「父ちゃん畑で野良仕事~♪」
「「「とおちゃんはたけでのらしごと~」」」
“ギャウギャウ~”“フゴフゴ~”
「母ちゃんミミズを捌いてる~♪」
「「「かあちゃんみみずをさばいてる~」」」
“ギャウギャウ~”“フゴフゴ~”
ボビー師匠の訓練場では、今日も訓練生が鍛錬広場の外周を走る。その歩みはのろのろとしたものではあるものの、皆が必死になって歩を進める。
「ほら皆声が小さ~い、腹から出すんだ腹から。気合入れろ気合!!
村長胃薬欠かせない~♪」
「「「村長胃薬欠かせない~」」」
“ギャウギャウ~”“フゴフゴ~”
指導者ケビンから掛けられる容赦ない言葉、だがそれに反論する事も出来ずただ黙々と歩を進める彼ら。その成長は遅い様にも見える、そんな自分たちに歯噛みするかのようにも思える。だが初日の生きる屍に比べ、一週間経った頃のゾンビの様な姿に比べると、遅くはあれど走るまでに辿り着いた事は十分な成果である。
ケビンはそんな彼らを褒めたい心を押し殺し、厳しい指導者を演じる事で彼らの成長を促そうと自分に言い聞かせる。
「まったくしょうがないな~。ほら、光属性マシマシ蜂蜜ウォーターだ、これを飲んでシャキッとしろ!一旦休憩~」
“フゴフゴブヒ~”
ケビンの声に足を止める訓練生たち。差し出された小瓶に真っ先に飛びつくオークのブー太郎。ブー太郎はその巨体にも関わらずコミカルで周りを和やかな気持ちにするムードメーカー的存在であった。
そしてお約束も忘れない逸材であった。
「はい、休憩終了ね。なんだ、光属性マシマシ蜂蜜ウォーターを飲んだのはブー太郎だけか?遠慮しなくてもいいのに、皆我慢強いな~。
それじゃ休憩中に回復した分の魔力を抜くからな」
“フギ!?ブゴ~~~!!”
頭を抱え悶えるブー太郎、魔力枯渇症状(寸止め)はその状態の落差が大きいほどきついものとなる。
懲りない男、それがブー太郎。今日も訓練場には、ブー太郎の叫び声が響くのであった。
「よし、今日の訓練はここで終了~。皆大分魔力枯渇状態に慣れて来たみたいだな、今日からは訓練後はこの蜂蜜きな粉飴を食べておくように。これは光属性マシマシ蜂蜜ウォーター程の回復力はないけど十分な回復効果があるから、剣士とローブなら全快になるだろうな。
ブー太郎の光景を見てるとビビるかもしれないけど、きついのは魔力を抜かれる時だから、回復する時はそこまできつくないから。俺はよく分からないんだが強いお酒を飲んだ時みたいになるらしい。どちらかと言えば気持ちいい部類らしいぞ。
それじゃまた明日、解散」
指導官ケビンの掛け声で本日の訓練が終了した。始めの頃はその声が掛かってもすぐに動き出せなかった面々も、今ではのろのろと立ち上がる事が出来るまでになっていた。
「ん、これ結構おいしい。それに身体中が温かくなるって言うか、美味しさが身体中に染み渡るって言うか、ブー太郎が懲りずに光属性マシマシ蜂蜜ウォーターを飲みに行く気持ちが少しわかったかも」
「本当だ、この蜂蜜きな粉飴は前にも貰った事があったけどここまで美味しいとは感じなかったよ。やっぱり身体が魔力を求めているって事なのかな?
剣士さんとローブさんも食べてごらん、本当に美味しいから」
「甘~い♪なんか凄く元気が出て来たかも。これなら午後も一緒に遊べるね、ジェイク君♪
ローブちゃんも一緒に行かない?大福に挑戦、たのしいよ?」
勧められるがまま蜂蜜きな粉飴を口にする剣士とローブ。確かに身体中に甘さと共に暖かな何かが広がって行くのが分かる。これは一体?
