転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第312話 王都の偉い人、報告を受ける

品の良い調度品が並ぶ執務室。窓辺から差し込む日差しは冬の終わりが近付いている事を教えてくれる。

部屋の主であるオーランド王国宰相ヘルザー・ハンセンは、執務机に残る資料に目を遣り大きくため息を吐く。

 

“コンコンコン”

「失礼します。宰相閣下に申し上げます。ベルツシュタイン卿がお見えになられました」

 

ヘルザー宰相は文官の声に顔を上げ、棚の上に置かれているリフテリア魔法王国から取り寄せた魔導式置時計に目を向ける。

こうした生活の魔道具はヘルザーの唯一と言っていい趣味であった。

 

「あぁ、もうこんな時間か。あの男は相変わらず予定通りだな、通してくれ。

分かってるとは思うが暫くこの部屋に誰も近付けさせない様に。余程の緊急事態以外、扉に近付く事も禁止する。これは身分を問わん、例え王族であろうともだ、よいな?」

「ハッ、宰相閣下の御申し付けのままに」

 

ヘルザー宰相の目配せに一礼し退室する文官たち。暫く後に予定した来客、ベルツシュタイン伯爵が姿を現す。

 

「これはこれは、お忙しい所お時間を頂き、このハインリッヒ、恐悦至極に存じます」

入室するなり慇懃に礼をするベルツシュタイン卿。ヘルザー宰相はそんな彼に不機嫌な態度を隠そうともせず言葉を返す。

 

「それは嫌味か?嫌味なんだろうな。まぁいい、この度の一件に関しては完全に私の見誤りであった。その点は素直に認めよう。

いくら王家からの横槍があったとはいえ、件のマルセル村の調査にエラブリタイン伯爵の様な者を送るべきではなかった。

 

あ奴が私の元へ此度の視察の件に付き報告に参った際、まず本人かどうかを疑ったよ。あの慇懃無礼が服を着ている様な男が、まともな貴族に見えたからな。

その内容は影の耳目から上げられていた報告内容が事実であったと言うもの。それと自らの失態とその結果について。

あのエラブリタインが自分の失敗を認め、それを任命者である私に報告するなど。

ただでさえ貴族の矜持が肥大化した自己中心的な男がだ。

 

一体アルバート子爵領で何が起きたのかと密かに付けていた手の者に問い質しても、“私たち中央貴族は驕り高ぶり地方貴族を見下していたのですね、情けない事です”とかなんとか。

三体の強大な力を持つ魔物が野に放たれただの、まったく要領をえん。

何がどうなっておると言うのか」

 

ヘルザーは執務机を立ち来客用のテーブルに向かうと、ドカリと椅子に腰を下ろす。

ベルツシュタイン卿はそんなヘルザー宰相の態度に肩を竦め、自身も向かいの席に腰を下ろす。

 

“パサッ”

テーブルに無造作に投げられたそれは今回の視察の報告書、ヘルザーはその書類に目を通し次第に顔を青ざめさせる。

 

「はっきり言って今回の視察は大失敗だったかな?向こうは予め視察が来る事自体予想していた様だね。それでいて既に我々“影”の耳目が入り込んでいる事も承知している、だったら堂々としていようじゃないかといった姿勢だったみたい。

エラブリタイン伯爵の報告にもある様に例の地這い龍に草原の街道整備の手伝いをさせてるくらいだからね。

これは近隣エルセルの街に潜らせてる耳目からの報告だけど、何人もの冒険者がその地這い龍に喧嘩を売って問題のテイマー、ケビンと言ったかな?そのケビンに叩きのめされてたみたい。

“うちの従業員に手を出してんじゃね~!!”ってのが彼の主張だったらしいよ?

 

そこの報告書にも有るけど、エラブリタイン伯爵の目的は事前に耳目から報告が上がっていたその小型地這い龍と多頭ヒドラの入手だったようだね。

これがあの男の独断かそれとも誰かに唆されたのかは分からないけど、それは見事にアルバート子爵家に対し喧嘩を売ったって事になるからね?

辺境の下級貴族領主って事でどうとでもなると思っちゃったのかな?

報告書をちゃんと読まなかったのかな?

何の為に我々“影”が貴重な人員を割いてアルバート子爵領周辺に耳目を張り巡らせてると思ってるのかな?

 

こんな事は言いたくないけど、最近帝国の動きが活発化してるんだよ?

問題はオーランド王国北西部ばかりじゃない、南西部も相当きな臭くなって来てるって、こないだ報告書を上げたばかりだよね?

ちゃんと読んでる?」

 

呆れたと言わんばかりのベルツシュタイン卿の物言いに、苦虫を噛み潰したような表情になるヘルザー・ハンセン宰相。

 

「まぁそうは言ってもこちらも強く止めた訳じゃないしね。

お~い、入って来てくれ」

 

“ガチャ”

「失礼します」

ベルツシュタイン卿の掛け声と共に入室して来た者、それは執事服に身を包んだ男性。彼はティーセットの乗ったワゴンを押し、部屋に入るや予め準備していたかの様にテーブルにお茶を並べ始める。

 

「別に毒は入ってないからそんな顔をしないでよ。これは東方の扶桑国に伝わる蒸し茶と言うものらしくてね、マルセル村に移り住んだ扶桑国人、鬼人族と言うらしいんだけど額に角の生えてる人種、知ってた?

その鬼人族がマルセル村でお茶農家をしててね、新しい村の特産にしようと栽培しているらしいんだよね。

私も飲んでみたけどスッキリとして心を落ち着けてくれる何とも言えない味わいだったよ」

 

そう言い出されたお茶に手を付けるベルツシュタイン卿。卿に促されるままティーカップに口を付けるヘルザー宰相。

口腔に広がる若葉の香り、ほんのりとした甘さが疲れた心を癒してくれる。

先程まで心を占めていたイライラした気持ちが嘘のように晴れて行く。

 

「うむ、これは良いな。何か頭がすっきりとする。

カモネールやミントとも違う独特の味わいだ、考えに詰まった時に是非いただきたい飲み物だな」

 

「でしょ、いいよね、蒸し茶。でもこれね、実はとんでもない代物でね。

どんなに混乱に陥って焦っていても、このお茶を飲むと強制的に冷静にさせられちゃうらしいんだよね。そんで感情よりも理性的な判断が出来る様になる。

で、そんなお茶に特殊な調合を加えるとどうなるか、素晴らしきかな、新生エラブリタイン伯爵の出来上がりって奴だね。

いや~、怖い怖い。是非ともそのレシピを教えていただきたい」

 

「!?」

ベルツシュタイン卿の言葉になんて言うものを飲ませると怒りの声を上げようとしたヘルザーは気が付く。自身がまるで怒っていない事に。

ベルツシュタイン卿の言葉をただの報告と受け止め、その効能や有効性、普段使いにするにはどうしたらよいのかと言った実利に思考が傾いている事に。

 

「ね、すごいでしょ?怒れないのよ、心が凪いでると言うか非常に冷静になる。

私の場合常日頃その様に心掛けてもいるし、幼少からの訓練もあってそこまででもないけど、それでも思考が冴えるのを実感する位なんだよ?

普段から激務に晒されている宰相閣下に於かれましては劇的な変化に感じるんじゃないのかな?

まぁ普通に飲む分にはちょっと便利で美味しいお茶って程度らしいんだけど、あまり多用すると逆に心が疲労するから気を付けた方がいいってのがアルバート子爵の言葉だってさ。

彼も相当苦労してるみたいだからね。

 

で、何で不意打ちみたいな真似をしてこのお茶を飲ませたかって言うと、これから話す話の内容がちょっと危険な内容を含むからかな?

感情的になって対応を間違うと、この国が亡ぶからって言った方が分かり易いかも。

例のテイマー、ケビンとか言う者。本名はケビン・ドラゴンロード、“鬼神”ヘンリー・ドラゴンロードの息子にして“剣鬼”ボビー・ソードの弟子。

マルセル村に住む数多くの魔物の主であり厄災級魔物の雇用主。

その強さは誰しもが認めるマルセル村の最強。

その男が言ったそうだよ、“眠れるドラゴンの安眠を邪魔するな、二度目は無い”ってね。

とは言え私の言葉だけでは伝わりづらいと思ってね、実際その目で見て、その耳で聞いて来た者を連れて来たんだ。オーベルシュタイン、報告を」

 

ベルツシュタイン卿の言葉に、執事服の男が礼をし報告を始める。

 

「ヘルザー・ハンセン宰相閣下並びにハインリッヒ・ベルツシュタイン伯爵閣下にご報告申し上げます。

以前よりアルバート子爵領にて諜報活動を行っておりました耳目の者ですが、本人たちより報告が上がっていた通り、アルバート子爵領マルセル村におきましてはその役目も周知されておりました。その上でマルセル村での任務に同情の目で見られていた様でありました。

ですが上げられた報告内容は全て事実であり、アルバート子爵様の“どうせ探られるのなら確りとした機関に正確に確認して貰った方がまし”と言う言葉の通り、全てを明け透けにされていたように見受けられました。

 

その上での今回の騒ぎ、アルバート子爵家において王家並びに王都貴族は敵対まではしないものの敬うべき相手ではないとの位置付けになったものと思われます。

彼らの主張は一つ、“我々に構うな”であります。

その上でケビン・ドラゴンロードははっきりと宣言しました。

 

“今後同様の事態が発生した場合、それが王家や宰相閣下、影の皆さんのあずかり知らないものであったとしても、我々は王家からの攻撃とみなします。

その対象は勿論、王家に対しても明確な形での報復行動に出ます。

私はやりますよ、徹底的に”と。

 

“この村の安寧を脅かす者を、愛する故郷を脅かす者を私は許しはしない。それが何者であろうとも必ず見える形で報復する。そこに老若男女の区別はありません。

お年寄りであろうと赤子であろうと、その全てです。

これは私の決意、私の誓い。

あなた方ベルツシュタイン家の者が“王家の剣”である様に、ケビン・ドラゴンロードは“マルセル村の棍棒”、マルセル村に仇なす者はそれが何者であろうと叩き潰す。

それが出来ないとお思いか?”と。

 

その宣言の後ハッキリと見せつける為に放たれた強大な覇気、それはただ感情のままに放たれたものではなく冷徹に冷酷に、完璧に制御し我々耳目の者が気を失わないギリギリの威圧となって周囲を取り囲み続けました。

あの時の光景を思い出すだけで未だに魂が悲鳴を上げる程に」

 

そう言いガタガタと震える手を見せ付けるオーベルシュタイン。本来感情が失われているとまで言われるその顔は、血の気が引き青ざめている事が見て取れる。

 

「これは耳目の者の発言としては間違ってはいますが、敢えて申し上げます。

辺境アルバート子爵領に手を出してはいけません。

鬼神ヘンリー、剣鬼ボビー。そんな常識で測れるような相手ではない。

真に恐れるべきはケビン・ドラゴンロード。

彼は己を主張しません。弱者を装い常に底辺であり続けようとする。

だがその牙が一度矛先を決めた時、それはどんな相手であろうとも逃れる事は出来ない。

私はこれまで様々な強者を目にして来た。今ここに生きている事が奇跡と呼べるような出会いも何度かあった。

だがそのどれとも違う。あの者の深淵はそんなものではない。

弱者を装う強者、これほど恐ろしいものは無いと初めて分からされた。

 

もう一度だけ言います。マルセル村に関わってはいけない。

“眠れるドラゴンの安眠を邪魔するな、二度目は無い”

この言葉を忘れないでください」

 

オーベルシュタインはそこまでを語ると、「出過ぎた真似をいたしました」と言いワゴンを押し、執務室を下がるのでした。

 

―――――――――――――――

 

「では“影”より報告のあったアルバート子爵領の魔獣の話は全て真であったと、その様に申すのだな?」

 

飴色に光るローテーブル、ゆったりとした革張りのソファーに腰を下ろした国王ゾルバ・グラン・オーランドは、報告者であるロベルト・エラブリタイン伯爵の言葉に口元を歪める。

 

「ハッ、陛下に申し上げます。ヘルザー宰相閣下より申し付かりましたアルバート子爵領の視察、その際に確認事項とされた耳目よりの報告内容。

そちらの報告書にあります通り全て事実でございました。

驚くべきはそれらの魔獣が村人と何の問題も無く暮らしていると言う事、魔の森に囲まれ大森林に最も近いとされるマルセル村がなぜ今まで存在し続けることが出来たのか。その理由の一端を知る事が出来た思いでございました。

あの村は既に魔の森の一部、魔物と共存する事で自らの身を守っていたものかと。

拒絶するのではなく共存し新たな道を模索する。“オーランド王国の最果て”と呼ばれた辺境の地ならではの答えの様に思われましてございます」

 

エラブリタイン伯爵はそう答えると、何か懐かしいものでも思い出すかの様に目を細める。

マルセル村での自身の行いは決して褒められたものではなかった。だがそこから学び自身に足りないものを手にする事が出来た。

 

“アルバート子爵領の者たちには感謝しなければならんかもな”

エラブリタイン伯爵はこれまで権勢を高める事ばかりに目が行き見失っていた多くの物事に気が付く事が出来た。

それは家族であり、自領の領民であり。

ふと我に返り思う、これまで自分は何をして来たのかと。貴族としての矜持、それは家族や領民があってはじめて持ち得るもの、そもそも矜持自体を心得違いしていたのではないのかと。

 

「そうであるか。して卿のことである、当然その魔獣とやらを手に入れて来たのであろう?」

国王ゾルバは舐める様な視線を向け、エラブリタイン伯爵の言葉を促す。

 

「ハハハハ、陛下に置かれましては私の愚行は隠し様がございませんか。

確かに私がその様な妄想を(いだ)き彼の地に参った事は事実でございます。ですが相手は魔獣、いかに王都にて伯爵と持て囃され様とそれは人の世の理、その様な妄言が通用する様な相手ではございませんでした。

王都で一流と呼ばれるテイマーを金の力に任せ連れて行きドラゴンを従えようだなどと、私はどれだけ驕り高ぶっていたのか。

こうして国王陛下に拝謁する機会を頂きこの様な事を申し上げるのは心苦しいのですが、“愚者の夢”と言う言葉がございます。

私が今こうして陛下にご報告申し上げる事が出来るのは偏に運が良かったから、奇跡は二度は起きません。

御方様方がこの愚か者の轍を踏まぬことを切に願うばかりでございます」

 

そう言い深々と頭を垂れるエラブリタイン伯爵。その態度に“こ奴は本当にあのエラブリタインなのか?他人を見下し権力に執着する、そんな男ではなかったのか?この者に一体何が”と驚愕の表情になるゾルバ国王。

 

「陛下、エラブリタインの言葉が真であるのならば尚の事、件の魔獣を放置する訳にも行きますまい。ここはそのケビンとか申すテイマーと共に王家で「おやめください」・・・」

国王執務室に同席していた王太子レブル・ウル・オーランドの言葉を遮ったのはエラブリタイン伯爵であった。

その行為は王家の者に対する反意とも取られかねない大変不敬なもの、普段であればその様な真似など絶対にしないエラブリタイン伯爵の行いに、訝しみの視線を送る国王と王太子。

 

「大変ご無礼な真似をいたし申し訳ございません。ですが王太子殿下のお言葉はお待ちいただきたい、それはこの愚者が行おうとした愚行に他なりません。

どうか今一度のご再考を、伏してお願い申し上げます」

そう言い深々と頭を下げるエラブリタイン伯爵。その身体はガタガタと小刻みに震え、顔色は蒼白に染まり、ダラダラと冷や汗が流れる。

まるでフラッシュバックの様に瞬時に思い出される恐怖の記憶、二体の地這い龍が、一体の多頭ヒドラが、吹き上がる魔力の奔流が。

いけない、あの存在に手を出してはいけない。

あれはあの地に封じておかなければ、でなければ国が亡ぶ。

 

そのただならぬ様子に言葉を失い息を飲む国王と王太子。

この後またくだらない事を画策していたとして第一王妃メルビア・リア・オーランドと宰相ヘルザー・ハンセンにより両者揃って盛大なお説教を喰らう事になるのだが、この時の二人はまだその事に気付いてもいないのであった。

 




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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