第202話 村人転生者、森の管理人の元へ向かう
マルセル村の朝は早い。
空が白み始める頃には起き出して朝食前に一仕事とばかりに畑に向かい、草刈りや畝の手入れ、野菜の生育状態を観察しての追肥を行ったり。
グロリア辺境伯領におけるマルセル村の野菜の評判は年毎に上がり、春物野菜の収穫が始まる来月頃からは領都のモルガン商会、ミルガルのバストール商会と言った主要商会や、周辺都市の中小の商会などが野菜の買い付けに訪れる予定である。
そんな働き者の多いマルセル村において、授けの儀を終えた青年がいつまでも朝の微睡に包まれるなどと言った事が許されるのであろうか?
「お母さんおはよう。ミッシェルちゃんおはよう」
「おはようケビン、あなた最近起きるのが遅いんじゃない?領都から帰って来たばかりで疲れてるのは分かるけどそろそろシャキッとしないブフッ」
「キャハハ、キャッキャ、ダウ~」
「ん?どうしたのお母さん?ミッシェルちゃんはご機嫌ですね~。元気な事は良い事です」
楽しい家庭、朝の風景。ヘンリー家の長男ケビンは、穏やかに流れる時間に自然頬を緩ませる。
“ガチャ”
「ん、おはようケビン、今起きたのか?最近朝が遅いんじゃブフッ」
「おはようケビンお兄ちゃん。お兄ちゃんも偶には朝の鍛錬をした方がブフォ」
扉を開けて外から戻ってきた父ヘンリーと弟のジミー。二人とも身体が大きく、そんな二人が揃っているだけで部屋の中が酷く狭く感じてしまうのは気のせいだけではないだろう。
優しい母、頼れる父、頼もしい弟、可愛い妹。ケビンは何気ない日常を送れることの幸せに喜びを感じ、皆の笑顔につられるように自身も笑顔になるのであった。
「ブアハハハハ、駄目だ、ケビンお兄ちゃん勘弁して、その顔で笑うって、僕の腹筋を殺しに来ているとしか思えないんだけど?」
「フフフ、ブフッ。ケビン、あなたまだ顔を洗ってないんじゃない?スッキリ目が覚めるわよ、井戸に行って洗っていらっしゃい」
「そうだぞケビン。ついでに桶に水を汲んでよく自分の顔を見て来るといい。目やにが付いていたりしたら格好悪いからな」
何故か一人爆笑しているジミー、情緒不安定?箸が転がってもおかしいとか何でもかんでも“マジウケる~♪”とか、アイツもそう言うお年頃なのだろうか?
そして何故か顔を合わせようとしない母メアリーと背中を向け小刻みに肩を震わせる父ヘンリーが不穏なんだが?
ミッシェルちゃんはずっと笑顔で可愛いですね~、ほ~らお兄ちゃんですよ~♪
これから朝食だと言うのに何故か顔を洗う為に井戸端に行かされた俺氏。太陽の光を浴びてキラキラと反射する盥桶の
盥桶の
・・・たぬき?
「「「ブフッハハハハハ」」」
家の中から聞こえてくる爆笑、慌てて袖を捲ると左の腕に見覚えのある筆跡の文字が。
“いつまでもお寝坊してるとレッサーラクーンになっちゃいますよ?”
ダ~、アナスタシア・エルファンドラ~~~~!!
魔法の腕輪さんに頼んで急ぎ嫌がらせの呪いを解術、家に戻ると目に涙を浮かべた両親といつまでも思い出し笑いに苦しむ弟ジミーがですね~。
どうやら母メアリーが冬の授けの儀を終え帰って来てからの俺の生活態度に悩んでいたらしく、それとなくアナさんに相談に乗って貰っていたらしいです。
ケイトの魔法の威力調整を始める様になって元の生活リズムに戻ったので一時的なものと安心していた所、再びの朝寝坊がですね~。
だって仕方がないやん、パトリシアお嬢様をお連れして戻ってきた晩はお嬢様の治療の為にほぼ徹夜だったし、お嬢様お帰りの際は尾行して護衛騎士様による凶行(証拠隠滅)が行われる前にインターセプト、徹夜で後処理してたんよ?
