“キュアーーーー!!”
吹き抜ける風、どこまでも広がる緑の大地、眼下に広がる雄大な景色にジミーは改めて自身の小ささと世界の広さを感じ取る。
「ジミー殿、もう直ぐ魔都の警戒領域に入ります。短い間でしたが楽しかったですよ」
自身の前に座りグリフォンの手綱を握る操魔師の男性は、軽く後方を振り返るとジミーに向け語り掛ける。
「あぁ、ロビンさん、俺も楽しかったですよ。それにランディーとも仲良くなれたし」
そう言いグリフォンの背中をポンポンと叩くジミーに、目を細め“キュルワー”と楽し気に応えるグリフォン。
「まぁこの国にはジミー殿が喜びそうな好敵手はごろごろいますからね、十分堪能してください。
いつか生きて会える事を楽しみにしています」
“ブワッ”
森を抜けた先、一段下がった広大な土地を埋め尽くす多くの建物。そしてその最奥に街並みを見下ろすかの様に聳え立つ荘厳な城。
「ここが最終目的地、魔国の中心地“魔都”、そしてあの巨大な城こそが我らが魔王様がお住まいになられている魔王城です」
誇らしげに語るロビンの声にジミーはごくりと生唾を飲む。
マルセル村を離れて一月半、遂にやって来る事が出来た暗黒大陸の中心地“魔都”。
“俺は漸くこの旅の開始地点に立つ事が出来る。全てはこれから、大きく成長できるか否かは俺の行動次第。
ヘンリーお父さん、メアリーお母さん、ケビンお兄ちゃん。俺は絶対に何かを掴み取って帰って見せる。
ジェイク、エミリー、フィリー、ディア。待っててくれ、俺は皆に誇れる剣士になって見せるから”
額から一滴の汗が流れる。ブルブルと震える手をギュッと握りしめ、「ヨシッ」と小さく気合を入れる。
「五日間の移動の旅、お疲れさまでした。魔都空輸待機所に到着です。
ジミー殿、武者修行、がんばってくださいね」
「ありがとう。ロビンさんもお元気で、ランディーもありがとうな」
“キュルキュイ~”
離着陸場に降り立ったジミーは操魔師であるロビンとグリフォンのランディーに感謝と別れを伝えると、従魔の指輪からブラックウルフの太郎を呼び出し、ゼノビアとメルルーシェの下に急ぎ向かう。
「お待たせいたしました。ではよろしくお願いします」
「うむ。これから向かうは我の屋敷となる。我は魔王城へ報告に向かわねばならぬ故、暫し我が家に逗留してもらいたい。
ジミー殿が旅に出る際に必要となる身分証等の手続きはメルルーシェが行う故安心するといい」
何から何まで面倒を見てくれるゼノビアに、感謝と共に申し訳なさを感じるジミー。
「なに、気にしなくてもいい。それに報酬も貰っているしな」
そう言いゼノビアが向けた視線の先にあるのは革製のチョッキ。
それはジミーが武者修行の旅に出ると言い出した後、兄ケビンが裁縫師ベネットに頼み込み急遽作ってもらった、旅立つ三人への贈り物。
「マルセル村の裁縫師は本当にいい腕をしている。まるで測ったかのようにしっくりくる着心地、着込んでも全く違和感がないどころかむしろ身体が軽くなる。
これ程の腕を持った裁縫師はこの国にもそう何人もいないだろう。それにこの素材、鑑定を掛けてみなければ分からんが、相当の品と見た。
これだけの恩を受けて、且つ我を信頼して貴殿を送り出したのだ。
それに応えられずに何が魔王軍四天王か。
ジミー殿はケビン殿の期待に応えるべく思う存分修行に励むとよい」
ゼノビアはそう言いジミーの肩をパンッと叩くと、豪快に笑うのでした。
「さて、ここが我の家だ。メルルーシェ、我は先に向かう故後の事を頼む」
「はい、では後程。ジミー殿、参りましょう」
魔狼車に揺られ走ること暫し、その建物は街の中心部にほど近い場所に佇んでいた。高い塀に囲われた広い敷地、よく手入れされた庭、門を守る精強な兵士。
国の中心部にこれだけの屋敷を構える事が出来る事自体、その者の持つ権力の大きさと強さを示す証拠。
それは魔王軍四天王の名は伊達ではないと言う事を否が応にも分からせる一事であった。
屋敷門前でゼノビアと分かれたジミーはメルルーシェに案内されるまま屋敷へと向かう。マルセル村と言う辺境の田舎育ちであるジミーは都会らしい都会など一度ミルガルのバストール商会を訪ねたきりであり、この様な大都市の、しかも貴族邸の様な場所は初めて。
自然緊張から身体の動きが鈍くなる。
「フフフ、ジミー殿もその様に緊張なさることがあるんですね。
ここに来る途中で立ち寄ったベルガ前線城塞都市ではそこまで緊張なさっていなかった様ですが」
何かおかしそうに笑うメルルーシェに気恥ずかしくなるジミー。
「いえ、あの時はまだ暗黒大陸と言うものに慣れていませんでしたから、驚く様な余裕も無く。
俺はご存じのように辺境の片田舎育ちですので、こうした所謂貴族屋敷の様な所でどう振る舞ったらよいのか。本当に剣術一筋で他の事が不勉強であったと恥じ入るばかりです」
そう言い頭をポリポリ掻くジミー。
「無理はなさらなくて結構ですよ?魔国は実力主義の国、横暴な振る舞いは問題ですがそうでない限り細かな事をとやかく言う者は少ないんです。
この屋敷の内装を見ていただいても分かると思いますが、質実剛健、簡素でいて尚且つ品の良い調度品などが好まれるのです。
まぁそれでも派手なものが好きな者や煌びやかなものが好きと言った者もいますので、一概に一括りには出来ませんが、総じて相手に対する礼節を弁えていれば問題ないかと。
そうした意味においてはジミー殿はしっかり出来ていると思いますよ?
あのグリフォンが懐くくらいですから」
そう言いメルルーシェはこの移動の中でジミーの見せた特異性を思い出す。操魔者以外には決して懐かず気性が荒いとされるグリフォンをいとも容易く手懐けたジミーの手腕、異種族であろうとも何の抵抗も無く打ち解けられるその度量。
この人物はただ強くなりたいだけの我が儘な考え無しなどではない。
ジミーはこの魔都に至るまでの一月半の移動の中で、ゼノビアとメルルーシェから確かな信頼を勝ち取っていたのである。
「皆注目。こちらは魔国に武者修行に来られたジミー殿である。
暫くの間当屋敷に逗留する事になる、皆もよろしく頼む」
案内された場所は屋敷内の鍛錬場、そこでは多くのモノが剣を振るい槍を構え、それぞれの技量を高め合っていた。
「では私はジミー殿の滞在手続き書類を作成してまいりますので、暫しこの場で見学などをなさっていてください。
この国は様々な地域からやって来た者たちによってその武術も磨かれて来た。暗黒大陸の魔獣は強力ですからね、剣術に対する考え方も大陸のモノとはかなり違っているやもしれません。
ジミー殿にもよい刺激になると思いますよ?」
「はい、お気遣いありがとうございます。お言葉に甘え見学させて頂きます」
踵を返し屋敷に戻るメルルーシェ。その後ろ姿に礼をしたジミーは改めて鍛錬場に目を向ける。
これまで村の訓練場以外見た事の無いジミーにとって、戦う事を前提とした者達の訓練風景を見る事は新鮮であり心踊るものであった。
「よう、新入り。メルルーシェ様に連れて来られたって事はお前もゼノビア様に拾っていただいた口か?」
声を掛けて来たのは大柄な男。その頭部に三角の耳が二つ付いている事から獣人族であろうことが伺えた。
「まぁそんなところだ。暗黒大陸は初めてでな、これから色々教わる事になっている」
チラリと視線を向け軽く返すジミーに、男は気に入らないと言った雰囲気を隠そうともしない。
「ハンッ、なんだそりゃ。新人のくせに言葉遣いがなってねえんじゃねえのか?
そう言えばさっきメルルーシェ様が武者修行がどうのとか仰っていたよな?
よし、それじゃあこの優しくも面倒見のいい俺様が暗黒大陸の礼儀を教えてやろうじゃねえか。得物を取れや武者修行のジミー様よ~」
突如始まった暗黒大陸の洗礼。強いものが正しい、この大地はまさにその考えを前面にしたシンプルな思考が主流なのだ。
文句があるなら剣を取れ、そう言わんばかりの態度で迫る獣人の男に獰猛な笑みを返すジミー。
‟暗黒大陸に来てよかった”
ジミーの中の獣が喜びに震える。ニヤケそうになるのを必死に抑え、収納の腕輪からいつもの木刀を取り出す。
「はぁ~!?なんだその棒切れは!手前、この俺様を馬鹿にしてんのか!」
「いや、そう言うつもりはない。俺にはこの得物が一番しっくりくる、ただそれだけだ。
さぁ、やり合おうじゃないか」(ニチャ)
魔都に着いて早速の歓迎に、高鳴る鼓動の押さえられないジミーなのでありました。
「ジミー殿、お待たせいたしました。書類が出来・・・。
ジミー殿?これは一体」
‟ウゥ~~~~~”
鍛錬所の地面に呻き声を上げ転がる人・人・人。
その中心で仕舞ったと言った顔で頭を掻くジミー。
「いや、その、挑まれたと言いますか、ご挨拶と言いますか。
だ、大丈夫ですよ?ちゃんと相手の力量に合わせて手加減してますから。骨折くらいはしているかもしれませんが、それくらいならポーションでも回復出来ますし」
周囲からゼノビア孤児院と揶揄される魔都のゼノビア邸、だがその場に集められた者たちは皆ゼノビアの目に適った才気溢れる若者達。中でもこの鍛錬場にいる者はいずれ魔王軍でもその才能をいかんなく発揮すると期待された精鋭中の精鋭、そんな者達が誰一人欠ける事無く地面に這いつくばっている。
‟そりゃあんな理不尽の弟さんですから当然と言えば当然の結果なんですが、せめて書類が作り終わるくらいまで大人しくしていてくれなかったのでしょうか”
目の前の惨状に思わず額に手を当てる。
‟そう言えばジミー君のお父さんも化け物だったよな~”とマルセル村での出来事を思い出し遠い目をするメルルーシェ。
そんな彼女に「あっ、治療手伝いますね~」と第三者のようなふりをしてポーション(黄色が作り出した新謎ポーションをめっちゃ薄めた奴。光属性魔力水一トンに対し三滴の量で最高品質ポーションと同等。収納の腕輪の中に大量に保存されてます)を配りまくるジミーなのでありました。
―――――――
魔王城謁見の間。そこではオーランド王国へ偵察任務に行っていた魔王軍四天王の一人剣将絶剣のゼノビアの帰国の知らせに、魔王をはじめ他三将が顔を揃えていた。
「面を上げよ。してゼノビアよ、当初の予定よりも随分と早い帰国であるが、どの様な理由か詳細を述べよ」
「ハッ、バルカン帝国、ヨークシャー森林国、オーランド王国に於きまして戦端が開かれる兆しとその詳細についての情報が手に入りましたのでご報告に戻った次第です。
かねてよりバルカン帝国に潜らせております諜報の者より上がっておりました帝国の軍事行動ですが、いよいよ今年中にヨークシャー森林国に攻め込むものと思われます。
帝国はその下準備として昨年オーランド王国北西部地域の大貴族グロリア辺境伯家とランドール侯爵家との内紛を起こさせ、王家との間に深い溝を作る事に成功いたしました。
またヨークシャー森林国で起きました精霊姫の病死ですが、これも帝国の呪術師による呪殺である事が判明しております。
更に本年度中にオーランド王国南西部ダイソン侯爵家が蜂起、内戦が勃発する恐れがあります。これも帝国が裏で糸を操ってのものであり、オーランド王国が混乱に陥っている隙にヨークシャー森林国を攻め落とす腹積もりであるものかと。
ダイソン侯爵家とオーランド王国王家との戦いでは遠隔起爆式爆薬やその他帝国の最新兵器が数多く投入され、実戦実験が行われるものと思われます」
ゼノビアの報告、それはこれまで魔王軍が集めて来た情報の更に先を行くものであり、その詳細かつ先を読む様な内容にその場にいた者が誰しも唸りを上げる。
「うむ、ゼノビアよ、この短期間でよくぞそこまでの情報を集めて来た。して急ぎ戻って来たからには何か考えがあっての事であろう?」
魔王の促しにコクリと頷きで返すゼノビア。
「ハッ、魔王陛下に申し上げます。予想される帝国とヨークシャー森林国の衝突は最早時間の問題、精霊姫の不在、オーランド王国の情勢不安は帝国にとってまたとない機会、これを逃す程帝国の野心は甘くありません。
この戦いに帝国はかなりの戦力を投じるでしょう。
そこを横から叩きます。
これは我々が直接行う必要はありません、なにせ暗黒大陸には大量の魔物がいますので。我々はこの戦場に魔物の群れが押し寄せるように仕向ければいいのです。
帝国の戦力が削れればそれだけ我々が有利になる。大攻勢を前に十分時間を稼ぐ事も出来る。しかもスタンピード、誰も疑い様がありません。
無論帝国の壁は予め我が配下の者が破壊しておきますが」
「ククククククッ、アッハッハッハッハッハッ。あの剣術一辺倒のゼノビアからよもやその様な策を進言されようとはな。
面白い、面白いぞゼノビア。
魔導将エカテリーナ、此度の策はその方が適任であろう。確か人工スタンピード装置の開発に成功したと言っておったであろう?」
「はい、魔王陛下。拝命、承りましてございます。
ゼノビアちゃんごめんね?そう言う事だから今度の功績は私がいただくわね?」
「ふん、構わん。我は魔王陛下に忠誠を誓う身、魔王陛下の決定は絶対であるが故にな」
ゼノビアの言葉に妖艶な笑みを浮かべ答える女性。
魔導将エカテリーナはその溢れる色気を隠す事なく、魔王に対し頭を垂れる。
「うむ、ではこれにて報告会を終了とする。ゼノビアは残って旅の話を聞かせよ、大陸の様子は諜報の報告でしか分からん故にな。実際その目で見て来た者の感想を聞きたい」
「はっ、魔王陛下の思し召しのままに」
報告会は終わる。玉座から立ち上がり謁見の間から退室して行く魔王。その身から溢れる濃厚な闇属性魔力は、その場に残る四天王に彼我の実力差を如実に分からせるものであった。
本日一話目です。