時は遡る。
領都学園の入学式が執り行われる一週間前、領都グルセリアではある朗報が街を駆け巡っていた。
「おい、聞いたか?ついに守護者様が騎士爵様になられるんだとよ」
「あぁ聞いた。でも守護者様ならもっと早くに騎士爵様になられても良かったんじゃないか?実力は折り紙付き、その人望も文句なし。
今まで叙爵されなかったって方がおかしいだろうよ」
「ん?お前知らなかったのか?守護者様はこれまでも何度も騎士爵叙爵の打診を受けていたらしいぞ?でもその度に“私は民の為に戦う者、仕える身では民の声に応えられない”と言って断っていたんだと」
「へ~、流石守護者様だ、良い事言うじゃねえか。
でもよ、それじゃなんで今回は叙爵をお受けになられたんだ?」
「それが何でも守護者様が村長を務められているマルセル村が周辺四箇村をまとめて農業重要地区入りを果たしたんだと。その業績と合わせて一代騎士じゃなく騎士家としての御召し抱えになるらしい」
「へ~、そいつはすげ~。騎士爵マルセル家の誕生って訳か。こりゃ守護者様もお喜びになるわ。でもそうなると、これまでみたいな守護者様のご活躍は聞けなくなっちまうな」
「それがそうでもないらしくてな、守護者様は叙爵後すぐにその地位をご子息のマイケル様にお譲りになって一冒険者となるらしい。“民のために戦う事が評価されたのなら、民の為にあり続ける事こそが我が道”と言うのが守護者様のお言葉だったらしい」
「か~、堪んないな。このグロリア辺境伯領は守護者様がおられる限り安泰って言ってもいいんじゃないか?
でもお前やけに詳しいな」
「あぁ、昨日飲み屋で守護者様の取り巻きが盛大に祝宴を上げててな、やけにご機嫌だったから話を聞いたら教えてくれたんだよ。
どうも叙爵式が今日行われるらしくて、商店街じゃ今日から三日間“守護者様叙爵記念大売り出し”ってのをやるらしいぞ。
俺もこれから嫁さん連れて買い物に行くんだけどな」
「お前、何て素晴らしい情報を!俺もかみさんに知らせて来ないと。こないだ朝帰りした事まだ怒ってるんだよ、ここで御機嫌を取っておかないと」
「ハハハ、これも守護者様のお陰ってな。これからは家庭円満の守り神って言われるかもな?」
「ちげえねえ」
街の喧騒、グルセリアの人々は口々に金級冒険者シンディー・マルセルの名を上げ、その功績を称えた。“守護者シンディー”、その二つ名を知らぬ者などこの領都にはいない、そう断言出来るほど彼女の人気は高かったのである。
荘厳な石造りの城、その謁見の間には多くの貴族と騎士が揃い、その人物の登場を今か今かと待ち構えていた。
「金級冒険者シンディー・マルセル様、ご子息マイケル・マルセル様、御入室です」
開かれた扉、真っ直ぐに伸びたレッドカーペットの上を二人の人物が歩み出る。
凛とした立ち姿、美しい金色の髪を靡かせた彼女は、その身に纏う覇気もそのままに目の前に待つグロリア辺境伯を見詰める。
彼女の持つ強者のオーラに口元を緩める者、彼女の放つ色気に生唾を飲む者。
その隣には彼女によく似た美しい面立ちの男性。
““バッ””
片膝を突き頭を垂れる両者に、グロリア辺境伯領領主マケドニアル・フォン・グロリアは満足げに頷き声を掛ける。
「金級冒険者にしてマルセル村村長シンディー・マルセル、その方のこれまでの業績、誠に素晴らしい。我がグロリア辺境伯領の守護者と謳われる其方がグロリア辺境伯家の騎士として仕えてくれることは大変心強い。
これからも民の為、グロリア辺境伯領の為に尽力して貰いたい。
其方に騎士の称号と騎士爵家としての身分を授ける」
「有難きお言葉、このシンディー・マルセル、グロリア辺境伯領の為に誠心誠意尽力致します」
グロリア辺境伯の言葉に真っ直ぐ答えるシンディー・マルセル。その返事に一部の貴族からはざわめきが起きるも、辺境伯はそれを手で制する。
「して、隣におるのが其方の子息、マイケル・マルセルであるか?」
「はっ、グロリア辺境伯閣下に置かれましてはお初にお目に掛ります。シンディー・マルセルが一子、マイケル・マルセルと申します」
「うむ、シンディー・マルセル殿よりその方の話は聞き及んでおる。シンディー・マルセル殿より剣を習い実力を上げているとか。この冬に銀級冒険者に昇格したとの事であったか。
騎士とは冒険者とは違う、主家に勤める公僕、己を捨て主家の為に尽くさねばならない。其方にその覚悟はあるか」
「はっ、このマイケル・マルセル、グロリア辺境伯家の御為に誠心誠意務めさせていただきます」
「うむ、相分かった。シンディー・マルセルの要望である。シンディー・マルセルよりマイケル・マルセルへの騎士爵位の継承を認める。
マイケル・マルセルよ、今この時より其方はグロリア辺境伯家の騎士である、心して励めよ」
「はっ、マイケル・マルセル、肝に銘じましてございます」
「うむ、これにて叙爵の儀終了とする。皆の者、これからもグロリア辺境伯領の為に尽力せよ」
“““ザザッ”””
「「「閣下の思し召しのままに」」」
グロリア辺境伯領における新たな騎士家の誕生、この知らせは領都中の人々に祝福され、多くの祝いの品がシンディー・マルセルの邸宅に送られたと言う。
「「「マイケル様、騎士爵への叙爵、誠におめでとうございます!!」」」
「うむ、ありがとう。これもお前たちの支えあってこそ。これからはマルセル騎士家マイケル・マルセルとなる。以降は私の為ばかりでなく、我が家の為にも尽くしてくれよ?」
「「「はは~、マイケル様の思し召しのままに」」」
とある居酒屋の一角、そこで騎士爵を叙爵したマイケルを囲んで彼の取り巻きが気炎を上げていた。
「マイケル様、騎士様になられたって言うとこれからはお城に騎士としてお勤めになるんですか?」
「うむ、俺はまだ成り立ての騎士であるからな、配属は決まっていない。暫くは騎士寮に入って騎士の何たるかを学ばねばならない。
まぁその程度の事はこのマイケル様にとっては造作もない事ではあるがな」
マイケルは取り巻きの言葉に、機嫌よく今後の事を話し始める。
「マイケル様、するって言うと以前仰っていたマルセル村には行けなくなってしまいますね?あれですか、守護者シンディー様の様に村長代理を御立てになるって事でしょうか?」
途端静かになる取り巻きたち。彼らの関心はこの一点、誰が代理人として村を任されるのか。マルセル村の噂は目ざとい彼らの耳にも届いていた。
ビッグワーム干し肉発祥の地、貴族がこぞって欲しがる野菜の生産地。右肩上がりの収益で五箇村農業重要地区入りを果たした今最も勢いのある村。
そんな村の村長代理を任される、自分の懐にはどれ程の金が転がり込むのか。
彼らは自然歪む頬を叩き、マイケルに気に入られようと笑みを作る。
「あぁ、そのことか。なんでも重要農業地区入りになると大幅な減税や街道等の整備と引き換えに、その権限をグロリア辺境伯様に移譲する事になるらしい。
今回の叙爵にはそうしたものの貢献も含まれているとの事だったな。
まぁ辺境の寒村村長職と領都の騎士、比べるまでも無いがな。
下手に村の者から縋り付かれでもしたらどうするかと思っていた所だったんだが、これで後顧の憂いも無くなったと言うもの、お前らもあんな何もないド辺境に行かずに済んでよかったではないか、ハハハハハハ」
そう言い勢いよくエールを空けるマイケル。対して当てが外れ歪んだ顔になる取り巻きたち。
「そう言えばマイケル様は何時から騎士寮の方へ?騎士の訓練に入られるってお話ですが」
「あぁ、早速明日には赴かねばならん。生活に必要なものはすでに用意されているのでな、遅れずに来いとだけ言われている。まぁそこまで早い時間と言う訳も無し、遅れる程でも・・・」
「何を言ってるんですか、そんな門出が控えてるってのに俺たちの為にわざわざ足を運んで下さるだなんて、マイケル様はなんてお優しいんだ」
「そうですよ、俺たちの事なんかよりご自分の事を考えてくださいよ」
「あぁ、そんな大事の前に深酒でもさせてしまってはこれまでのマイケル様の恩を仇で返すことになってしまう。皆がマイケル様の事を祝いたい気持ちは分かるが、ここでお引止めしてしまってはマイケル様の迷惑になる」
