転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第207話 新人騎士爵、春の嵐にあう

「ほら新人!さっさと走らんか!!」

 

“ゼーッ、ゼーッ、ゼーッ”

着込んだ全身甲冑が重圧となって襲い掛かる。叩き付けられる罵声も、朦朧とした意識では理解する事が難しい。

 

「上官に対しては“はい”と応える、何度言わすつもりだ!!」

 

“ドカッ”

 

走る痛み、自身が吹き飛ばされ地面に転がっていくのが分かる。だがその事に抵抗する術すらなくなすがまま。

口の中が切れたのか、錆び付いた鉄の味とジャリジャリとした砂の感覚が口元から伝わる。

 

「チッ、守護者シンディーの息子と聞いたからどれ程の者かと期待したらとんだ甘ちゃんじゃねえか。

おい、誰でもいい、こいつをその辺に捨てて来い!

訓練の邪魔だ。

これより打ち合いを始める、双方気を抜くなよ。魔物との戦闘は命懸けって事を忘れず全力で掛かれ!」

 

「「「はい、教官!!」」」

 

激しい打ち合い、魔物との戦闘を想定したそれは、まさに命懸けの訓練であった。

ここグロリア辺境伯領は北に大森林、その先には魔境を有する秘境の地。過去に大森林から発生したスタンピードにより多大な被害を受けた土地である。

それ故に彼らに一切の油断は許されない。グロリア辺境伯領の騎士の練度がオーランド王国随一と呼ばれるのは、それだけ身近に危険が存在していると言う事の証左でもあった。

 

“ザバ~ッ”

“ブハッ”

 

男は顔に水を掛けられ慌てた様に目を覚ます。そして全身を襲う痛みに“ウグッ”と身悶える。

 

「よう、マイケル。今日も散々しごかれたな」

 

そう言い手拭いを差し出す男、マイケルはその顔を認めるや、悔しそうな情けないような複雑な表情を浮かべる。

 

「ベンジャミン教官、いつもすみません」

そう言葉を返し手拭いを受け取るマイケル。

 

マイケル・マルセルがグロリア辺境伯領騎士団に入団して三週間、その生活はマイケルが思い描いていた様な華々しいものではなかった。

日々繰り広げられる訓練は彼がこれまで経験したこともない程過酷なものであり、指導教官からの激しい叱責と執拗な“可愛がり”は、マイケルの自信も自尊心も、反抗心すらズタズタに切り裂いてしまう様なものであった。

騎士寮に入寮した当初こそ偉大なる金級冒険者“守護者”シンディー・マルセルの息子として持て囃されたものの、訓練が始まるとすぐにその言葉は侮蔑へと変わり、彼を見る目は冷たいものへとなって行った。

 

「ほら、ローポーションだ。こんなものでも飲んでおくと大分違うぞ?

流石に訓練中の怪我でポーションの支給は無いからな。実践演習でも行かない限り気合いで治せが騎士団の常識、その程度の事で怪我をする方が悪いって言うのがまかり通ってるからな~。

怪我をしたくなければ命懸けで強くなれって事なんだろうけど、入り立ての人間にそれをしろって言われてもな。

マイケルもあまり気にするな、何かあったら抱え込まずに俺に言えよ?俺たちはその為にここにいるんだからな?」

 

そう言いローポーションを渡すベンジャミン教官に、マイケルは素直に頷きで返す。

マイケルが騎士団で未だに頑張れているのは、このベンジャミン教官の存在が大きかった。ベンジャミン教官がいなければとうの昔に潰れるか逃げ出していただろうと自身でも思う程に、騎士団での訓練は過酷であった。

 

「半年だ、半年頑張って耐えてみろ。その頃にはマイケルも立派な騎士になっているはずだ。

これは長い事訓練教官を務めている者の言葉だ。マイケルには才能がある、根性がある。

何、そのうちボンゴ指導教官を打ち負かす様になるさ、シンディー・マルセルの血を引く自分を信じろ!

立て、マイケル・マルセル」

 

“そうだ、俺は偉大なるシンディー・マルセルの息子、マイケル・マルセル。こんなところでモタモタなんてしてられない、俺は人々を従える指導者なのだから!”

 

痛む身体にムチ打ち立ち上がるマイケル。

ベンジャミン教官はそんなマイケルの姿に優しげな笑みを浮かべるのであった。

 

 

「ほら!どうした新人!マルセル家の血筋とやらの力はそんなものか!

所詮は母親頼みの騎士爵、実力も無いのに持ち上げられてお前も大変だな、新人!!

