転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第263話 辺境子爵、家族と共に避暑地を満喫する

夏の照り付ける日差しが湖面で反射しキラキラと輝く。涼を求める多くの人々が、水辺で戯れ小舟を走らせる。

 

「ケルちゃん、どんどん投げて~」

“キュルキュルピ~♪”

 

避暑地レンドールの街よりやや外れた郊外の別荘地、そのプライベートビーチとでも呼ぶべき場所では少女が水と戯れ、家族はそんな彼女の楽し気な声を聴きながらシリアル湖から吹き込む心地よい風に身を委ねる。

 

“バシューーーッ”

“カキーーーーン”

 

水の妖精とも謳われる魔獣ケルピー、その長い角の先から撃ち出された水球は、エミリーのフルスイングによってシリアル湖の沖合に向かって飛んで行く。

 

「いい球来てるよ~、ケルちゃん才能あるよ~」

“キュルキュルピ~♪”

 

“バシューーーッ”

“カキーーーーン”

 

少女と魔獣との戯れに、母親であるミランダは息子ロバートをあやしながら頬を緩ませる。

 

魔獣ケルピー、それはここシリアル湖に生息する馬型の魔物である。額にはホーンラビットのような立派な角を持ち、水属性魔法を自在に操る凶悪な魔物として銀級上位や金級冒険者パーティーに討伐依頼が出される程の脅威である。

気位が高く人には決して懐かない、ケルピーをテイム出来るようなテイマーなど極僅かと言われる様な高ランク魔物、それがまるでじゃれつく子犬の様に楽し気に湖面を走る。

 

“キュルキュルキュピ~♪”

「えっと、もしかして背中に乗せてくれるの?」

 

“キュルル~♪”

「お父さん、お母さん、ケルちゃんが背中に乗せてくれるって言うからちょっと行って来るね~」

 

「エミリー、気を付けるんですよ、あまり遠くに行っては駄目ですからね。

ケルちゃん、エミリーの事をお願いしますね」

“キュルピ~♪”

 

“パカラッ、パカラッ、パカラッ”

「アハハハハハ、早い早い早い~♪」

“キュルキュルピ~♪”

 

シリアル湖の湖面を疾走するケルピー、その背に跨り弾んだ笑い声を上げるエミリー。

 

「ほ~ら、ロバート、お馬さんですよ~。お姉ちゃんは元気ですね~」

息子ロバートをあやしながら湖面の娘に手を振るミランダ。

ロバートはキャッキャキャッキャと歓声を上げる。

 

湖畔の避暑地に流れる穏やかな時間、ミランダは家族と共にこの旅行に来れた事を心から夫ドレイクに感謝するのだった。

 

「・・・あの、お客様?先ほどお嬢様がケルピーに攻撃を受けていたように見受けられたのですが」

湖畔の宿“湖畔の木洩れ日亭”の従業員リンダは、目の前で繰り広げられている光景に唖然としつつ、一行のリーダーたるドレイク・アルバート氏に言葉を掛ける。

 

「あぁ、あれですか?ちょっとしたお遊びですよ。エミリーちゃんもいいお友達が出来たみたいで良かったです。

やはり子供ですからね、我々大人の様にゆったりとした時間を過ごせと言われても持て余してしまいますから。

お勧めして頂いた観光船や小舟での釣りは大変楽しんでいた様ですが、どうしてもそれだけでは。普段からよく身体を動かす子ですからね、丁度良い遊び相手が出来たと私共も喜んでいたんですよ」

 

ドレイク・アルバートはそう言い、湖面から“お父さ~ん”と言いながら手を振る娘エミリーに手を振り返す。

 

「えっ、あの、相手は魔獣ケルピーですよね?エミリーお嬢様はテイマーの才能でもお有りなんでしょうか?」

困惑しつつ聞き返すリンダに、苦笑いで答えるドレイク。

 

「さぁ?エミリーはまだ十歳ですので授けの儀は受けていないんですよ。ですので職業がテイマーと言う事はないかと。

これは村に住む青年の言葉なんですがね、魔獣や魔物は上下関係と付き合い方さえ間違わなければ交流は可能なんだそうです。その先で命の取り合いになるか友好的な関係になるのかは接し方次第、人間側が間違いを犯さない限り魔獣側から何かされる事はないとか。

彼は授けの儀の前から複数の魔獣を従えていましたから。

彼曰く、魔物よりも人間の方が余程恐ろしいとの事でしたよ。

私もその意見には賛成ですがね、人とは本当に恐ろしい。でも人が人である以上避ける事は出来ない、そう言う事です」

 

「はぁ、よく分かりませんがエミリーお嬢様はケルビーの心を開いたと言う事なんでしょうか?物語の聖女様の様に純真な心が魔獣の心を動かしたとかそう言う・・・」

リンダの呟きに「ハハハハハ、そうですね」と乾いた返事をするドレイク。

 

“ケルピーとの邂逅、出会いがしら好戦的になったケルピーに急接近、下方から左顔面に右拳(みぎこぶし)の打ち上げ。まさかケルピーも水面を走ってくる人間がいるとは思わなかっただろうな~。魔力障壁を張っての水面歩行、エミリーちゃん、いずれは空を走るって言ってたもんな~。

強い生き物に従うのは魔獣の本能なんだろうな~”

魔獣ケルピーと少女エミリーとの心の交流(物理)は、種族の壁を越え、明確な上下関係を築くに至ったのでありました。

 

 

「やい平民、今日こそその魔獣を寄越して貰うぞ!」

声を掛けて来た者、それは高級そうな衣服を身に着けた少年。

 

「あ~、また来たんだ~。ロナウド君も懲りないな~。今日は何で勝負するの?」

少年の声に気付き湖畔へと戻ってきたエミリーが、呆れ顔になりながらも言葉を返す。

ロナウドと呼ばれた少年は顔を赤くしながらも声を荒げる。

 

「く~、言わせておけば。平民、今日こそ貴様を叩きのめしてその魔獣をもらい受けてやるからな!

俺は授けの儀を前に水属性魔法に目覚めし天才、平民とは生まれ持った才能が違うのだ!無論魔法で勝負だ!!」

ロナウドはエミリーに向かいビシリと指を指し宣言をする。

エミリーはそんなロナウドに対しワクワクした態度を隠すことなく、「やれるものならやってみろ~、今日もズタンズタンのギッタンギッタンだ~」と返事をするのであった。

 

「“大いなる神よ、この手に集いて眼前の敵を打ち滅ぼせ、ウォーターボール”」

“バシュ~~~~~~”

ロナウドの突き出した掌から撃ち出される水属性初級魔法<ウォーターボール>、その威力はスライムならば一発、ゴブリンでも二発もあれば仕留める事が出来るであろう強力なもの。大の大人ですらその身に受ければただでは済まない凶器。

未だ授けの儀すら受けていない少年の身で魔法を撃ち出すその才能、それは誇るべきものであり多くの大人たちから称賛され続けてきた特技なのであろう。だが・・・

 

「外角低めって狙いが甘い!それじゃ当たらないじゃん。でも打ちごろ~!」

“カキーーーーン”

 

その一打は撃ち出された魔力球を正確に捕らえ、外野スタンドの上段へ、もとい、シリアル湖沖合へと叩き飛ばすのでした。

 

「次だ~、俺様はまだまだ負けてなんかいないぞ!!」

「ヘイヘイヘイ、ピッチャービビってる~♪」

 

「なんだその掛け声は!意味は分からんが腹の立つ!」

「へへへ、ケビンお兄ちゃんに教わったの。私も意味は分からないんだけど、これなんか凄い楽しい♪ヘイヘイヘイ」

 

「ムカ~!!」

 

湖畔の戯れ、子供たちの様子を見守る大人たちにも自然笑みがこぼれる。

 

「何かうちの坊ちゃんがすみません。お坊ちゃんは<仮性>なもので周りから浮いてるものですから、これまで親しいご友人も出来なくて。

その上あの態度、本当にどうしたらいいものかと使用人の間でも困っていたんですよ」

 

勇者病<仮性>、確かに授けの儀を前にして魔法の発現を見る子供によくみられる精神疾患の一つ。

マルセル村の者達は思う、世間一般の<仮性>患者はあんなに微笑ましいものなのかと。

 

「そうなんですか、それは皆様ご苦労がおありでしょう。ですが子供らしいと言えば子供らしい、これも成長の一幕、青春の軌跡。後に黒歴史となるか輝かしい思い出となるのかはお坊ちゃん次第。

ご覧の様に我が家のエミリーは元気が有り余っていますから、いつでも遊びにいらしてください。

とは言え後十日の滞在なのですが」

ドレイク・アルバートは申し訳なさげな表情のメイドに笑顔で言葉を返す。

 

「本当でございますか?それは助かります。お坊ちゃまは御屋敷でも浮いた存在でして、この避暑地にも毎年お一人で。

申し遅れました、(わたくし)は「よしましょう。お互い避暑地で知り合ったただの友人、それでいいではありませんか。御身分をお聞きしてしまえばエミリーもあの様に楽しく遊ぶ事が出来なくなってしまう、それ程に身分の壁と言うものは厚いもの。

今はただの大人としてあの子たちを見守って行こうではありませんか」

・・・そうですね。では改めまして。私はローラと申します、ロナウド坊ちゃま共々よろしくお願いいたします」

 

そう言い深々と頭を下げるメイドローラ。ドレイクはそんな彼女に好感を持ちつつ返事を述べる。

 

「ご丁寧にありがとうございます。私はドレイク、こっちは妻のミランダです。シリアル湖には初めて来ましたが本当に過ごし易い良い所ですね。仕事で荒んでいた心が洗われる様です。

出来れば毎年時間を作って訪れたいくらいですよ」

 

「そうなんですか?私はてっきりこちらの御屋敷をお買い求めになられた方とばかり。でもそうですね、使い心地も知らず行き成り購入なさるより、一度お泊りになられてからの方がよろしいですものね」

ローラは一度体験してから購入を進める新しい建物の売り方なのかと感心すると共に、人物の良い方が隣人となりそうだと安堵する。

 

「・・・ハハハ、そうなんですよ。とても良い物件に巡り合えたと喜んでいた所なんです。因みに近頃はこうした出物は多いのですか?」

 

「えぇ。御存じとは思いますが春先に領都で起きた“春の嵐”の影響ですね。捕まったり御取り潰しになったりしたお家の中にはシリアル湖に別邸を持たれている方も多く居られましたから。

直ぐに次の買取手の見つかった物件にお勤めの方は良かったのですが、未だ購入者が決まらない所の者は。

かと言って手入れが行き届かなくなりますと建物の痛みが急速に進んでしまいますから物の価値も落ちてしまう、その皺寄せが使用人に。

この家の調理人夫妻も相当苦労なさっていたと聞き及んでいましたものですから」

 

「そうだったのですね。あの美味しい料理を出してくれる調理人さん方が。

色々と教えて下さってありがとうございます、前向きに検討させて頂きたいと思います。エミリーも新しい友人が出来たと喜んでいる様ですので」

 

「そう仰っていただけると助かります。あぁ、お坊ちゃま、また意地を張り過ぎて魔力枯渇に。それでは私共はこの辺で、ドレイク様、ミランダ様、本日はどうもありがとうございました」

 

目の前ではエミリーとの魔力合戦で魔力を使い過ぎ、力なく膝をつくロナウドの姿。

ローラはここ数日同様の光景を見続けている為、慌てる事無く主人を回収しドレイクたちの下を後にするのであった。

 

「エミリーちゃん、楽しかったかい?」

ドレイクの質問にエミリーはニコリと微笑んで言葉を返す。

 

「うん、ジェイク君たちと訓練している時とはまた違って面白かった。ケルちゃんも楽しかったって言ってるし、避暑地って楽しいね。今度はジェイク君やジミー君、フィリーちゃん、ディアさんとみんなで遊びに来たいな。

大勢の方が絶対楽しいよね」

 

「そうだね、ザルバたちには悪いけど、来年も遊びに来させてもらおうか?

お父さんもここが気に入っちゃったよ」

ドレイクの言葉に満面の笑みを浮かべギュっと抱き付くエミリー。思わずだらしなく表情を崩すドレイクに、「仕方がないお父さんですね~。ね~、ロバート」と息子に呼び掛けるミランダなのでありました。

 

―――――――――――――――

 

夕餉も終わり、部屋の明かりも消え、建物の周囲に夜の帳が下りる。

屋敷の庭には三匹の従魔が身体を横たえ、厩では二頭の魔馬がブルブルッと身を震わせ、時々思い出したかの様に嘶きを上げる。

 

「リンダ、お客様はお休みになられましたか?」

テーブルに着き何やら書類仕事をしていたメイド服の人物は、部屋の扉を開け入ってきた従業員の女性に声を掛ける。

 

「メイド長、皆様お休みになられた様です。昼間は湖畔で楽しまれていたご様子でしたが、お疲れになられたのかその後夕方までお昼寝を取られていた様でした。

本日も食事を完食なされ、大変おいしいとのお言葉を頂きました。

それとドレイク・アルバート様よりご質問がございまして、“この屋敷はもしかしたら売りに出されているのではないのか”との事でしたので、予め用意していた宿屋経営に至った経緯をお話ししたところ、“初日にリンダさんが話していた事情とはそう言う事だったんですね”とご納得され、何やら考え込まれているご様子でした」

リンダの報告に笑みを浮かべるメイド長。それは予定通りに事が運んでいる事を確信するもの。

 

「流石ですね、ドレイク・アルバート子爵。ランドール侯爵家居城での演説は見事なものでしたが、たったあれだけの情報でこの屋敷が売りに出されている事に気が付きますか。

いえ、もしかしたら昼間に訪れていた近隣の貴族家の者から何か話を聞いたのかもしれません。それでその時のアルバート子爵の様子はどう言ったものでしたか?」

 

「はい、どうもこの別邸をアルバート子爵家として購入しようか思案しているものかと。昼間もそうでしたがエミリーお嬢様をはじめミランダ夫人、騎士ギース、その妻エリザもこの別邸を大変気に入っているご様子でしたので」

 

「分かりました、では手筈通りに話を進めましょう。不動産屋の“耳”には明日屋敷に来る様に伝えてください」

 

「畏まりました、メイド長」

 

三日月が見守る宵闇をレンドールの街に向け走る人影。庭先のグラスウルフはぴくぴくと耳を動かし薄く瞳を開けるも、またすぐに目を閉じる。

避暑地の夜はそれぞれの思惑を飲み込んだまま、ゆっくりと更けて行くのであった。




本日一話目です。
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