転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第200話 お貴族のお嬢様、領主様に報告する

“ピョコン、ピョコン、ピョコン”

 

歴史ある荘厳な建物。石畳の廊下を一匹の魔物が主の隣に付き従い歩を進める。

魔物の主はそんな健気な姿に目を細め、‟ボタンちゃんはちゃんとお供が出来て偉いですね~❤”と声を掛ける。

魔物はそんな主の言葉に顔を上げると、くりくりとしたつぶらな瞳を向け“コテン”と首を傾げる。

魔物の主はその仕草に溜まらず魔物を抱ぎ上げ、“ボタンちゃんは最高です”と呟きながら愛でるのであった。

 

 

「失礼いたします。辺境伯閣下、パトリシアお嬢様がご帰還のご挨拶にお見えになられました」

 

城の中枢、グロリア辺境伯家の居室。そこには当主グロリア辺境伯ばかりでなく、その妻や他家に嫁ぎ訳あって戻ってきている三女が、ある人物の来訪を今か今かと心待ちにしていた。

 

「お爺様、お婆様、お母様、ご心配をお掛けして申し訳ございませんでした。パトリシア、無事マルセル村より戻ってまいりました」

 

女性はその腕に額に可愛らしい小さな角を付けたホーンラビットを抱きながら深く礼を向けた。その表情はとても明るく朗らかで、城を出る前の焦燥し切った女性の姿を知っているその場の一同は、あまりの状態の変化に目を見開く。

 

「パトリシア、あなた、その、身体の方はもういいのですか?」

 

最初に口を開いたのはグロリア辺境伯が三女、パトリシアの母デイマリアであった。

 

「はい、お母様には本当にご心配をお掛けして。今思えばなんであんな事で悩んでいたのか。私は貴族令嬢はこうあるべしという考えに縛られ、自身で勝手に傷付き悲劇の令嬢に浸っていたのやもしれません。お恥ずかしい限りです。

こうして今冷静に考えてみますと、ローランド様とは元々縁が無かったのやもしれません。それにもしあのままローランド様と一緒になっていたとしても、あの御方は恋に恋する御方、いつまた今回の様な事になった事か。それを思えば妹のフローレンスには逆に感謝しなければならないかもしれませんね。

それにお父様のお考えも良く分かりましたし、これも貴族の習わしと言うのなら致し方がありません。精々他所の令嬢に同じ事をされないように頑張ってとしか。

 

正直今の私にとってはローランド様の事などどうでもいいのです。それよりも見てください、このボタンちゃんの愛らしさ、毛並みなんかもうふわふわで、それにとても温かくて。

ボタンちゃんはとっても頭が良いんですよ?ね~、ボタンちゃん❤」

 

“キュキュッ”

 

パトリシアの変貌、そのあまりの変化に混乱し思考が追い付かない面々。

パトリシアが深く傷つき思い悩んでいた事は知っていた。それにより食事も喉が通らず日々やせ細り弱って行く孫娘に何もしてやれず、苦しくも苦々しい思いを抱えていたグロリア辺境伯は、孫が明るく元気になった事にもろ手を上げて喜びたい、喜びたい所ではあるのだが。

“パトリシアよ、あの馬鹿息子のことはもうどうでもいいって。しかも今お前実の父親を完全に切り捨てなかった?結構お父さん子だったよね?”

 

グロリア辺境伯の混乱、そして周囲の人々の動揺は、魔獣であるホーンラビットを抱きかかえるパトリシアに対し誰もツッコミを入れない事からも明らかであった。

 

「パトリシアお嬢様にお聞きいたします。お嬢様のお手元におりますホーンラビットでございますが、額に角がある様にお見受けするのですが。お話では確か角を切り落としたホーンラビットを飼育なさるはずではなかったのでしょうか?」

 

そして最初にその事に思いが至り、パトリシアに問い掛けたのは執事長ハロルドであった。

 

「ハロルド、よく気が付きました。そうです、このボタンちゃんをはじめマリーゴールドちゃん、スミレちゃんの三体は、愛玩動物用に飼育された特別なホーンラビットちゃん達なんです」

 

パトリシアはそう言うと背後のメイドに目配せをし、胸に抱くホーンラビットのボタンを床に降ろす。合図を送られたメイドたちも、それぞれの腕に抱いていたホーンラビットを床に降ろした。

 

「癒し隊の皆さん、整列!」

 

“““ピョコピョコピョコピョコ”””

ピョコピョコと愛らしい動きでパトリシアの横に立ち並ぶ三羽のホーンラビット。

 

「ご挨拶」

 

“““キュキュキュ、キュイッ”””

“““ペコッ”””

上体をスッと上げ、床にお尻を付けた格好で鳴き声を発する三羽。

すると挨拶は終わりとばかりに可愛らしくお辞儀をする。

お辞儀の後顔を上げた三羽は、“どう?上手に出来た?”とばかりにパトリシアに顔を向け、首をコテンと傾げるのでした。

 

 

「マリーゴールドちゃ~ん、キャロルですよ~、美味しいですか~❤」

「スミレちゃ~ん、こっちに来て下さ~い。“ピョコピョコピョコ”

はい、お利巧ですね~❤」

 

女性達は陥落した。辺境伯夫人が、パトリシアの母デイマリアが、部屋付きのメイドたちが。そそくさと用意されたキャロルスティックは、部屋付きのメイドが厨房に走り急ぎ準備させたものであった。

その際のメイドたちの纏うオーラは、厨房を取り仕切る料理長をしてたじろがざるを得ない程のものであったと言う。

 

 

「詳しい報告を頼む」

ホーンラビット達に夢中な女性陣を残し、グロリア辺境伯は別室に移り、今回の旅のリーダーであるパトリシア付きのメイド長カミラに事の詳細を聞く事とした。

 

「はい、グロリア辺境伯閣下にご報告申し上げます。此度の辺境マルセル村に向かう旅の目的としてグロリア辺境伯閣下より申し付かった事は三つ。

一つ、婚約破棄事件により塞ぎ込むパトリシアお嬢様が少しでも快方に向かう様に尽力する事。

一つ、この程農業重要地区入りを果たすマルセル村の視察。

一つ、ケビンと言うマルセル村の少年について、その様子や言動を観察する事。

 

マルセル村にまで至る旅の行程は五日間、途中ミルガルの教会でメルビン司祭様に祝福を頂き無事予定通りマルセル村に到着する事が出来ました。

閣下に置かれましてはこの時点ですでにおかしい点がある事に御気付きでしょうか?」

 

カミラはグロリア辺境伯、執事長ハロルドのそれぞれに目を向ける。

 

「何も問題が無かった、そうか、何も問題が無いと言う事か」

 

「はい、閣下の仰る通り何も問題が無いと言う事自体おかしいのです。

これは私も領都に戻る前になって初めて気が付いたのですが、共にマルセル村に向かったマルセル村の者達の乗る荷馬車は農村で使われる一般的な荷馬車、その引き馬もその辺の市場で一般的に売られている普通の安価な引き馬。それが激しい走行音を立てつつも何の支障も無く五日間の街道の旅を熟したのです。これはおかしい。

 

次いでマルセル村に到着してからですが、予め先触れがあった為村では何事も無く逗留の準備がなされておりました。

村人総出の出迎え、小綺麗な村長家屋、マルセル村での滞在中お嬢様は大変ご機嫌よく過ごされておいででした。

これもおかしいのです。

マルセル村に到着した当初はミルガルのメルビン司祭様に祝福を頂いた事もあり多少の回復も見られましたが、憔悴しきったご様子は変わりありませんでした。

ですが翌朝目を覚まされたパトリシアお嬢様はすっかり元気になられ、出された朝食を全てお食べになり、にこやかな笑顔でホーンラビット牧場に向かわれたのです。

パトリシアお嬢様は“お布団が良かったのでは?”と仰られていましたが、その様な事があるのでしょうか?

ドレイク村長代理様のご厚意によりそのお布団、ホーンラビットの毛を中綿に使った物らしいのですが、いただいてまいりました。ですがそればかりが理由とは到底。

 

そしてホーンラビット牧場では事件がございました。

パトリシアお嬢様を狙った凶行、予め提出させて頂いた小箱ですが、ケビン少年の見立てでは以前パトリシアお嬢様の馬車が襲われた際にも使用された誘魔草ではないかと」

 

「うむ、あの箱の中に残っておった枯れ草を鑑定させたところ、確かに誘魔草であったわ。ほんに忌々しい事にな」

 

「事件に関してはケビン少年をはじめマルセル村に住む元白金級冒険者“下町の剣聖”ボビー氏、元金級冒険者“笑うオーガ”ヘンリー氏により事前に対処されていた為、お嬢様に危害が加わることなくやり過ごす事が出来ました。

その際暴走する引き馬を一喝で鎮めたケビン少年の覇気は、今でも忘れる事が出来ません」

 

「であるか、あの者、ただ者ではないと睨んでいたがその様な事まで」

 

グロリア辺境伯は腕組みをし唸りを上げる。

 

「お嬢様におかれましては事件に心を痛められたご様子でしたが、翌朝にはそのような事など無かったかの様に元気なお姿を見せてくださいました。

あの場ではその御心の強さに唯々敬服いたしましたが、これもまたおかしなことではありました」

 

メイド長カミラはそこで言葉を区切ると、スカートの隠しポケットから数枚の用紙を取り出し執事長ハロルドに手渡す。ハロルドは軽く目を通した後、主グロリア辺境伯に手渡した。

 

「ぐっ、あの愚か者どもが!」

グロリア辺境伯の身体から溢れる覇気、その用紙に書かれている内容は歴代最高の宰相と謳われる彼をして激高せしめる程のものであった。

 

「これはケビン少年が自ら捕らえた暗殺ギルドの頭目“顔無し”から聞き出した物となります。残念ながら頭目は自らに施した自決の呪いにより亡くなってしまいましたが、それに関わる作戦実行者である“お頭”と配下の者二名は牢に繋いでございます。

他襲撃に関わった実行部隊は“下町の剣聖”と“笑うオーガ”の手により殲滅されております。それと・・・」

 

メイド長カミラが再び取り出したのは一通の書状、その内容にグロリア辺境伯ばかりでなく、執事長ハロルドですら愕然とし言葉を失う。

 

「マルセル村を立ち二日目の宿を取ったラッセル村での事でした。夜番の一人が腹痛を起こし持ち場を離れた、そして戻って来た時にはそこにいたはずのもう一人の護衛騎士の姿は無くなっていたそうです。

急ぎ周囲を探し、村中が大騒ぎとなったのですが、当の本人は朝方になり厩脇で発見されました。その様子は酷く怯えた様であったとか、その現場に残されていたのが私宛のこの書状でした。

この書状が誰の手によって記されたのか、そしてその内容が真実であるのか。連れ帰った護衛騎士に問い質せばわかるかと。

ただ私は思うのです、あまり差出人について追及すべきではないと」

 

その言動に目を向け、言葉の真意を問うグロリア辺境伯。

メイド長カミラは差し出した書状に目をやりながら言葉を続ける。

 

「先ほどお渡ししたマルセル村でケビン少年から頂いた調査書、そしてそちらの書状。

言葉の進め方、文字の特徴、よく似ているとはお思いになりませんか?

パトリシアお嬢様のお連れになってるホーンラビット達は魔物の雇用主と言うスキルでケビン少年と雇用関係にあります。支配的な命令は出来ないものの他のテイマーからのテイムを弾く効果があるとの事です。

そしてあの三匹は魔力障壁を張る事が出来ます。その効果は強く、ファイアーアローを防ぎ、護衛騎士の一太刀を遮るほどです。

それ程の従魔をパトリシアお嬢様の護りとして送り出して下さった。

そしてパトリシアお嬢様の劇的な回復、何も関係が無いと思う方が無理があるかと。

暗殺者ギルドからの襲撃も魔物暴走を起こしてのお嬢様の暗殺も。

これだけの功績を一切誇らずむしろ隠そうとする様な方々、そして人知れず証拠隠滅を防いだ御方。

直接その現場を見て来た者として、今後のグロリア辺境伯家の利益を考えるのならば適切な距離感を持って交流を図る事を進言いたします」

 

「ムムッ」

堪らず唸りを上げるグロリア辺境伯。それほどの英傑が揃っているのならば是非にでも旗下に加えたいと思うのは為政者の性、だがそれは強大な力を持ち、多大な利益を齎す者達を手放す行為に他ならない。

マルセル村の者達とはそれ程の功績を齎した者たちなのだから。

 

「相分かった、この件他言無用とする。ハロルド、この一件お前に託す、内なる害獣の退治を行え。カミラは引き続きパトリシアの事を頼む。

このマケドニアル・フォン・グロリアを嘗め切った阿呆どもを一掃する!」

 

「「ハッ、グロリア辺境伯閣下の思し召しのままに」」

 

動き出す思惑、反撃の時が始まる。

グロリア辺境伯領は今、春の嵐を迎えようとしているのであった。




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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