漸く一息付けたんよ?少しはゆっくりさせてくれてもええやん。
で、そんなこんなで再びアナさんにお話が行きまして、“お義母さま、お任せください!!”と張り切ったアナさんが起こした所業が“寝坊助狸(レッサーラクーン)の刑”だったんですね。
何故そんな所に全力を注ぐ!!
「アナさんが言っていたケビンが寝坊しなくなる方法ってこれだったのね。アナさんからの伝言よ、“朝の畑作業に来れない様なら毎朝起こして差し上げますね”ですって。
あなたみたいなすぐにずぼらな生活をしたがる子にはああいったしっかり者の女性がお似合いなのかしらね」
ウグッ、朝の微睡は禁止ですか、そうですか。村人ケビン、村人らしい規則正しい生活(強制)を送る事になりました。
皆が笑顔の中(弟ジミー、思い出し笑い続行中)、顔で笑って心で涙するケビン十二歳の春なのでありました。
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春の森は活気に溢れている。植物は芽吹き若葉を茂らせ、その葉を餌とする動物や魔物、そんな動物や魔物を餌とする大型の魔物が長い冬の眠りから目覚め活発に活動を開始する。
そんな腹を空かせた肉食魔物が闊歩する一年で最も危険な春の魔の森を、まるで自宅の庭を歩くかのように歩を進める小柄な青年。彼は真の危険地帯大森林の手前、この魔の森の最深部、マルセル村の者から老木と呼ばれる大樹の前に到着すると、まるで友人にでも挨拶するかのようににこやかに声を掛ける。
「こんにちは御神木様、今日も肥料を持って来たよ」
「おいっすブー太郎、調子の方はどうよ」
俺は畑仕事が終わって帰って来たであろう鍬を担いだブー太郎に声を掛ける。
“フゴッ、フゴフゴ”
俺の顔を見るや新しい野菜の種をねだるブー太郎、こいつは本当に図太いと言うか図々しいと言うか。まぁジャイアントフォレストビーやキラービーとも仲良くやってくれてるみたいだし、森のお店屋さんもそれなりに切り盛りしてくれてるんでいいんですけどね。
って言うか蜂さん方の蜂蜜の入荷はマジ死活問題なの、最近また最強生物からおねだりがですね。しばらく待ってもらってるんですけど、あのお方も堪え性がないと言うか。気の遠くなるくらいの長生きさんなんだから、半年に一回くらいで満足してくれないもんだろうか、まったく。そのうち大森林中の蜂さん方の下に、行商にお伺いしにいかないといけなくなるかもしれない。がぶ飲みはマジ勘弁していただきたいところでございます。
「野菜の種は今度近くの人間の街にでも行って大量購入してくるから待っててくれる?ここは土地の魔素も多いから大概の野菜は上手に作れると思うんだよね。
それと芋だよね、芋。干し芋の原材料、これってフォレストビーが大好きなローポーション芋汁に使うからぜひ育てて貰いたいんでございますよ。
ローポーション自体はスキルのお陰で大量製造出来るようになったんだけど、干し芋の方は秋に作り置きしないといけないからね。収納の腕輪があるから作業は分割出来るけど肝心の芋が足りないんだよ」
“フゴ、ブヒフゴ”
「だよね~、問題は保存なんだよね~。今度花園に行ってシルビーさんに収納の腕輪の作り方でも聞いてくるわ。ブー太郎専用装備として調整すれば野菜の収納にも困らなくなるし、ブー太郎の魔力修業にもなるしさ」
“フゴッ、フゴフゴブフォ”
俺の言葉に“よろしくお願いします!!”とばかりにビシッと礼をしながら返事をするブー太郎。
流石ブー太郎、自身の便利な生活の為なら媚を売る事も厭いません。
「そうだ、ブー太郎に紹介したい連中がいるからちょっと来てくれる?
おーい、グラスウルフ軍団も集まってくれる?ブー太郎ハウスの前に集合~」
俺はブー太郎ハウスに住む魔物たちに集合の声を掛けるのでした。
「え~、グラスウルフさん方にはこの間はお世話になりましてありがとうございます。お陰様を持ちまして無事問題の回避に成功いたしました。
それとブー太郎も日頃森のお店屋さんの方を含めありがとうございます。
で、新しいお仲間を紹介する前に皆さんに確認をね。この冬前に授けの儀って言う人間が女神様から職業って言う便利な能力を頂く儀式をいたしまして、<魔物の雇用主>って言う離れたところにいる魔物とも意思の疎通を取る事の出来るスキルを頂いたんですよ。
それで皆さんどうします?テイムスキルみたいに強制命令と言った事は出来ないんですけどね、人間に雇われることには変わりないんで一応意思の確認をと思いまして。
あ、ブー太郎は強制ね、お前ほっとくと仕事しないんだもん。
それと蜂さん方から注文が入った時にすぐに対応できるから。
いや、まてよ、蜂さんと雇用関係になれば連絡もつけやすいか?今度B子さんと隊長さんが来たら聞いてみよう。
それでどうする?」
“““““ウォウウォウウォウワオーン”””””
“フゴフゴブヒ、フゴ”
「グラスウルフ軍団は賛成と。そんでブー太郎は週休二日と有給休暇を年二十日欲しいって、そんな言葉をどこで覚えて来た!ブー太郎って謎が多すぎなんだけど!有休があるオークの集落ってないよね!一週間で六日なのに二日も休んだら四日しか働いてないよ?畑仕事とたまに来る蜂さん相手の仕事しかないんだからもっと頑張ろう?
まぁいいけど。
それで長期雇用と短期雇用があるんだけどどっちにする?長期雇用になるとお給料として俺から定期的に魔力の供給があるほかに、魔力切れの心配がほぼなくなります。短期雇用の場合は決められた仕事さえすれば互いで取り決めをした報酬がもらえます。安定を望むなら長期雇用、縛られたくない自由を望むなら短期雇用かな。
どちらの雇用形態でも支配系スキルみたいな洗脳効果はないから、やりたくなければ仕事の放棄も出来ます。
まぁその場合雇用を解除することにはなるけどね。
そんで短期雇用契約を行う人~」
“““““・・・・・・・・”””””
「長期雇用契約を行う人~」
“““““ガウオウオウオウオウオウ!!”””””
“ブフォ、フゴフゴフゴ!!”
「定期的に魔力が欲しいか~」
“““““ガウオウオウオウオウオウ!!”””””
“ブフォ、フゴフゴフゴ!!”
こいつら超現金、皆安定した生活がしたいのね。俺の周りの魔物ってそんな奴ばっかり。
「ハイそれじゃ横一列に整列して~、一人一人やってくからね~」
“<長期雇用>×十七”
「ハイ終了。それとグラスウルフたちのリーダー前に来て。
今日から君は
ブー太郎は干し肉の在庫が少なくなったり干し芋が足りなくなったらすぐに連絡をください。相手を思い浮かべて業務連絡がしたいと思えば連絡を取れるから。
それと新しい同僚を紹介しますね。<オープン>」
俺は左手を前に突き出して従魔の指輪から三体の魔物を呼び出すのでした。
「ハイ注目~、ホーンラビットの白玉さんは前に来たことがあるから覚えてると思うけど改めて紹介するね。ラビット格闘術の師匠だから、これから指導してもらう事もあると思うよ。
それとこちらの二体はワイルドベアの親子です。これからブー太郎の下で働いてもらう事になるってどうしたブー太郎、顔が青いぞ?
無理無理無理って無理じゃないから、お前の部下だから。
えっと呼び名がないと面倒だな。それじゃクマお母さんがクマ子、息子さんがクマ吉ね。
クマ子、修行の方はどう?結構強くなった?」
“グォーーーーーー!!”
「お~、気合が入ってるね~。それじゃ少し手合わせをしようか。
クマ吉は今回見学ね。もう少し大きくなったら手合わせしようか」
“ガウガウガォ~~!!”
「お母さん頑張れ~って応援されちゃったら気合い入れないとね~。
それじゃ審判は白玉がお願い」
“キュキュッ”
ブー太郎ハウスの前、注目する従業員の皆さん。負けられない戦いがここにはある!
「ラビット格闘術初伝、マルセル村ケビン、推してまいる!」
“グォ~~~!!”
“ドガンッ、ドガドガドガドガドガ”
魔の森の奥、大森林手前の一軒のログハウスの前で、大きなワイルドベアと小柄な青年が己の力の限りぶつかり合う。
取り囲む魔物たちは、そんな二人に思い思いの声援を送る。
そんな魔の森の平和なひと時を、若葉茂る老木御神木様はワサワサと枝葉を揺らしながら見守るのでした。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora