季節は移り変わる。森の樹木は若葉を大きく広げ、木々を抜ける風が、新緑の香りを運んで来る。
魔の森に隣接するマルセル村剣術指南役ボビー師匠の訓練場では、今日も村の子供たちが真剣に木刀を振るう。そしてそんな彼らに交じって、小柄な影が同様に剣術に取り組んでいる。
“ギャウギャウギャ、グギャ”
その小柄な影の一つが足元の木版に何やら書き込み、それを背の高い青年に見せる。
「ん?剣士さんどうしたの?あぁ、今の振りについてだね。重要なのは体幹と重心位置、自分の芯が揺らいじゃうと力は十全に伝わらないからね。
要は剣と一体化する事なんだ。
ちょっと振ってみてくれる?」
“グギョ、ギャウギャウ”
もう一つの影も木版に何やらを書くと、共に素振りをしていた少女に向け掲げる。
「えっと、構えを取った時何かしっくりこない?う~ん、これは正しいかどうか分からないんだけど、ローブちゃんはもしかしたら杖術とかのスキルに目覚めているのかもしれないよ?
今使っているのは木剣だから分かりづらいけど、鉄の剣を握った時に違和感がある様だったら確実なんだって。
実は私もそうなんだよね、どうも剣術以外のスキルに目覚めているみたいで、鉄の剣を握って素振りすると普段使ってるこの木刀みたいにうまく振れないの。
それでもずっと剣術の稽古をしてきているから問題なく使えるんだけど、しっくりこないって言うか。
ローブちゃんの場合それがより強いみたいだから、もしかしたらより限定的な武器スキルを持ってるのかも。
こっちの木刀を使ってみてくれる?」
“グギョ、グギャギャグギャ!”
「うん、さっきよりもいい感じ。一振り一振りを真剣に木刀の声を聞くつもりで振って行くとどんどん良くなっていくよ。私も知らなかったんだけどスキルによる補正って言うのかな?スキルが動きを導いてくれるんですって。
素振りが終わったら棒術の練習をしてみる?多分そっちの方がしっくりくると思うから。私もそうだったしね」
子供たちは新しく訓練に加わった修行仲間、ゴブリンたちと共に日々の研鑽を続けるのであった。
・・・ってな感じでボビー師匠の訓練場は活気に溢れているんですけどね。
甲冑を着たゴブリンが木剣を振るってるんだよな~。その横ではローブ姿のゴブリンが木刀を振るってるって、何が起きたらこうなるんだろうって感じなんですけど。
あれはケビンお兄ちゃんが領都からお貴族様のお嬢様と共に帰って来た翌々日の事。お貴族様のお世話が終わったボビー師匠の元に向かった俺たちに紹介されたのがあの二人のゴブリンたちでした。
こっちの世界で初めて見たゴブリンの姿は何か凶悪そうと言った印象。
ギザギザに尖った歯、睨みつける様な目、鷲鼻と言うか顔のバランス的に大きい鼻、皮膚は緑掛かっていてゴワゴワしている感じ。“ゲームのパッケージに描かれていたゴブリンをリアルにするとこんな感じなのか~”と言った感想を抱いてしまったのは致し方が無いと思う。
ボビー師匠の話では詳しい事は言えないが呪いでゴブリンの姿に変えられてしまった人間だとか。
嘘、呪いってそんなことまで出来るの?呪術師ってゲームの中じゃデバフとか状態異常を引き起こす職業だったと思ったんだけど、現実世界の呪術師って超恐いんですけど。こんなの前世の世界的に有名なファンタジーアニメに出てきた魔法使いじゃん、野獣にされちゃったりカエルにされちゃったりする奴じゃん、ビビデバビデブーじゃん。
って事はこの世界ではネズミを馬に変えたりトカゲを御者に変えたりかぼちゃで馬車を作ったり出来るって事?無茶苦茶だ~!!
あの日はショックのあまり訓練にならなかったな~。
ゴブリンさん方が筆談が出来るって言うんで皆して地面に字を書いて筆談したっけ、ゴブリンさんに字が間違ってるって指摘された時は落ち込んだけど。
ゴブリンさんたちは誓約とか言うもので名前が封じられてるって言うんで呼び名を決めようって事になって、分かり易いものがいいって言うんで服装から“剣士”さんと“ローブ”さんに決まったんだよね。
エミリーがジョセフィーヌとかマリーアントワネットとか言い出してゴブリンさん方に断られて落ち込んでたっけ。って言うかマリーさんはケーキの御方じゃん、どこからその名前を思い付いたのって聞いたら勇者物語の別冊で「剣の勇者様と賢者様」ってお話に出て来たらしい。剣の勇者様が奴隷として囚われていた名無しの女性たちに付けたんだとか。
剣の勇者様、あなた絶対転生者だろう!って言うかかなりピンポイントじゃね?
ジョセフィーヌってナポレオンの奥さんじゃなかったっけ?
フランスが好きだったの?
これって他の人と共有できないのが悔しい、多分剣の勇者様ってツッコミどころ満載なんだろうな~。
そんな感じでゴブリンさん方とある程度打ち解けられて一緒に素振りをするようになった時に、ケビンお兄ちゃんが持って来たのがあの木版。炭を混ぜて良く練り込んだ土を木の板に塗って生活魔法<ブロック>で固めたモノらしい。
それとホーンラビットの骨を良く焼いて粉にした物にスライム液を混ぜて練り込んだ後、型に入れて天日干しした物。
・・・これってどう見ても黒板とチョークだよね!?ケビンお兄ちゃんなんでこんな事知ってるのさ!
岩に白い石で文字を書くのは基本?木版に炭で字を書く様になって初級?紙とペンは高いから作ってみた?
ケビンお兄ちゃんは天才か?
生活全般の事になるととんでもないモノを作り出すケビンお兄ちゃん。俺たちの様子を見て「これって売れる?」とか言ってますが、子供の文字教育にはとてもいいと思いますよ。
「今度モルガン商会のギースさんに売り込んでみるか~」とか言ってたんで、マルセル村の新しい産業になるっぽいです。
そんなこんなでゴブリンさん、剣士さんとローブさん達との訓練にも慣れ始めた頃・・・
“ノシ、ノシ、ノシ、ノシ”
「おっ、皆今日も頑張ってるね。剣士さんとローブさんも大分慣れてきた?
ここでの指導は中々為になると思うよ、ボビー師匠は一流の剣士ってばかりじゃなく一流の指導者でもあるから」
森から現れた大きな熊、その隣にはその熊よりかは小さいものの人の大人程のサイズの子熊、そして大きな熊の背の上に跨る小柄な青年。
「「「はぁ~、ケビンお兄ちゃん、一体何やってるのさ!!」」」
それは村の頼れるお兄ちゃん、干し肉の勇者ケビンお兄ちゃんの姿なのでありました。
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なんかクマ子に乗って登場したら思いっきり引かれてしまった。ゴブリンズはジミーの背後に隠れボビー師匠は頭を抱えているっぽい。
え~、クマ子達の登場で驚かせない様にって結構気を使ったんだけどな~。
クマ子とクマ吉、頑張って修行したのよ?森の中をほぼ無音で歩けるようになったのよ?これってワイルドベア的には快挙なんじゃね?
ワイルドベアって強いから、あまり隠形とかって得意じゃないんですよね。でもそれだとホーンラビットに逃げられちゃう。格上に対してでも攻撃行動をとるホーンラビットもワイルドベア相手だと逃走するみたいでしてね、足音で感づかれちゃって逃げられてた様です。
そこでブー太郎先輩と良狼先輩方がクマ子クマ吉親子を徹底指導、魔の森における無音行動を教え込んだって訳です。
まぁジミーたちはこの二体に目が行って気が付いていない様ですが、後ろにブー太郎と良狼君たちも控えております。
“ヨッ”
勢い良くクマ子から飛び降りた俺氏、本日の趣旨を説明しないといけませんからね。
「やぁ、ジミーにジェイク君にエミリーちゃん、それと剣士さんとローブさん。二人とも良い呼び名を貰ったみたいだね、俺って名付けの才能がないってよく言われるんだよ。名は体を表すって言うじゃない?やたらな呼び名を付けないでおいて良かった良かった。
それで今日来たのは前にジェイク君たちが十歳になったら魔力の使い方について教えるって話をしたでしょ?その触りについて教えようかなと思って。
魔力隠しって技なんだけど、もしかしたらボビー師匠辺りは出来るかもしれないかな?
この魔の森もそうだけど、その先の大森林はたくさんの魔物で溢れてるんだよね、そんな所に何も警戒せずに入り込んだらどうなると思う?
直ぐに魔物に襲われてお仕舞。だから魔の森に入る冒険者はなるべく足音を立てず、気配を消して行動する。
この辺まではジミーたちも身に付けていると思う。
それはこのワイルドベアやブー太郎、グラスウルフたちも身に付けてるんだよ」
俺の言葉に初めてクマ子達の後ろにブー太郎や良狼たちがいる事に気が付いたジミーたち。これにはボビー師匠も目を見開いておられます。
ブー太郎たち、GOOD JOB!!
「それでね、今日はその更に上完全に分からなくさせちゃう技を身に付けて貰います。これが出来る様になるとホーンラビットの前を素通りしても襲われませんし気が付かれません。
あ、ジェイク君いま“イヤイヤイヤ、流石にそれは無理でしょ”とか思ってるでしょ?
エミリーちゃんとジミーも半信半疑って感じ?」
何か戸惑いの表情でコクリと頷く三人。ゴブリンズはよく分かっていない様子。
「それじゃ今から証明するね。ジェイク君、今目の前に誰がいる?」
「えっ、いや、誰もいませんけど?」
「本当に誰もいない?」
「いえ、だから誰も・・・うわ~、誰かいる!!」
ジェイク君の驚きの声に思わず後ずさる三人。そこにはメイド服を着て慇懃に礼をする女性が。
「あっ、紹介するね、今度アナさんの所に一緒に住む事になった訳ありメイドの月影さんです。ドレイク村長代理には許可を貰ってるから、俺が勝手に住まわせてるって話じゃないからね?」
「初めまして、ケビン様の元でメイドを務めさせていただいております月影と申します。以後よろしくお願いします」
「「「・・・はぁ~!?メイドさんってケビンお兄ちゃんメイドさん雇ったの!?何をどうしたらそうなるの?」」」
「え~、そこ?それ聞いちゃう?今は気配を消す話じゃなかったっけ?
ウチの従業員たちにも一緒に教えようと思ったから連れて来たんだけど、そっちの方が気になるの!?」
何故かもの凄い食い付きで月影の事を聞いて来るんですけど!?
ジェイク君が顔を赤くしてエミリーちゃんに腹パンされてるんですけど!?
ジェイク君、大丈夫か!!傷は浅くないぞ、このポーションを飲むんだ!!
嫉妬で幼馴染を瀕死に追いやるエミリーちゃん、女性って怖い。
明日は我が身、女性の恐ろしさを身に刻みつつ、“ジェイク君、頑張れ”と弟分にエールを送るケビンなのでありました。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora