「うん、なんか変な空気になっちゃったね。
ちょっとお茶でも飲もうか。シャドームーン、グロリア辺境伯様とランドール侯爵様にもお出しして貰える?お湯は僕が入れるから」
テーブルの上に忽然と現れる陶器製のポット、その中に何やら乾燥した茶葉の様なものを入れ指先から熱湯を注ぎ入れるナニカ。
「これはね、遥か東の島国“扶桑国”に伝わる蒸し茶と言うものなんだ。ここオーランド王国だとあまり知られていないけど、あの国じゃ一般的な飲み物なんだよ?
それとこの器は湯呑と言ってね、本場では釉薬と言うものを塗って美しく仕上げたりしているらしいんだ。
行ってみたいよね、扶桑国。
ランドール侯爵様はそう言った事に詳しいんじゃないのかな?」
“コトンッ”
メイドによりそれぞれの前に差し出された湯呑、その器からは爽やかな若葉の香りが立ち昇る。
「あれ?その表情はよく知らないと言った顔かな?おかしいな~、ランドール侯爵様は呪符を使った兵器の開発を行っていたはずだよね?
あれは扶桑に伝わる符術の技術、ホーンラビットの様な角を付けた鬼人族だっけ?
城に囲って呪符を作らせていたんでしょ?
起爆符って言ったかな?本来はファイヤーボールの二~三発分の爆発力しかないそれを、帝国から買い入れた爆薬を組み合わせる事で戦況を一変させる兵器に変えた。
凄いと思うよ、実際。
それと誘魔草を使った兵器、スタンピード発生装置とでも言うのかな?
この二つだけでもやり方次第では国を転覆させる事が出来るんじゃない?
オーランド王国の北西部ばかりじゃなくオーランド王国の半分を押さえて新しい国として独立する事も不可能じゃない、バルカン帝国との伝手があるランドール侯爵様なら余裕じゃない?
まぁ帝国がランドール侯爵様だけに粉を掛けてるはずないから、その辺どうなるのかは分からないけどね。
で、この二つの品をグロリア辺境伯様がご注進とばかりに王家に持ち込んだらランドール侯爵家はどうなるんだろうね?国家に仇なす逆賊として族滅?歴史から完全に名を消すことこの上なし?
グロリア辺境伯家の力を削ぐために今回の戦に裏から手を貸した王家がランドール侯爵家を放置する訳ないじゃない、既にこの話は掴んでいるのかもね。
王家の諜報部は優秀だって言うしね。
ね~、さっきから部屋の隅で震えたフリをしているメイドさん。
僕ね、一度オーランド王国王家の考えも聞いてみたかったんだよ、ちょっとこっちに来て座ってくれる?
あぁ、もう怯える演技は良いから、君動揺しなさ過ぎ、訓練の賜物?一々心が乱れていたら任務に支障をきたすものね。
ランドール侯爵様の人材育成術も素晴らしかったけど、やっぱり長年国を維持し続けてきた王家は違うよね。
どうせこの事態を王家に報告しないといけないんでしょ?だったら僕の事も調べないといけないんじゃない?
今の僕はとっても気分がいいから色々お話してあげるよ?」
一杯のお茶から始まった話は東方の島国の話へ、そしてランドール侯爵家の秘密へ、更には王家の間者の存在へ。
目まぐるしく変わる話の流れに、マケドニアル・フォン・グロリアは眉間の皺を揉む。このナニカは一体どこまで事態を見通しているのか?
会談の場において主導権を渡してしまう事は愚策である、だがこのナニカに下手な発言は通用しない。
ここは交渉の場でもなんでもない、ナニカが行う“祭りの批評の場”なのだと。
部屋の隅で震えていたメイドは何かを諦めたかのようにスクッと立ち上がり、テーブルの前までやって来ると一礼をして席に着いた。その表情は先程までの怯えが演技であった事を示すかの様に全くの無表情。その氷の様な顔に、ナニカは満足そうに頷きで応えるのだった。
「さて、役者は揃ったかな?本当はもう一人呼びたかったんだけど、彼はまだ舞台の続きがあるみたいなんだよね。残念だけど仕事があるんじゃ仕方がないよね。
それと僕の後ろにいる彼、みんな知っていると思うけど一応紹介しておくね、ランドール侯爵家三男ローランド・ランドールさん。
彼の活躍もこの祭りに関わって来るからご参加願っちゃいました。
あっ、グロリア辺境伯様はあまり彼を威圧しないでね、全てはこのお話でスッキリすると思うから。
ではまずは物語の背景から。
グロリア辺境伯様はオーランド王国の懐刀と呼ばれる程の名宰相であった、その功績は高く他国からの信頼も厚かった。
だが自身がいつまでも王家に仕える事など不可能、老いは必ずやって来る。また宰相として辣腕を振るっていたグロリア辺境伯様のお陰でグロリア辺境伯家の影響力は王家が無視できない程に肥大化して行ってしまった。
その事態を良しとしなかったグロリア辺境伯様は後進に道を譲り、辺境の地に下がり中央との距離を置いた。
そんなグロリア辺境伯家と近しい位置に自領を持つランドール侯爵家は常に不満を抱えていた。オーランド王国北西部の雄として、この地に根差す大貴族として。
グロリア辺境伯家の存在は、目障り以外の何物でもなかった。
その思いはマケドニアル・フォン・グロリアの台頭により、より根深く大きなものとなる。
打倒グロリア辺境伯家、それは既にランドール侯爵家の在り様、家の矜持として受け継がれるに至った。
その妄執と呼ぶべき信念は、ガレリア・ランドール侯爵様の人材育成と調略によりグロリア辺境伯家の蜂起と言う見える形として実を結んだ。
王家は一貴族家に力が集中する事を畏れた。これは長いオーランド王国の歴史の中で幾度となく繰り返されてきた貴族家と王家との諍い。
王家に恭順し王家を支えるべき貴族家が王家よりも大きな力を持つ事は、専制君主国家としては由々しき事態。その力を削ごうと王家が画策する事は当然の流れ。
グロリア辺境伯としてはそれを危惧し自ら辺境の地に引き籠ったんですけどね、王家は未だグロリア辺境伯様の力が怖かった様ですよ。
お三方、ここまではよろしいですか?
ローランド君、そんな初めて知りましたって顔をしない、そんなんだから幽閉されちゃうんだよ?三男とは言え大貴族家の身内なんだから、もう少し世の中をよく見ようね?」
ナニカは呆れ交じりの口調でローランドに振り向く。だがそのフードに隠された暗闇からは、その表情を窺い知る事は出来ない。
「ランドール侯爵家の策謀は見事の一言でした。
ランドール侯爵家から各家に送り込まれた間諜は巧みに各貴族家の中枢に潜り込み表面上はその家を盛り立てる優秀な人材として多くの信頼を積み重ねて行きました。
グロリア辺境伯家は勿論、ジョルジュ伯爵家、セザール伯爵家の深い所にまでも入り込む。
ある意味三家はランドール侯爵家の傘下にあったと言ってもいい。ジョルジュ伯爵家とセザール伯爵家に関しては完全に意のままであったんじゃないんですか?
グロリア辺境伯領の治安を乱し、その力を徐々に削って行ったやり方も素晴らしい。
現にグロリア辺境伯様は領内の情勢不安に心を痛められてはいたものの具体的な方策を思い浮かばずにいた。
完全にやられていましたよ。
この動きは王家にとっても都合が良かった。王家としては自分の手を汚さずグロリア辺境伯家の力を削ぐ事が出来る。辺境伯家とは王家と近しい存在ですからね、やたらに手を出す事は出来ない。
ランドール侯爵家が力を持ち過ぎれば何とでも口実を付けてその力を削げばいい、それは何も今代でなくても構わないのだから。
ランドール侯爵家と王家が手を結ぶことになんの障害も無かったと言う訳です。
だがそこに一つの問題が生じた。グロリア辺境伯様がオーランド王国北西部の安定の為に打った一手、ランドール侯爵家三男ローランド・ランドールとジョルジュ伯爵家長女パトリシア・ジョルジュとの婚約です。
ランドール侯爵家としては準備が整うまでの時間稼ぎ、グロリア辺境伯を油断させるための策謀だったんでしょうが、ローランド君、すっかりパトリシア嬢に夢中になっちゃったんですよね~。
本来であれば言い聞かせて相手方の情報を集めるお役目を与えたんでしょうが、ローランド君はその辺が分かっていませんから。
ランドール侯爵様はさぞ扱いに苦慮されたんだと思います。
王家との確約は取れた、戦乱の準備は整った。だがそうなると邪魔な者、不確定要素が生じた、それがローランド君です。ローランド君の事です、馬鹿正直にグロリア辺境伯様の所に嘆願に行く可能性が高いですからね、どうも王都の学園で相当お花畑な事をしていたみたいですから。
で、行われたのが例の婚約破棄騒動。これは事前に王家にも許可を得ていたんでしょうね。王家主催の中央学園の卒業パーティーであれだけのバカ騒ぎをしたはずなのに処分無しなんて、普通はあり得ませんから。
セザール伯爵家とジョルジュ伯爵家はランドール侯爵様の手駒も同然、間諜から色々と吹き込まれて上手い事踊ってくれたと言った所でしょうか。
魅了の魔道具かその類の薬か、思惑通り事は運び結果今回の祭りと相成った訳です。
まぁ魅了の解けたローランド君は急いで事態を収拾しようとしたみたいですけどね、何も分かっていない彼に余計な事をされては堪りませんから、あえなく幽閉となったみたいですが。ランドール侯爵もご苦労が多かったものとお察しいたします。
で、ここまでは大体あってますかね?これはあくまで調べた限りの情報から導き出した類推、事実をつぶさに見てきた訳じゃありませんから」
“コトッ、ズズズズズズッ”
ナニカは言葉を切るとテーブルの湯呑に手を伸ばす。
音を立ててお茶を飲む事はオーランド王国においてはしたないとされる行為ではあるが、この場にその事を咎められる者などいはしない。
ランドール侯爵は目の前の何かに戦慄する。その畏れは隔絶した力の差から来るものではなかった。目の前の何かが語った言葉が全て事実であり、そこには自身しか知りえない情報も含まれていたからであった。
それは突然始まった。
“ドドドドドドドドドドドドドドド”
身体に打ち付けられる衝撃、鳴り響く爆発音、揺れる居城。一体何が起きたと言うのか!?
「あぁ~、やっぱり始まっちゃいましたね。ランドール侯爵様のその表情を見るに、侯爵様はご存じなかったご様子ですが。
考えてみてください、この場にはランドール侯爵家の重鎮をはじめとしたお歴々が揃っています。更に言えばグロリア辺境伯様をはじめ少数の騎兵でランドール侯爵家居城を落とした精鋭中の精鋭が揃っている。
そしてランドール侯爵家には起爆符による遠隔爆破兵器が揃っている。
目先の利益に目が眩む者だったらどうするでしょう。唆した者は大量の爆薬を提供したと思いますよ?」
「「な、」」
言葉を失うランドール侯爵とグロリア辺境伯。彼らは気が付いてしまったのだ、自身が迎えようとしている最悪の結末に。
「まぁ皆さんは僕を楽しませてくれた舞台の主役、そんな方たちが揃って爆散じゃお客様は怒っちゃいますよ?
斬新な切り口だとも思いますけど、王都でそんな舞台を上演したら大騒ぎですって。
時代はその演出について行けませんっての。
ですんで城の中の爆薬は全てとある場所に撤去させて頂きました。
この城から西に向かった森の中、打ち捨てられた廃教会。
そこからはなぜかこの城が良く見えるんですよ。
やっぱり逃げ延びた先からでも城の様子は気になるからなんですか?木々の手入れがされちゃってるって、疑ってくださいと言ってる様なものですからね?
あっ、安心してください、城内の庭にいた者達は全て建物内の大ホールに移動して貰っていますから。今の爆破で亡くなった者はいないと思いますよ?
で、こんな爆破を行える数少ない者は今どこで何をしているんでしょうかね?
いや~、本当に人間は面白い。今頃愉悦の表情を浮かべているのかと思うと堪りません。
これは頑張って祭りを盛り上げて下さった皆さんへの私からの褒美、お気になさらなくても結構ですよ?
そうそう、それぞれの大将であるお二方にはこちらを差し上げましょう」
ナニカがそう言うと、テーブルの上に突然現れる二つの蓋付きの壷。
「これはジャイアントフォレストビーの蜂蜜です。素晴らしい舞台を見せて下さったお二方に対するささやかなお礼です。
素晴らしきかな人間、僕は君たちの営みを応援していますよ?」
“ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドゴーーーーーーーーン”
‟ガタガタガタガタガタ”
「「「キャーーーーーー」」」
激しい爆発音と共に揺れる地面、一体何が!?
人々が顔を上げた時、そこにはナニカの姿もそれに付き従うメイドの姿も無く、テーブルの上にはジャイアントフォレストビーの蜂蜜の詰まった壺が二つ残されているだけなのであった。
本日一話目です。