「そうだよな、マイケル様、俺たちの事は構わねぇ、ご自分を大切になさってくだせぇ」
次々と掛る自身の身を案じる声に、嬉しさにより涙ぐむマイケル。
「そうか、お前たち、そこまで俺の事を。分かった、ここはお前たちの言葉通り明日に備え早めに帰るとしよう。あとはお前たちで好きに飲んでくれ、支払いはしておこう」
マイケルは店の前に集まった取り巻きたちに見送られ、明日の騎士寮入寮に備え早めに帰宅するのであった。
「・・・で、どうするよ」
取り巻きの一人がマイケルの後ろ姿に手を振りながらボツリと呟く。
「どうするもこうするも無いだろうがよ、散々持ち上げてやったってのに使えねえ、とんだ骨折り損だぜ」
別の取り巻きが笑顔のまま呟きに答える。
「でも騎士爵様だぜ、何かと後ろ盾になって下さったら」
「馬鹿、ここはグロリア辺境伯様のお膝元グルセリアだぞ?そんなに上手く行く訳ないだろうがよ。それこそいつか大騒ぎになったエルセルくらい離れていれば目も届きにくかったかもしれないけどよ、しかも何の力もない新人だぞ?旨味が出る前にこっちがあの世行きだよ」
白けた顔をした別の取り巻きがとぼとぼと店の中へ戻って行く。
「まぁ今まで散々ただ酒を飲ませてもらってたんだ、それで良しとしようじゃねえか。これで下手にマルセル村とやらに乗り込んでみろ、エルセルの連中みたいにスパンだぞ?」
そう言い自身の首を切る仕草をする者。
「か~、折角贅沢出来ると思ったのによ~!!今日は飲むぞ!!」
酒場の喧騒は続く、領都の夜に男達の叫び声が響き渡るのであった。
「お母様、それでは行って参ります」
翌朝、シンディー・マルセルの邸宅ではマイケル・マルセルの旅立ちを見送る為、屋敷の使用人達が玄関前に揃っていた。
「マイケル、本当に立派になって。あなたが騎士として立派に務めを果たす事を、母はいつでも応援していますよ」
息子マイケルの晴れ姿に目に涙を浮かべるシンディー。この一年半で彼は見違えるように変わった。父親の様な醜い体形は鍛え抜かれた戦士のそれとなり、多くの者が慕う男になった。
「これはあなたの為に鍛冶工房大手テンペスト工房で特別に作らせたものです。きっとあなたの役に立つ事でしょう」
そう言い母から渡された剣を鞘から引き抜く。それは陽光に煌めき目を惹き付けてやまない美しさを放っていた。
「もしかしてミスリルの・・・」
その剣身のあまりの美しさに言葉を失うマイケル。シンディーはそんな彼に慈しみの目を向ける。
「あなたはもうマルセル村などという狭い土地に縛られた男ではない、騎士として家を背負う気高き者。マルセル家を頼みましたよ」
「はい、マルセル家の名を汚さぬ様、騎士として恥じぬよう努めてまいります」
男は旅立つ、新たな世界へ。
そんな息子の後ろ姿をシンディーは何時までも見詰め続けるのであった。
「報告を」
使用人たちが去った後、屋敷の影に隠れる様にしていた人物が顔を出す。それは昨晩マイケル・マルセルと酒宴を共にしていた取り巻きの男であった。
「ハッ、マイケル様の取り巻き達はマイケル様が騎士爵を叙爵された事で自ら身を引く決意を固めた様でございます。村の村長職であればお役に立てることもありましょうが、騎士爵様であらせられるマイケル様の傍に自分たちの様な卑しい身分の者は相応しくないと判断したものかと」
男の報告に満足気に頷くシンディー。シンディーは「身の程を弁えた良い心構えです。念の為一月ほど監視をお願いします」と言って屋敷へと戻って行った。
残された男の元に執事が近寄り「シンディー様は大変お喜びだ、これは今回の報酬になる。追加の依頼については報告時に渡す事とする」と言って報酬の入った皮袋を渡す。
男は袋の中身を確認すると「確かに」と言ってその場を去るのであった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora