転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第264話 辺境子爵、家族と共に避暑地を後にする

「旦那様、その、本当によろしいのでしょうか?私たち夫婦をこのままこの別邸で雇っていただけると言うお話ですが」

 

グロリア辺境伯領南西部に位置するシリアル湖の湖畔、美しい水辺広がるレンドールの街は多くの観光客が訪れる名所として有名であり、各貴族家の別邸が多く点在する避暑地でもある。

そんな別邸の内の幾つかが、先の動乱の余波を受け売りに出されている。現在アルバート子爵家一行が滞在している湖畔の宿“湖畔の木洩れ日亭”もそうした別邸の一つであり、屋敷を管理する調理人夫妻が苦肉の策で始めたのがこの“湖畔の木洩れ日亭”と言う宿であった。

 

「ハハハ、構いませんよ。と言うかむしろこちらの方からお願いしたい。建物は誰かが管理しなければすぐに傷んでしまう、そうなってしまえば修理にどれ程の資金が掛かるか。グリルさん方がこの屋敷に残り、日々の管理を怠らなかったからこそ、私共も快適な時を過ごす事が出来たのです。それは誇っていい仕事だと思いますよ?」

 

広間のテーブルに着き契約書を眺めながら言葉を返すドレイクは、本当に用意周到だなと、一連の事態の黒幕に感心する。

 

「ではこちらの契約書にサインを頂き、譲渡契約は完了となります。この別邸は資産処分対象となっていたものですからね、何やら宿屋を始められたと聞いた時は驚きましたよ。

使用人がグロリア辺境伯家に差し押さえられている不動産で勝手に商売を始めるなど前代未聞、管理を任されている私共にもどんな処罰が下る事になるのかと肝を冷やしました。

ですがお客様がご購入なさっていただけると言う事になれば話は別、購入前の試用期間と言い張れますからね、ほっと一安心です。

しかもご購入いただけるのが今や飛ぶ鳥を落とす勢いのドレイク・アルバート子爵様ですからね、誰も文句など言うはずがございませんとも。

私共は別邸の売買だけでなく修理や管理なども請け負っておりますので、何か問題がございましたらレンドール不動産商会にご用命をお願いいたします」

 

レンドール不動産商会の人間はそう言うと関係書類をカバンに仕舞い込み、「支払いは商業ギルドの口座にお願いします」との言葉と共に屋敷を後にするのであった。

 

「ご主人様、改めましてご挨拶申し上げます。私は当別邸のメイド長を務めておりましたガーネットと申します。この度は当屋敷を購入の上私共使用人を雇用して頂き、ありがとうございます」

「「「ありがとうございます」」」

“湖畔の木洩れ日亭”の従業員は全部で四人、メイド長ガーネット、メイドリンダ、調理人グリル、下働きでグリルの妻ミリア。

彼らは自身の窮地を救い、この屋敷を存続させてくれたドレイクアルバート子爵に感謝の言葉を述べると共に、先行きの不安が解消されたことに安堵するのであった。

 

「ところでガーネットさん、これまではこの別邸に客人が来ていない間どうしていたのですか?屋敷の管理はグリル夫妻が行っていたとお聞きしたのですが」

 

「はい、私共は本邸の雑用とこちら別邸の管理を任されておりました。本邸には私共の他に屋敷を取り仕切るメイド長や主人付きのメイドがおりましたので私共はその補助となります。

ただそれですと外聞上問題がございましたので、私は名目上別邸のメイド長と言う扱いに。

今回の騒ぎでも奥様より別邸の管理を任されたものですからそれに従う形でこちらに。ただその後お家が御取り潰しになり、使用人は皆それぞれ散り散りになったと聞いてございます」

 

ガーネットの言葉に同席していたミランダが眉根を寄せる。ミランダは自身がマルセル村に逃げ込んだ身であり、先も分からず翻弄される者の心の不安が分かるのだろう。

 

「そうですか、では皆さんと以前の主家とは契約が離れたものとして雇用契約を結ばせて頂きましょう。

それとガーネットさんとリンダさんですね、当家には現在メイドがおりません。ご存じかは分かりませんが我がアルバート子爵家は妻ミランダの両親から爵位を引き継ぎグロリア辺境伯様より所領を給わった所謂新興貴族家となります。

その為貴族家としての基盤はまだまだ整っておりません。お二人には是非ともお力をお貸し願いたい」

「「はい、アルバート子爵家に忠誠を誓わせて頂きます」」

 

ガーネットとリンダは揃って頭を下げる。ドレイク・アルバート子爵は懸案だったメイド問題に一応の決着が付いた事にほっと胸を撫で下ろすのであった。

 

 

「エミリー、勝ち逃げはズルいぞ!!決着が付くまでここに残れ!!」

ロナウドは旅支度を済ませいまにも出発しようとしている一行に向かい声を上げる。

 

「え~、ロナウド君って幾ら負けても負けを認めないんだもん。それじゃ一生決着なんてつかないよ。

今回は引き分けって事でいいんじゃない?私もロナウド君のしつこさには勝てる気がしないし」

エミリーの言葉に悔し気に顔を歪めるロナウド。

 

「なら今度はいつ会えると言うのだ、お前は家に帰ると言うのだろう?」

「それはロナウド君も同じじゃん。でもそうだな、来年になったらまた会えるかもね。今度は私のお友達も連れて来るから大勢で楽しいと思うよ?

そんな事考えたら早くジェイク君に会いたくなっちゃった。お父さん、早くマルセル村に帰ろう?」

“ジェイク君!?えっ、まさかもう心に決めた相手がいる・・・だと!?”

エミリーの何気無い一言にショックを受け愕然とするロナウド。そんなロナウドの背後では“坊ちゃま、短い夢でございましたね、おいたわしや”と涙するメイドローラ。

 

“ザバッ、キュルキュルピ~♪”

シリアル湖の湖面が揺らぎ、姿を現したのは一体の魔獣。ケルピーはエミリーに近付くと寂し気に顔を摺り寄せる。

 

「ケルちゃん、ごめんね?私村に帰らないと。ケルちゃんはお水が沢山ある場所じゃないと生きられないんでしょう?だから連れて行ってあげれないの」

エミリーはそう言いケルピーの頬を撫でる。

 

“キュル、キュルピ~”

ケルピーは一声嘶くと、自身の額をエミリーに向ける。それはまるでそこに触れろと言わんばかりの動作であった。

 

「えっとケルちゃん、おでこを触ればいいの?」

エミリーが戸惑いがちにケルピーの額に触れる。すると次の瞬間ケルピーの額とそこに触れているエミリーの手が淡い光に包まれ、両者の間に何かの繋がりの様なものが結ばれるのであった。

 

「えっと、これって一体。ん?ケルちゃん?」

“キュルキュルピ~♪”

何かに気が付くエミリー、そして喜びの嘶きを上げるケルピー。

 

「えっとエミリーちゃん、一体どうしたのかな?何かケルピーのおでことエミリーちゃんの手が光っていたみたいなんだけど?」

ドレイク・アルバート子爵は“もしかしてエミリーちゃんもケビン君しちゃったとか?イヤイヤイヤ、勘弁して欲しいんだけど!?”と言う内心を押し殺しつつ、優し気に声を掛ける。

 

「あっ、お父さん。えっとね、何かケルちゃんとの間に繋がりが出来たって言うのかな?ケルちゃんの考えてる事が何となく分かる様になっちゃったみたい。

ケルちゃんが連れて行ってって言ってるの。お水が沢山なくても大丈夫なんだって、でも池か水辺があったら嬉しいって言ってるの」

 

「水辺、水辺か~。ケルちゃん、これから行くマルセル村の水辺には村の守護神様が住んでるんだけど大丈夫?温厚な御方だから何かされる事はないと思うけど」

「あぁ、そうだった。水辺には大福先生がいるんだった。

ケルちゃん、強くなりたいんだったら最高の先生がいるんだけど、どうする?」

 

“キュル、キュルキュルピ~”

“頑張ります”とばかりに嘶きを上げるケルピー。

そんなケルピーの様子に“まずはレンドールの街の冒険者ギルドで従魔登録をしないとな”と、どこか現実逃避に走るアルバート子爵なのでありました。

 

――――――――――――

 

「ほう、では私の紹介した宿ではなく貴族別邸が多く建つ別荘地に宿泊したと。そしてそこで売り出されていた宿を購入してきたと、そう言う事なのであるな?」

 

避暑地レンドールを出発して四日、地方都市エルセルの監督官屋敷にてストール・ポイゾン監督官に挨拶をしたドレイク・アルバート子爵は、今回の旅行に際し心配りをしてくれたストール監督官に礼をすると共に、その思いを無下にしてしまったことを心より謝罪するのであった。

 

「本当に申し訳ありません。ストール監督官様がこれを機に貴族社交界に伝手を作れるようにお骨折りいただいたことは重々承知しておりますが、いかんせん田舎者故社交の場に相応しい衣類等の持ち合わせもありませんでしたものですから。

やはり身分の高い方が多くお泊りになる宿は、私共には敷居が高かったようにございます」

 

そう言い深々と頭を下げるアルバート子爵に何とも言えぬ表情をするストール監督官。

 

「だから軽々に頭を下げるでないわ。それこそ門番に咎められたのなら身分を明かせば済む話ではないか。どうせお主の事、これ幸いにと逃げ出したのであろうが。

相手方に帰れと言われたので仕方なくと言われればこちらとしても何も言えんわ。

宿には私から手紙を出しておこう、まったくしようのない。

して、何がどうなればケルピーを従魔にしたり使用人を連れて帰ったりと言った話に繋がるのか。

まず使用人であれば寄り親であるグロリア辺境伯閣下にご相談するのが筋であろう、あらかじめ人員がいたと言うのならともかくドレイクのところは人がいないと言っておったではないか」

 

「ハハハ、こればかりはご縁としか。確りと仕事の出来る方であることは滞在中見させていただきましたので。それに赴任地がマルセル村となりますとやはりグロリア辺境伯閣下に御すがりするのも気が引けると言いますか。

ストール監督官様はそう言った苦労はなさらなかったのですか?」

アルバート子爵の言葉にウッと言葉を詰まらせるストール・ポイゾン監督官。彼もまた赴任地が悪名高きエルセルの街という事で使用人選びに苦労した人物の一人であったからだ。

 

「オホンッ、まぁよい、この件に関してはこれで仕舞としよう。なんにしてもドレイクがすっかり元気になったことの方を喜ぼう。余程良い休暇となったのだろうからな」

 

「ハハハ、ありがとうございます。エミリーちゃんにも良い友達が出来ましたし、楽しく過ごさせていただきました」

 

「しかしな、シリアル湖の悪魔と恐れられるケルピーを授けの儀前の令嬢が殴って従えただのと、その様な話が広がれば嫁ぎ先に困るのではないのか?」

ストール監督官の心配はもっともである。貴族社会と言うモノは噂が全て、たとえ本人に非がなかろうと、魔獣を拳で従える令嬢を欲しがる貴族令息などいないのだから。

 

「そこは却ってよかったのかと。エミリーちゃんはアルバート子爵家の長女ではありますが血筋的には庶子、貴族家に嫁いだとてその扱いがよろしいものになる事はありません。よくて側室、その様な立場に可愛いエミリーちゃんを送る気など毛頭ありませんから。

エミリーちゃんには自分が想う男性と添い遂げてもらいたい、家の事など気にする必要はないのです」

そう言い遠くを見つめるドレイクの目は、かつてマルセル村に囚われた自身の人生を振り返っているのであろう。

 

「ふむ、お主らしいの。それと先程の話であるな、その別邸を使って欲しいとのことであるが」

「はい、ストール監督官様にはこれまで大変多くの御恩がございます。その恩返しではありませんが、お時間が出来た際にでもご宿泊いただけましたらと思いまして。

ご予定をお知らせいただけましたら管理の者に知らせておきますので」

ドレイク・アルバート子爵の申し出にふむと顎を摩るストール監督官。

 

「ありがたい申し出だが今しばらくは難しいであろうな。エルセルの街も大分落ち着きを取り戻しつつあるが、一度壊れた街を立て直すのは容易ではないからの。

だが春先にでもなれば少しは落ち着くやもしれん、その時は頼らせて頂こう。

ドレイクもこれからが大変であろうが何かあれば相談に来るがいい」

「はい、お言葉ありがとうございます、遠慮なくおすがりさせていただきます」

 

「だから軽々に頭を下げるでない、まずはその癖をどうにかせい!」

「ハハハ、これは手厳しい」

 

辺境の寒村マルセル村、寒さと飢えに苦しむ村を立て直す為共に戦った村長と監察官。苦難の中培われた二人の友情は、たとえ立場が変わろうとも色褪せる事なく結ばれ続けているのでありました。

 

―――――――――――――

 

「「奥様、それでは失礼させていただきます。お休みなさいませ」」

新たにアルバート子爵家の使用人としてメイドの職を得たガーネットとリンダは、アルバート子爵夫人であるミランダに就寝の挨拶を行い、エルセル監督官屋敷にて使用人にあてがわれた部屋へと下がる。その所作は長年アルバート子爵家に仕えていると言われても分からない程自然で、淀みのないものであった。

 

「メイド長、明日からはマルセル村ですが、この先の予定に変更はありますでしょうか?」

リンダは部屋に入るや周囲の気配を確認、問題なしと判断を下した(のち)口を開く。

 

「いえ、ここまでは予定通りに事が進んでいます。庶子であるエミリー様があの様なお力をお持ちであったことは意外でしたが、エミリー様のお父様は冒険者であったとか。何らかの才能を引き継がれているのでしょう。

私たちの使命はドレイク・アルバート子爵並びにアルバート子爵家の方々の信頼を勝ち取る事、“耳目”の役割を果たす事です。

エルセルの“耳”は何と?」

 

「はい、やはりアルバート子爵家騎兵団の武勇はグロリア辺境伯領ばかりかオーランド王国北西部地域全体に広く伝わっている様子、力ある冒険者や名を上げようとする者たちが集まりつつあります。

ただアルバート子爵領には冒険者ギルドは存在せず、領内に入る名目も宿泊施設もないとのことで二の足を踏んでいると言った状況の様です」

ガーネットはリンダの報告にしばし考えを巡らせた後「そうですか、分かりました」と言葉を返すのであった。

 

エルセルの夜は更けて行く。明日はいよいよ“オーランド王国の最果て”、辺境の地マルセル村に向かうのであった。




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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