転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第233話 転生勇者、修行の日々を送る

雲が流れる。

爽やかな初夏の風が吹き抜け、髪を優しく撫でて行く。

マルセル村の周囲に広がる広大な草原では若葉がそよぎ、多くのキャタピラーたちが美味しそうに草を食む。

天高く舞うビッグクロー、草原を走る馬の群れ。穏やかで牧歌的な時間が流れて行く。

 

そんな草原に集まった村の少年少女は、それぞれが思い思いの姿勢を取り目を瞑る。周囲の自然を感じ、自然と一体となる事で、自身と対話する。

 

村のお兄ちゃんケビンは言った。

「自分自身の内面を感じ取ろうとして意識を集中しようとすると、かえって周りの事が気になってしまい集中なんて出来なくなる。人は何か別の事に集中する事で結果自身の内面と向き合う事はあっても、自身の内面と向き合おうとして集中する事は極めて困難なんだ」と。

 

「周りの自然を感じ、自然と一体となる。自身の心から浮かんだ様々な妄想もそのままに、それを一歩引いた場所から眺め続ける。

するといつの間にか心が落ち着いて、身体の内側にある覇気を感じ取れる様になるよ。

覇気の感覚自体は既に体験しているし、この魔力枯渇空間で身体の内から溢れる覇気を感じ取る事も出来たはず。

あとは日常で覇気を感じ取る事、巡らせる事が出来れば、皆も立派な覇気の使い手になれるよ。

要は魔力操作と同じだからね」

ケビンお兄ちゃんの指導は、‟考えるな、感じろ”と言った脳筋なものではなく、分かり易く実践し易い具体性を持っていた。

更に言えば一度体験している事柄の再現は、マルセル村の少年少女たちにとって比較的容易であると言えた。

 

‟フゥーーーーー”

既に青年と呼んでも差し支えの無い背丈に成長したジミーは、大きく息を吐いて掌に集まる何かを感じ取っていた。

その行動はかつてケビンお兄ちゃんから基礎魔力を教わり、ボール魔法(偽)を作っていた時のもの。ジミーの身体から溢れた何かはゆっくりとその掌に集まり淡い塊を作り出す。

 

エミリーは右の手にヨシの茎を持ちジッと眺める。

身体の深い部分から溢れ出た何かが手を伝い、そのヨシの茎に注ぎ込まれる。

 

‟ビュンッ”

ヨシの茎を振るう風切り音が、広い草原に広がって行く。

 

‟ブヒフゴ”

ブー太郎は立ち上がり、一人構えを取る。

一見ゆっくりとした動作で行われる体捌き、だがその表情は真剣そのもの。

ブー太郎には目の前に対峙する何かが見えているかのようにその視線、その動きの一つ一つに気を配っている。

そしてブー太郎の身体は、魔力纏いとは違う何かによって覆われて行く。

 

ジェイクは思い出す。それはこの世界とは違う世界の記憶。

その世界では武術家と呼ばれる者が呼吸法により高められた体内の気を操り、動作一つで大量の瓦を砕いて見せた。

多くの創作の場において体内に巡る気を練る、丹田に気を溜めて練り上げた気を全身に巡らせると言った表現が用いられた。

陰と陽、経絡にチャクラ、詳しい事は分からないが爆発的なエネルギーを生み出す技術として語られたそれは、漫画やアニメと言った娯楽と共に男の魂に深く刻み付けられていった。

 

‟フゥーー、スゥ~、フゥーーー”

この世界には魔法と言うものがあった。詠唱する事で発現するそれは炎や光の球を作り出し、外敵を討ち滅ぼす武器となった。

 

‟フゥーーー、スゥ~~、フゥーーーー”

この世界には魔力と言うものを操る先達がいた。それはゲームの様に決められたものではない、己の創意工夫で様々な現象を作り出す者達であった。

それは基礎魔力を基にした触腕であったり、偽魔力ボールであったり、魔力を纏った武技であったり。

世界は可能性に満ち溢れていた。

 

‟フゥーーーーーー、スゥ~~~、フゥーーーーーー”

そしてこの世界には覇気と言うものがあった。それはかつての夢、憧れのヒーローたちが体現し、熱いバトルを繰り広げた世界において基礎とされる技術。

 

直立の姿勢から右足を後ろに引く。

ゆっくりと腰を落とし、中腰の姿勢で腰だめに両の手を添える。

 

‟可~~~~滅~~~~覇~~~~~芽~~~~~”

高まる覇気の流れ、ジェイクの全身から立ち昇る覇気が、その合わさった掌に集約される。

 

‟ボフーーーーッ”

突き出された両の手から放出された何か、それは草原の草を掻き分け一条の獣道を作り上げる。

 

‟フッ、ドサッ”

ジェイクはその光景を前に満足気に口元を緩めると、そのまま大地に倒れ伏すのであった。

 

剣士とローブは思う。自分たちはまだまだマルセル村の入り口に辿り着いたに過ぎないのだと。

剣士はこれまで必死に主を守り通して来た。それは自身の生きざまであり誇りであった。そして自身は主を守り通せるだけの武人であると自負してきた。

だがそれはとんだ驕りであった。守るべき主を守れず、主従揃ってゴブリンの姿になる呪いを受ける始末。

その身に宿る精霊に見放され、これまで高め続けて来た武を失い。

責任を取り命を絶つ事は簡単だった、だが死んでどうなるのか。

醜い姿に変えられた主を残し命を断つことが、本当に従者として誇りある生き方だと言うのか。主は言った、決して諦めないと、何時か人の姿に戻って見せると。

ならばそれを支え共に生き続ける事こそ従者の務め。

剣士は思う、今度こそ道を(たが)えまいと。

だがその道は自身の想像に及ばないほど険しく厳しいものであった。

そしてその道の先では、自身よりも幼い子供たちが遥かなる高みに上る修行を行い、地獄の訓練に身を投じていた。

己の未熟さを知った、己の甘えを知った。主を守ると言いながら主に縋る自身を知った。

 

剣士は思う、私はまだマルセル村の入り口に辿り着いたに過ぎないと。

マルセル村の住人として、彼らの領域に辿り着いて初めて、夢の為の一歩が踏み出せるのだと。

ジミー君は言った、「僕たちはいずれ世界に旅立つ。その旅の目的はまだ決まっていないけど、世界は広くそして厳しいと言うことは、ケビンお兄ちゃんや村の大人たちが教えてくれた。

その旅の最初の目的は、剣士さんとローブさんの呪いを解術する方法を見つける旅にしようと思うんだ。これはジェイクやエミリーも賛成してくれている。

何時になるのかはっきりと明言は出来ないけど、必ず解いて見せる。

だから二人も頑張って力を付けようね。

二人だと難しいかもしれないけど五人ならきっと何とかなる。僕はそう信じているんだ」と。

 

‟ギャウギャ、ウゴウゴ”

剣士は思う、「私は未熟だ、彼らは既にそれぞれの方法で覇気を身に付けようとしているのにその力の片鱗を掴もうと四苦八苦する自分がいる。

だが決して諦めはしない。私は一人じゃない。

悲劇を嘆くヒロインを気取るのも柄じゃない、彼の隣に立ち、剣を構えて共に旅立つんだ。

その為にもこの技術、絶対にものにしてみせる」と。

 

ローブは思う、決して諦めはしないと。

自身を襲う呪い、それを嘆く周囲の者。

離れてしまった精霊、離れてしまった人々。

一縷の望みを託し向かったオーランド王国グロリア辺境伯領領都グルセリア、その地で領主マケドニアル・フォン・グロリア辺境伯様から語られた言葉。

‟其方らの事はヨークシャー森林国よりこのグルセリアに来る途中に襲われ、死亡したものとして連絡が入っておる。これは本国においても同様であろう。

今更国に帰ったとしても戻るべき場所はないと思って貰いたい”

苦しかった、心が張り裂けそうだった。

この呪いに掛かって何度死のうと思ったか分からない。でもそのたびに思う事、それは家族の励まし、呪いを解こうと奔走する多くの人々、そして何より私を庇おうとして共に呪いを受けてしまった彼女の事。

負ける事は出来ない、諦める事は出来ない。

例え国から、家族から捨てられたのだとしても、その死を望まれていると分かってしまったのだとしても。私にはまだ共に戦う仲間がいる。

 

私は弱い、精霊に見捨てられ、貴族としての地位も身分も家の力も失ったちっぽけな自分は、一人で生きる事すら出来ない情けないゴブリンだ。

私は弱い、人に頼るにも何をどう頼ったらいいのか、それすらも他人任せにしてしまう身も心も考えすらも弱い愚かな存在だ。

 

だから学ぶ、だから考える、だから鍛える。

それがどんな地獄であろうとも自分の掲げた信念を貫く為に、共に歩んでくれる友に報いる為に。

 

目を瞑り、心静かに自然と一体となる。己の中を探るのではなくただ観察し、見詰め続ける。ジミー君が、ジェイク君が、エミリーちゃんが、それぞれのやり方で己の中の覇気を掴み取って行く。

 

私は弱い。私はまだマルセル村の入り口に辿り着いたに過ぎない。

「焦らなくったっていい、時間が掛ってもいい。一つ一つを丁寧に、それがローブさんの力になるんだから。

一緒に頑張ろう、そして何時かその呪いを解いて人の姿を取り戻そう。

その為なら何だって協力するよ、僕たちは友達、僕たちは仲間なんだから」

ジミー君の優しい言葉が、挫けそうになる私の心を包み込む。

‟何だって協力する”、彼はそう言ってくれた。

彼だったらもしかしたら。

 

私たちに掛けられた呪い、それは‟愛の試練”。真実の愛が呪いを解き、二人は永遠に結ばれる。

・・・親友、ごめん。この愛は譲る事は出来ないの。

 

初夏の風が吹き抜ける草原、少年少女が集い鍛錬を続けるそこでは、それぞれの思い、それぞれの未来が交錯する。

そんな彼らのすぐ側では、今日もキャタピラーが美味しそうに若草を食む。

 

初夏の風が吹き抜ける、若者たちの修行の日々は続いて行くのであった。

 

―――――――――――

 

疲れた。めっちゃ疲れた。

遠いんだよ、ランドール侯爵領。<天翔ける>は文字通り走ってるの、飛んでないの、楽出来ないの。

何この距離、ウルトラマラソンも真っ青よ?って言うか王都ってどんだけ遠いのよ?いくら馬車とは言えよく二カ月で到着するな。<天翔ける>で六日以上?絶対イヤだわ。

ランドール侯爵領から帰村した俺氏、速攻母メアリーに帰村報告をし、無事キャタピラーにジョブチェンジを果たした所でございます。

このまま一週間くらいゴロゴロしたい、ゴロゴロしたいのに~。

影空間に居られる住人三名、従業員の方々多数。

ゴロゴロ出来ないやん!!

 

渋々お布団様から這い出した俺氏、まずは村の留守居役ボイルさんとジェラルドさんにご挨拶。

 

「あっ、お勤めご苦労様です。村人ケビン、昨晩戻って参りました。ちょっと色々裏工作に動いていたもので詳しい事は言えませんが、事は概ね上手い具合に運んでいるものと思いますよ?」

 

急に村長宅に顔を出した俺に驚きの表情を浮かべる御二人。

まぁ今回の招集では村の主要メンバーがごっそり抜けましたからね、御二方共何かと大変だったことでしょう。

 

「ケビン君、どこに行ってたんだい、心配したんだよ?

まあドレイク村長、今はアルバート男爵家をお継ぎになったから男爵様って呼ばないと駄目かな?アルバート男爵様のお手伝いをしているらしいとは聞いていたけど、突然姿を消すんだもの。

それで概ねどうにかなったって事は今回の騒動、グロリア辺境伯様とランドール侯爵様との諍いは収まったって事かな?って言うか早くない?

アルバート男爵様方がマルセル村を旅立って半月も経ってないよね?

少なくとも二カ月くらいは掛かると思っていたんだけど」

 

うん、流石元商人のボイルさん、よく分かっていらっしゃる。

今回は隣領との小競り合いじゃなくて遠征、本来ならランドール侯爵領に辿り着くだけでも半月から二十日は掛かる計算。それから戦いながら北上し、スターリンに辿り着くのに一月半から二カ月、これは物事が上手く行っての話で、騒動が収まるのに三~四カ月掛かっても何ら不思議じゃない。

それを僅か半月でどうにかなりましたって報告すれば驚くなって方が無理がある。

まぁ結果オーライと言う事で受け入れてもらいましょう。

本題は別ですから。

 

「えっと、それはあくまで俺が関わった事態に関してって事ですから、今すぐドレイク村長たちが帰って来るって話じゃないんで、村の皆にはあまり公にしないでください。

それとですね、その事に関して少し事情を抱えた方々を保護しまして、新しい住民として村民登録をお願いしたいと思いまして」

 

「あぁ、うん。まぁ詳しい事情は話せないだろうし、アルバート男爵様が無事だと言うのならそれに越したことはないかな?

それでマルセル村に移住したいって言う希望者だね、正式な許可はアルバート男爵様が帰村なさってからになるけど仮登録は出来るよ?今だと長屋のギースが住んでいた部屋が空いてるからそこに移って貰う事になるけど、それで構わないかい?」

 

「はい、十分です。男性二名の親子です。村では畑を耕して貰うと言う事で話を付けてあります。月影、二人を連れて来て」

俺の言葉に村長宅の玄関扉が開き、メイド姿の女性が一礼をして入室してくる。

そしてその後ろから入って来たのは壮健な筋肉に身を包んだ偉丈夫とその子供であろう少年。

 

「突然失礼する。私の名は蒼雲、こっちは息子の白雲。ケビン殿の紹介でこちらの村で御厄介になる事になった、以後よろしく頼む」

 

そう言い頭を下げる二人。

そして上げられた頭には、額から伸びる一本の角。

 

「えっとケビン君、こちらはホーンラビット族の方か何かなのかな?進化して人間になっちゃったのかな?ごめんちょっと理解が追い付かない、仮登録はしておくけど、正式な判断はアルバート男爵様にお任せするって事でいいかな?

それとベッドは一台しかないから、後でマルコお爺さんにお願いして貰えるかな?」

 

「はい、分かりました。それと後で畑にして良い場所を教えてください。蒼雲さんにはいずれお茶の栽培をして貰いたいんで、二人で見て回りますんで」

 

マルセル村の青年ケビンはそう言うと、二人を連れて村長宅を後にするのだった。

 

「「ケビン君だから仕方がない、ケビン君だから仕方がない」」

 

マルセル村留守居役ボイルとジェラルドは、‟後でミランダさんから胃薬を処方して貰おう”と堅く心に誓うのであった。




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