「ふむ、これは魔力の味覚じゃな。体調を崩してポーションを飲む際に感じるあれじゃよ。普段の食事でも魔力を多く含む食材を食すると美味しく感じるのはこの魔力が関係しとると言われておる。
でもそうか、魔力を失った身体が魔力を多く含んだ食材を食せばそれを吸収し回復するのは道理、これは盲点じゃったわいて」
魔力回復薬、それは国家の機密。軍や魔法師団などで秘匿され、冒険者ギルドでも高位冒険者にしか支給されない貴重な薬。
それをこの様な簡単かつ単純な方法で作り出すマルセル村の村人ケビン。
剣士とローブは彼の持つ深い英知に、戦慄を覚えるのであった。
““ギャウギャウガ、グギャ””
「あぁ、お休み。今日は大福のところに行って来たのであったな。あのスライムは特別と言うより異常じゃからな、あまり気にせん方が良いぞ?
どれ程全力で挑んでも打ち崩す事の出来ない練習相手くらいに思っておかねば身が持たん。かく言う儂もあ奴には一度も勝った事はないわいて。
子供ら曰くもう少し暖かくなれば“多頭ヒドラに挑戦”と言う遊びが始まるらしいでな、何を見ても気をしっかり持つ様にな。
マルセル村では常識に縛られておると疲れるでな」
夜になり家の主人ボビー師匠に就寝の挨拶をしてから部屋へと戻る。
ここマルセル村にやって来てから早いもので四週間、その生活にも少しずつ慣れ始めてきた。このマルセル村は何もかもが変わっていた。
自分たちは呪われた者、人々から忌み嫌われ畏れられるゴブリンの姿を持った者。
当然人々からは嫌われ隠れ住まねばならないと思っていた。
だが実際はどうだ、匿ってくれている元白金級冒険者ボビー師匠をはじめ、その教え子であるジミー君、ジェイク君、エミリーちゃんに至るまで初め驚きはしたものの普通の人として扱ってくれる。
そして村の大人たちも同情こそするものの忌み嫌い迫害する事など一切ない。
彼らは呪いが怖くはないのか?この身体が嫌ではないのか?
そんな温かく迎え入れてくれた人々に自分たちの中の常識が抵抗を示す。
彼らは一体何が目的なのか、自分たちの利用価値は。
いやらしい考えが心を締め付ける。
“ギャウギャウ”
“グギャギャグギャ”
私の呪いに巻き込まれ共にゴブリンへと変わってしまった従者、名を封じられ今は“剣士”と呼ばれる彼女が心配そうに言葉を掛ける。
この様な姿に成り果て、家からは既に死んだものとされた自分達。それでも付き従い共に在ろうとしてくれる彼女に、私はどう報いればいいのか。
ふと目線を下ろせば、そこにあるのは小さな手。ゴツゴツとした太い指、先の尖った大きな爪、自身が人ではなくゴブリンだと言う事を嫌が応にも分からせてくる。
“グギャ、グギャグギャ”
剣士はそんな私にそっと寄り添い肩を抱いてくれた。私はゆっくりと顔を上げ一度頷くと、彼女と共にベッドへと向かう。
明日もまたあの地獄が待っている。
悪魔は言った“力が欲しいか、ならばくれてやる”と、“ただしその道程は並大抵じゃないぞ?”と。
“掴み取れ、全てを賭してでも叶えたい夢があるのなら!!”
私には叶えなければならない夢がある。それはこの身体に掛かる呪いを解き、元の姿に戻る事。それが私と共に呪いに掛かりながらも、今もこうして共に寄り添い尽くしてくれる剣士に報いるただ一つの事だから。
“グギャゴ、グギャ”
就寝の言葉を掛け目を瞑る。
「何か辛い事があったら僕に言って。役に立てるかどうかは分からないけど、話を聞く事くらいは出来るから」
夢の中に出てきたのはいつも優しい言葉を掛けてくれるジミー君。
こんな姿でも普通の女の子の様に扱ってくれる彼、剣士も共に剣の事について語らう事が出来幸せそう。
元の姿に戻る事が出来たなら、その時は・・・。
剣士、あなたの献身は心の底から感謝している。でも、ジミー君は別なの。
捕らぬラクーンの皮算用、今から心配する事じゃないけどそれはそれこれはこれだから。
身体の小さなゴブリン姿のローブは、大人用のベッドに剣士と共に潜り込み深い眠りに就く。いつか必ず願いを叶えると、心に誓いながら。
―――――――――
“パチンッ、パチンッ”
囲炉裏にくべられた薪が、破裂音を弾かせながら赤い炎を上げる。
五徳には鉄瓶が掛けられ、湯気を上げながらシュ~シュ~と音を立てる。
“カタッ”
置かれた湯呑、火から上げられた鉄瓶から注がれるのは毒出し草の煮出し茶。
春から夏に掛かるこの季節、身体を調整してくれるこのお茶は、医療の乏しい辺境の村人にとっては欠かす事の出来ない飲み物だ。
“ズズズズズズッ”
よく息を吹き掛けてから飲む毒出し草の煮出し茶は、苦いでも辛いでもない独特の風味を味わわせてくれる。
「それで、ゴブリンズに掛かっている呪いだけど、やはり死亡通知や解術通知機能が付いてるとみて間違いないのかな?」
俺はお茶を味わいながら、横に控えるメイドの月影に問い掛ける。
「はい、おそらく間違いないかと。お二人に掛かっている呪いは魔法の勇者様の時代に貴族間で一時期流行した“愛の試練”を悪質な形で改変したものと思われます」
「愛の試練、聞いた事があります。確か物語の“呪われた王子様”のお話を基に作られた呪い。物語では王子が魔王との戦いに赴いてカエルの姿に変えられてしまい、その呪いを貴族令嬢が真実の愛の力で解術するんじゃなかったかしら?
愛の試練ではカエルに変えられた対象者を心から慕う、心から思う者の口付けで元の姿に戻るだったかしら?」
月影の言葉にアナさんが首を傾げながら記憶を手繰る。
「はい、実際には異性の口付けであれば問題の無い悪戯系統の呪いであったはず。
呪いの内容も完全に姿が変わるのではなく、その容姿がカエルのそれに見える様になる、我々エルフが使う姿を改変する呪いと同系統のものであったと記憶しています。
ですが今回使われているのは完全にゴブリンの姿に変わってしまう高度なもの、おそらくは二重存在、ゴブリンでありながら人間である、実際のゴブリンの身体を生贄として成立させた憑依系の呪法かと思われます。
ただの憑依と違う点は人間の肉体が別空間に保存され同調していると言う事、つまりゴブリンが死ねばそのまま本人も亡くなると言う点です」
“パチンッ、パチンッ”
「なるほどね、ヨークシャー森林国の解術師が解術を諦める訳だ。問題はその同調、おそらくゴブリン自体は既に死んでいるか仮死状態、下手な解術を試みればお嬢様方はそのまま亡くなってしまう可能性が高い。しかも素体が一般的なゴブリンではそれほど寿命も長くはない。であるのならそのまま見送ってあげようとなる訳だ」
「はい、基本的な解術の方法は愛の試練同様の単純なもの、そこに実際の感情、対象を心から慕う、もしくは心から思うと言った条件を付け加えてあるものかと。
国を挙げての解術が行われたのであれば口付けも試されていると思われますので」
“パチンッ、パチンッ”
月影の言葉が小屋の中に虚しく響く。グロリア辺境伯とモルガン商会長の話では、強力な精霊と契約し国中の民から慕われる御令嬢であったとか。そんな皆から愛された人物が姿がゴブリンに変わった途端手の平を返す様に敬遠され、精霊に見放され、これまで愛を囁いていた者からはその思いを損なう。
突き付けられた現実、晒される悪意、その心がどれ程傷付いた事か。
ま、いずれにしてもそんなのは関係ないけどね、彼女たちは既に死んだことになってるんだし、いつまでも届かない解術通知と死亡通知に恐れ
とある世界のゲームのサブクエストに<ゴブリンになったお姫様>と言う物があった。とある地域の深き森に暮らす騎士のような姿のゴブリンとローブ姿のゴブリン、そのゴブリンたちに掛けられた呪いを解く事でアイテムが得られる。
だがそれにはゴブリンたちと接触した際の行動選択やその後の交流の選択など、RPG要素が盛り込まれた難解なものであり、最終的に呪いが解けた貴族令嬢が腕の中で微笑みながら息を引き取る鬱要素のある不人気クエストであった。
「でもさ、折角ゴブリンの姿になるんだよ?これって使わない手はないよね」
だが、そんな未来にあったかもしれない物語は、勇者病<仮性>重症患者の留まる事を知らない仮性心によって粉々に打ち砕かれようとしていた。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora