ませてきていいか?」
身体を折った護衛騎士は情けない笑みを浮かべながら言葉を返す。
そんな彼に残りの護衛騎士は「なんだ、脅かすなよ。早く行ってこい」と声を掛け、「漏らすんじゃないぞ~」と囃し立て揶揄う。そして一人がその場から立ち去った後、残った護衛騎士は表情を変え、一人別の場所へと歩を進める。
「まったく、領都を裏から操る暗殺者ギルドが聞いて呆れる。たかだか辺境の田舎の仕事一つまともに出来ないとはな」
護衛騎士の姿は高貴なる方々が眠る宿泊先のすぐ脇に止められている幌馬車の前にあった。
護衛騎士は荷台に乗り込むと、囚われている暗殺者ギルドの三人とテイマーに見下したような視線を送った後、腰のマジックポーチから何かを取り出した。
「な、なぁ、あんた、もしかしなくとも俺たちの仲間なんだろう?頼むよ、逃がしてくれよ。あんたらの事は一生言わないし、関わり合いになろうともしない、だからお願いだ!」
「うるさい、黙れ。貴様らの様な下等な者どもと同じにするな。私は閣下より直接命を受け貴様らを監視していたのだ。
事を上手く運べばよし、たとえ失敗しようとも潔く最期を迎えればよし。
それが何だ、おめおめと命を永らえたばかりか暗殺者ギルドに至ってはベラベラと余計な事を。あの女を直接この手で
まぁそれでも最低限の秘密は守れた様ではあったがな。あの小僧が言った様にマルセル村の者が聞き出した事など何の証拠にもならん、メイド長が持つ調書とて所詮は平民の戯言に過ぎん。
だが貴様らは違う、生き証人はそれなりの効力を持つ。
大体貴様らは何故まだ生きている、囚われの身になった時点で自決するくらいの矜持は持ち合わせていなかったのか。
その点に関しては、自らに自決の呪いを掛けていた頭目の女を評価してやってもいいがな」
護衛騎士の男は手に持つ何かを檻の中に囚われているテイマーの男性に向ける。
「そこの目が死んでる連中と違って貴様は元気が良さそうなんでな、騒がれても面倒だ、先に送ってやろう。なに、これは私からの慈悲だ、ありがたく思うがいい」
「や、やめろ、やめてくれ~、俺はまだ死にたくないんだ!!」
「やはりゴミムシは往生際が悪い上にうるさいな、お嬢様の迷惑になる、死ね」
護衛騎士の男がそのナニカを作動させようとした、正にその時であった。
「やっぱりこう言う事になりましたか。“おやすみなさい”」
“ドサッ”
その場に崩れ落ちる護衛騎士、そしてそんな彼に近付く小柄な人影。
「行われた凶行、そして証人は人知れず始末され真実は全て闇に葬り去られる。
まったくこう言った事は本当にテンプレですね。尻尾を出すとしたらこの移動中だとは思いましたけど、よりにもよってラッセル村でやらなくてもいいでしょうに。
ジニー師匠に御迷惑が掛かっちゃうじゃないですか。
という訳であなたにはこちらにいらしていただきます。
なに、要件が済んだらすぐに戻して差し上げますよ、色々とお話が聞きたいだけですんで」
“ズブズブズブズブ”
「ヒィーーーー!!」
まるで深い沼に引き摺り込まれるかのように床板に沈んで行く近衛騎士、その様子を目にしたテイマーは思わず悲鳴を上げる。
「良ければあなたもいらっしゃいますか?あなたからも色々お話を聞いてみたいと思っていたんですよ、あなたは中々強情そうですし、楽しい余興になると思うんですよね」
テイマーはその言葉にガタガタと身を震わせながら首を横に振る。
「それは残念、では領都に行ったら事の詳細を素直にお話する事です。自己保身など考えず事実だけをありのままに。
秘密を抱え誤魔化して下さっても良いんですよ?そうなれば私の楽しみも増えると言う物。あちらの暗殺者ギルドの方々には期待していたんですがね、すぐに素直になられてしまって。
そうそう、皆さんが目を覚まされているのは気が付いているんですよ、よろしければ一緒に行きませんか?
まだ色々抱えていらっしゃる様ですし、あの日の続きを・・・」
「「「いえ、何も隠し立てはいたしません!聞かれた事は包み隠さず素直にお話させて頂きます!」」」
暗殺者たちはその身を縮こまらせ、身を寄せ合う様にしながら言葉を返すのだった。
「う~ん、それではつまらないのですが、それならグロリア辺境伯様にお任せしましょうか、どうせ私以外には意地を張られるんでしょうからその時を狙って・・・」
「「「決してその様な事はいたしません、全てを素直にお話させて頂きます!!」」」
「そこまで言わなくても分かってますって、知ってますよ、それって所謂“フリ”って奴なんでしょう?本当に楽しみだ。
テイマーさんもこの暗殺者さんみたいに私を楽しませてくださいね♪」
その言葉を最後にそのナニカは姿を消した。
一人の護衛騎士が姿を消した、それは腹痛で厠に籠っていたもう一人の同僚が戻って来る事で発覚する。時間は深夜遅く、だがその様な緊急事態にラッセル村中が大騒ぎとなり、村の隅々まで捜索が行われた。しかし護衛騎士の姿は何処にも見つける事が出来なかった。
「カミラメイド長、行方が分からなくなっていた護衛騎士が見つかりました!
命に別状はないようですが、酷く何かに怯えている様子だそうです。
それと護衛騎士の見つかった現場にこの様な物が、カミラメイド長宛の書状の様ですが」
護衛騎士発見の朗報と共に齎された一通の書状、その表書きには“カミラメイド長様へ”と書かれており、差出人の名前は書かれていない。
カミラは書状を開き中を確認し、言葉を失う。
そこに書かれていた事は今回マルセル村で起きた事件の詳細、そしてその事件の首謀者とグロリア辺境伯領内に潜む間者の詳細、更に姿を消していた護衛騎士の役割について。
カミラは思う、この書状は自分の判断の裁量を越えていると。
「発見された護衛騎士は幌馬車に乗せなさい、その様な怯え切った状態での騎乗は危険です。先行の騎馬は一騎、後方二騎の体制でミルガルに向かいます。そこで人員を補充しましょう。
発見された護衛騎士はそのまま幌馬車で連れ帰ります、事の詳細をグロリア辺境伯様にご報告申し上げる義務があります。
パトリシアお嬢様には私が付きましょう、あなた方はこの事を急ぎ他の護衛騎士達に伝えなさい」
「「はい、畏まりました、メイド長」」
カミラメイド長は先程の書状に目をやり大きくため息を吐く。
「あなたは一体何者なんですか?マルセル村のケビン君」
書状には一切名は記されていない。だがその書体、報告の内容は、先に渡されていた頭目の女性の調書の特徴と一致するものであった。
メイド長の呟きは誰もいない室内に響き、静かに消えて行くのであった。
――――――――――
“ブンッ、ブンッ、ブンッ”
マルセル村の外れ、魔の森に隣接する剣術指南役ボビーの訓練場では、朝靄の漂う時間帯から木刀を振るう者の姿が見られる。
そしてその横には木刀をゆっくりと上げてはゆっくりと下すと言った動作を繰り返し行っている者。
そんな者たちの下に一人の老人が姿を見せる。
““ギギャギャギャ、グギャ””
二つの小柄な人影は、その老人を認めると動作を止め、一礼をして言葉を掛ける。
「よいよい、朝餉の支度が出来たでの、呼びに来たのじゃ。食べ終わったら畑仕事をしてから訓練に入る。何事も生活があってじゃからな、その事努々忘れてはならんぞい、よいな?」
““ギギャ、グギギャギャ””
小柄な人影は手に持つ木刀を棚に片すと甕で手を洗い家へと入って行く。
老人はそんな二人の後ろ姿を見詰めながら思う、どうしてこうなった?と。
事の始まりは村の娘ケイトを領都の学園に送り届ける為に村を出ていたケビンが、予定よりも早く一人で帰村した事であった。
“村を出ると何かしら厄介事に巻き込まれるから村から出たくない”
そう公言するケビンは、またしても飛び切りの厄介事を引き寄せてしまった、その対処の為一人先行して帰村したのだと言う。
ケビンは村の者に協力を求め、自身のところにもその御願いに上がったのだと言う。
“ケビンには返せない程の恩がある”
ボビー老人はその要請を快諾、やって来るであろう脅威に対処すべく覚悟を決めた。
「それとボビー師匠に少々込み入ったお願いがありまして」
それは話の序と言った感じで語られた内容であった。領都に行く途中で保護した二名の訳あり、その保護を頼みたい、そして生きる力を付けてやって欲しい。
ケビンの話では既に魔力纏いを仕込んであるとか、つまりこの訳ありはケビンがお節介を焼いてあげたくなるくらいの者であると言う事。
このケビンと言う青年は冷酷でありながらお人好しだ。自分の中に明確な線引きがあり、その線を越えた者はどんな理由があろうともバッサリと切り捨てる。
だがその線を越えてないもの、特に懸命に生きようとする者に対してはとことん甘い。おそらくその訳ありとやらもそう言った部類の者なのであろう。
ボビー老人はその要請を笑顔で承諾する。“ケビンは全く人が良過ぎるわいて”などと思いながら。
「しかしこれは聞いておらんかったぞい」
ケビンが連れてきた二人の子供、黒いフードに身を隠したその姿は確かに訳あり以外の何物でもなかった、なかったのだが。
「まさか呪いでゴブリンの姿に変えられた隣国の貴族の御令嬢とその従者、訳あり過ぎるじゃろうて」
こちらの言葉を素直に聞き真剣に剣に取り組むその姿勢は、己に降り掛かった不幸を全て受入れ、それでも尚生きようとする心の強さを窺わせるものであった。そうした者に手を差し伸べる、その事自体に否やはない、むしろ好ましい。
だがこの者達の前に立ちはだかる壁を思うと、胸が痛くならざるを得ない。
ボビー老人は玄関先に立て掛けてある自身の木刀に目をやりその柄に手を掛ける。
「儂に出来る事など一つしかない、儂にはこれしかないのだからの」
“ブッ”
それは神速の一振り、全てを置き去りにする必殺の一刀。
“あ奴らが最後の弟子になるやもしれんの”
木刀を玄関脇に立て掛け家の扉に手を掛けるボビー老人、その顔には優し気な笑みが浮かんでいるのであった。
本日一話目です。