何だその目は?悔しかったら打ち込んで来い!!」

 

「ウォーーーー!!」

 

“ドカドカドカドカドカ、ドサーッ”

 

「おい、誰でもいい、こいつをその辺に捨てて来い。

これより乱取り稽古に入る、十名で交代、受け役はお前とお前とお前、死ぬ気で打ち込め、手抜きは許さん!!」

 

「「「はい、教官!!」」」

 

「「「ウォーーーー!!」」」

 

 

“ザバ~ッ”

“ブハッ”

いつもの様に顔に水を掛けられ、慌てた様に目を覚ますマイケル。

そんな彼に、ベンジャミン教官は蔑むでもなく手を差し伸べる。

 

「起きたかマイケル。ほら、手を貸そう」

 

「ありがとうございます、ベンジャミン教官。いつもいつもすみません。俺が情けないばかりに」

 

差し出された手を握り起き上がったマイケルは、自身のふがいなさに目を伏せる。

自分なら騎士団でも当たり前の様に活躍出来る、あの自信は一体何処から来ていたのか。

騎士として部下を率い活躍する姿を夢想した。

母である金級冒険者シンディー・マルセルの指導は大変であった。始めの二月(ふたつき)は毎日癒し草とスライムのスープを食べさせられ、ひたすらに走らされた。少しでもサボろうものなら執事から強烈な殺気を浴びせられ、身体中の関節が悲鳴を上げるなか必死に走り続けた。

食事の効果か、自身の身体はみるみる間に痩せて行き、走っても死ぬ程苦しいと言う事はなくなって行った。

執事曰く、スープに含まれるカラミナ草が身体を内側から温め痩せやすい状態を作ったとの事であった。

 

身体が軽くなってからは母の訓練、剣の握り方から振り方までを徹底的に仕込まれた。

“正しい振り方を知れば、疲れにくく、怪我もしにくくなる”と言うのが母の教えであった。

 

剣に慣れた頃、冒険者登録を行いその日の内に銅級冒険者となった。鉄級からの昇格は癒し草の納品だけであり、必要数を用意して置けば良いだけであった為、何と言うこともなかった。

次第に集まる仲間、皆が自分をしたい、自分を頼りにする。冒険者の暮らしは悪いものではなかった。

 

そんな中齎された母の叙爵と爵位委譲の話、自身の未来がただの辺境の村長から領都の騎士へと変わる。

俺の人生はここから始まる、本気でそう思った。そしてその事への箔を付ける為にもとこれまで以上に努力し、銀級冒険者昇格試験にも合格した。

 

・・・だが実際はどうだ。母親のおまけ、お情け騎士爵。

周りの騎士に比べ何段階も劣る自分。

ふざけるなと叫びたかった、反発したかった。だが打ち付けられる模擬剣の痛みと過酷な訓練が、そんな思いをボキボキとへし折って行った。

 

「ベンジャミン教官、自分は本当に騎士としてやって行けるのでしょうか?

自分は、俺は、俺って奴は・・・」

 

騎士寮に入寮して以来、悔しさに涙しない日はなかった。挫折し、何度も逃げ出そうとした。捕まり指導と称した乱取り稽古をさせられた事もあった。

ボロボロの身体にポーションが与えられ、翌日の訓練には普通に参加させられた。

ここは地獄で自分は囚われた囚人、そう思わない日はなかった。

 

「マイケル、何度も言うが、お前には才能がある。俺が保証する。

それはこの一月の自分の成長を振り返ってみれば分かるんじゃないのか?

始めの頃のお前はその全身甲冑を着ているだけでふらふらしていただろう?それが今じゃボンゴ指導教官と打ち合いが出来るまでになった。僅か一月でだ、これを快挙と言わずなんと言うんだよ。

お前は確実に強くなっている、そうだろう?」

 

そう言いマイケルの目をじっと見詰めるベンジャミン教官の表情は真剣なものであった。

 

「まぁそれでも俺たちは人間だ、訓練ばかりじゃ心が弱っちまうのも仕方がない。

よし、今夜俺が良いところに連れて行ってやる、楽しみにしておけよ?」

 

ベンジャミン教官はマイケルの背中をバンと叩くと、ニシシと悪戯(いたずら)そうな笑みを浮かべるのであった。

 

 

「ベンジャミン教官、ここは一体・・・」

 

騎士寮で身体を拭き身綺麗になったマイケルは、ベンジャミン教官に連れられるまま夜の繁華街にやって来ていた。

そしてたどり着いた先、そこは高級感漂う夜の蝶が舞う酒場。

 

「なんだ、マイケルはこう言う店は初めてか?」

 

ベンジャミン教官は意外と言った顔でマイケルに問い掛ける。

 

「あっ、えっ、はい。普段はもっと雑多な飲み屋に行っていたもので、こう言った高級店があることは知っていましたが、実際に来たのは初めてです」

 

そう言い隣に座る美しい蝶に顔を赤くするマイケル。そんなマイケルの反応に“キャ~、可愛い~”と言ってはしゃぐ夜の蝶達。

 

「ハハハ、そうかそうか。それじゃ今日はじっくり楽しまないとな」

 

そう言いベンジャミン教官は一杯のグラスを差し出す。

マイケルはそれを受け取ると、クイッと飲み干すのであった。

 

「ハハハハ、マイケルは大人気だな~、周りの蝶達はみんなマイケルに夢中じゃないか」

 

「いえ、そんな事は、ないです」

 

魔道具によって照らされたきらびやかな店内、そんな中で舞い踊る美しい夜の蝶達。

彼女達にちやほやされすっかり気分の良くなるマイケル。自然酒を飲むのも早くなる。

 

「マイケル、実はこの蝶達は店の別室でとても楽しい事をしてくれるんだ。

どうだ、お前も体験してみたくはないか?」

 

ベンジャミン教官が耳元で囁く。その言葉にずいぶん前から身体の芯から沸き起こっていた滾りが、鎌首をもたげる。

 

「ほう、そうやって若い連中を手懐けて行ったって訳か。上手いやり方だな、ベンジャミン」

 

突如掛けられた声、ベンジャミンは咄嗟に背後を振り返る。その顔はこれ迄の優しげなものではなく、眼光鋭い戦士のもの。

 

「フフフ、いい反応じゃないか。流石はここグロリア辺境伯領に潜り込んだネズミ、度胸だけじゃなく腕も達者と言ったところか。

でもな、既に正体が割れちまったらどうにもならんよな。逃げようなんて思わん方がいいぞ?この店は既に裏口迄包囲されてるからな?」

 

「ハハハ、一体何の事でしょうか?第二騎士団副団長“鉄壁のアマリア”様、私はただ新人のマイケル・マルセルと飲んでいただけですが?」

 

突然の事態に訳が分からないと言った顔で席を立つベンジャミン。

だがその動きには一切の隙もない。

 

「まぁそうなるよな。

パトリシアお嬢様の襲撃、あれはやり過ぎだったな。婚約破棄騒動でよしとしとけばお前達迄手が回ることも無かったのにな。

実際お前達は上手くやっていたよ。グロリア辺境伯閣下もこんなに根を張られていたのかと頭を抱えられたくらいだからな。

いくら下が優秀でも上がバカだとな。同じ宮仕えの身としては同情を禁じ得ないがこれも世の常、大人しくして貰おうか」

 

そう言い獰猛に笑う女性に憎々し気な目を向けるベンジャミン。

ベンジャミンは咄嗟にマイケルの脇に寄り、腰のナイフを

「させると思うか?私は“鉄壁”だぞ?」

 

“ボキボキボキ”

握りしめた腕の骨の砕ける音が周囲に広がる。ベンジャミンの激しい悲鳴と共にボトリと床に落ちるナイフ。

 

「おい、こいつを連れて行け」

 

鉄壁のアマリアの言葉に背後に控えていたボーイがサッと動き、ベンジャミンを連れ出していく。

店内は既にアマリアの監視下にあったのだ。

 

「さて、この子がシンディーの息子か。母親に似て可愛い顔をしているじゃないか。

グロリア辺境伯閣下からお見合いのお話を頂いた時は正直乗り気じゃなかったけど、こんな子を私の色に染める。

・・・悪くないね。(ニチャ)

ベンジャミンに盛られた薬の効果で爆発寸前なんだろう?

よしよし、私がしっかり可愛がってあげるから待っておいで。

お前達、あとは任せた。

私はこれから旦那様と大事な用がある。店主、一番いい部屋に案内しろ!」

 

「「「ハッ、副団長、御武運を!!」」」

 

マイケルをヒョイと担ぎ上げたアマリアは、店主に案内され二階の部屋へと消えていく。

その場に残された第二騎士団の騎士達は、いずれ配属されるであろう新人騎士に“生きて帰って来い”と祈りを捧げつつ、“配属されて来たら優しくしてあげよう”と心に誓うのであった。




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